二十話 少年少女と海 追憶
「ほらよ、オレンジ」
「ん、ご苦労」
恵子にジュースを渡した修は彼女の隣に腰掛ける。
他のメンバーは昼食に行っており恵子と修は荷物の見張り番としてこの場に残っていた。
他の客も昼食に行っているのだろうか?あたりは午前中の賑やかさが嘘のように穏やかな雰囲気に包まれていた。
「あんたは良かったのみんなと一緒に行かなくて?」
「流石にお前一人残すのは悪いだろ、お前だって一応女だし、一人じゃ恵子ちゃん寂しいかと思って」
「っ!誰が!いらないお世話よ!」
「あっ、そう」
そこで二人の会話は止まる、一旦言葉を見失うと次がなかなか出てこないもので修はボーゼンと空を眺め恵子は砂浜に渦巻きをぐるぐると描き暇を潰していく。
そんな時間が三分ほど流れた頃修がポツリと呟いた。
「百合、元気にやってるみたいだな」
「うん、最近やっとね。前は男の人といるなんて絶対できなかったから大きな進歩だと思うよ」
「ああ、あいつはやっぱすごいよ。あんな目にあったのに」
そこで二人の会話は再び止まり、修は五年前のあの日のことを思い出していた。
忘れもしない五年前の十二月二十四日、その日俺たちは第二の家を失った。
あの日はちょうどクリスマス会があり、クイズ大会やプレゼント交換などのイベントや美味しそうな料理の数々にはしゃいでいた。
はしゃいではしゃいで本当に楽しい時間になるはずだった。
けれど、結局クリスマス会は開催されることなく終わりを告げることになった、あの赤い悪魔のせいで。
始まりは、突然、調理室に転がるように入り込んできた藤尾先生の言葉からだった。
『火事が起きてる、みんな急いで避難するんだ』
その時その言葉に反応できたものは多分いなかった。
誰もが、そのあまりの事実に驚き、次の反応ができなかった。
俺も、思考が回復し最初に思ったことは嘘だという疑いでしかなかった、けれどその疑いも先生たちの慌て用からだんだんと薄れていき、その疑いを埋めるに恐怖が心に蓄積され今にも爆破しそうになったとき、京香先生がみんなを落ち着けるように、
『大丈夫。みんな静かに落ち着いて行動しようね』
と、言ってくれた。
その優しくて落ち着いた声で一旦は冷静になりかけた俺たちだったが次の恵子の言葉でそれは軽く吹き飛んでしまった。
『百合ちゃんがいない!!』
その言葉で出口へと向いていた俺の足は、まるで足に杭を打たれとのごとくその場にピタリと止まってしまった。
『はぁ?』
自然とくるりと周り右をする俺の体、その時の動きは多分コンパスのように華麗なものだったと思う。
『百合がいないってなんで?どこに行ったの!?』
がっしりと恵子の方をつかみ問い詰める俺に恵子は苦痛の表情を見せた。
『いたっ!』
けれどあの時の俺はそんな恵子の表情なんて目にも入らず、ただただ無心に百合のことを問い詰めそして、慶介に『やめろ、恵子に詰め寄ったってしょうがないだろ。それに百合は手を洗いに行くって言ってたろ』
と、引き離された。
『手洗い?』
そんなこと言ってたろうか?
考えたが思い出せなかった。
そんなことより今はするべきことがあったから。
思いのまま調理室を飛び出そうとする俺を、京香先生が引き止める。
『どこに行くき?』
『決まってるでしょ!百合を助けに行かなくちゃ!』
そう振り切ろうとする俺を京香先生は押し止める。
いくら女の人だといっても子供と大人、今ならどうかわからないけど当時の俺には先生を振り切ることなんてできるはずもなくあっさり止められてしまった。
『気持ちはわかるけど!今は先生たちに任せて!』
『仲間を見捨てろっていうのかよ!』
そう反応したのは太志だった。
『そうは言ってないでしょ。けど、分かって!お願い』
見たことがないほどの先生の鬼気迫る表情とほのかに漂ってきた煙の臭いにより心に迷いが生じたとき、慶介が言った。
『俺たちが行っても危ないだけだよ。ここは先生の言う通り外で待ってよ』
結局、慶介のその言葉が決め手となり、俺たちは自らの気持ちを必死に抑えて外へと避難した。
そしてそこで見た光景は未だに忘れることのできない衝撃的なものだった。
メキメキと大気を震わせる音は怪獣が目の前まで迫っていることを俺たちにヒシヒシと告げていた。
ただ見つめるしかない無力感が体を占めていく。
数分前のパーティーがまるで嘘のようで、まるで心地よい夢から殴り起こされたかのような喪失感、語るのは誰もおらず、ただ事の成り行きを黙って見守る。
そう見守る、俺たちの居場所が消えていくのを。
燃える燃える、跡形もなく全て全て燃えていく。
思い出も何もかもが全て赤く染まり黒い灰となって散っていく。
俺たちだけを残して・・・。
そんな時だった、メキメキと大きな音を立てて、屋根の一部が崩れ去ったのは。
『きぁー』
恵子が悲鳴を上げる。
俺は声も出ずその光景を眺める。
屋根が崩れ空気が大量に室内に入ったためだろうか、今まで隠れていた黒煙が施設の隙間という隙間から溢れ出し、雲一つない晴天が嘘のようにあたりは夜のように暗闇に包まれていく。
そして窓からは黒煙の奥で蠢くオレンジ色の光がチラチラと目に入った。
あれが多分、俺たちの家も思い出も全てを食い尽くし成長している悪魔の正体なんだろう。
その悪魔が空気と接触したことで大きな唸り声を上げて牙をむく。
ドン!という爆発音と共に、一回の廊下の窓が石でもぶつけられたかのように何枚も割れ、そこから炎が這い出てくる。
ウヨウヨと蠢くそれはまるで生き物のようで、まるで俺をこちらに誘っているかのようにも見えた。
いや?
見えたじゃなくて事実誘っているんじゃないのか?
なら、行かないと。
そもそも俺はどうしてここにいるんだろう?
俺の居場所はあの炎の中にあるのに。
知らず知らずのうちに足が一歩前に進んでいた。
そうさ、だってあそこにはまだ百合もいるんだ。
また一歩進む。
揺らめく炎はまるで手招きしているようで、俺を歓迎しているような素振りをしている。
[こっちへ、おいで。こっちは楽しい。君の求めるものがあるがここにはあるよ。さぁ、一緒になろう]
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
気づけば俺は燃え盛る施設をゴールとして徒競走を始めていた。
『修くん!』
『よせ桐村ァー!!』
後ろからは京香先生と大志の声が聞こえてくる。
それでも俺の足は止まらなかった。
連れて行って連れて行って、俺も連れて行って!
一人にしないで!
思い出が消えるのは嫌だ、あの場所にいたいずっとずっとイタイ。
百合のいるところに俺を連れて行って!
玄関が目の前まで迫ってきたところで、その扉がバタンと大きく開き、そこで俺の足はようやく止まった。
あとから追いかけてきた京香先生が俺を必死に抱きしめた。
力いっぱい抱きしめられたせいで俺の体は地面より浮く、ふわりと感じる浮遊感と人の温もりの中で俺が見たものは、体をススだらけにしながらも炎の中から姿を現した百合の姿だった。




