『とある会社の唐揚げ弁当』番外編 1.ナポリタンさんの憂鬱(2012.4.17)
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――好きでこんな顔に生まれたわけじゃない。
雑誌でチェックするのは、カワイイ系のナチュラルメイク。特集では大抵、小悪魔系モテメイクも一緒に特集されているが、私は”カワイイ”にこだわった。
そうして買った、春色グロス。
ウェディングケーキにのっている砂糖菓子のような女の子になりたくて、染めたことのない髪を少しだけ茶色にして、朝は時間をかけて髪を巻いてみた。
――しかし、私がどうがんばっても、結果はいつも同じ。
会社の同僚たちはこう言うのだ。
「オシャレー。雑誌のモデルみたい」
「色気あるよね~。妖艶って感じ」
「なんていうの? 高級クラブのママっぽい」
そんなもの、一度たりて私は目指したことはない。
ただ、私は生まれながらの長女気質で、しっかり者といえば聞こえはいいけれど、ついどこか仕切り屋になってしまう。町でも評判の美人だった祖母によく似た顔立ちも、家族は喜んでくれたものの、私は派手な面立ちが嫌だった。
本当は、かわいいものが大好きなのだ。スウィーツ雑貨には目がないし、ファッションもレースやフリルをあしらったものを着たい。
少女マンガだって大好きで、部屋の本棚はファッション誌以外はそれで埋まっている。
それでも、周囲が私に求めるのは、セクシー系だった。
大学時代、恋をした。
遅い初恋だった。
相手は同じ大学の、爽やかな男性だった。王子様のようで、少女マンガのような恋ができると期待した。
確かに、デートは楽しかったし、甘い雰囲気も幸せゆえの不安も味わった。
しかし、彼と初めてエッチをした日、周囲が自分になにを求めているのか知った。
彼は、私を相当の手練れだと思っていたようだ。けれど、私はなにも知らないし、要求にこたえられなかった。
数日後、私は彼にふられた。
それから何度も同じことがあった。そうして、自嘲しながら悟ったのだ。私は私という人間を求められたわけではないこと。
知ってしまえば、あとは割り切るだけ。
外の私は、皆が求める男性経験豊富な私。選ぶ服はエロカワ系のセクシーアピールを欠かさないものを、持ち物もかわいいだけが売りのノーブランドではなくて、それでも買う限りはかわいいものがよかったから、せめて周囲の期待を裏切らないブランドのものを購入した。
一人暮らしをしている自分の部屋だけが、本当の私の空間だ。
少し高額だから、ボーナスで買った姫系家具。ベッドには天蓋もつけてみた。白を基調とし、小物をピンク色にすることで華やかな空間にした。
部屋にあるものは、私の好きなもので溢れている。だから、家族以外の誰にも入室を許すことはできない。
……でも、いつか、誰か本当の私を好きになってくれたら、と願わずにいられない。
*** *** ***
会社のメンバーは個性的な面々が揃っている。
例えば、新さんは表情が薄く、どこか無関心に見える。
例えば、飯田課長は心が広くて素敵な上司だけど、つかみどころがない。
例えば、唐沢くんは美形でクールな反面、最近新さんとよく一緒にいる。
例えば、春川さんは大和撫子な女性で、異性同性どちらから見てもいい女と評せる。
課に友達はいるものの、深い付き合いはなく、会社で仲良くしているだけ。だから彼女は私の趣味を知らない。そんな関係で、友達といえるのかはわからないけれど。
それでも一緒にいるのは利害一致しているから。
彼女は素敵な男性社員と関わりになりたい。腰掛OLなのだ。私は王子様のような男性社員を眺めて、少女マンガのような妄想に浸りたい。恋人になろうなんて幻想はいまや抱いていない。むしろお断りだが、妄想するのが楽しくてならない。
そんなこんなで、なにやら男好き、というようなレッテルを貼られた噂が流れているけれど、フリーの男性社員だけをターゲットにしているし、悪い事をしているつもりはないから知らない。文句をいうなら、自分らも交流を試みればいいのだ。
ある日のことだった。
休憩時間、その日はなんとなく近くのパン屋でパニーニを購入し、課で食事をとる。外食派の友達には別の課のコを誘ってもらった。
課内には、新さん、唐沢くん、春川さん、飯田課長が残っていた。
なんとはなしに、パニーニに被りつきながら様子を窺っていると――新さんは手提げバッグを机に置いた。
直後、私の目は間違いなく輝いたと思う。
だって、新さんの手提げバッグが私の好みドンピシャのデザインだったのだ。メルヘンというか、姫系というか、とにかくかわいく、甘いデザイン。ブランド品じゃない。一体どこのお店だろうか。もしかしたら通販かもしれない。
私は気になって仕方がなかった。
きっと、新さんならば、私がどこのお店で購入したのか訊いても軽く流してくれる気がする。だって人とあまり関わろうとしない人だし、噂には興味なさそうだから。
――これは訊くしかない! と思って席を立とうとした時。
新さんの隣席に、さりげなくお弁当屋さんで買ったであろう弁当を携えた唐沢君が座った。
手提げバッグからお弁当箱を取り出した新さんは、彼を気にもとめず弁当の蓋を開けている。もしかしたら、日課なのかもしれない。
唐沢くんもお弁当をひろげた。今日はハンバーグ弁当らしい。
「……おいしそうだね」
新さんが恨めしそうに言った。
唐沢くんはにんまり笑って、箸で一口分にハンバーグを切り分けた。ついで……。
「はい、あーん」
唐沢くんがハンバーグを新さんの口元に差し出した。
……え? こんな人だっけ、唐沢くん。
案の定新さんは困惑し――口を開けることなく、唐沢くんのお弁当箱にある五分の四くらいのハンバーグに自分の箸を突き刺した。そして半分を掻っ攫っていく。
「ごちそうになります」
ドヤ顔で言った新さん。……あれ? こんな人だっけ、新さん。
「はい、これあげる」と言って唐沢くんのお弁当箱に、自分のお弁当である、おそらくもやし炒めを大量に渡していた。
……ハンバーグともやし。これは対価にならないだろう。
そこで唐沢くんはムッとするかと思いきや、彼は嬉しそうにもやしを食べた。
「おいしい」
そう言った唐沢くんであったが……どうやら新さんは罪悪感に苛まれたようだ。
「……そ、そう。…………で、でも、もやしだよ? 一袋二十八円のもやしだよ?」
値段まで暴露している。
「でもさ、香穂さんの手作りだろ?」
……デレた。唐沢くんが、デレた!! 私は目が飛び出るんじゃないかと思うくらい驚いた。
さらに新さんは胸にグサリときたようで、「うう」と唸ったあと、「か、唐沢くんの好物、なに? よければ、明日作ってくるよ?」と言った。
これは唐沢くんの作戦勝ちか、はたまた彼は天然なのか。
はいはいごちそうさま。と言いたいところだが――私はそんなことよりも、新さんの手提げバッグについて訊きたいのだ。あわよくば、友達にだってなれるかもしれない。さりげなく……さりげなく、お店の場所を訊いて、「帰り、一緒に行かない?」みたいな。
そんな私の計画。だから、今は唐沢くんが邪魔。
なのに……なのに……! デレデレした唐沢くんが席から離れないっ。
喉かわいてきたでしょ、飲み物買いに行っていいのよ唐沢くん! むしろ水分出したくならない? そろそろトイレ行ったらどうかな!?
そんな私の心の声に、誰も気づかない。
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