青い薔薇のルクレティア番外編 1.密葬 (主人公:ルクレティアの弟。2011.10.11)
霧の濃い日だった。
黒い森、と呼ばれる小さな、けれどどこか得体の知れない森の中、しめやかに密葬が執り行われていた。
集うのは、黒い服を着た、一目で数えられるほどの人数。その密葬は確かに貴族のために行われているのに、それにしては少ない数だ。
琥珀色の髪をした、まだ十五の少年は真っ白な棺へと歩み寄る。
棺は通常のものより大きい。それは、中で眠るのが貴族だからではなく、二人が眠るから。
「……ルチア」
少年は棺の中の姉を呼ぶ。
少年の実姉、ルクレティア。伯爵家の娘であり、長女でもあった。しかし、彼女は黒髪と青い瞳を持つがゆえにその生涯のほとんどを邸内で過ごしていた。
まるで鳥かごに閉じ込められた鳥のように。実の母から魔女と呼ばれ。
棺の中の姉は、憂いのない表情で目を瞑る。
「ルチア」
少年は再度、彼女の愛称を呼んだ。その愛称も、少年しか口にしてはいなかったけれども。
声音が掠れて苦しげなのに、彼の目に涙は浮かんではいない。
――悲しくないわけではない。寂しくないわけではない。
ただ、今は――……。
少年は思う。彼女の人生は、幸せだったのかと。そして、問う。
(今、ルチアは幸せか?)
白い棺に溶け込んでしまいそうな程に血色を失った肌、流れる漆黒の髪。対比した色が引き立てあって、近寄りがたい空気を生む。そこに今は秘められる青い瞳が覗けばどれだけ美しいことだろうか。
姉のなにをも記憶に残そうと、少年は棺の隅々にまで視線を向ける。
そうして、紐の絡められた左手に辿り着く。
姉の隣に並ぶ、白金の髪の青年。瞳の色は、瞼が閉じられているからわからない。ただ、端整な顔立ちをしていた。物語に登場する王子のような、多少華奢ながら貧弱ではない体型の、芸術的な美しさ。
その青年の左手は、姉の右手と繋がれ、手首には手錠のごとく紐が頑丈に巻かれていた。そしてその紐に差し込まれた、一輪の青い薔薇。
この国の者ならば、知らぬはずはない御伽噺を思いだす。王と魔女の悲恋の物語。
まるでその物語の最後の場面を真似するようだった。
――白金の髪の青年は、ルクレティアの後を追ったのだと、少年は聞いていた。
男爵家の次男、アリストフォン。彼は、ルクレティアと来世で結ばれることを望んだのだろうか。
少年は棺の傍にしゃがむと、呪いを施された青い薔薇に触れる。
背後から、声が聞こえる。噂をするように小さな声だったが、静かな森には十分な音だった。
「……あの呪い、本当なのかしら。二人の手を離そうと紐を切ろうとして、どんな刃物をあてても切れなかったというじゃない」
「まさかと思ったが、青い薔薇も萎れないしな……」
確かに不思議な事実だ。
だが、今この場で話すことではない。
少年は口を引き結ぶ。感情任せに声を荒げそうになる自分をそうして抑え込んだ。
少年を除いて、この場で悲しむ姿は少なかった。魔女と呼ばれた娘と、彼女を追って自殺した青年の死は、どちらの家族にとっても不名誉な死でしかないのだ。密葬となった理由もそれである。
眠る二人を取り巻く環境は、望ましいものではなかった。それでも、少年は問わずにいられない。
「……ルチアは今、幸せか?」
彼が答えを望む姉は、永久の眠りの中。