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短編集  作者: 梅雨子
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そして、神子はひきこもった (2011.5.22 異世界トリップ一応恋愛)




 その時、少女は某人気アイドルグループのコンサート会場にいた。

 彼女は、このコンサートの主役であるアイドルグループのファンだからである。

 グループを熱狂的に愛しているのなら、会場で友達もつくりやすいかもしれないが、いかんせん彼女はミーハーであるため、このグループ以外にも特撮ヒーローで名を知らしめた若手俳優たちもこよなく愛している。

 ちなみに、家族や友人はアイドルに興味はなく、父の趣味は釣り、母の趣味は韓国ドラマの視聴、兄の趣味は合コン、妹の趣味はカラオケで熱唱、だったりする。そして友人だが……彼女はアニメが好きで、そもそも二次元をこよなく愛している。

 したがって、寂しく今日は一人でコンサートに来ているわけだ。今日といわず、毎回、ではあるが。


 そうして、席は指定であるものの、鞄を置いていくには無防備であるためにトイレへ行く時も持ち運ぶ。肩には鞄、右手には星型のライトがついたペンライト、という格好でいざトイレへ。


 少女がトイレの入り口をくぐると、人は少なかった。

 コンサートの休憩時間ではないためだろう。

 休憩時間に人が集中するトイレだが、どうも少女のお腹の調子はよろしくない。ゆえに、我慢はせずにトイレへ向かった次第だ。

 そうこうして、トイレの個室をのぞきながら、和式にするか、洋式にするか――と悩んだ後、彼女は洋式を選択する。温水洗浄便座だったからだ。

 そんな理由で? と思うかもしれないが、温水洗浄便座をなめたらいけない。お腹を壊した時の救世主なのだから。

「やっぱこれよね」と一人ごちながら、少女は扉を開け、個室へ足を一歩踏み入れたその瞬間。


 ――目が眩むばかりの閃光に包まれた。


 もはや、驚愕に言葉もでない。

 失明するのではないかと思い、固く目を瞑り、ペンライトを持っていない左手で目元を覆った。


 それから数秒経った頃だろうか。

 光は分散されたかのように感じられなくなった。

 手の隙間から漏れていた光が跡形もなくなると、少女はようやっと目を開ける。ついで、そっと左手をはずした。

「…………」

 少女は言葉を失った。

 そんな少女を見つめるのは、先ほどの光を思い出すような光物を身につけた男性三人。

 金髪碧眼の男は無駄に装飾品で飾られている。二十代とおぼしき容姿だが、これではただの成金に見えてしまう。

 赤髪灰眼の男は無駄に筋骨隆々している。三十代かと思われるが、直視したくないので少女は観察する前に目を逸らした。

 鳶髪青眼の男は無駄に長く、白い服を纏っていた。こちらは二十代だろうか。とりあえず、床をひきずる長さの長衣は十二単を思い起こさせる。

(某仕分け大臣に依頼して、無駄を指摘してもらうべきじゃないかな)

 そう思う少女。

 彼女が今騒ぎ立てないのは、状況を理解していないために他ならないわけで――金髪碧眼男が「お前が神子か」と言った五拍後に彼女は挙動不審になり、慌て、騒ぎはじめる。つまり、今、少女がmajiでabaれる5秒前、というわけだ。




 簡単にいおう。

 少女は、異世界トリップした。

 トリップ先は中世ヨーロッパ風の世界である。

 そんな世界のとある国で行われたのが、神の使者であり代理ともよべる“神子”の召喚である。魔法はないらしいが、召喚術は使える、という地球ではよく理解できそうもない世界であることを少女は召喚されておよそ一時間で気づいた。時間の概念は知らないが、少女の腕時計がそう物語っている。

 なにやら、その国は“夜”という闇を悪とし、そんな闇夜に煌煌と輝く“星”を崇拝しているらしい。

 正直、これらについての説明を受けた時、少女は(知らんがな)と思った。

 だが、少女は成金こと王太子、筋骨隆々こと騎士、十二単こと神官に召喚されてしまい、星に祈りを捧げるというお役目を与えられてしまったのである。

 もちろん少女はこの三名に、「違うっ、違います! 私は神子じゃないです! どこにでもいる学生で……えぇと、そう! 庶民なんです!」と説明を試みた。

 だがしかし、三名は少女の右手に視線をやった。

「その手に星を持っている」

 王太子はそう言って少女の右手を掴み、掲げさせた。

「異世界人が我らを謀ろうというのか!」

 燃えあがるような瞳で睨みつけてくるのは騎士だった。

「――なんですか、あなたは私の召喚術が失敗したとでも言いたいんですか? え? え? この高位神官である、私、が、失、敗、を、し、た、と、で、も。いいですか、あなたは誰がなんといおうと神子です。神子なんです。神子ではないというのなら、今からでも神子におなりなさい」

 高圧的で冷気を放ちながらとんでもない発言をかます神官。

(……なに、この人たち。…………もうやだ……)

 少女が涙目になりながら、星型のペンライトを持っていたことを深く後悔するのは仕方ないことである。

(うぅ……ていうか、胃が痛くなってきそう……ピロリ菌かな……。ていうか、お腹が痛いのぶり返してきた……くっ……もしかしたらノロウイルスかもしれない……っ)

 痛みとともに、冷や汗が流れる。思い出してしまうと、さらに腹痛は自己主張をはじめた。

掴まれていない左手でお腹を抱える。直立していることも辛く、膝ががくりと崩れた。

「み、神子!? どうした!?」

 右手ははなさないくせに、心配するように問う王太子。

「……と、トイレ……厠……手水……行きたい……っ」

 唸るように言えば、神官がにっこりと笑んだ。

「神子であると認めたら連れていきましょう」

(鬼だ! 悪魔だ! 魔王だぁぁぁ――――――――――っ!!)と少女は思った。




 そうして、少女は神子となった。


 ついでに、王道中の王道である恋愛逆ハーレムフラグも手に入れることとなる。




***   ***   ***




 ――今、少女、こと神子は塔に引きこもり、ひたすら星に祈りを捧げている。

 もちろん、「帰りたい」「元の世界へ返して!」と泣き叫んだこともあるが――鬼畜神官はのたまったのだ。

「無理です」と。

「召喚できるならできるでしょ!? あなた、天才なんでしょ!?」と言えば、やつは肩を竦めて言い放つ。

「あなた、放った弓矢を道具もなにもなく、もちろん人的にもなにもせずに回収できますか? 無理です。それと同じように、無理です。まぁあなたをどこかの世界へ送ることはできるかもしれませんが……どこになるかまでは……ねぇ?」

 開き直ったその発言に、少女がその後三月泣き続けたのはいわずもがなである。

 そして泣くことをやめたのは、泣き続けたことによる頭痛と吐き気という体調不良で寝込むこととなったからに他ならない。


 そうこうして、現在、少女は異世界へやってきて一年の月日が経過しようとしていた。




 頑丈な鍵のかかった重厚な扉が叩かれる。

 少女は横目で扉を見やった。

「王太子殿下、ですよね? 邪魔したら祈るのやめますよ」

 今や、扉を叩く音で誰が来たのかわかるようになった。

様々な経験で、ヤサグレた少女は図太くなったのだ。

「神子! 開けてほしい。……顔が見たいんだ」

 少女は鼻でせせら笑い、答える。

「こっちは顔も見たくないんですよ」

 言うと、扉の向こうで「神子……」と落ち込む声がした。

 それでも少女は絆されない。

(知らんわ! 勝手に泣き叫べ! そして滅べ!)

 神子どころか、悪の手下のような擦れ方をした少女である。

「また来る……」という切ない声音に「来なくて結構。ていうかこっち見んな!」と少女は答えた。


 それから少し時間が経過した頃、また扉が叩かれた。扉が壊れかねない勢いで、だ。

 少女はうんざりした様子で、今度は扉を見る事もせず答える。

「騎士殿、本日の業務は終了しました。御用の方はまた後日ご利用ください」

 ちなみに、彼女は彼が来ると必ずこの答えを返すようにしている。

「み、神子……。いや、今日は菓子を持ってきたんだ! ほら、女子は甘いものが好きだろ?」

 野太い声で紡がれる“菓子”の単語に感じる違和感。

 少女は手をパンッと合わせた。

「甘いもの大好きです! ――でもむさい筋肉男は嫌いなので、お菓子だけそこに置いておいてください。あなたがいなくなったらいただきます」

「なっ」という呻き声に「文句があったら来なくて結構。ていうかこっち見んな!」と少女は答えた。


 それからさらに少し時間が経つと、またまた扉が叩かれた。今度は規則正しいリズムでだ。つまり、神経質な性格の持ち主、こと神官で間違いない。

「神子、いい加減出てきなさい。こんなところに一人でこもっているのは健康的ではありません」

 淡々とした声に、少女は鼻じらむ。

「はは、健康的、ですか。あなたたちと関わるだけで私の健康が損なわれるんですよ。ていうか、いい加減うざったい。祈りの邪魔。あなた、祈らせるために私を召喚したんでしょう? 自分から邪魔してんじゃないですよ。――ああもう! こっち見んな!」

 ついに切れ、引きこもっている部屋に元からあった分厚い本を扉に投げつけた。

 扉の外から聞こえる溜息。

 けれど、少女は気にしなかった。




***   ***   ***




 ――ある日、突然少女は塔に引きこもった。

 それは――王太子、騎士、神官との間に、なぜか恋愛フラグがたったからだ。

 どうやら、その国では神子は高位身分の男と結婚するのが常らしい。どこまでも王道な国である。

 つまり、もともと三人の男たちは自分の花嫁を呼び出すつもりで召喚した、ということだ。

 これは、少女にとって悪夢以外のなにものでもなかった。

 理由は簡単だ。

 少女は三人の男を生理的に受け付けないのだ。

 なにがいけないのかと問われれば、真っ先に答えるのは“顔”。

 王太子、騎士、神官の顔は――世界史の教科書の中世ヨーロッパ人の肖像にあるような顔なのだ。

 時代で顔は変わる、というが、まさにそれ。

 ちなみに、少女の好みは中性的な、それこそ某美少年ばかりが集う事務所アイドル系の顔である。体型もそれくらいがいい。肥満、マッチョは論外。細マッチョがベスト。男臭い系も無理。

 そんな少女に求婚しているのが……某太陽王を思い出させる顔立ちの王太子、某アウストラロピテクスを思い出させる顔立ちの騎士、某童話作家を思い出させる顔立ちの神官なのだ。

(――無理。絶対無理! せめてギリシア彫刻系連れてこいってのよ! マッチョ苦手だけど……あいつらよりまだまし!)


 そんな風にして、塔に引きこもってしまった神子。

 後の世に、信心深く誰よりも神を慕い、神からも愛された塔の神子、と呼ばれる彼女が近い将来どうなるのか――まだ彼女は知らない。




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