表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 梅雨子
11/13

『ある脇役の選択』番外編 ロシェット、義姉兄に問うてみる(2013.6.18)

.



 夕日の茜色に染まった空。それは地平から天辺にかけて色調を変える。

 一番星が、キラリと瞬いた。

 リビングの窓辺から空をなんとなく見上げていたロシェットは、首を回らす。

 昼食からおよそ四半時が経った時刻ゆえに、腹の虫が主張した。

 そして、そんなロシェットの鼻腔を擽るのは、芳ばしい良い香り。それは台所に立つユキが作る、夕食の匂い。

 ロシェットはユキの作る料理が好物だった。料理はシチューやハンバーグからクッキーやシュークリームまで幅広く作るユキだが、ハズレはほとんどない。玄人プロには及ばずとも、家庭料理という範囲ならば上々の腕前だ。

 そうして、匂いの正体が気になり、足早に台所へと爪先を向けた。


「ユキちゃん、今日のお夕飯は?」

 こてん、と首を傾げ現れたロシェットに、ユキは口角を上げた。

「今日は旬野菜の冷製パスタと、魚のムニエル、それにポテトサラダだよ」

 ロシェットはああ、と頷く。だから、にんにくの香りがしたのか、と。

 旬野菜の冷製パスタ、と聴いたロシェットは、機嫌を良くした。彼女はその料理が好物の一つだから。

 にんにくの香りと唐辛子の辛味のついたオリーブオイル。それにだしの効いた魚介スープと、それらに絡める細麺。季節によって合わせる物は異なり、魚介類の時もあれば野菜の時もあるが、どれも旬のものが選ばれる。

 一つの料理で季節が味わえるパスタ――それが好きな理由。

 鼻歌でも歌いそうなほどに相好を崩したロシェットは、問う。

「ねぇユキちゃん、なにか手伝うよ。なにしたらいい?」

 パスタは現在茹でている只中。香りのついたオリーブオイルも魚介スープも、既に準備が終わり、熱を冷ましている段階。野菜の準備も済んでいるし、魚も下ごしらえしてあり、焼くだけ。

 あとは――と調理台見回したロシェットに、ユキは潰されたじゃがいもの入ったボウルを渡す。

「じゃあロシェットには、ポテトサラダをお願いしていい?」

「了解!」

 ボウルと匙を受け取って、ロシェットは意気込んだ。


 調理の最中、ロシェットとユキは雑談を交わす。

 そこで、ロシェットはふと、疑問に思ったことを口にした。

 ――ずっと、訊いてみたかったこと。

 でもなんとなく、訊く機会がなかったこと。

 隣に並び立つユキを、横目で見やる。彼女は、茹だったパスタを氷水で洗っていた。

 ロシェットはぐしゃぐしゃと、塩胡椒、それにマヨネーズをじゃがいもと馴染ませる。

「あ、ポテトサラダ用のお野菜は、これね」

 ユキが茹でて荒熱をとった野菜の皿を、ロシェットの前に置いた。

 その皿の中身をボウルに入れ、さくさくと交ぜる。ちら、ちら、とユキの様子を窺いながら、言葉を紡いでみることにした。

「そういえばね、ずっと訊いてみたかったことがあるの」

「うん?」

 ユキはパスタの水きりをしながら、相槌を打つ。

 料理の邪魔にならないよう願いながら、ロシェットは言葉をついだ。

「あのね、いつから兄さんのこと好きだったのかなって」

 なんとなく、を装ってみたつもりだ。だが、どこか余所余所しくなったかもしれない。

 そも、ロシェットとユキは仲が良いものの、恋愛の話は滅多にすることがなかった。それは、ユキは恋人がいる様子を見せず、仕事で一杯一杯のようだったこと、さらにロシェット自身、気になる異性がいなかったためである。

 けれど、ユキとクロードは婚約した。

 ロシェットは、前々からクロードがユキを特別視していることに薄々気づいていたが、ユキがクロードを異性として見始めたのがいつかはわからなかった。だから、訊こうと思った。

 ユキは少しだけ動きを止め、考えるように天井を見上げると――数拍後、なにかに閃いたらしく表情を変えた。

 思い出し笑いなのか、ふふ、と頬を緩め、目を三日月型に細める。

 そして、語った。

「いつからっていうと難しいんだけど、多分、私が高等部に入学するかしないかの頃かなぁ」

 ――そんなに前だったの?

 驚くように、ロシェットは目を丸くした。

 ユキは言葉を連ねる。

「たまに、朝、クロードさんを起こしてたの。でも、あの日は――あまりにクロードさんが幸せそうに眠っているから、ベッドに頬をついて、ちょっとだけ、その横顔を眺めてたの」

 ――横顔、ということは、クロードは仰向けで寝ていたのだろう。

 そうロシェットは推測した。

 照れるように、それでいて嬉しそうに頬を染めるユキ。

 ロシェットは「それで?」と続きを促した。

「えぇと……うーん……。それで、ね。堪能した後で、クロードさんを起こそうとして名前を呼んだの」

「うん」

 ここまでで、まだユキが恋に落ちたきっかけは見つからない。ロシェットは首を傾げるばかりだ。

「えぇと、それでね、うーん……」

「うん、それで?」

 少しずつ顔が紅潮していくユキだが、その理由がロシェットには見当もつかない。今までの話で、赤面する理由はあっただろうか。

「あのね……」

 どこか言い辛そうに、ユキは再開した。

「寝ぼけたクロードさんが、身体の向きを変えて……」

「うん」

「こっちに向いて……こう、唇がね、こう……」

 しどろもどろな言葉に、ロシェットは想像し、察する。

 つまり、ベッドに乗り出してユキが眺めていたために、身体の向きを変えたクロードと唇が重なった、ということだろう。

(だから、顔真っ赤なんだ)

 にんまりと形を変えそうになる口元を必死に抑え、さらに続きを求める。

「うん、それでどうしたの?」

「それで……それで、ね。私は硬直して動けなかったんだけど、違和感に気づいて起きたのかな? クロードさんが目を見開いて起き上がった後、何回か目を瞬いて。それから瞬時に後ずさるようにして身体を離したんだけど……そのクロードさんが、どうしようってくらいに可愛くて」

 ユキは笑零す。

「口元を手で押さえて、目をまん丸くして、顔も耳も真っ赤に染めたクロードさんが、愛おしくて。それまで、頼もしい姿しか見てこなくて、格好いいクロードさんしか知らなかったから……それがとっても新鮮で、どうしようもなく好きだなって思ったの。多分、それが、恋の芽生えた瞬間、かな?」

 照れ隠しをするように、再び料理に没頭するユキ。ロシェットは、”こちらが中てられてしまった”と言わんばかりに苦笑した。

 ――ロシェットは、ユキもクロードも大好きで、大切だ。

 だから、二人が幸せそうに過ごしていることが、とても嬉しい。

 クロードの罠に嵌ったかのようなユキだったけれど、実は、恋は既に芽吹いていて。それが育っていなかっただけで、最近成長し、花咲いただけなのだと思った。

 ――よかった、と安堵する。

 追い詰められたユキが、逃げ場を提供したクロードへの感情を恋と錯覚したわけではないのだとわかって、心から安心した。

 ロシェットの腕にあるボウルの中身――ポテトサラダは交ぜに交ぜたから、完成している。ゆえに、調理台に置いた。

「ユキちゃん、ポテトサラダできたよ」

 すると、ユキは「ありがとう」と微笑む。

「お疲れ様。じゃあ、あとはゆっくり待ってて。パスタももう完成だし、後は魚を焼くだけだから」

「うん」

 頷いたロシェットは、踵を返す。

 ユキの惚気を脳裏に描き、リビングのソファに向かう。


 ソファには、クロードが座っていた。いつからいたのだろうか。

(わたしもいつか、二人みたいな恋をするのかな)

 そんな風に、少しだけ恋に夢見ていたロシェットが、クロードの前に回り込む。が、その足は、突如ピタリと止まった。

「……。…………」

 ロシェットの頬が引き攣る。

「………………兄さん、いつからここにいたの……?」

 ひくつく喉で問うてみる。

 ロシェットの存在に今気づいた様子のクロードは、立ち竦む彼女を見上げた。

「ん? どうして?」

 そう言うクロードだが、ロシェットの目には明らかだ。

(絶対わたし達の話聴いてた!)

 ――だって、表情筋が緩みっぱなしなんだもん!!

 今まで見た事がないほどに、とけてしまいそうなクロードの表情。それは、美貌の人が笑み崩すために、目撃者が蕩けてしまうのか、はたまたクロード自身が惚気でとけてしまうのかはわからない。

 とりあえず、美形に耐性のあるロシェットは思う。

(暑い。とめどなく暑い……)

 そうして、クロードからそれとなく距離をとった。



.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ