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短編集  作者: 梅雨子
10/13

ある夫婦のお話(2012.6.2) 異世界恋愛、シリアス、死亡フラグ

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 私にとって、貴方はもったいないくらいのひとだった。

 今更、後悔しても遅い。それでも溢れるのは、(どうして)という感情。





***   ***   ***




 出逢った時、私は貴方をチャランポランな男だと思った。


 貴族の中にあって、貴族とは、その娘とは――そう教え込まれた私。他方貴方は、同じかそれ以上の教育を受けたはずなのに、木漏れ日のようなやわらかい笑みをいつも浮かべていた。

 当時、私は十六歳。社交界にも参加していて、心は少しばかりすれていたかもしれない。

 貴方は十八歳。私よりも爵位が上の一族だから、きっともっと早く社交界に足を踏み入れていただろう。


 政略結婚の顔合わせのために、私は貴方と逢った。

 むせかえるような芳香に満ちた薔薇園で。

 社交界で貴方の存在は知っていたけれど、やっぱりこの時の貴方もふんわりと微笑んでいた。


 貴方はいつも、おどけるように冗談を言って私を笑わせようとした。

 私はもともと表情が薄いから、その期待にこたえられなかった。


 それでも、貴方は私に求婚した。政略結婚が決まってはいたけれど、貴方は社交界で人気者だったから、正直驚いた。


 もしかしたら、私以外の恋人がいるかもしれない、とも思った。

 でも、それは違うと貴方と生活するようになって気づく。

 貴方はどこまでも一途だった。外で女性をエスコートしたとしても、必要以上には接することはない。

 そして、いつも笑みながら愛を囁いてくれた。


 社交界で、私は陰口の対象になった時もあった。

 貴方は、自分こそが私を求め結婚したのだと、行動で示した。

 また、男性に舞踏会場ではない一室に連れこまれそうになった日もあった。

 貴方はさりげなく私と男性の間に割って入り、肩を竦めて冗談交じりに私の腰に手を添えた。

 その時は、(うまい立ち回りだわ)と皮肉まじりに思ったりもしたけれど。

 後になって貴方の友人から教えられたのは、彼がその後、男性に対し怒り、どこぞの貴族の家に圧力をかけたということ。


 どこまでも、私の前では穏やかなひとだった。

 愛されていた自覚はあるし、私自身も愛していた。

 それでも――私はどこまでも不器用だった。





***   ***   ***





 年老いた貴方。金の髪は白に変わり、顔も手も張りを失って皺が寄る。

 でも、私も同じ。共に時間を過ごせたこれまでを、幸せだと思う。


 今、彼は死の際。

 寝台に横たわり、隣で貴方の手を握る私に優しく微笑む。

 それは、いつもの貴方。

 けれど、今の私は幾筋も涙を流し、顔をゆがめている。

 無表情でいるなんて、できようはずもない。

 彼は、嬉しそうに目を細める。

「君は、こんなにも私を愛してくれていたんだね。幸せだなぁ……。でも、泣かないでくれ」

 皺の溝を深めて、嬉しそうに言う。

 ――ああ、と思う。

 どうしてもっと昔に、彼に愛を示さなかったのか。

 自分の中があたたかい気持ちであふれていても、示さなくては意味がない。どうして勝手に伝わると、傲慢にも思っていたのだろう。

 懺悔するように、私は何度も言葉にする。

「愛しています。愛してる、愛してるの……」

 だから、置いていかないで。

 最後の言葉だけは、喉の奥でつまって消えた。

「私も、愛しているよ。ずっと――永久にだ」

 頬を少しだけ染めて、はにかむ彼は、どこか幼く見えた。

 何度も耳にしていた言葉だった。それでも、この時ほど胸を絞めつけたことはない。

 ――神様、彼をつれていかないで。

 涙が、とまらない。

 彼を私から奪う神をも、憎みたくなる。


 そうして。

 彼は喜ぶように、唇に弧を描き……やがて静かに目を閉じた。




***   ***   ***



 黒いドレスを纏った私に、彼の友人は声をかけた。

 その人いわく。


 彼は、顔合わせするずっと前から君に恋をしていたよ。

 彼は、社交界で君を一目見た時から、君に焦がれていたよ。

 彼は、君に刃をむくなにをも許さなかったよ。

 きっと、君は彼の笑みしか知らないだろうけれど。


 彼に口止めされていた、と、苦笑して彼の友人は語った。


 どうして今更、と思わずにはいられない。


 もっと貴方を大切にしたかった。

 もっと貴方の傍にいたかった。

 もっと「愛している」と言って、貴方に触れたかった。


 ――神様、どうか。生まれ変わった暁には、また彼と出逢わせてください。


 私から彼を奪った神様に、そう願った。



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