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短編集  作者: 梅雨子
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王道少女マンガ的短編 パンをくわえて登校してみた (2010.8.24 現代一応恋愛)



 ――朝。

 朝食の準備を手伝うあたしは、卓を台ふきで拭く。手伝っている時はリビングのテレビがみられないのが残念だ。しかし、手伝わなければ朝食ぬきの刑が待っているため、あたしは奉仕する。

 我が家では、朝のニュースは『お目覚めテレビ』という占いコーナーが人気の番組と決まっている。

 そして、定番の占いコーナーが始まったようだ。

「お父さん、射手座、今日何位ー?」

 あたしはソファに座って新聞を読みながらテレビをみている父に訊く。

「……気になるなら自分でみればいいだろう」

 メガネの向こうの眼差しに呆れた色を滲ませた父は、ぼやきながらも「まだ出てきてないから、最上位か最下位だ」と答えてくれた。これが世に言うツンデレというやつかもしれないと思う。こんな父に、時々あたしは萌えを感じる。

 さて、そんな時。

『今日の一番ラッキーな星座は――』

 とあたしの耳に届いた。

 あたしは慌ててテレビの前へ駆け寄り、陣取る。

「……結局来るなら、初めから来ればいいだろう。どうせほんの三分ほどだ」

 すぐ傍でまたぼやく父に「それはそれ、これはこれ」と口を尖らせると、ついにテレビは今日のラッキーな星座を告げた。

『射手座のあなた!』

「おお――――っ! きた――――!!」

 あたしはつい叫んだ。

『今日は”定番”にツキあり☆ ラッキーアイテムは”パン”』

「パン!?」

 あたしは台所へと戻り、食パンの袋を手にした。

「……なにしてるの? 今日の朝食、お味噌汁と漬物と卵焼きなんだから、パンはあわないわよ?」

 目を瞬かせて首を傾げる母に、あたしはガッツポーズを決めて見せた。

「お母さん、だって占いで今日は”定番”と”パン”がいいって言ってるんだよ!? つまり、この二つが結び付けるものは――パンを口にくわえて学校に行けってことなのよ!」

「……なんでそうなる」

 父がツッコミを入れた。それでも、あたしは揺らがない。

「だって、それが少女マンガの王道なんだから!」

「……古くないか? 昭和だぞ、その設定」

 ……昭和だと!? じゃあ、米粉パンをくわえれば平成だということか!?

 あたしは食パンのパッケージをみた。が、生憎米粉パンではなかった。

 ゆえに、呟いた父の言葉には知らんぷりを決め込んだ。


 そして、あたしはおかずだけを卓で食べ、食パンをくわえて家を出る。




***   ***   ***




 あたしは走る。

 住宅街の路地を。

 別に走らなくても学校へは間に合うが、細かいことを気にしてはいけない。

 そして、あたしはT字路を右折した。


 ――直後。

 どん、という衝撃に、あたしは尻もちをつく。

 痛い。確かにお尻の鈍痛に涙目になったし、朝食の食パンは拍子にどこかへ吹っ飛んだけれど。――これで運命の男と出会えるのならば、安いものだ!

「だ、大丈夫ですか?」

 ……少しばかりオドオドした男の声。

 差し出される手は、少しふくよかな……気がする。

「あれ?」と思ったけれど、おくびにも出さずに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 そう答え、あたしは彼の手をとって顔をあげた。

「……。――~~っっ!?」

 ――あたしは痛みとは別の理由で涙目になった。

「だだだ大丈夫?」とどもりながら尋ねる男は、萌え系アニメのキャラクターTシャツに、たらったらの青いジーンズ、謎のショッキングピンクのハチマキに手入れしていないだろうザンバラなおかっぱ頭をしたぽっちゃり系男子だった。

 ――こ、これはヲタだろう! と確信できたのは、彼が背負うリュックに丸めたポスターが刺さっていたからに他ならない。

「全然大丈夫です! ありがとうございました!」

 さりげなく”ありがとうございます”ではなく”ありがとうございました”と過去形にしたことから、今のあたしの心情を察してほしい。

 あたしはすくっと勢いよく立ち上がり、地面に投げ出された鞄を素早く手に取った。

 そして、すぐに学校へ向けて駆けだした。

 ――占いのバカヤロォォォ! 少女マンガの王道クソくらえぇぇぇ!

 と叫んだのは言うまでもない。




 ちなみに、学校についてからあたしはお弁当を持ってくるのを忘れたことに気づく。

 そうして、朝の自爆的ハプニングを胸にとぼとぼ購買で”定番”の焼きそばパン(※残り一個)を購入する時、校内でもカッコイイと名高い先輩と手が重なることとなる。

 そっか。占いで言っていたのは、”定番”であって”王道”ではなかったのか……と思いながらたべた、先輩と半分コにした焼きそばパンは、少し涙の味がした。

 ていうか、ここは焼きそばパン、後輩女子に譲ろうよ、先輩、と思ったのは秘密だ。




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