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I must feel for your voice.

作者: 美湖

 突然にメールが来た。

“ヤス、今夜暇?”

 龍二からだ。中学から高校まで同じ学校に通った親友みたいな男、それが龍二だ。昔はリュウと呼んでいたのだが、いつの間にか恥ずかしくなり“龍二”と名前で呼ぶようになった。だが、相変わらずの彼の方は泰史という名前から“ヤス”とオレのことを呼んでいた。

 最後に会ったのは大学一年のときのクリスマス・イブの日だ。互いに彼女がいなかったため、二人で“クリスマスなど滅んでしまえ”と二人で飲み会をしていた。

 その一日以来、龍二からの連絡はなく、いつの間にかオレは大学四年生になっていた。同い年なため、順調にいっていれば龍二も四年生になっているはずだ。

“暇だけど、どうした”

 そっけない返事をいつものように返した。すぐに携帯のバイブが鳴る。

“んじゃんじゃ。20時にいつもの駅でよろよろ”

“了解”

 いつものやりとりだ。中学のときも高校のときもこのようなやりとりをしていた。当たり前のようなやりとりで、この時点ではおかしい点は見つからなかった。龍二に誘われるのは三年ぶりではあるが、嫌な予感というのも感じなかった。

 きっと積もる話でもできあがったのだろう。

 そう軽く考えていた。来年から社会人になってまた会えなくなるのなら、キリのいい今にでも飲もうと思った。それが龍二の理由だと思い込んでいた。

 だが、彼がオレを呼び出したのは、思い出話のためなんかではなかった。



 20時。二人が生まれ育った街の駅へと向かった。

 オレは大学をふらふらしたあと、付近の店をまたふらふらし、時間を潰した。20時に間に合うように大学の最寄り駅を出て、地元へと向かう。けれども、20時になっても龍二は現れない。いつもの遅刻癖で彼は20分ほど遅れてやってくる。

「ヤスー」

 20時20分。龍二がやっと現れる。

 でも、オレはイヤホンで音楽を聞きっぱなしにしていて気がつかない。

「ヤス!」

 背中を叩かれる。身体をビクリとさせて、後ろへと振り向いた。そこには相変わらずのやんちゃ顔があった。特に変わり映えはしない。約3年の月日の老化を感じさせない若さを感じた。歳をとったというよりは若返ったようにも見えてしまう。

 耳にはめていたイヤホンを抜き取り、改めて龍二を見る。まるで高校生の頃の龍二を相手にしている感覚だ。

 きっとオレが老けたのだろう。

 そう自分に言い聞かせて、いつも二人で行っていた居酒屋へと向かって行った。

 途中で思い出話が頭を過っていった。中学でやらかしたイタズラの数々、今までに告白した女の子の数、そしてふられた回数、高校でのバイトの愚痴話、クラスの連中の武勇伝、大学一年のあの大クリスマス飲み会。

 またそういう話をするんだろうと泰史は思っていた。

 いろいろと思い出話に華を咲かせていると、互いに行き着けだが一緒に行ったことのない居酒屋に到着した。



「で、いきなりどうしたんだよ」

 居酒屋で二人は向き合って座った。この居酒屋では男性が少人数で話している姿をよく見られる。今日はその男性たちの仲間入りをしている。今更、大人の男性の仲間入りをしたようでなんとなく誇らしいものを感じた。

 龍二は酒を頼まずに枝豆を頼み、黙々と緑色の豆を頬張っていく。こちらの質問を無視しているかのような様子だ。

「龍二」

「高校んときのクラスに瑠子っていたじゃん」

「そんな名前の女子いたか?」

「斉藤瑠子」

「えー、覚えてねーよ」

 いつの間にか更には枝豆の皮が山積みになっていた。全部龍二が食べてしまったらしい。追加でイカリングを注文する。

「んで、その斉藤てのがどうかしたのか?」

 龍二が怪訝そうな顔をしてから、顔を俯かせた。何か話しづらいことを話そうとしているようだ。“話してみろよ”と声をかけてみる。そういうオレに彼は“察してくれよ”と言うような目をして睨んできた。

 その彼の対応に何の話なのかは予測することができる。しかも、たぶん予測は当たっている。でも自分から切り出そうとは思えなかった。

 沈黙が続く。辺りを見回し、龍二を見るというのを繰り返し、龍二はずっと俯いたまま目を泳がせている。

 そのままでいると店員がイカリングを机に置いていった。二人で黙々とイカリングを平らげていく。酒を飲まずに水だけを飲んで、つまみを食べて、会話もしない。周りからしたら不審な男達だと思われていたかもしれない。

「ヤス、彼女いたっしょ」

「あぁ。いたな」

「今は?」

「そんなん聞いてどうすんだよ」

 また龍二は黙り込んだ。

「なんかあったのか?」

 龍二はぽつりと呟いた。

 それを聞き取るのに苦労をした。途切れ途切れに聞こえてきた言葉を繋げて意味を考えてみる。確認のためにもう一度聞き返したかったが、内容が内容のために聞き返せなかった。

 オレには彼がこのように言ったように聞こえた。

「俺、彼女にデキさせたみたいなんだ」

 改めて考えてみてから、オレの中で何かが凍った。一瞬、軽蔑の目で龍二を見た。彼は焦っているのか混乱しているのか、顔を歪ませて俯いていた。

 女性の身体に子供を孕ませたということはどちらにも責任があると思う。レイプはまた別の問題にしろ、それをしようとした男性、それを受け入れた女性、その双方に責任がある。男性が我慢をすることも、女性が拒むことこともできるはずなのだ。だから、女性が産むにしろ、下ろすにしろ、オレとではなく本人達が話し合うべき問題だ。

 何と声をかけていいのかわからず、ビールを注文する。あまりに口を出しづらい内容に酒の勢いが欲しくなった。龍二にも“飲むか”聞いたが、彼は“いらない”と言うだけで俯いたままだった。

 “お待たせしました”と店員がビールを置いていく。とりあえず一口だけビールを含む。今はこの冷静さはいらない。

「その女が瑠子ってわけか」

 斉藤瑠子。

 オレは彼女のことを覚えていない。クラスのいたという覚えもない。龍二が言うからには斉藤瑠子は存在していたのだろうが、斉藤という名字の女子すらいた気がしない。斉藤という男子はいた気がするのだが、瑠子という名前ではなかった気がする。男子ではあるのだし、瑠子という名前はないだろう。

 考え込んでいると、いつの間にか龍二がビールを頼んでいた。運ばれてきたビールジョッキと一/三に減ってしまったオレのビールジョッキでやっと乾杯をした。このとき既に二時間が回っており、ぽつぽつと居酒屋から人がいなくなっていく時間になっていた。

「ヤスは、俺を軽蔑する?」

 声が震えている。涙を堪えているのか、泣いているのかまではわからない。

 龍二は泣き上戸というわけではない。けれど、切羽詰まった彼には泣くということしかできなかったのだろう。

「さすがに軽蔑はする。でも、これから先、龍二がどうするつもりなのか。それにもよると思うんだ」

 誰もがそう言うと思う。一般論だ。

 きっとオレも自分の彼女がデキてしまったら、龍二と同じようなことを言うような気がした。オレ達は似た者同士だ。

「彼女はなんて言ってんだよ。病院行ったのか」

「なんか、生理、しばらく来てないんだって」

 どんくらい?と聞くと、知らないと返ってきた。

 薬で調べたり、病院行ったりしないとだめだろう。今の時代は妊娠を確認する術があるのだから。

 そう思ったが、あえて言わなかった。

 言うのが怖い気持ちもわからなくはない。でも一般論ではこの“怖い気持ち”はただの責任逃れになりかねない。

 斉藤瑠子の不安は龍二とは計り知れないと思う。男であるオレには理解しきれない不安。でも男の方もそれと同じくらいの不安があるのだと言い張りたい。

 これからどうすればいいんだとか、なんて声をかければいいんだとか、とても苦しい思いをさせてしまったとか、親にはどう説明すればいいんだとか。どこか嬉しいという思いと共に焦りがのしかかってくる。だが、この嬉しさは相手を最も愛している場合にのみ生まれる感情だ。後悔になってしまうのならまた虚しい意味となってしまう。

 子供を産むという決断をすれば、結婚をしなければならない。そして、自分と妻、子供を養っていかなければならない。

 子供を下ろすという決断をすれば、“結婚”と“養う”という事実から逃げることができる。だが、女性の身体と心を深く傷つけることになる。そして、無実の殺人をすることになる。間接的に。

「そこは話し合わなきゃだめだろ。よく生理崩れるやついるんだぞ。めんどくせーけどさ」

「うん」

 ちみちみと二人はビールを飲む。内容だけに明るく飲む気になれない。

「日本酒にするか?なんかオレ、ビール気分じゃないんだけど」

「悪いな」

 龍二のぎこちない笑顔を見る。初めてそんな顔を見た。居酒屋に来る前に見たあのやんちゃ顔の面影がない。オレには彼が一気に老けてしまったように見えた。

 ビールを飲み終え、日本酒を注文し、飲み始める。

「龍二はどうしたいんだ。ま、三択しかないけど」

「え…。なんで三択なの」

「一つ、生む。イコール結婚ね。二つ、下ろす。三つ、女から逃げる」

「なんだよ、最後のやつ。最低じゃん」

 あり得ないよ、と呟かれる。

 ふと、いいやつだなと思った。

 龍二には最初から“逃げる”という選択肢がなかった。生むか下ろすかという選択しか見えていなかったように見える。最初から“逃げる”という選択肢が見えているオレの方が軽蔑されるべきなのかもしれない。

「俺はね、生んでほしいと思ってるんだ」

「結婚…するってことか」

「うん。幸いにも就職先は決まってるから」

 酒の影響か少しだけ赤い頬がにこりと上がる。やっとやんちゃ顔が拝めた。これで少しだけ安心する。

「あとは瑠子次第なんだ。こういう言い方もあれだけど。…たぶん、瑠子も就職決まってんだろうし、仕事したいだろうし、瑠子は下ろすって言うかもしれない。それならそれで、いいと思う」

 なんだ。すげぇ大人じゃんか。オレなんかよりも。

「生むのはオレじゃないんだ。瑠子なんだ。あとは、瑠子自身の問題だと思う」

 目の前には大人の男性がいた。何かを覚悟したような強さを持っている。何かから逃げながら貪欲に生きているオレなんかよりずっとかっこいい。

「ありがとうな、ヤス。重い話しちゃったわ」

「気にすんなよ。オレももしかしたらがあるかもしんないしさ」




 そうだ、龍二

 お前の思ってること、ちゃんと彼女に言ってやれよ


 気を遣って言わないでいたりするなよ


 誰よりも余裕がないのは女の方なんだから



 わかってる


 誰よりも瑠子のことはわかってるつもりだよ




 もしかして、高校時代からつきあってたのでは?

 そういうオレの直感が働いた。そしてきっとこの直感は当たっている。

 その長いつきあいの中での男女の絆や信頼がとても羨ましいような気がした。今のオレには持っていないものを彼は持っている。長い間、親友をしているが、高校時代のときには既に追い抜かされていたんだと思い知った。


この手の過ちには、三つの逃げ道があると思います。

一つは下ろす。一つは生む。一つは逃げる。

一体どれが正しいのでしょうか。


そんなことを考えて書いていました。

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