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水晶魚【すいしょううお】  作者: 今西薫
【第1章】
8/28

 大通りに向かうという上司と一緒に歩く。宿はすぐそこなのに、屋台を冷やかし、待ち合わせ場所にいる子供たちと妻の様子を語る上司に相槌をうちながらだと、なかなか着かない。

「お」

 上司がふと足を止めたのは、不思議なデザインのアクセサリーを並べた露店だ。大きいものは直径六センチくらい、小さいものは五ミリくらいのサイズの丸い金属の板に何かの絵と思われるものが彫ってあり、緑色の石がはめられている。ペンダントからイヤリング、指輪まで道の上に布を敷いて所狭しと並べているのをしゃがみ込んで物色する。その姿がやけに真剣だ。

「娘さんにですか?」

 問いながら、以前聞いたことのある家族構成を思い浮かべる。上は確か二十歳をこえ、下は五歳だったか。早婚で子沢山。ひそかに、奥さんが大変だ、と思っていたのを思い出す。

「んー。今年十歳になるのがいてな。『祈りの子供』に選ばれたがってるんだ」

「ああ、おまもりに」

 よくよく見れば、値札と一緒に説明書きがあり、恋愛成就や、願い事成就やらいろいろある。

「これなんかどうだ?」

 上司が手に取ったのは、革紐を通したペンダントだ。

「いいんじゃないですか?」

「なんか、投げやりな言い方じゃないか?」

「娘さんを見たことがないですからね」

 言い返すと、納得したようにうなずき、布の上に戻してまたもや真剣にみつめる。

 一緒になって見るともなく見ていると、一つのペンダントが目に入った。

 上司が選んだものとデザインは同じ。だが、大きさとはめてある石の色がちょっといいなと感じさせた。

「それ」

 指をさすと、店主の女は黙ったままそれを手にとった。

 他と比べて緑が濃い。大きさも小さめで、ジェインに似合いそうだ、と思う。

「一つ貰うわ」

 コートのポケットに手を突っ込み値札の金額と同じだけをとりだす。店主は金を受け取るとペンダントを小さな革製の袋に入れて渡した。

 それを懐にしまっていると、隣から視線を感じて手を止めた。

「な、なんですか?」

「パティは男の子と一緒だったって言ってたが、女の子だったのか?」

「え? あ、はい」

 その問いから、彼女が詳しいことは話していないことを知る。

「まさかと思うが、これ、か?」

 上司はやけに真剣な表情で小指を一本立ててみせた。

「………違います。彼女から何を聞いたかしりませんが、断じて違います。世話になってる人の孫娘なんですよ」

 妙な疲れを感じながら、そういえば、アリシアにはわざと誤解させたことを思い出し、少し反省をする。

 上司は破顔し、ばんばんとダグラスの背を叩いた。

「そうだよな! 十歳といえばまだガキのガキ! おまえがそんなのを相手にするわけはないよな!」

「そうですよ」

 少し怒ってみせると、声を挙げて笑う。

「まあ、でも。おまえでもそんな顔してこんなもんを買う相手がいるんだと思ってな」

 どんな顔だ、という疑問はが浮かぶが、あえて突っ込まないことにした。

 上司は、並べられたものを見ながら続ける。

「ちょっと、ほっとした」

 ダグラスが選んだものより小さなペンダントを二つ手に取り、もう片方の手で上着のポケットから金を出すと店主は、革製の袋を持ち上げてみせる。それを身振りで断り、反対側のポケットにしまう。

「もう、本当に大丈夫そうだ」

「どういう基準ですか」

「さてね」

 上司はにやりと笑ってみせると、歩き出した。

 慌てて人ごみに紛れるように進む背中を追う。

「あ」

 まだ話し足りない。

 ふとそんなふうに思い、声をかける。

「なんだ?」

 肩越しにちらりと振り返る。

「水晶魚って知ってますか?」

 口をついて出たのは、何かが起こるだなんて思いもしなかった昨日の夜に聞いたばかりの話。ジェインもこんな気持ちだったのかと、ふと思う。

 そんなダグラスの気持ちには気づかない上司は、軽く眉を寄せている。

「なんだ、それ」

「昨日聞いたばかりのおとぎ話ですよ」

 うねるように歩きながらの会話なので、おとぎ話部分のみを話す。

 子育ても手伝っているらしい上司なら、そういう話も耳にしたことがあるのでは、と思ったのだ。

 少なくとも、ダグラスは聞いたことがない。しかも、ジェインの話が本当なら、信じて旅に出た人物もいるほどの「おとぎ話」だ。そういう話が、広く知れ渡っていないことがなんだか不思議な感じがしたのを、思い出す。

「知らねえなあ…」

「地域限定のものでしょうかね」

「どうだろな」

 そうこうしているうちに、ようやく宿の近くまで辿りついた。

「じゃあ」

 立ち止まると先を行く上司も足を止め、体の向きを変えた。

「おう。またな。その話については、何かわかったら知らせてやるよ」

「いえ、そこまでは」

 首を左右にふる。そこまでを求めたものではない。

「だから連絡先を教えろって話なんだが、無理か」

 苦笑を漏らす上司にそうではないと再び首を横にふる。

「教えたくても難しいんですよ」

「……なんだか、行くなと泣いてすがりたくなってきたな」

「可愛い女の子なら効果絶大ですけどね。むさくるしい男にすがられても逆効果ですね」

「ふん」

 上司は肩をすくめて息を吐くと背中を向ける。

「元気でやれよ」

 振り向きもせず、片手を頭の高さまで上げてひらひらと揺らす。

 ダグラスは黙ったままその背中を見つめていた。

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