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「あのさあ。そんなに子供に甘くてどうするの? 僕、ダグのこの先のことが心配だよ」
自分自身思っていることを言われ、ダグラスは憮然とする。
だが、ディーは呆れたような表情を隠しもせず、口をつぐんだダグラスを見つめる。
「そりゃ僕だって最後の切り札だと思って出したことだけどさ。そんなにあっさり言うことをきかれると却って不安になるよ」
どこか照れ隠しのような言葉に、ダグラスは口元だけで小さく笑って肩をすくめた。
精一杯の虚勢を張っている少年の気持ちを尊重しようと、気付かないふりをすることに決める。
「うるさい。気が変わる前に早く言え」
「短気だなあ…」
「……それは、一人旅をしたいと言ってるってことだな?」
「あ、うそうそ、話すよ。話すから」
そう言って、ディーは視線をテーブルの上に落とし、口を閉じた。
唐突におとずれた沈黙をどうしようかダグラスが迷っていると、カタンと音がして、ジェインが立ち上がった。
「お茶、飲みませんか?」
ディーの言葉が気になって仕方ないのは自分以上であろうに、彼女はにっこりと微笑んでいた。
「……そうだな。お湯をもらってくるから、ジェインはここにいなさい。ディー? 腹は減ってないか? どうせなら食事にしよう」
「あの、私が」
「君を一人で外に出すわけにはいかないよ。食べるものの準備をしておいて」
ジェインは小さく肯いた。
お茶と、昨日の残りのパンとハムを用意して、三人で食卓を囲む。大人の男の人と育ちざかりの少年の食事にしては質素かなとジェインは思うが、買い出しに行かなければ食糧はもうない。明日の朝以降の食糧は食後に買いに行くとして、ディーの話を先に聞くことにした。
ディーが、たいした話ではないけど、と何度も前置きして話し始めたところによると、ディーとディルは文通をしていたらしい。
文通?!と声を裏変えさせてダグラスがディーを見たが、ジェインも同意見だ。ディルにこれほど似つかわしくない言葉もない。
「……なんだか、信じてないみたいだけど?」
ディーは、疑わしげなまなざしを向けてくるダグラスを見返して息を吐く。
「まあ、信じてくれなくてもいいけど、本当なんだ。で、僕は、天涯孤独の身の上だったんで、突然連絡が来なくなったディルを心配してこんなところまでやってきた」
憮然とした表情で肩をすくめる。
ジェインはちらりとダグラスを見たが、彼の表情からはディーのことをどう思っているかは判らなかった。
「………こんなんじゃ、ダメ…?」
何も言わないダグラスとジェインをちらりと見て、ディーが呟くように言う。
二人は吹き出した。
「……笑わないでよ」
「いや、だってさ、自信満々だったのが…」
ディーは笑いこける二人を見る。
「それくらい、必死だったってことだよ」
つぶやくようにディーが言うのを聞いて、二人の笑いも少しおさまった。
「判ってるよ。なあ、ジェイン?」
同意を求められてジェインもうなずく。
「はい。……一度約束したことは破ったりしませんから」
「ああ。たとえ、それが嘘でもな」
「嘘じゃないよ」
「判ってるさ」
ダグラスは、半分くらいはね、と心の中でつぶやく。おそらく、全部が嘘ではないのだろう。でも、嘘ではなくてもすべてを話しているとは限らない。
「さて、じゃあ今後のことについて相談をしよう。まずは、今日のところの状況の把握だ。それから、ディー、話せるなら話して欲しい。どうしてジェインがディルの孫だって判ったんだ?」
何気ない調子で問いかけられ、ディーは固まる。
「話せないのなら別にかまわない。ジェイン、ここを片付けて。俺はちょっと確認をしてくる。ディーと留守番をしてて」
「いや、話しておく」
さっさと指示を出して扉を開けようとするダグラスの背に、ディーは話しかけた。
動きを止めて振り返った彼は、その表情だけで先を促す。
「今日僕は、ディルの家に行ったんだ。……で、そこでジャックのお母さんに出会った」
「なるほどね」
納得したように肯く。
「で、俺たちのことは何も話さなかったんだな?」
「もちろん。…ジャックの無事を伝えられなかったのは苦しかったけど、きっともう会ってるよね」
「そうだな。そしてきっと、ジャックはおまえのことだと気付いただろうな」
ディーは唇を噛んで肯いた。
「まあ、了解。とりあえず留守番たのむ」
軽い調子でそう告げると、ダグラスはさっさと扉を開けて出ていってしまった。