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「あれ?」
部屋の中に入ったディーは目を丸くした。
「ジャックは?」
夕刻になって戻ってきたディーは、部屋にジャックがいないことに気付いたようだ。
「帰ったよ」
「……は?」
「家に帰ったんだよ。最初から、彼は一緒には行かない予定だったんだ」
「え? そうだったの?」
ディーは驚いたようだ。
「そうだったの。で? そっちは用は済んだのか?」
「うん。一応ね。それで相談があるんだ」
どこか釈然としない様子でディーは空いた椅子に座る。
ジェインはそっとダグラスの様子を見る。
「なんだ?」
訊ねながらも、ダグラスはその内容が判っているようだった。
「判っているくせに」
ディーはくすりと笑う。
「僕も二人について行きたい」
「却下だ」
「ちょっと結論が早すぎない? もちろん、お金は出すよ、かかった分は」
「お金を出すのは当たり前の話。そうじゃなくて、こっちにはお前の面倒を見るだけの余裕はどこにもないんだ」
ジェインはディーを見つめる。彼女自身も、ディーの相談したいことはなんとなく判っていた。だからそれほど驚きはしなかったが、一緒に来たいというその理由が見当もつかない。
「自分のことは自分でするって」
「じゃあ、一人旅で充分だろう?」
「僕が子どもじゃなければね」
何か苦いものを口にしたようなその声の調子に、ダグラスは言葉を詰まらせる。
「やっぱり子どもは一人だと目立つんだよ。ここに来るまでもそうだったから、それはよく判ってるんだ」
「深い理由は聞く気はないが……誰かに追われているのか?」
「うん、二人は事情は知らない方がいいよね。だから僕も詳しいことは言わない。でも、追われているわけじゃないよ。ただ、子どもが一人居て不審がられて保護されるといろいろ面倒なんだよ」
ディーの返答を聞いてダグラスは「……それはそれで問題だがな」と呟く。追われていないという事実も、保護されると面倒という発言も、まっとうさを感じられない。
「それなら、ジャックの家に行くといい。あそこのおばさんは子どもが一人増えるくらいどうとも思わないだろうし、お金を持ってるなら、喜ばれるくらいだ」
ディーはため息をついた。
「ダグたちは、一か所に長くとどまるつもりはないんでしょ?」
「なぜそう思う? ジェインのことを考えれば、誰も知らないところでひっそりと暮らすほうがいいんだが」
「僕と違って、二人は誰かから逃げているように見える」
「見えるだけだろう」
ディーは肩をすくめて、首だけまわしてジェインを見た。
「たぶん僕は、君のおじいさんの知り合いだよ」
「ディー?」
声を発したのはダグラスで、ジェインはただ目を見開いてディーを見るのみが精一杯だった。
「違うかもしれないから、そんな怖い顔しないでよ」
「どういうことだ?」
「僕も一緒に連れて行ってくれるなら話すよ。僕にだっていろいろ事情があるんだ」
ダグラスは余裕の表情を作っている少年を見つめた。取り合わないほうがいい、理性がそう言っているのは判っていた。だが、今はどんな情報でも欲しい。いや、それよりも気になるのはディーの表情だった。
「俺たちが、そんなあやふやな情報は要らないって言ったらどうするんだ」
「だって、これを言わなければまず間違いなく連れて行ってくれないでしょ? 少なくとも今は迷ってくれている。やってみた価値はあると思ってるよ?」
余裕の表情に見せているが、目がひどく真剣なまま、わざとらしくおどけてみせる。その様子が痛々しい。
「あの、ダグラスさん」
「ジェイン、君はそんなに簡単に人を信じちゃダメだ」
心配そうに声を上げるジェインに言い聞かせたのはディーだ。
これが……痛々しい表情も、言葉も故意にしていることなら小憎らしい。
だが。
「判った。聞こう」
ジェインの表情が明るくなり、ディーもほっと表情を緩める。
--いつからこんなに子供に甘くなったのか。
ダグラスは頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。