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「あんな奴はおいて、とっととここを出ようぜ」
遅い朝食というか昼食と言ったほうがいいような食事をとりながら、ジャックが言った。
「ダメだよ」
ジェインは至極真面目な表情で言う。
「なんでだよ、居ないほうがいいじゃないか」
言いながらもジャックは食べるのをやめない。固くなったパンにハムとチーズを挟んだものを、放り込むようにして口の中に入れていく
。
「ダメ。約束したんだから」
言ってから、少女は同意を求めるようにダグラスを見つめる。
ダグラス自身は、別に約束を破ることについてはどうも思わない。相手が危険な相手ならなおさらだ。しばらく逃げなければならいとい
うこんな時にはよけいに面倒事は遠ざけたい。
とはいえ、見捨てるのもどうかと思ったのだ。耳に残るのは、朝、ジェインに言った「ありがとう」という言葉だ。あれが、彼の本質だ
と、そう感じられた一言だった。
「まあ、いいじゃないか。もしかしたら、ここ数日でかたがつくかもしれないんだからさ」
「かたが付かなかったらどうすんだよ」
「ま、大丈夫だろ」
「私もそう思う」
少し安心したような表情を浮かべ、ジェインは同意を示した。
「あの人、そんなに悪い人じゃないと思うし」
「そりゃあ、ジェインには優しかったからさ!」
口の中のものをあわてて飲み込んで、ジャックは叫ぶように言った。
「ジャック、男の嫉妬はみっともないぞ」
にやにや笑いながらダグラスが言うと、顔が赤くなる。
「そうじゃなくてさ!」
「まあまあ、大丈夫だって。彼一人で何かできるわけでもなし?」
怪しいという点においては相当なものだが、場の空気が読めないわけではなさそうだし、おそらく害はない、そう判断した。
「それより、居ないうちに昨晩の話」
「あ、そうそう、それ!」
ホットミルクで口の中のものを流し込み、ジャックは言う。
「え? 何かあったの?」
ジェインが身を乗り出す。そこで、昨晩はディーが居たので伝えられなかった話をした。アリシアが屋根の上を走っていたこと。そして
彼女のことを『殻』と呼ぶ人たちがいたこと。爆発事件が起こったこと。ジャックが祈りの子供に選ばれたこと。それに疑問を持つ人たち
がいること、彼らにペンダントを渡したこと、など。
「それで、帰る途中で神官に出会ったんだ。なんか、アリシアを探しているみたいだった」
ジャックがやけに真剣な顔で言う。少し不満そうな表情に、ダグラスは内心苦笑する。
「その直前に、アリシアが屋根の上を走ってたことをおっさんに伝えてたんだ。どうも、ディーのヤツ、そのあたりから聞いてたみたいで
、神官たちが去ったあとで現れて、金髪の女がいるって叫ぶって言うからさ」
「それで……」
ジェインは、ディーがついてきた経緯と、ジャックが不機嫌だった理由を理解したようだった。
「そう、だからさ!」
「ダメ」
ジェインはしっかりと首を横に振る。
「だって約束したんだもの」
同じ会話を繰り返しそうだったので、ダグラスは声をかけることにした。
「まあまあ。とりあえず、今後のことも話し合っておこう。俺とジェインは明日か明後日にはここを発つ。ジャックはそれと一緒に出るか
? それとも、今日、帰るか?」
少年にとっては不本意な選択だろう。そう思いながらも、避けては通れないことだ。ダグラスはできるだけ軽い口調で言う。
「もし明後日にするなら、もうそろそろ連絡を入れておいたほうがいいと思う」
ジャックは表情を硬くした。
「あの、さ…」
絞り出すように出された声が、何を言いたいかは簡単に想像できる。
「俺も付いていったらダメなのかな…」
「ダメだろ」
「う…」
もちろん、ジャックも判っているのだろう。だから、それ以上は言えない。
「おばさんもおじさんも心配するよ?」
「俺だって!」
ジェインが言うのに、ジャックは声を張り上げる。それから少しうつむいて。
「……俺だってジェインが心配だ」
呟くように言った言葉に、ジェインは微笑んだ。
「……うん。ありがとう。おじいちゃんのことで、ジャックまで巻き込んでしまってごめんなさい」
「いいよ、別に。知らないほうが心配だし」
ふてくされたような顔をして言ったあと、少し不安そうな顔をしてダグラスを見た。
「今日戻るのと、ここを出る時に一緒に戻るのと、どっちがいい?」
それでも少しでもよい選択になるようにと、彼は考えたらしい。無理をするなと言いたいところだが、彼自身からその問いが出るのなら、ダグラスも遠慮はしないことにする。
「今日かな」
「判った。昼にここを出ることにする」
「助かる」
ぐっと唇を噛みしめて言う少年の頭を、ダグラスは手のを伸ばしてかき回す。
「ちょっ、おっさん、何すんだよ!」
ダグラスの手を払いのけて叫ぶジャックを見て、ジェインも声を上げて笑った。