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ジェインの問いに、ディーはぽかんと口を開けたまま彼女の顔を見ていた。想定外といえば確かに想定外の質問ではあったが、そんなに驚くようなことだろうかと、ダグラスは二人の様子を窺う。
「え? あ、ごめんなさい。訊いちゃダメ、でした、か?」
ぽんと口をついて出た質問の唐突さに気付いたのか、ジェインは真っ赤になって、言葉を継いだ。
と、ディーは破顔した。
「普通、家出してきたって言った人間には、ちょっとは気を使うよね」
「あ、あの、ごめんなさい」
「うん、でもまあ、その率直さに敬意を表して大雑把に言うと、西から、だね」
「西って言うと…」
ジェインはいくつかの大きな街の名前を挙げる。それにディーは肯いた。
「そう、そっちの方。……ねえ、ジェイン。もしかして君はほかの街に興味があるの?」
ふと思いついたようにディーが質問を返す。ジェインは赤い顔のまま俯いた。
「そう、なんです。小さな頃から、山と街からほとんど出たことがなくて」
それは、多くの人間がこの街から出たことは無いだろうとダグラスは思う。他の街へ行ったことのない人間であっても、みんながみんな土地の名前を覚えたり興味を覚えたりするわけではないだろう。だが、ジェインの場合は多少特殊な状況も関与しているのかもしれない。
「ふうん」
ディーは興味無さそうに頷いた。
ダグラスは、ディーの服装を見て「西」という単語を改めて考えていた。
このあたりは、女性は長めのスカートにごくごくシンプルなブラウス、そして、セーターの重ね着というのが標準の服装だ。男性は、ズボンにシャツと、セーターそして上着。村の女たちの手仕事である編み物によるセーターの模様には特徴がある。
ディーの服装には、このあたりの特徴が無い。かといって、どんでもなく不自然なわけでもない。
「ねえダグ、何をそんなにじろじろ見てるの? 僕はそっちの趣味は無いんだけど?」
小首を傾げるさまはなかなかの美少年ぶりだが、その口調と内容が見た目にそぐっていない。いや、逆にそぐっていると言うべきか。
ダグラスは軽く首をすくめる。
「気が合うね、私にもそういう趣味は無いんだ。でも、家出少年には興味があるんだよ」
「ダグさ、そんなビジネスモードで丁寧な口調にならなくったっていいんだよ? こんなガキに向かってさ」
「そうか? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
余裕の笑顔を見せながら、ダグラスは自分が緊張していたことに内心苦笑する。軽く息を吐いて、肩の力を抜いた。
「まず訊きたい。おまえの目的は何だ?」
ディーは軽く目を見開いてから満足そうに笑った。
「そうこなくちゃね。……でも、僕の目的は最初に言った通り。しばらく匿ってほしいんだ」
「……しばらく、って、いつまでだ?」
「僕が、用事をすますまで、かな?」
「どれくらいかかる?」
「そんなにかからない予定だけどね。なんとも言えない。あんまり時間がかかるようなら、あとは僕一人でなんとかするつもりもあるよ?」
笑顔を浮かべたままそう言う少年をダグラスは黙って観察する。目の真剣さはおそらく信じていいだろう。
「俺たちは、二~三日後にはここを発つつもりだ。それにはどうする?」
「二~三日ね。了解。出発の時に決めさせてもらってもいい? 二~三日中に用事を終えるように努力はするけど、相手次第なんだ」
ダグラスは小さく肯いて、ジェインとジャックを見た。
「どうする?」
訊ねるとジェインは首を縦に振ったが、ジャックは露骨にイヤそうな顔をした。が、仕方なさそうに肯いた。
「なに? ジャックはイヤそうだね?」
にやりと笑うディーは、ジャックの顔を覗き込むように上体を寄せる。
「イヤに決まってるだろ?」
「まあねー。……でも、感謝する」
頬を膨らませたままのジャックから体を離して、視線も逸らしながら言う。
「ジェインも、ありがとう」
ジェインに言う時も一瞬視線を向けた後に言う。その様子が照れているように見えて、ダグラスは口元に笑みを浮かべた。
「ダグは……なんか変な顔してるよね。ま、よろしく」
顔をしかめたディーは不機嫌そうに言ったあと、右手をダグラスに差し出した。
「よろしく」
ダグラスはその手を握り返した。
次の日、一番早く目が覚めたのはジェインだった。前日は夕方近くまで寝ていたというのもあるのだろうが、やはり緊張しているのだろうと思えた。
カーテンの隙間から差し込む朝日に誘われるようにベッドから抜け出し、窓際に寄る。
部屋の中には、昨晩追加で運び込まれた大き目のベッドがもう一つあり、ダグラスとジャックとディーが並んで眠っている。そこに光が当たらないように、そっと外を覗くと、街の人々はもう起きだして、動き出している様子が見えた。
「おはよ。いい朝だね」
ふいに背後から声をかけられて、ジェインは飛び上がって振り返る。ディーがにっこり笑って、窓の外を見ていた。
「驚かせてしまった? ごめんね?」
改めて視線を向けられたので、ジェインは小さく首を横に振った。
「昨日の祭りが嘘みたいだね。あんなに人がいたのにさ」
ディーが再び窓の外に視線を向けたのでジェインも窓の外を見た。
あんなにたくさんいた人も、屋台も一つもない。ただ、名残りのように、ゴミが落ちている。それも、拾われていっていて、見ている間にどんどん少なくなっていく。
「これからちょっと出てくるけど、待っていてくれるって信じてもいいかな?」
視線は窓の外に向けたまま、ディーは言った。昨晩の強気さとはうって変わっての気弱さに、ジェインは小さく首を傾けた。が、ディーは何も言わずに窓の外をじっと見ている。
「……ダグラスさんは、約束を破るようなことはしないと思います」
ジェインは微笑んでみせた。
「だから、安心して用事を済ませてください。朝ごはんはどうしますか?」
顔は相変わらず窓のほうにむけられたままだったが、その目がわずかに見開かれた。そしてゆっくりとジェインのほうを向く。
「ありがとう。今朝の分は持ってるから大丈夫」
「帰りはお昼ごろですか?」
「早ければ。でも遅くても夕方までには戻ってくるよ」
「判りました」
肯いてそう言うと、ディーはつぶやくように「ありがとう」と言い、テーブルの上の自分の荷物を肩にかけると部屋を出て行った。