20
ダグラスが出ていってから、随分と時間が経った。
すぐに戻ってくるとは思ってはいなかったので、パティと二人おしゃべりをしていた。だが、三時間経っても戻ってこなければ、不安も膨らんでくる。これが何でもない時ならばそんなこともないだろうが、今はひっそりと身を隠しているような状況だ。お互いなんとなく気を使いあって、帰ってこない不安を口にしないようにしていたが、もう限界だったらしい。
ふっと会話が途切れたときに気も緩んでしまったのか、ジェインは思わず言ってしまった。
「遅い、ですね」
足音のしない部屋の外を見るように、一つしかない入り口を見つめて。
「本当に」
その声に応えたパティの声が少し怒っているように聞こえて、ジェインは反射的に彼女の顔を見つめた。
声に出したら表情にも表れてしまったようで、不満の色を露わにしている。
「もう十二時よ!? いくら何でも遅すぎると思わない?! いくら女の子同士だからって、三時間も話せば一段落つくってものよ! お茶だって飲みすぎて、お腹はガポガポよ!」
ねえ?! と同意を求められて、ジェインは思わず肯いた。
「信じらんない! そりゃあ、一旦出てしまえばなかなか連絡がとれないのも判るけど!」
「……あの、ごめんなさい」
考えてみれば、こんな夜遅い時間まで付き合わせているのだ。
「そういう話じゃないのよ!」
ビシっと指をさして彼女は言い切る。なんだか火に油を注いでしまったようだ。
「あのね、ジェイン。あなたはきっと私がこんな遅い時間まで一緒にいてくれて…とかって思っているのだと思うけど、怒っているのはそこじゃないの!」
もちろん判ってはいるが、そう言い出せる雰囲気ではないので、とにかく返事代わりに肯いてみせる。
「あの人はね、身内に甘えてるのよ!」
あれ? とジェインは思う。ダグラスが身内に甘えていることで、パティは怒っている? そして、ダグラスが身内に甘えている…?
「だってそうでしょう! 屋台によって堰き止められたのは、絶対に彼も見ているのよ。そして私たちが見てただろうってことも理解してるはず。そんな状況で待っているほうが不安にならないはずがないじゃないの。それなのに、連絡の一つもよこさないのよ!」
どん、とテーブルを叩く。
「本来なら、二時間になる前に、連絡を寄越すべきなのよ」
「あの、でも、方法がなかったんじゃ……」
「方法も考えずに出たのなら、なおさらバカだわ」
「でも、ジャックが見つからなくて」
「それだったら、とっとと一回帰ってくるわね。人も少なくなってきているんだし、できない話ではないわよ」
「じゃあ、ほかになにか…」
フォローするつもりがあるわけでもないが、なんとなく一方的に責められるのは不憫な気がして、ジェインは思いつく可能性を挙げていく。と、最後まで言うまえにパティに睨まれた。
「突発的な何かがあったのなら、なおさら、連絡を入れるものなのよ」
きっぱりと言い切って、パティは、つまり、と続ける。
「急いで連絡をよこさなければならないような事態にはなってないから、ずるずると時間を使っているのよ!」
「………」
これはもしかして、八つ当たりなのかな。
ジェインは、なんとなくそんなふうに思う。
パティが興奮しているせいか、ジェインは妙に冷静な気持ちでその様子を眺めていた。
だから、彼女が出した結論のほかにも、可能性があることに気付いていた。
例えば、連絡を寄越したくても、誰かがいて出来ない、とか。
例えば……と、今度は悪い方に考えて、ジェインはその考えを消した。消してから、パティがいきなり怒り出した理由に思い当たった。
不安、なんだ…。
だから、ジェインはにっこりと微笑んでみせた。
「甘えてもらえるのなら、嬉しいな」
呟くように言った言葉は、彼女の耳にも届いたようだった。
ありえない言葉を聞いたような顔をして、じっとジェインをみつめてくる。
「……え?」
「ジェイン、今、何て言ったの?」
真剣な、怒っているともとれる表情のまま、ぐい、と迫ってくる。
「甘えてもらえるのなら、嬉しい……って」
「理由を聞いても?」
ぐい、とさらに迫ってくる。
「え、ええと…。ダグラスさん、うちに住んで一か月くらい経つのに、すごく遠慮してて…」
さらに、ぐい、と迫り、続きを促す。
「ジャックみたいに何でも言うとかじゃなくても、気を使わずに楽にしててもいいのにって」
それを聞いて、パティは力を抜くように息を吐いて、表情を緩め、ジェインから身を離した。
妙な圧迫感を感じていたジェインはそこで、ほっと一息つく。と、ぽんぽん、と頭の上に手を載せられた。
「いい子ね、ジェイン」
「え?」
「なんで、こんないい子があんな男を……」
ぶつぶつ言いながら、ドアのほうを睨みつつ、ぽんぽんと頭を軽くはたく。
「あ、あの。パティさん……?」
はたかれ続けている頭は決して痛くはないのだが、なにやらおもちゃにされているようで、微妙な心地がする。
「あ、ごめんね」
気付いてはたくのをやめた彼女は、困ったような顔をして少し笑った。
「それから、八つ当たりしてごめんなさい」
ジェインは慌てて首を横に振る。
悪い方に考えないように。
おそらく、そんな考えのもとに、ダグラスを悪者にしたのは想像できたので。
「それからね。これは、人生のちょっとだけ先輩からのアドバイスね」
別に、ライバルを蹴落とそうとしているんじゃないのよ? と前置きして。
「悪いことは言わないから、ジャックくんにしときなさい。絶対に、彼の方がいい男になるわよ」
ジェインは何と返答をしてよいのか判らず、ただただパティを見上げていた。