19
宿への裏通りに曲がったところで、いきなり何かにぶつかった。転びかけたのをなんとか踏みとどまっていると、「ああ、あなたたち!」と聞いたことある声がした。よく見ると、街灯の明かりにうっすらと見える顔は先ほどの神官だ。他に数人、同じような神官の服装をした者たちがいる。
「ああ、さっきの」
ジャックに緊張が走るのに気付いて、ダグラスは、肩に手を置いてやる。
「どうかされたんですか?」
どこか慌てた様子の彼らに、逆に訊いてみる。おかしいのは、様子だけではない。神殿から離れた場所にこんな時間に複数人でいることそのものがおかしい気がする。
「いえ、人を探してましてね」
少しふっくらとしたその神官は、何事もなかったようににっこりと微笑む。存外タヌキだと、ダグラスは思う。
「このあたりで見ませんでしたか?」
「……どんな人ですか? 私たちと同じように歩いている人たちは何人かいましたから、特徴のある人なら覚えているかもしれません」
言ってから、ダグラスは、苦笑するように「通りの向こうを歩いている人はただの影にしか見えませんでしたけど」とつけ加える。
「ああ、そうですね。……長い髪の女です。金髪の」
「金髪の長い髪…それは、一目でも見たら忘れなさそうな印象ですね」
少なくとも、見た記憶はない。ダグラスは苦笑してみせて、肩をすくめた。
「残念だが、そういう女性は記憶に残ってないですね」
ダグラスはそこでジャックを見下ろした。
「おまえは?」
「気付かなかったけど」
きょとん、と見上げる表情はなかなかの役者だ。
「そうですか。これだけ暗ければ見え難いですから、仕方のないことです。……ありがとうございます」
神官はさも残念そうに言うと、少し振り返り待っている数人に肯いてみせた。
「では、先を急ぎますので。これで」
「ええ。見つかるといいですね」
気遣うように声をかけると、神官は苦笑してみせた。
「ありがとうございます。……ジャックくんも、ありがとうございます。君にとってよい一年間になりますように」
横を通り過ぎる時、神官は思い出したように足を止め、ジャックに声をかけた。少年がにっこりと肯くと、会釈をして走り去る。その後はもう彼らは振り返らなかった。
「将来は詐欺師にでもなるつもりか?」
姿が暗闇に溶け、足音が聞こえなくなるのを待ち、ダグラスは声をかけた。
「何の話だよ、おっさん。既に詐欺師なヤツに言われたくないね」
「素直なよい子だったのになあ…」
あからさまな溜息をついて見せると、ジャックは頬を膨らます。
「仕方ないだろ!」
「まあなー」
軽く言って、背中を押して歩くように促す。
「ねえ、あのさ」
数歩あるいたところで、聞いたことのない声がした。足をとめて、声のした方を向くと、少年がにっこり笑って立っていた。
「僕的にはちょっと面白い話だったんだけど、あの人たちを呼び戻していい?」
いっそ無邪気ともとれる笑顔と口調で少年は言う。
「金髪の女の人がいるぞーって叫べば聞こえるよね、まだ」
「なんのために?」
ダグラスは表情を消してその少年の様子をうかがう。
暗い夜道でも判るほどに汚れたシャツに、サスペンダー付きのズボンは七部丈。足元はよれよれの革靴。全体的に粗末なものを身につけてはいるが、それが似合っていない。
「僕をしばらくかくまってよ。そうしたら、黙っていてあげるよ」
ただ立っているだけなのに、気品みたいなものを感じさせる物腰だ。
「困ったときはお互い様、なんだよね?」
使い方を間違っている、とダグラスは心の底から思った。
思ったがしかし、彼は次の瞬間肯いていた。