18
二人は宿への向かって歩いていた。
爆発の後から徐々に下火になってきた賑わいも、日付が変わった頃には、落ち着いていた。
街を照らす灯かりも減り、視界も狭くなってきていた。
それでも、普段の同じ時刻よりは随分と人が多い。街で暮らした八年間を思い出し、ダグラスは不思議な気持ちで行き交う人を見ていた。
「なあ、あれで良かったのかな」
ぽつりと呟くようにジャックが言った。
あれで、というのは、男にペンダントを渡したことについてだろう。
「良かったんじゃないか?」
ダグラスは、出来るだけ軽く言う。誰にも正解など判らない。
「ちぇ。気軽に言いやがる」
「そりゃ、他人事だからさ」
ジャックが睨んでくるのを感じながら、ダグラスは、でも、と続ける。
「俺も同じことをしたと思うよ」
神官は、男が去るとすぐに寄ってきて、やけに馴れ馴れしい調子でジャックの手をとった。小太りの男だった。そして、祈りの子どもに選ばれたこと、爆発があったためいつものように公園広場で儀式が執り行えないこと、だが、例年通り祈りの子どもにはペンダントを渡すこと、他者に譲り渡してはならないことなどを告げて去って行った。ジャックはとりあえず喜んで見せ、せかせかと立ち上がる神官に頭を下げた。
しばらくすると、男がどこからともなく現れた。
ペンダントは持っているのもなんだか気持ち悪いので、すぐに渡そうとすると、男は午前〇時までは、と断ってきた。残り三十分ほどだが、待つ時間よりも、儀式の時間に持っていたくないという気持ちが強かったジャックは正直に嫌そうな顔をした。それを見て、男が困ったように笑う。
「儀式前の譲渡でも、多分問題は無いと思うのだけど、念を入れて条件を同じにしたいんだよ」
仕方ないので、残り時間を他愛も無い会話で費やし、とっとと渡してしまった。
伝えたいことはすべて伝えたからか、目的のものが手に入ることが確実になったからか、男は祭りのことも、ペンダントのことにも一切触れず、マックスを褒め、後学のためにとどういう具合に飼っているかを訊き、午前〇時を一分ほど過ぎたところでジャックからペンダントを受け取り去っていった。
今はその帰り道だ。
思いのほか長時間にわたってしまったことで、パティのことが少しばかり気がかりだった。他に用事が無ければよい…と考え、現在の時刻を思い出し、溜息をつく。
「なんだよ」
不機嫌なジャックの声に、ダグラスは「いや」と苦笑を漏らす。
「ジェインとパティを随分と待たせてしまったと思ってさ」
そう答えるとジャックは「う」と口をつぐむ。
「いや、そういう意味じゃないさ。いくらなんでも、こんな時間に若い女性を一人で帰すのも問題だってほう。起きてしまったことをとやかく言ったって仕方ないだろう? それに、流されてしまった件については、俺も同罪だ」
それでも、自分を責めているような顔つきのジャックの後ろ頭をぽんとはたく。気にするなと言っても、そう簡単に気持ちの切り替えができるわけもない。
「ま、パティについてはどうにか考えるさ」
大祭のためにどこも宿は一杯だ。彼らも探して三軒目にようやく偶然空いた部屋を借りられたくらいだ。パティのためにどこかひと部屋を用意することは難しいだろう。
そんなことをつらつらと考えていると、ジャックが「あ、そうか」と呟いた。
「なんだ?」
訊ねるとじっと見上げてくる。なかなか話しはじめないので不審に思いだしたところで、視線を逸らされた。
「宿に帰ってから話そうと思ってたんだけど、屋根の上を走っている女の人を見た」
「は?」
唐突な話について行けず思わず聞き返す。
「爆発が起きたあと、流されないように壁に張り付いてたんだ。そうしたら、通りの向こうの建物の屋根の上を、金髪の女の人が走って行った。あれ、何だったのかな…」
金髪の女の人、屋根の上を走る、というキーワードで思い出すのは一人しかいない。そして、その人物の名前を出さないこともここではおそらく正しい。自分たちが気付かないだけで、誰かがそのあたりの暗闇に潜んでいて耳をそばだてていても判らないからだ。だが、その正しい行動をジャックがとっていることが疑問だ。
ジャックは決して理解力の弱い少年ではない。ただ、如何せん幼い。ジェインと同じ十歳の少年に、言って良い時と場所と場合を考えろと言っても、経験値が足りなさすぎる。……だが、今、何故そんな判断ができた…?
「あ、それでさ。そのちょっと後に、どっかで立ち話している声が聞こえてきたんだ。なんかね、その女の人のことを『殻』って呼んでたんだ」
「カラ?」
「うん。卵の殻の」
それでも意味は判らない。
「捕獲するって聞こえてきた」
ジャックは無邪気なふりをして首を傾げて見上げくる。わけ判んないよな、と楽しそうに笑う。
「ああ、わけ判らんな」
ダグラスは平生を装って相槌を打った。
アリシアを卵の殻と呼ぶ連中がいて、捕獲しようとしている。
ジャックがいきなりこんなところで話し始めた理由がようやく判った。彼が警戒しているのは、ジェインと留守番をしているパティだ。事情を知らない彼女は、部外者だ。その彼女に話して良いことかどうか、ジャックには判断できない。とはいえ、何がしかの関係者であるアリシアの情報をパティがいなくなるまで黙ってはいられない。自分たちと関係があると知られれば、捕獲しようとしているその何者かが、何かしてくるかもしれない。…などと考えたようだ。
「なんか面白いからもっと近寄って聞こうと思ったらおっさんが丁度来てさ」
「なんだ、俺のせいか?」
「そう。おっさんのせい」
一生懸命考えたらしいが、そこはやはり子どもだと思ってしまい、ダグラスは笑う。
「まあ、聞かなくてよかったんじゃないか? そいつらにとってヤバイ話を聞いてたら、今ごろ命が無いかもしれん」
もし誰かがこの会話を聞いていたら、聞かれたくないことを聞かれてしまったと勘違いする可能性はある。
それに気付いたのか、ジャックはわずかに顔をこわばらせた。
「大丈夫だろ」
ぽん、と後ろ頭をはたいて、気にするな、と伝えると、ジャックは「いってぇ」と顔をしかめてわざとらしく後頭部を手でさすった。