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水晶魚【すいしょううお】  作者: 今西薫
【第1章】
17/28

16

 人の流れは、屋台が邪魔をすることによって、逆にスムーズに流れるようになっていた。

 ジャックはそれを見るともなく眺めていた。男も無言のまま、人々を見ている。

 と、またもや会話が聞こえてきた。

「さっき」

「ああ、見た。『殻』だ。間違いない」

 何なんだろう。さほど大きな声で話しているわけでもなさそうなのに、やけにクリアにその二人の男の声はジャックの耳に届く。

「ってことは、この近くに『卵』が?」

「さあ、判らん。今回の『殻』は、どこかおかしい。さっきの、屋根の上もそうだ」

 ジャックは身を硬くした。

 屋根の上。

 すぐに思い浮かんだのはアリシアだ。この人込みに乗じて移動すると言っていた。

「捕獲しなくていいのか?」

「連絡は入れたが、この人込みじゃ、追いかけるのも困難だ」

 捕獲。

 ということは、彼らはアリシアの敵?

「どうかしたの?」

 ジャックの様子がおかしく思われたためか、男が声をかけてきた。

 それに対し、首を横に振る。

 ジャック自身、アリシアを味方と思っていいのか結論は出ていない。実際、彼女が来なければ、こんなところにいる目に合うことなかったとも思う。それでも、彼女がジェインに害を与えるようには思えないのだ。

 だから、見なかったことにしよう、と思った。屋根の上を走る彼女には気付かなかったことにしよう、と。

「もうそろそろ帰れるかな」

 人の流れを見ながら、ジャックは呟くように言った。

 気付けば、公園広場方向へは行かないように誘導している人が現れている。上手く人の流れに乗れば宿まで帰れそうな気がしてきた。

「そうだね。その子もそろそろ疲れてきたみたいだし、いいかもしれないね。ゆっくりと歩いて行こうか」

「え?いいよ。俺一人で」

 送っていこうという素振りを見せる男に慌てて言う。そこまでしてもらう義理はない。

 それに、おそらくそこの角を曲がったところにいるだろう男達のことも気になるのだ。

「な」

 と、振り返りマックスの首を軽く叩いてやると、彼は「わふ」と息だけで吠えて返事をした。

「一人というより、立派な保護者みたいだけど」

 と男は苦笑する。

「こんな状況だからね。大人の好意には甘えておいたほうがいい。そろそろ警察もやってくるし、消防隊もやってくるだろう。そうすると、また混乱するかもしれない。せっかく保護できた子が、目を放したあとで迷子になるのもなんだか納得いかないしね」 

 そこまで言われると、絶対にそんなことはない、とは言い難いジャックだ。

「じゃあ、お願いします」

 あんまり強固に嫌がっても怪しまれると、ジャックは引き下がることにした。何かの拍子にアリシアのことを口走るなんてことは、すごくありそうだ。

「……それにしても、上手くいったもんだな。ドミノ倒しみたいになるんじゃないかって、心配してたけど」

 またもや、声が聞こえてきた。

「屋台だけならそうなってたかもな。何人か、ペースメーカーを紛れこませてたから、上手く誘導できたんだろ。このためだけに、雇ったらしいからな」        

 ジャックはその声の方を向かないようにするだけで精一杯だった。

 傍らにいる男には聞こえていないのかとか、爆発を起こしたヤツらだと気付いたとか、そういう男たちがアリシアをどうにかしようとしているとか、頭の中は混乱している。

「どうかしたのかい?」

 混乱したまま動きを停止させたジャックを、男は心配そうに見下ろしていた。

「う、ううん」

 何か言わなきゃとは思うが、何を言ったらよいのかも判らない。

 歯を食いしばって俯いていると、男は腰を折り顔を寄せてきて、額に手を置いた。

「熱でも……」

 言いかけた言葉が途切れた。

「酔狂なこった」

 やけに鮮明に響いたその声に、男は目を見開いて言葉を切り、曲がり角の方を見た。

「あ…」

 焦るジャックの頭にぽん、と優しく手を乗せる。そして体を起こしながら、ジャックの頭に載せた手を背中に移動させ、前に押し出した。もう片方の手は、人差し指を一本、彼自身の唇の前に立てている。

 男に背中を押されて一歩分移動すると、とたんに声が聞こえなくなった。

「どっかで反響してるんだろうね」

 さらに数歩歩いてから、男は言った。

「何か、怖い話でも聞いたのかい? 顔が真っ青だ」

 ジャックは俯いたまま首を横に振る。

「そうか。黙っているのも、一つの方法だからね。それもいい」

 男の声はどこか柔らかで、ジャックは思わず顔を上げる。

「危ないことに自分から近づかないのも、賢いやり方だって話さ」

 またもや右手でポンポンと頭を叩く。その顔は優しい。

「ジャック!」

 聞いたことがある声が、自分の名前を呼んでいた。

 そちらを向くと、壁と人垣の間のわずかな隙間を縫うようにして走ってくる人物がいた。

「あ」

「知り合いかい?」

 ジャックは、男を見上げずにそのまま肯いて、ダグラスを見た。

 彼はどんどん近づいてきて、ジャックが気にしている曲がり角も普通に通り越して、目の前にやってきた。

「やっとみつけた」

 息も絶え絶えといった様子で、荒い息の合間に言う。体を折り曲げて両手を膝につき、呼吸をなんとか整えると、ジャックの背後にいる男を見る。

「もしかして、こいつを助けてくださいましたか?」

「そうですね。人に流されて身動きがとれなかったようで」

 男はにっこりと笑う。そして、そのままの顔で、だが笑ってない瞳で言った。

「少しお時間をいただけますか? お話ししたいことがあります」

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