表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水晶魚【すいしょううお】  作者: 今西薫
【第1章】
15/28

14

 やわらかい笑顔で言われて、ジャックは首を傾げた。

「願い事はあるけど、そのために祈りの子どもに選ばれるのは違うと思うんだ」

 もともと、神頼みというものいま一つ理解できない彼としては、選ばれたら願い事がかなう、というのも理解できない。

 男は、わずかに眉を上げて、目を見開いた。

「っても、大声で反対するつもりもないけど」

「うん。そうだね」

 急いで付け加えた言葉に、男は淋しそうに肯いて、その後は黙ったまま、流れと逆行していった。

 そして、ようやく公園を出て、通りの端に辿りついた。じっと立ち止まってさえいれば、その位置を保持できる場所に落ち着くと、男はジャックに少し待つように言うと、壁に沿って移動をして姿を消した。

 ジャックは、マックスを壁際に立たせ、その前に守るように壁に両手をついて立つ。ときおり自分を見上げるマックスに「もう少しのガマンな」と声をかけながら、流れを見やる。

 公園中央の祭壇に向かう人々のうち何人が、わが子が祈りの子どもとして選ばれることを、本心から願っているのだろう。ジャックには、ほとんどが、一二年に一度という祭りの物珍しさが足を向けさせているようにしか思えない。その証拠に、子連れは思ったほど多くはない。

「今度の卵の持ち主は……」

 ふとどこからか聞こえてきた声に耳をそばだてた。

「まだ判らないらしい」

 どうやら、少し先の門を曲がったところに誰かいて、話をしているらしい。

「……遅いな」

「ああ」

「卵の殻はどうだ?」

「それは、見つけた。でも、そっちもおかしい」

 意味は判らないが、深刻そうな声音に興味がわいた。

「一つところにじっとしていない」

「ありえないだろう」

「だから、卵がみつからない」

「そうか」

「本来、卵の殻は、卵から離れていられないはずなんだ」

「……ああ」

 『卵』? 『卵の殻』?

 耳慣れている単語なのに、何か別の意味を持っているように使われている言葉だった。

 もう少しよく聞こうと、半歩だけ声のする方へ動いた時、「やあ、待たせたね」と背後から声がした。男が戻ってきて、背中のほうから声をかけてきていた。

「これを」

 男はふところから、どこかで見たことがあるようなものを取り出した。

「あ、……お守り…?」

 ジェインがダグラスから貰っていたのととても似ている形のものだ。

「よく知っているね」

 男は目を細めて笑う。

「これを首からかけていなさい。服の下がいい」

「……どうして?」

 ジャックは、不思議そうに問いかけてみた。

「これも、何かの縁だからね」

 男は、ジャックの頭からそれを被せた。

「君みたいな子が増えることを願って」

 意味が判らなくて目で問い返すと、にっこりと微笑まれたきりで、返事すら出てこない。

 それでもと、礼を言うために口を開こうとした時、爆発音が聞こえた。

 音は、公園広場の方からに思えて、ジャックはそちらの方を向いて目を凝らした。

 ジャックの位置からでは、何が起こったのか判らない。ただ、それまでよりも大きなざわめきがどよめきになるのを感じていた。

 呆然としていると、男は壁と自分の間にマックスとジャックを挟んで押し付けるようにした。

「人が押し寄せてくる。じっとしてて」

「お……おじさんは?」

 ジャック自身もマックスを抱きしめるようにして踏ん張る。

「大丈夫だと思うけどね」

 男が苦笑を漏らすと、人込みはそれまでとまったく逆の方向にむかって、それまで以上のスピードで動きだした。

 子どもの泣き叫ぶ声。大人たちの「逃げろ」と叫ぶ声。言葉にならない声。

 それらが飛び交う。

 それをジャックはじっと眺めていた。

 大変なことになる。

 なんとなく、頭の隅でそんなことを感じていた時だった。

 通りの反対側の建物の上を何かが動くのが見えた。それは、もの凄いスピードで屋根の上を駆けていた。淡い金髪の、長いスカートの女。

 ………アリシア。

 これがもし、今日のような祭りの日でなかったのなら、彼女だと気付くことはなかっただろう。

 ……街灯だけでなく、いたるところにランプが並べてあって、街中が明るくなっているような夜でなければ。

 ジャックは、目を見開き公園の方へ向かって屋根の上を駆けている女を見つめる。

 その様子に、男も振り返り、目を見張った。

 だが、アリシアの姿はすぐに見えなくなった。

 ひたすら目を凝らし、耳をすませて様子を窺う。何が起こったのか。

「何があったんだろう」

 ジャックの呟きに、男は視線を戻した。

 その間も、男の背後では、たくさんの人たちが今にも倒れそうになりながら、広場から遠ざかろうとしているのが見える。男は、背中に体当たりされながらも、体勢を崩さないように、ふんばりながら立っていた。

「爆発音がしたように聞こえたけど」

「うん」

 ジャックは肯いた。

 爆発したのは、公園広場のほうだと思えた。だから、それから逃れるために、人々はそれまでと逆方向へと急いでいる。

「君の知り合いの人とかは大丈夫?」

「たぶん……」

 宿から出て随分になるから、探しに来ていたりすると問題だ。だが、なんとなく、大丈夫のように思えた。

 気になるのは、アリシアのことだったが、それも、確かめようがない。係わり合いにならない方が互いのためのようにも思える。

「でも、なかなか帰らないって心配してたら…」

「そうか」

 男は思案するように流れていく人込みを見つめる。

 すると、その流れが止まった。

「止まった……?」

「うん。そうだね」

 通りにいる人々からは、止まったことへの疑問や不安の声が出ている。

 男はそれを固い表情のまま見つめていたが、小さく首を横に振った。

「なんだか、もう少しかかりそうだね」

「うん」

 男が自分がしでかしたことのように申し訳なさそうに言うのがおかしくて、ジャックは笑いながら肯いた。



 宿から道へ出ようとしたダグラスは、彼に何が起こったのか理解した。

 ひしめく人間の多さは、夕方にロブと会った時の比ではない。おそらく、大通りの方はこれよりも酷い状況だろうと思われた。とすれば、彼は人の流れに乗ってしまったのだろう。

 だとすると、公園まで行ってみるのが、見つけるためには一番良い方法だが、問題は連れて帰ってこられるか、だった。

 無策に出かけて、二人と一匹でこの人込みの中に巻き込まれるのも問題だ。

 ――一応、状況だけ報せてから出るかな。

 黙って出かければ、残ったジェインとパティが心配するだろうと思えたので、一旦引き返そうと思ったその時、遠くで何かが爆発するような音がした。

「?」

 耳を澄まして人の流れを見ながら様子を窺っていると、道端の屋台がいくつか、人の流れに突っ込み、流れを堰き止めはじめた。

 それは、一定間隔をおいて行われているようだった。ダグラスから見える位置と、そのさらに向こう、それから反対方向にも。

 爆発音。流れの堰き止め。

 無関係ということはないだろう。

 ダグラスは、堰き止められて身動きがとれなくなった人たちをしばらく見てから、宿の中に引き返した。



 バタンと音がして、その人はまた戻ってきた。出ていったのは、ほんの少し前のこと。ジェインはきょとんとして、にっこり笑顔を貼り付けるパティを見た。

「ごめんねー。ジャックくんがなかなか戻らないから、ダグラスが迎えに行くって言って、その間の留守番を頼まれちゃったの」

「ジャックが?」

 そう言えばと思い出す。マックスが朝からずっと宿の中に居るからって、気を使って言い出してくれてから、もう随分と時間が経っている。

「ジャックくんは方向音痴?」

「そんなことは、ないです。それにマックスがいるから、大丈夫だとは思うんですけど」

「あの子、賢そうだものね」

「知っている場所なら、お使いくらいはできるから」

 ジェインは少し誇らしげに言う。拾った時にはすでに成犬だったが、マックスは人が何か言うのを待っているようなところのある犬だった。祖父は、ちゃんと訓練をされた犬ではないか、と言う。人との関わりを持って育った犬でないと、そういう仕草は見せないと言うのだ。

「多分、宿までの道は覚えてると思うんです」

 宿までの道というより、ジェインのいる場所、なのだと祖父は言う。

 マックスは、ジェインが拾って、ジェインが世話をしている。犬は家長に従うとよくいうが、マックスの場合は、一番は常にジェインだった。山でキャンプをしている時も、祖父がやみくもに連れ回して放しても、ジェインのいるテントに戻ってくる。普通なら、家に戻りそうなものなのに。

「すごいわね」

 パティは心底感心したというように目を丸くし、微笑んだ。

 それから、ゆっくりと窓へ向かう。

「……人の数がすごいわ…」

 呟いて、ジェインを手招きする。

 窓を閉めたまま通りを見下ろすと、本当にすごい人で、ジェインは思わず息を飲んだ。

「原因は、これね」

 と、遠くで爆発音がした。パティは窓を開けようと手を伸ばす。

「あ」

 ジェインの声に、通りに目を向けると、何台かの屋台が人の流れを断つように通りに出てきていた。

「何が……」

「判らないけど、ちょっとおおごとになるかも」

 ジェインは、パティの真剣な声の調子に思わずその顔を見上げた。

「ジェインは大丈夫。そうじゃなくて、祭りの参加者が。爆発音が聞こえたの。あれが公園広場で起きていたら」

 その時、再びバタンと音がしてドアが開いた。振り返ると、ダグラスがいた。

「あ、見てるな。じゃあ話が早い。ちょっと俺も外に出てくる。すぐに戻らないと思うけど、ここで待っててくれるか?」

 ドアを開けたままの状態で体は半分だけ室内に入れて、ダグラスは言った。

「判りました」

「はい」

「じゃあ」

 短い返事を残して、ダグラスはすぐにドアを閉めて出ていった。

眠さをこらえながら書いてて、とにかく保存して、次の日同じファイルを見たらワケの判らない文章がありました。

面白かったから、一つだけ紹介。



ジャックが男からペンダントを貰った直後くらい。


正 それでもと、礼を言うために口を開こうとした時、爆発音が聞こえた。


誤 それでもと、礼を言うために口を開こうとした時、「彼は以前勤めていた」


「彼は以前勤めていた」というのが、このシーンのどこをとっても誰とも繋がらない言葉で(しかもカギカッコでくくってるし!)、しばし悩みました……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ