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パティが取り出したのは、小さな瓶に入った錠剤だった。
「生理痛止め。要らないかもしれないけど、もし辛ったらなかなか相談できないだろうし、すぐに入手できる場所にいるとは限らないから、持っておいた方がいいわ。これって、そんなに辛くない人には思いつかないのよね。それから、もう一つは」
と、取り出されたのは小瓶。
「どんなのがいいかなって迷ったんだけど」
と言って、小瓶の蓋をあけ、ジェインの手首をとると、その内側に触れさせる。
立ち上がるやわらかな香り。
「香水……?」
「そう。これはね、おしゃれのためじゃないの。この先、シャワーを浴びられなくてイヤな気持ちになることがあると思うの」
フローラル系にして正解、とパティは微笑んだ。
「自分じゃ判らないと思うのだけど、付け過ぎはダメ。香水を付けているのが他の人にも判らないくらいでいいの。これは、ニオイ消しのものではないから。もちろん、シャワーがダメでも、体はちゃんと拭いて、清潔を心がけてね?」
確かに、祖父からは大まかに女の人の体のしくみのことを聞いたし、近い将来必要になるからとジャックの母親からも、手当てのことは聞いていた。だが、目の前の女性は、自分の実体験から教えてくれている、と感じた。
「ありがとうございます。……あの、パティさんは、よく旅に行くんですか?」
握らされた瓶を二つ手に握り締め、ジェインは訊ねてみた。
「ええ。仕事で。世界各国を回ってるわよー」
半ば苦笑するように彼女は言う。
「こっちにいるのは、一年のうちの半分くらいかな」
「じゃあ、ダグラスさんも?」
そう問うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「そう。だから、基本的なことは彼に聞くといいわ。でも、男の人って、しょせん男の人なのよ。女がどんなことがイヤと思うかなんて説明してもなかなか理解してもらえないのよね」
少し頬を膨らませてそう言うのに、ジェインは小さく笑って肯いた。
確かに、ジャックや祖父にはなかなか伝わらないことが多い。特に祖父は、三日風呂に入らなくても死なない、と言う。死ぬとか死なないとかそういう問題ではないのに。
「あとね」
パティはさらに楽しそうに微笑む。
「ジェインは、ダグラスのことが好き、ね?」
「え……」
ジェインは、彼女の唐突な言葉の意味が一瞬判らなかった。びっくりして、それから次の瞬間に理解してから、真っ赤になる。
「ふふふふー」
パティはにこにこと笑う。が、焦ったジェインは言葉が出ない。
「え、あの……そうじゃなくて」
「誤魔化してもダメ。ライバルには判っちゃうのよ」
どきん、と胸が鳴った。
じっと見つめるジェインに、パティは視線を合わせる。
「だって、最初に会った時、面白くないって顔に書いてあったもの」
「えっ」
「でも、心配しないで? 私と彼とはなんにもないの」
パティは、再び身をかがめてジェインと視線を合わせて言った。
「ジェインもね、自分が子供だからなんて思っちゃダメよ? もちろん私も諦めるつもりはないけどね」
真剣な瞳で。
「でね? この先、イヤなことはたくさんあると思うの。そんな時にはね、もう一緒には居られない、と思うかもしれない」
パティは一呼吸置いて、残酷な現実をつきつける。
「彼は、自分が子供だから一緒にいるのだ。彼は、義務だからこの二年一緒にいてくれるのだ。……って」
まったく考えなかったわけではなかったが正面から見ることを避けていたことだった。
「でもね、それに耐えなさい」
「え」
「あなたはこの二年間を生きなくてはいけない。絶対に。そのために、彼は今動いている。その努力を無にしてはダメ」
絶対に、と再び言い添える。
「自分がいなくなれば、彼が楽になるとか考えてはダメ。あなたがいなくなったら、彼は探すわ。とても心配するわ。それは判る?」
うなずけないまま、ジェインは彼女を見つめる。
多分、ダグラスだけではないことを、ジェインは知っていた。ここまでついてきたジャックも、自分が原因だと言ったアリシアも、そしていなくなった祖父も、自分のことをなにがしか考えていてくれている。
「迷惑をかけたくないのなら、離れないことが一番の方法だってこと」
いつか恩返しがしたいのなら、彼に直接でなくてもいいと思うの。困ってる人を助けてあげて?
パティはそう言うと少しだけ泣きそうな顔で微笑んで、体を起こした。
その後は、旅に出るにあたってのこまごまとした注意点を話しはじめた。