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きれいな人だな、とジェインは思う。
ダグラスの知り合いだという、女の人だ。柔らかな金色の髪は巻き毛で、ブラウンの瞳が人なつこい色で。きっちりスーツを着た姿は、線引きをされたように思えた。
でも、ダグラスが自分のためにと彼女をここへ呼んだことは判っているので、あからさまな態度をとることはできない。自分のためではなくても、ジェインにはそんなことはできないが。
せめて、マックスだけでもいてくれたら…と心の中で涙する。
ジェインは、基本的に人見知りだ。初めての人との会話には労力を要する。それに加え、ダグラスの紹介というキレイな女の人ということで、どう対応して良いのかが判らない。
だというのに、ジャックがマックスを連れだしたのだ。朝からずっとこの狭い部屋に閉じ込めていたのだから、当然のこととはいえ、心細くて仕方ない。
ぎゅっと両手でスカートを握り締めるようにしたまま動けずにいると、彼女はにっこり笑ってゆっくりと近づいてくると、ジェインの目の前でしゃがんで視線を合わせた。
「こんばんわ。はじめまして」
右手をさし出されて、ジェインも慌てて手を差し出した。
「はじめまして。……あの、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
彼女は、嬉しそうに目を細めて、右手を少し力を込めて握ってくれた。ジェインは少しだけ落ち着いたような気になる。
「さっそくだけど、まず、荷物を見せてもらっていいかしら?」
小さく首を傾げてみせて、彼女は言う。
「はい」
ジェインはリュックサックを持って、荷物を一つずつ取り出して、テーブルの上に並べ始めた。
彼女が来た理由は、ジェインには判っていた。ダグラスは、長期の旅のための準備のため、と言っていたが、要するに女の子が男性には相談できないようなことの問題だ。……というのは、去年、ジャックの母親にいろいろ教わったからピンと来たのだが。
祖父は、ジェインの両親が居なくなってから、男手一つで彼女を育ててくれていた。その際、近隣の人々の手ももちろん借りている。ジャックの母には、これから迎えるだろう初潮の話や、その際の手当てなどをこまごまと教わっていた。この先二年も家に帰れないというのなら、その間に始まるのかもしれない。そうなった時のためにの予備知識を、ということだ。
ダグラスがそこまで考えたと思うと、なにやら恥ずかしい気がしてくる。と、同時に、本気で一緒に逃げてくれるということだと判って嬉しい。
「これは?」
時々、中身がすぐに判らない状態のものの説明をする。一通り聞き終わったパティは、溜息をついた。
「え? あの」
「あ、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃったの」
パティは舌を出して首をすくめて笑ってみせた。
「ちゃんとした荷物だったから。どなたかに教わったの?」
「はい。おじいちゃんに。……あと、ジャックのお母さんに」
言うと、パティは「うん」としっかりと肯いてくれた。
「そっか。スゴイわ。本当に。…あとは、この二つを足せば完成ね」
まるで自分のことのように、嬉しそうに微笑んで持ってきた荷物をごそごそとあさる。
「これがなくても、ジェインの用意した荷物で完璧よ。でも、あると便利だから、持っていったらいいとおもうの」
パティは、ふふっと笑った。