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双子の狼 Ⅰ  作者: ヨウカズ
第二章・狼の双子、親を失う。
7/9

7・小さな一家の大黒柱。

「この愚か者!」


―パシィーン!


「うぐっ―っ」


ルーテは実の兄に、叩き飛ばされた。 右の頬がヒリヒリと痛む。


「痛たた…に、いさん…なんで、殴るんだい?」


ルーテは、訳がわからない、と言う顔で兄を見上げた。

兄の顔は怒りに満ちており、ここから笑いそうにはない。


「何故…なぜ、僕が何も言ってないのに殺したんだ!」

「だって…結局殺すはずだったんだろ? だったら別に―」

「お前は―、そんな考えでいたのか!? 馬鹿じゃないのか!」 「えっ…?」


ルーテの眼が大きく見開かれる。


『嘘…なんで? だって―』


「だって兄さん、あの双子は削除するって―、殺すって!」


ルーテの発言に兄は多少焦りと困惑を見せ、眼をそらした。


『ふんっ。 今だ。』


「まさか兄さん、自分の言ったことも忘れて僕を殴ったんじゃないだろうねぇ?」

「っ……。」


『簡単にいえば矛盾してるんだよ。 兄さん』


「…勝手に殴って、悪かった。」

「そうじゃないよ。 なんで僕が殺したからって怒ったのさ?」 「!! そ、それは…」


『なにを言うのをためらってるんだい? ―!! まさか…いや、それは絶対にない。

 それだけはあり得ないよ、僕もバカだなあ。』


「実は、わたしは―」


『だって兄さんはいつも、全ての命を第一に―』


「あの双子が普通に暮らせないか、考えてたんだ。」


バチンッ!

今度はルーテが頬を叩いた。 そのまま背を向け、涙を流して飛び去った。


「にいさんの…バァ――――カッ!!」


兄は空を見上げながら、悲しげに頬を押さえた。


「ルーテ…。 ごめんな。 誰だって、ぶたれたらこんなに痛いのに…」




『ん? なんだ、何処だここ。 まーっくらで1cm先も見えやしねえ。

 あ、そーか! これが死後の世界って奴かー!

 そっかー、おれなんかしんねーけどあいつに蹴り飛ばされて死んだんだな。

 いやーそれじゃあ凄いキック力…』


「起きて下さい、起きて下さい!」 「う…ん」


生きてた―。 目の前にはおろおろした表情の少年がいる。

となりには、おれを蹴ったあいつ。


「あっ! よかったぁ…生きてた…」


純白の髪をしたその少年は、焦りと喜びが困惑したような微笑みを見せた。

自分の顔じゅうに絆創膏が貼られてるのがわかる。

おそらく壁にぶつかった時に怪我して、こいつが貼ってくれたのだろう。

おれはなるべく、怖がらせないよう、笑顔で話しかけた。


「えーと、お前がやってくれたのか?」 「ひゃっ! えっ、あっ、そ…そうですけど…」


とたんに純白のほうは怖がって一歩下がるし、

もうひとりの金毛も睨みながらも後ずさりする。


「来・ん・な!」 「ご、ごめんなさい…殺さないでくださいーっ!」


『ど、どうしよう…起きた時のこと考えてなかったよ…。

 ボクら、こんなだもんね、【狼の双子】なんだもんね…。

 絶対殺されちゃうよぉーっ!』


ビクビク震える双子の姿は、母を巣で待つ小犬のようだ。


『うわ、やっべー…。 おれ怖がらせてどーすんだよ! しかも嫌われてるし…。

 けど…こいつらをどうすればいい? 親はどこにいるんだ?』


「お、お前ら…家に、帰らなくていいのか?」

「えっ? いや…あの…ボク、どうして助かったんですか?」


氷介は思い切って、聞いてみた。


「ど、どうしてって言われてもなー…

 倒れてたのを運んできただけだし、他に、特には…」

「あ…そ、そうですか…」


氷介の顔が暗くなった。 少年はとたんに慌てふためく。


「いっ! いやあ!

 えー、きょ、今日は外はすげー猛吹雪だし、おれんち泊まってくか?」

「―! 断る!」


氷也が兄の手を握ったまま、立ち上がった。

その目は、なにかを恐れているようだった。


「行くぞっ、氷介!」


氷也は氷介を無理矢理立たせると、少年に踵を返して玄関扉に走った。

氷介は何が何だかわからないまま、腕を引っぱられている。


「えっ? 氷也、っちょ、痛いよぉ! あっ。 あ…」


氷介は少年の方を振り返ると、その口は「お、おい?」と言っているようだった。

氷介は首を少し曲げて、ぐいと縦に一回振った。


「あ、ありがとうござ―」


バァキィーン!


氷介の続きの言葉は、流れ込んできた吹雪の音に掻き消された。

氷也はなにかの恐怖に駆られたまま、頭突きで木の戸を破った。


「うわあっ、ぷっ! お、おい―! 外は危ないって―!」


慌てて外へ飛び出すと、双子の影は、吹雪の中に消えていた。

少年はすぐさま頭を引っ込めると、急いでテーブルで戸の穴をふさいだ。

そして、疲れた様にソファーに倒れ込んだ。


「ふーっ。 …もう、知らねーぞー…。」


『あー、でも、狼は吹雪にまぎれて狩りをすることもあるんだっけ。

 走ってったあいつの眼…まさに、狼だな。

 【狼の双子】ってのも、頷けるわ~…。』


「まあ今日は、も、寝よ。」


少年はそのまま、深い眠りについた。




氷也はそのままどんどん吹雪の中を進んで行く。

はためくマフラーを押さえながら、氷介が声を張る。


「ちょっ…氷也っ! 腕が取れちゃうよぉっ! 離してってばぁ―わっ? やっ!」


ドサアッ。 腕を離されると、あっけなく氷介は宙に舞い、雪の上に落ちた。


「あい、たた…雪って意外と固いなあ…。」 「氷介、バカだな。」 「え…」


氷也は呆れた顔で、まだわからないのかと首を振った。


「泊まってくかって、あいつ― 

おれたちが寝てる間に殺すつもりだったかもしれねーじゃんか!」

「え? あ………そ、そっか…。 ボクら、【狼の―」

「だからっ! 家帰るぞ! 父ちゃんたちに叱られる!」


氷也はまた氷介の腕をぐいと掴むと、さっきよりゆっくり歩き出した。


『氷介の、バカ野郎。 自分からそれ口に出してどーすんだ!』


「あ…氷也、あれ…。」 「んっ?」 「今日行った…」


吹雪もおさまってきて、目の前に姿を現したのは―道立氷洞病院だった。


「ってことは、あっちが家だね!」 「よし、でかした! さっさと行くぞ。」


吹雪で埋まった細い道の先に、自分たちの家があった。 氷介が軽く戸を叩く。


「とうさーん。」 「…開かねえなあ…。」 「寝ちゃったのかなあ…」

「バカ。 まだお昼だぞ?」 「お昼と言えば…」


クゥ~…。 ふたりの腹が同時に鳴る。


「おなかすいたねえ…」 「ああ…。 あっ! 俺、庭側の扉開けっぱなしだったんだ!」

「本当? じゃあ、庭に回ろう!」 「そうだな。」


雪の積もった裏庭のドアは、カギが開けっぱなしになっていた。

氷也は勢いよく戸を横にずらす。


「かあちゃ! あれ…?」


そこはコタツのあるリビングで、電気は付いてなく、両親の姿もなかった。

部屋にあがって奥を探すが、やはりいない。


「いないねぇ…あれ? なんだろ、この包み…」


氷介は机の上から、自分たちの背中程もある包みをふたつ、見つけた。


「なんだろう、これ…」

「んなことはどーでもいいだろ! それより…かあちゃん、買い物か?」

「そんな ―あっ!」 「ん? どうしたんだ?」


氷介は怯えた顔で、震える口を動かした。


「あの…雪の鳥が落ちてきた後…目が覚めたら、

 あの家にいて…母さんたちは、いなかったんだよね…」

「あ…。」


ふたりはカギをかけてから、玄関から槍ヶ岳へと向かった。




ふたりが走るたび、地面の雪が細かく舞った。


「氷也ぁ…は、速いって!」 「…っ」


氷也は氷介と手もつながずに、雪崩の起きた場を目指した。


『もうっ。 足が滑るかもしれないから、危ないのに…ん?』


氷介の視界に、崖の下が入り込んだ。 人工的な、青いボディが…


『今、なにか…横切った?』


氷介はその場に立ち止まり、眼下に眼を細めると―


「っう!?」


ドシャア…。 何かが雪の上に崩れ落ちる。


「んっ? おい、どうした。 氷…」


振り返ると氷介は、その場にへたり込んでいた。 何事かと氷也が駆け寄る。

しゃがんでその顔を覗き込めば、白い顔がいつもより、余計に白く見えた。


「おい…?」 「あ…ああ、あっ…うう…」


氷介がいつもとうって変わって、弟にしがみ付いてきた。


「!? なんだよ! へばりついてんじゃね― …?」


氷介は震える手で、崖の下の指差した。


「した…?」


落ちないようかがんで覗き込むと―、  氷也の瞳が点になった


「――――――っっ!!!!! あっ…あああああああぁーーー……!!!」


その後の叫び声は、もう聞き取れなかった


探していた両親はふたり揃って、氷の下で横になっていた。

そばに転がる青い車は、もう原形をとどめていない。


氷也の泣き叫ぶ声は止まらない。

しがみついていた氷介は、そっと氷也の顔を見上げる。


「…氷也…。」 「うわぁああぁ~~っ! ふぇっ、え~っ!!」


『ああ…さっき、あのお兄さんのとこで涙が出なかったのは…

ボクはあの時…勝手にこの事を想像してたのかもしれない。 だからなんだ…』


「こ…っ、これか、ら、どうやって…暮らっ、せば…っ」 「氷也…」


氷也の冷たくなった右手に、兄の冷たい、優しい手が触れた。

氷也はその時、氷介が、泣いてないのに気づく。


「うっ…! 氷介…っ何で、泣かないんだよ!?

 母ちゃんも、父ちゃんも…もう、いないんだそ! なのに…っ!!」


氷介は無情に、ふっと笑った。


「ボクは泣かないよ。 だって…お兄ちゃんだもん。」 「―っ!?」


氷介は穏やかな顔で続ける。


『ああ…そうか。 ボクはお兄ちゃんだから…自分の弟を―』


「…父さんと母さんがいなくても、ボクが氷也を守るから。」 「………バカ、野郎…」

「だから、ボクはもう泣かない。 だから氷也は―」


氷介はこの日から、心を閉ざしてしまった。

両親を失ったショックか、それと同時に自分に与えられた使命からか、

あるいはその両方か。


「ボクの分も、泣いてくれる?」

「うっ…! うわああ~っ! バカ野郎、バカ野郎、バカ野郎―っ!!」


氷也のダムにたまった涙が、一気に外へ溢れ出す。

氷介はこの日以来、涙を流さなくなった。


ああ、そう。 一滴も。




「なん…だと…!?」


空中に浮く彼の眼下には、双子らしき兄弟がとぼとぼと家路へ急ぐ姿が見えた。

ルーテは顔をゆがめてその場を引き返す。


「くそっ! くそっ!

 …あれほどの雪崩で尚も生きているなんて…少々見くびり過ぎたのかな…。

 …兄さんに、報告しよう…。」


『ふん。 よかったね兄さん、死んでなくて。 僕はまた殺す方法、考えなおしだよ…』


そこでルーテは自分にはっとした。


「って! 何で僕がまたわざわざ考えなきゃいけない訳!?

 に、兄さんの為じゃない事だけは確かだっ。

 ちっとも自分の最終的な考えを教えてくれないから、自分で考えてるだけだ!

 うん、うん。 そうだ、そうだよ僕。 別に、……。」


『また褒めてもらいたいとかじゃ…ない。』


はれた頬を押さえながら、ルーテは兄のもとへと急いだ。




キィ…カチャン。


氷介と氷也は無言のまま、静かに家の戸を閉めた。

氷介が家の中にあがっても、氷也は動かずに、静かに涙を流していた。


「氷也。 寝ててもいいよ? もう、夕方だし…。」 「そう、する…」


氷介はこくんと頷くと、「おやすみ。」と言った。

その瞬間に氷也は顔をそむけて、2階へと猛スピードで駆けあがっていった。

「…ふう…。 これから…ご飯はボクが作るのか…6歳で?」


氷介はあごに指をあてて笑った。


「アハハハハ。 って、笑えないかあ…。 ふふ、ふ…」


『お父さんとお母さんがいなくなったって、ピンとこないなあ…。

 いまにも買い物を済ませて、ただいまーって出てきそうだもん。 でも……』


氷介は眼が熱くなってきたのに気付き、慌てて手の甲でこすった。


『もう、帰ってこない…。 いないんだ。』


「さて…と、ご飯っていつもどうやって炊いて―」


ふと目に留まったのは、家に帰って来た時に見た、自分たちの背中程もある包み。


「なんだろな、これ…」


氷介はそれをひとつ取って降ろすと、茶色い包装紙を破いた。 それは―


「え?」


こげ茶のカバンだった。

両肩にかけて背負えるタイプで、茶色の包装紙の上だとあまり見栄えしない。

もうひとつの包みにも、そっくり同じ物が入っていた。


「なんだろうな…宅急便?」


そう言って同封されていたカードの裏をひっくり返すと― 見覚えのある字があった。


[ひょうすけへ もうすぐしょうがくせいだね。

 というわけで、おかあさんがかばんをぬってあげたよ!

 6ねんかんだいじにつかうのよ? がんばれ、おにいちゃん!―


「プレゼント、カード…?」


氷介の手が理由もわからずに震える。


[でも、あんまりがんばりすぎて

 おかあさんをしんぱいさせちゃ、だめだからね! おかあさんより]


他の母親が見たら、少し母親らしくない手紙だと思うかもしれない。

だが、氷介は他の母親なんて知らない。


知らないから― こんなに震えが止まらないんだろうか。


「おかあ、さん…おかあさん…おかあさん…おかあさぁん!」


氷介は無意識に、母の最期の手作りプレゼントを抱きしめていた。

それは…[邪悪学園]入学前日のことだった。


「おかあ…さん、っ…!」




―翌朝。 昨日の吹雪とは打って変わって、暖かい光が氷也のおでこにあたる。


「うう…ん、…」


ベットの上の枕は、ふかふかで柔らかく、使い心地が良い。

だが今は、使い心地が悪かった。

じぶんの涙を長い事吸ってたもんだから、少々ごわごわしている。

ゆっくり体を動かすと、頭にギプスが付けられていたのに気づいた。

そういえば、昨日付けたばかりだ。

いろいろなことが一度に起こり過ぎて、一週間は前のことのように感じる。


「…にい、ちゃん…」


ボーっとした状態のまま1階へと降りると、兄はソファに突っ伏して寝ていた。

腕には、地味なリュックを抱えたまま。

氷也に気づいたのか、もぞもぞと身体を動かす。


「あ…氷也? おはよー…」 「兄ちゃん…その、リュックは?」 「あ…」


氷介はうつむいて、ちょっと考えてから発言した。


「学校用にいいリュック、あるかなあって。 これでいいかな?」 「えっ? あ、ああ…」

「ふふ。 そうか、よかったね…」 「は?」

「あっ! 氷也! パンやくから早く食べて! 時間が!」 「はあ~? …7じ50ぷん…」


氷介がガチャガチャと棚からパンを探す音が止まった。


「パン…焼かなくても、食べれるよね…?」 「…おい。」




大きな池と広い庭に囲まれた豪華な白い豪邸…

長野県では、もうすっかり春の兆しがさしていた。

この豪邸に、今年の4月から新一年生になる少女がいた。

窓際の小机に肘をついて、窓の外を他の茂み見つめる女の子…彼女である。

広い部屋には白い大きなふかふかしたベットが、強すぎるくらいの威厳を放っている。

その部屋の戸を、ひとりの老人が押しあけた。


「フウカお嬢様、そろそろ出発の御準備ですよ。」

「あら、もうそうなのですか? わかりました~♪」


その嬉しそうな笑顔を見て、執事はホッとして微笑んだ。


「喜んでいただけて何よりです。

 最初はここを離れるのは嫌だと大変ぐずっていらっしゃったのに…」


少女はその問いかけに微笑んで、部屋をゆっくり歩きながら語った。


「だってわたくし、この家から出るのなんて、生まれて初めてですもの。

 わくわくしますわ!」

「それは良かったですねぇ。 ふふふ。」

「それに、わたくしもわたくしなりに調べたのです。」

「おお? 何を調べられたのですか?」

「ふふっ。 パソコンでです。 見て下さいよ、この記事!」


そう言って少女は、机からコピー紙を数枚取り出した。

とたんに執事の顔色が変わる。


「こ、これは…!」


そこに書かれていた内容は―


「[狼の双子・町の不良グループを蹴飛ばし頂笑]!

 悪を成敗する、素晴らしい行いです! わたくしはぜひ、お会いしたいのですよ~」


執事の驚愕する顔も知らずに、少女は待ち遠しそうに窓の外を眺めた。


「【狼の双子】さんとやらに。」




執事は自分が仕えている旦那さま、緑谷総次郎の部屋へ来た。


「という事です…」 「そうか…しかし、今さら決まった事は変えられん。」

「しかし! 御嬢様がもし出会われたら―」

「心配は無い。 あいつは凄いぞ? こういうときのためにあいつに教えたんだ。」

 

総次郎は座っていた椅子から立つと、微笑んだ。


「護身術を。」




「氷也、教科書は?」 「持った。」 「筆箱は?」 「持った。」 「あと上履きは?」

「だあーーーっ! 持ったっつってんだろーが!!」


いい加減に出かけたい氷也は、氷介に怒声を浴びさせた。


「で、でも、準備はちゃんとしないとダメだよ~。」

「だからって確認6回もする必要ないだろ!?」

「そ、そうかなあ…? じゃあ、これでおしまい。

 氷也の気が変わらないうちに学校行こうか。」


氷介はそういいながら戸を開けた。 昨晩の吹雪のせいで、雪の量は増していた。


「さっ! 行こう、氷也。」

「あ! ちょっと待て。 聞きたいんだけど…やっぱニュウガクシキってやつは…

 ………………親とか、来るのか…?」

「あ…うん、くるらしいね…。」 「…やっぱ氷介だけ行くってできねえ?」


氷也の眼はまた涙がにじみはじめた。


「だ、大丈夫だよ! 母さんの作ってくれたリュックがあるもん。

 …これで、ずっと一緒にいられるよ。」

「だけど…」 「…ボクが付いてるだけじゃあ、やっぱり不安?」

「そうじゃねえ! けど…」 「…わかった。」 「え?」


氷介は晴れ晴れとした顔で氷也の手をひっつかむと、そのままずんずん歩きだした。


「え!? ちょっ、氷す…」 「ボクがもっと氷也を安心させてればいいんだね!」

「そうじゃねえーーーっ!!!」




探検隊の一団が、吹雪く雪山を探索していた。


「お、おい、お前。」 「ん? 何だよ。」

「前にここ通った時……あんなとこに、岩があったか…?」


そう言って男は、少し上の崖を指す。


「気のせいじゃないのか?」 「しーっ!! お、おい…今……動いたぞ。」

「……熊?」 「ぎゃあああーーー!! ひ、ひとまず降りるぞぉー!!」

「げえっ! こっち降りてきて…わああああ!!」


一団は叫び声をあげながら、なるべく早く下山していった。


ノシッ…ノシッ…ノシッ…ノシッ…。


降りてきた熊は耳をかきながら下山していく。


「チョッ、何だよあいつら。 俺はただ下山する道を聞こうとしただけなのによぉ。

 …まあ、足跡が消えないうちに降りるとするか。」


熊は大きなコートの金具をカチャカチャ言わせながら下山する。


『いやー、やっと町に帰れるぜえ。 半年も遭難したのは久々だなあ。

 …雪男かクマに間違えられたのは一緒か。』


「丁度今が4月…か。 …よぉし、会いに行ってやるか。」


熊は尚も下山していく。


愛する我が子に会うために。

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