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双子の狼 Ⅰ  作者: ヨウカズ
第一章・狼の双子、この世に生を受ける。
5/9

5・初めての、嘘。

氷介たちに声が聞こえないように、雪也が氷也に耳打ちしてきた。


「あ、あの、氷也くん…。」 「何だよ。」

「氷介くんは、君のことをしんぺぇしとったんだべ。 んだのに―」

「黙れ。 お前も兄ちゃんと同じお節介かよ」 「ん、んなふうに言わんでもええだらぁ!」


そこへ、冬紀がやってきた。

笑いたいのを堪えてるのが、口元の引きつり方でわかる。


「何だよ、ケンカしてんのか?」 「っ。 何だよその言い方はぁっ?!」

「キレて試合に悪影響出すんじゃねえぞ?」

「ハイハイ、わかってますよ! FWのくせに何にも出来ないザ・コ・キャ・プ・テン!」


氷也は冬紀に背を向けざまに睨んだ。 冬紀は図星を突かれて頭に血が上る。


「キャプテンになんて口のきき方してんだよ!!」 「ザコにザコっつって何が悪い!」

「試合が再開されるわよ! フィールドをよく見なさい!」


瞳監督がベンチから立ち上がった。 今度はトキがボールを構えていた。


「後半は残りわずか。 だからって気を抜くんじゃないわ!」 「は、はい…。」 「…ん。」


氷也はまた、「ん。」しか言わなかった。


「おい、お前はそれしか言えねえのか?」 「来るぞ。」 「は? 何が―」


ドオッ!

トキとソラが、一気に上がってきた。

ついさっき氷介を助けて、疲れた筈のトキも、前半と変わらない動きを見せている。

そして今また、驚異的なスピードで上がってくるのだ。


「あははは! シュートを決めずに終わるのは、さすがに嫌だねえ!」

「攻めなければ、絶対に点を決めることなど不可能!」


ふたりはまた、ゴール前で高くジャンプした。


「「シャイニング・ショット!!!」」


ギュウゥ――ン!!

立ち向かおうとするDFを、ふっ飛ばしながら進んでくる。

光の牙が、今度はしっかりとGKへ襲いかって行く。

気弱そうな茶髪の少年は、ゴールから動かなかった。

絶対に止めようという意志もあったが、恐ろしさで動けないのもあった。


『み、皆だって頑張ってるんだ。 お、おれだって…頑張―』


――ヒュッ。 トッ。

シュートを打ったトキが、美しく地面へ舞い降りた。


『―!! は、早い!』


ワープしたよう素早さだ。 トキはその場で左手を上げ、堂々と言った。


「ふぅ…。 はむかわず避けろ。 死にたくなければね。」 「えっ―。」


ずごおおおっ!!


「うっ!!」


ボールがゴールへ突き刺さる瞬間、すさまじい衝撃波が生まれる。

その衝撃波の中で、トキとソラが仁王立ちしていた。


「氷介くんがいなければ、」 「何度やってもこの程度か…。」


バリバリバリィッ! ズゥ――ン!


ふたりのシュートはゴールに突き刺さり、網ごと突き破ってしまった。


「ゴオール!」


トキとソラは壊れたゴールに背を向けると、ハイタッチ。


「やるねえ、兄さん。」 「ふっ、それはわたしの台詞だ、ソラ。」


そこにいた選手たちは、ただ黙って薄く煙を立てるゴールを見つめていた。

氷也も目を見開き、呆然と立ち尽くしている。


「残り時間は?」 「あと…1分しかないよ。」

「そうか…まあ、わたしの見たかったものは見れた。 満足と言えよう。」

「にいさんは欲が無いなあ。 恐ろしいくらい。

 ま、シュートも決められて気持ちよかったし、

 よくよく考えたら始末する時のが楽しいもんね!」


周りのヒトには、その会話が何を意味しているのかわからなかった。

GKの茶色い髪の少年は、身体を強張らせて、まだ荒い息をしている。

氷也はそいつの所へ歩いた。


「…おい。」 「ふぅうっ…ううっ…」 「おい、もうシュートは終わったぞ、おい!」


肩をバシッと叩くと、一回ビクッと震え、それから叩いてきたヒトを確かめた。


「ああっ! ご、ごめんなさいぃっ!! ま、また、止められませんでしたぁああっ!!」

「えぇっ?! お、おい…別に攻めてる訳じゃあ―」 「どけ氷也!」


そう言って押しのけたのは――、冬紀だった。

冬紀は茶色い髪の少年の頭を、ポンポン、と軽く叩いた。


「あっ…キャ、プテン…。

 おれ、怖くって…トキさんの言うとうりに、少し、避けちゃったんです…。

 GKは、ボールを止めなきゃいけないのに…ごめんなさい…。

 皆も、ごめん……ひっく、ひっく…」


茶色い髪の少年は責任を感じてか、

それともボールから逃げた自分が悔しくてか、泣き出してしまった。


「大丈夫だ、誰もお前を責めたりしねえよ。」 「え…?」 「!」


氷也は少し驚いた。 冬紀がその子に向かって、優しく笑っていたからだ。


「頑張れば、いつかは止められるよーになるって!」

「お、おれも…シュートを、止められる、時が…?」

「ああ! だからよー、いちいち泣くなって!」 「…はい!」 「よし、じゃあ再開だ。」


その子は涙を手の甲でぬぐって、いい笑顔をした。


「…?! 何だよ、何笑っていやがる!」

「お前がなんでキャプテンなのか、少しわかった気がしただけだ。

 別に気にしなくていーぞ。」

「はあっ?! み、見てんじゃねーよ!」


冬紀はそう言うと、自分のポジションに着いた。


『あいつ…ほんとは良い奴なのかもな。 一応仲間にも慕われてるみたいだし。

 …まあ、俺に優しくすることは絶対ねえな。 俺、あいつらと違うもん。』



試合再開後、すぐにホイッスルが鳴り響いてしまった。


「試合終了! 結果、2対1。 チームブリザードの勝利!」


その結果が言われた直後、ブリザードの選手たちは歓声を上げた。

それと対照にファイヤー・バードの選手たちは、誰もが驚きの表情を浮かべていた。

今まで全勝無敵だったチームが、いきなり全敗弱小のチームに負けたのだから。


「キャプテン! ついに、ついに初勝利ですね!」 「だな! みんな頑張った頑張った!」


その楽しそうな仲間の輪の中には入れない氷也は、外側から寂しい目で眺めていた。


「氷也さーん!」 「氷…也ー!」


声をかけられて、驚いて振り返ると、雪也がいた。 後ろから来るのは、士郎と、


「あ、雪也…士郎…にいちゃん。」 「手当て、いちおー終わっただ~。」


氷介が小さな士郎に手をひかれてやってきた。

だが、士郎の歩き方は若干危なっかしく、見てるこっちが冷や冷やする。


「士郎くん、ちょっ、歩くの少し速いよ―わっ!」 「わあっ! あ、あんぶねえ!」


どたっ!

怪我をしている氷介は士郎の小走りに追いつけず、

躓いて転びそうになったが、士郎が慌てて滑り込み、かわりに下敷きになった。

…そんな感じで倒れたのである。


「わわっ! 士郎ー!」 「あっ! し、士郎くん?! ゴメン、乗っちゃってて…だ、大丈夫?!」

「……おもしろい状態だなあ、おい。」

「ククッ。 きっといつもバクバク食ってんだぜ、アイツ。 んで重くて潰してやがんのー!」


冬紀がこれを見てさも愉快そうに、他のチームメイトと笑いあった。

そう言われた氷介は、すぐに士郎から降りた。

氷也はカッとなって冬紀にガン飛ばす。


「冬紀……お前はそんなふうにしか言えねんだな!」

「ああ? 重いのは本当のことだろ?」

「もっと重い奴なんか腐るほどいるわ!」 「やぁーい、食いしん坊! 重いんだよ!」

「もうっ! 重い重いって……ふたりとも黙ってよぉーっ! ぅっ、うわぁあ~~ん!」


氷介の顔は涙でぬれてる上に、真っ赤だった。 しかも珍しく怒っている。

氷也と冬紀は想像してなかった反応に、戸惑いながら顔を見合わせた。

どちらも冷や汗をかいて、泣きだす氷介を、どうしようか、という顔。


「士郎くん、ごめんねっ。 ボク…歳、上だもんね。

 ううっ、重かっ、たよね? ごめんね、ぐすっ…どこか、怪我してない?」

「い、いや、おらはだいじょんぶだべ!

 それに、氷介くんは怪我しとったのに、転んでまた怪我したら大変だべ?」

「えっ?― …こんな、ボクのこと…心配して、くれてたの…?」

「あ、当たり前だべ! 同じチームメートなんだから…そだべ?」

「うん…ありがとう。 ごめんね、士郎くん…優しいね。」


なんだか氷介と士郎の周りにだけ、

ほのぼのとした空気が漂っているのは気のせいだろうか。


「――って何であいつらオレたちほっといて自分たちだけ楽しそうなんだよ!」

「いや、俺に言われても困るし。」 「お前兄弟だろ?!」

「楽しそうでよかっただ~。 あっ、そんだそんだ、氷也さん。」 「ん?」


突然雪也は、頭をぺこりと下げた。 氷也はもちろん、冬紀もびっくりだ。

あの得体の知れないヒトと呼んでいいかもわからない氷也に、頭を下げてるのだから。


「お疲れ様ですたー!」 「は、…は?」

「今回勝てたんは、氷也さんがけっぱって2回もシュート決めてくれたからだべ。

 ほんに、ありがとだ~。 あんなシュート打てるなんておら、尊敬してまうだ~。」

「…へっ。」 「な…、なんだよ。 気持ち悪い…」


氷也は、少し元気になったようだ。 その証拠に、笑っている。

くるりと冬紀のほうへ向きなおると、質問した。


「お前、何キロ?」 「えっ…に、20…。」 「兄ちゃんと俺は19.5キロ。」


氷也は勝ち誇ったように、にへっと笑った。



このチーム、ブリザードは活動後に反省会みたいなのがあるらしい。


「今日は初めてこのチームが勝利を収めた日でも、

 ファイヤー・バードが初めて負けた日でもあるわ。

 私も、それを誇りに思う。 それと、今日入ってくれた氷介くんと氷也くんだけど、」


みんなの視線が一斉に、氷介と氷也に向けられた。


「氷介くんはDFに、氷也くんはFWにします。

 氷介くんのディフェンス能力と氷也くんのオフェンス能力の高さは、

 確実に即戦力になると思うの。」


氷介と氷也はそう言われて、照れくさそうに顔を赤らめた。

だが、皆の顔はいまいち乗り気ではない。

やはり、自分たちと違う、というのが引っ掛かってるのだろう。


『にいちゃん。』 『ん? どうしたの、氷也。』

『やっぱり…雪也とか以外には、嫌われてんのかな、俺たち…』


「あなたたち、まだ何か言いたいことでもあるんじゃないの?

 余計な考え事は、試合の妨げになるわ、言いなさい!」


ふたりはその声の持ち主を見上げると、瞳監督が腕を組んでいた。

その声は凛としていて、正しい正義を持っている。


『監督…。』


選手たちはその声に怖気づいてか、ざわざわと相談が始まった。

そんな選手たちを、監督は変わらない目つきで見ていた。

そして、あいつがサイドの選手たちに小突かれて、恐る恐る右手を上げる。


「はい、なに? 直太くん。」


直太と呼ばれたのは、GKの気の弱そうな茶色い髪の子だった。

冷や汗をかいて、周りに助けを求める仕草を見せるが、誰にも気づいてもらえない。


「えっ、えっと…あの、氷介さんと、氷也さんは、

 あの…他のヒトと、少し違うような気がして…。

 い、いや! それが、全然、悪いとかじゃなくて!!

 それで、その…おれたちと一緒にプレーしてて、いいのかなって…えっ?」


氷介たちの位置からでも、冬紀が直太の服を引っぱって合図したのがわかった。

何か言ってるが、ヒソヒソ声でよく聞こえない。


『何、話してるんだろうね。』

『ふん、どーせ「何でこっちが下の立場みたいな感じなんだよ!」とかだろ。』



実際、そんな感じだった。


「何でオレたちが悪いみたいな言い方なんだよ!」 「ごっ、ごめんなさい!」

「冬紀くん、勝手に口を挟まないで。」 「うっ…はぁーい。」


瞳監督はため息をつくと、選手全員に向き合った。


「あなたたちの考えていることは、よくわかったわ。

 実話をもとにした童話、[おおかみたいじ]の狼兄弟に、

氷介くんたちが似てる点を持っているから嫌なんでしょう。」


監督の言ったことは、大当たり。


「氷介くんと氷也くんは、この童話を知っている?」 「え? いいえ…」

「そう…ここの地方に生まれていながら、知らない子供がいるなんて、驚きね。

 まあ、簡単に説明すると、大昔にこの地方で、町や村を襲う狼の兄弟がいたの。」



その狼は2匹の兄弟で、幼いながらも体格がよく、

人々や家畜を襲うことなんて、遊びのようなものだった。

その行動に耐えかねたヒトたちは、2匹と戦う決心をした。

だが戦いに出た後、帰ってきたのはまだ幼い少年だけだった。



「―いいか? あそこにいるのが狼の兄弟だ。

 昼間はこうして寝てるんだってよ、のんきなもんだぜ。

 あいつらのせいで、おれの、弟は…父さんは…!」

「泣くなよトータ。 俺だって…家族を皆食べられたんだ…っ。」

「今だ! みんな、行くぞ!」 「おう!」 「あっ、待ってくれ!」


俺たち3人は突撃したんだ。 そして…    ―俺以外、皆喰われた。―


「うわ…あ、ああああっ!!」


2匹は胸元を紅に染めて、俺の上に覆いかぶさる。

どちらも幼いはずなのに、その幼さを感じられない。


「クルルル…(にいちゃん、ここにも一匹残ってるぞ。 …喰う?)」

「クルルルル…(えー? いいよ、その辺にほっとけば?

 もうお腹一杯だし、第一こんなのお腹の足しにならないよ。)」


俺は人間だから、2匹が何て言ってるかは解らなかった。

やがて血の気が薄くなり、貧血で気絶した。



「―それで、トータも、寛太も…。」

「そうか…よく、帰ってきたな。 お前はここで、休むと良い。」

「うん…。 おじさん、ありがと。」 「じゃあ、ごゆっくり。」


彼の世話をしてくれている神父さんは、そう言って寝室から出た。

彼は、神父さんの鼻をすする音が遠ざかるのを見計らって、

ベットから起きると、クラクラする頭を押さえながら、部屋の奥の銅像を見上げた。

その銅像は、窓からの月光を受け、美しく輝いていた。 神様を掘った銅像なのだ。


「神様ぁ…俺たち、何にも悪い事してないのに、動物たちとも仲良く暮らしてるのに、

 何で大事なヒトを奪われなきゃいけないの??

 もう、これ以上友達がいなくなるのは…嫌です。

 神様…助けて下さい。 俺……ぼく、何でもするから…!」


と…、銅像が身震いしたかと思うと、眩しく光りだした!


「―うわっ?!」

「おまえのその言葉…偽りではないな…?

 よし…おまえの【なんでもするから】のかわりに、その願い、叶えてやろう…」



「―おーい、おかゆは食べるかい? …あれ?」


そこに、彼の姿は無かった。 その代わりに、勇者が立っていた。


「…狼の兄弟は、ドコだ…?」



その夜、狼の兄弟は苦しげに喘ぎ、その体を草の上に横たえた。


「凄い…あの狼の兄弟を、倒したなんて…!」 「まさに…勇者だ!」



瞳監督は、話し終えた。


「あ…、簡単にと言っていたのに、少し長引いてしまったようね。 でも―」


瞳監督は、選手たちの方を見渡した。

息吹兄弟はふたりで顔を見合って、オドオドしている。


『それが、ボクらだと思ってるのか…』 『俺…そんなんじゃねえのに!』


直太はその場に立ったままで、どうすればいいかわからずに立ち往生するばかり。

静かにざわめく選手たちの前で、瞳監督は高い咳払いをした。


「私は…このチームを強くしたいと思っています。

 だからわたしは、外見的な障害があっても、他人と違う点があっても、

 サッカーを上手くなりたいという思いと、それをするためのテクニックと頭さえあれば、

 このチームのメンバーとして、何の不足もないわ。」


氷也はその言葉に、そっと頭を上げた。

瞳監督は相変わらず、皆の前に仁王立ちしており、

チーム全員を愛しそうに、微かに、笑っている。


「そして氷介くんたちにはその能力がある。

 よって監督の私は、ふたりをチーム・ブリザードのメンバーとして認めます!」


また、大きなざわめきが起こる。

さっきまでと違うのは、あのふたりが立ってくれたことだ。


「そっだら、氷介くんらをチームメイトにしてええんだなぁ?」 「ええ。」

「やったべ! 宜しぐなぁ!」 「うわぁっ。」


飛びついてきた士郎を退かすと、また冷静な顔に戻っている瞳監督が、見えた。


『俺たちを…』 『メンバーとして…』 『『認める…か。』』


ふたりは両親以外に、はじめて[いいヒト]というものを見た気がした。

もうふたりの方を向いていない、彼女を。



「…」 「…おい。」 「なんだよ?」

「次の試合の作戦を立てるって言ったくせに、何で士郎とかはいねぇんだ?」


少し話を巻き戻すと、冬紀に「作戦を立てるからベンチ裏の小屋へ来い。」と言われ、

氷也は氷介に引っぱられながら来た訳だが、人数がどうも少ない。

冬紀と、他2名のみだ。


「はあ? そんなん当たり前だろ?? あいつらはとっくに帰ったって。」 「え? 何で?」


氷介の状況把握の遅いことが、一発で判る発言に、冬紀は苛立って舌打ちする。


「…うぜェな。 まだ気付かないなんて。」

「ふん。 まあ、今に始まったことじゃねーな。」


氷也は思い出してるのだろう。 白鳥幼稚園での出来事を。


「もー、氷也まで…変なの。 さっ、じゃあ作戦会議始めようよ!

 士郎くんたちには、また今度話せばいいし― …? あのー…冬紀くん?」


振り返る氷介の眼は氷也とは違い、何の疑いも野心も感じ取れない。

ただ、きょとんとした表情で、緑色に澄んだ眼を、瞬きさせるだけだった。


『なんで…なんでこいつはこんなに疑わないんだ? 普通変だって思うだろ?

 自分らはふたり、あいては大勢。 オマケに味方もいないってのに!!』


冬紀は面倒臭くなって、左足のかかとで地面を3回蹴った。 彼が決めていた合図だ。

名前も知らないふたりの選手が、さっと立ち上がる。


「なあ、冬紀はな? お前らのおかげで勝てたなんて思っちゃいないって。」 「?」

「ただ、バケモノが試合に参加しただけだって。」

「――!!」 「―え あ…それは…ボク、そんな…」


バケモノ。

その言葉を聞いた氷介は、笑顔が消え失せ途端に俯き、

氷也は怒ったように唸り声を上げ、狂ったように泣きだした。


「うわああぁああああぁぁあああ!」 「?! 氷也、どうしたの?」


ガッシャァーン!

氷也は突然、傍にあったボールの入った籠をひっくり返し、

自分を「バケモノ」と言った相手に叩きつけた。

それだけでは収まらず、氷介の叫ぶ声も聞かずに、

逃げようとした冬紀の背中に飛びかかって、殴る、蹴るの暴行をふるった。


「やっぱ来んじゃなかった…サッカーなんかやんなきゃよかった!

 キライだ、キライだ、お前らみぃーんな、大ッッキライだ!!」


深い緑の瞳から大粒の涙がいくつもいくつも落ち、首元のマフラーを濡らした。


「氷也! お願い、やめてよ、やめてよ! ケガしちゃうよぉっ…ねえっ、ねえっ!」

「兄ちゃんはあっち行ってろ! 俺は今殴んので忙しんだっ―」


がしっ! 他にいた選手たちが氷介を押しのけて、氷也を引っぺがした。


「さっきはよくもやったな!」 「おれの友達いじめんなよ!」


氷也はパッと跳ね起きて、すぐに体制を立て直そうとしたが、

ふたりがかりで床に押さえつけられた。

蹴り飛ばそうともがくものなら、ふたりの足で踏みつけられて、動かせない。


「~~~~っ… 退けよっ! 邪魔だァってんだろーっがっ!!」

「退いたらまた暴れるだろ?!」 「ううぅっ…いってぇなあ…。」


氷也を抑えつけるふたりの後ろから、

手足に打撲を作り、頬の腫れた冬紀が立ちあがった。

フラつく足取りで頭をおさえ、涙をため込んだまま立ち上がった。


「あっ、」 「それ…」


押さえつけていたふたりは冬紀の行動を察すると、パッと氷也から飛びのいた。

氷也もそれと同時に立ちあがるが、眼前には勢いよく振りおろされた、バット―


「がぁ―――」


鈍い音が小屋いっぱいに響く。 氷也は顔面をおさえたまま倒れ、荒い息をしていた。


「―!! 氷、也… 」 「もう、一発――!!」


無抵抗な氷也に向かって振りおろすバットを、ふたりが止めた。


「冬紀、やめとけって! やり過ぎだ!」 「だ、だって、こいつ―」

「監督にバレたら大変だろ?!」 「うっ…。 ったくもぉ!」


カランカラ―ン…バットは放られて、床に転がる。

冬紀たちは、その場を逃げるように去って行った。


「なあ、その怪我親には何て言うんだよ?」

「あいつらがやったって言うに決まってんじゃん!」

「あ、そっか! あはははは!…」


笑いながら帰る3人の姿が見えなくなると、

氷介はなかなか上がらなかった腰を、やっと持ち上げた。

そして氷也を起こしながら、自分を責めた。


「氷也…、大丈夫…? …ボクのせいだ…ごめんね、ボクが―

 ? なに? これ…あったかぃ…」


それは、顔をおさえる氷也の指の間からこぼれる、赤い液。


「―ッッ!! 嫌だ、な、何これ? ああ、っ… うわぁああぁあああーっ!!!」


その叫び声を聞きつけて、ふたりを探していた柚彦が駆けつけた。



「あなたたち、一体何をしていたの! 小屋の床一面に、血が付いてたわよ」


ここは瞳監督が教師として働いている校舎の、職員室。

氷介、冬紀、選手のふたりの4人は、監督に呼び出されていた。

氷也は貧血のため、道立氷洞病院で寝ている。


「…冬紀くん喧嘩の原因は何?」

「監督、俺は悪くねえよ! 氷也の奴がいきなり飛びかかってきてオレをさあ―」

「…ふたりは?」 「そ、そうでした…」 「冬紀の言ったとうりです…」


氷介は唇を噛んで、やり場のない思いを発散しようとしていた。


「…じゃあ、誰が初めに喧嘩を始めたの?」


その問いには誰も答えなかったが、氷介以外の全員が、瞬時に彼へと視線を向ける。


「氷介くん。」 「はっ、はい!」 「誰が、誰を、どうしたのかしら。」

「なっ…なんで、ボクに聞くんですか…」 「正直に、言いそうだから。」


『それって…監督がボクのことをまだ全然知らないから、だからそう言ってるんじゃ…』


「…それだけ、ですか?」 「そうよ。」


氷介はそれを聞くと、俯いたまま口を開いた。


「………ふ、冬紀、くんが…」


怯えた顔で、ちらりと監督を見上げた。 だが、監督は自分を見ていない。

氷介はその視線の方向を察して、慌ててまた顔を伏せた。


『冬紀くん… ………冬紀くんも、氷也も、ふたりとも怒られない説明……あるかな。』


氷介が黙っているので、監督がまた口を開く。


「冬紀くん、が?」


ビクッ。

氷介はいきなり声をかけられて、急いで考えをめぐらし、ひとつの説明がみつかった。


『これなら、冬紀くんも責められるから、

 氷也も納得するし、冬紀くんもたいして怒られない…』


「ぼ、ボクらに、バケモノって言って…」 「―!!」 「か、監督! こいつの言うことなんて―」

「少しは静かにしてなさい! わたしは誰の話を聞いてるの? あなたかしら」


冬紀はそれ以上何も言わなかった。


「ボ、クが……暴れちゃって。」


『ああ…。 今、監督は、どんな顔してるのかな…。』



氷介の説明を、簡単にまとめると、こうだ。


まず、冬紀たちが自分たちをはやしたてるので、自分がカッとなって暴れてしまった。

しばらく取っ組みあってから、そばにあったバットをふるってしまい、

自分を助けようとした弟に、誤ってぶつけてしまった…。


瞳監督は、その説明をフルスピードで整理した。


『つまり冬紀くんたちは、ちょっとはやし立てただけ。

 弟の氷也くんは、兄を助けようとしたけど、逆に怪我をしてしまった。

 悪いのは、全部自分。』


「ふ、ぅっ、うぅっ! っ…」


氷介は床を見つめたまま、喉の奥から広がる息苦しさを、

表に出すまいと、ひとり格闘していた。


「氷介くん、あなた、自分が何をしたかぐらい、わかってるわよね。」 「…はい。」

「では、冬紀くんたちに何を言うべきか、

 氷也くんに何を言うべきか、わかってるわよね。」


氷介の心の中で、いろいろな思いが増えていく。

それとともに、口の中にも広がる息苦しさが、彼の心を締め付ける。

氷介は一層唇を強く噛んで、それに必死に耐えようとした。


「は…、は―」 「話をするときは、ちゃんと相手の眼を見て話しなさい!」


ビクッ!! ガラガラガラガラガラッ。

その声に圧倒された冬紀たちが、退いて机にぶつかる音がした。

氷介は慌てて怯えたままの顔を上げ、瞳監督の眼を見た。


『え? なんで、そんなに… 悲しそうな眼を…』


氷介には知識足らずでわからなかったが、その眼は、哀れみの眼だった。


「…さあ、冬紀くんたちに言うべきことを、言いなさい。」 「…はい。」


氷介は固い表情のまま、冬紀たちに向き合った。


「…打ったりしちゃって、…ごめんなさい。」


氷介は内心ホッとしながら、お辞儀ついでに下を向いた。

瞳監督は、視線を冬紀たちに向けて、言う。


「あなたたちも氷介くんたちに、どれだけ酷い事を言ったか、よく考えなさい。」

「うん…まあ、俺達も悪かった。 ごめんな。」


氷介は首を横に振る。


「ううん…ボクが、あの位で怒る…ボクがいけなかったんだ。 ゴメンね。」


冬紀は頭を下げたままの氷介に戸惑いながら、瞳監督のほうに顔を向けた。


「…これからは気を付けると約束するなら、もう行きなさい。」 「は、い。」



冬紀たちの足音が完全に遠ざかっても、氷介はそこから動かない。

瞳監督が近づいても、微動だにしない。


「氷介くん、いつまでそこに立ってるの?」 「…ボク…動け、ないんです…」


必死に考えをめぐらしたり、

立っていることに疲れている間に、体が硬直してしまったのだ。

棒立ちになって肩をいからせ、小さく震えている。


「氷介くん。」


ポン。 瞳監督は氷介の狭い肩に手を乗せた。


「えっ?! か、監督…」 「リラックスしなさい。 息を深く吸って…はいて…」

「う、うまく、できません…」 「それなら、力を抜きなさい。」

「…そんなことしたら、駄目なんです。」 「…嘘をつくのに、疲れたんでしょう。」

「うっ……」


瞳監督には、顔を上げた時の彼の表情で、嘘だとわかったのだ。 氷介は否定する。


「嘘じゃ…ないです。」

「事実なら、何故堂々としてないの?

 嘘を告白するときは、最初から謝るつもりでいるときよ。

 だけど…あなたの眼は、苦しそうで、辛そうで…哀れだったわ。」

「? あ、あわれ…?」

「自分の力では、どうすることもできなくなってしまった心…

 それを見たとき、他人はそのヒトを、哀れと言うのよ。」


瞳監督はしゃがみこんで、氷介の戸惑った顔を見上げた。


「あなた、冬紀くんの謝り方…どう思った?」

「えっ、ど、どうって…。 心が、こもってないように思えました…」


―うん…まあ、俺達も悪かった。 ごめんな。―

氷介は頭を下げていたので本人の顔は見えなかったが、

形だけの、皮肉っぽい謝り方に聞こえた。


「……あなたのゴメンねも、心なんかこもってなかったわよ。」 「……」

「あなたの言葉は、必死にその場を切り抜けようとするようだったもの。

 悪いのは全て自分にして、自分だけ苦しんで傷つけて、

 何故嘘を貫き通そうとするの」


『…だって…ボクが、ボクが嘘をつかなきゃ…』


「うぅーっ…さっ、さよならぁっ!!」


ダッ!!

氷介はここに立っているのに耐えられなくなり、

無理矢理足を動かして走り出し、職員室を飛び出した。

一度も後ろを振り返らずに、玄関まで突っ走った。


「ちょっと、話しはまだ終わってないわ。」


瞳監督はそう言いながらも、追いかけようとはしなかった。


「今は…自分の心を整理させることが大切、よね…

 氷介くん…今までで一番優しい子で、今までで一番悪い嘘をつく子ね。」

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