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双子の狼 Ⅰ  作者: ヨウカズ
第一章・狼の双子、この世に生を受ける。
4/9

4・初試合

「氷也ー、おきなって言ってるじゃん!」


ボクはそう言いながら氷也をゆする。

もう、今日が行く日だってこと、忘れちゃってるのかなあ?


「うるせえなあっ、あと5分。」

「今日がジュニアチームにあいさつする日だって、忘れたの?」

「ああーっ!! やべえっ、今何時だっ?!」 「えっと、9時15ふ―」 「ぎゃああーーーーっ!!」



「もう、やっぱり氷也はお寝坊さんねぇ。」


氷也は、立場が悪そうに赤くなった。


「母ちゃんや父ちゃんもそうだろ?!」

「あら、いいじゃない。 いつも働き疲れてるんだし、ね?」 「ね? じゃねーよ!」

「まあまあ、9時半なら車で行けばなんとかなるさ。 さあっ、早くしとけよ?」

「はーいっ!」 「ん。 分かってらあ!」


氷介はすでにジャンパーを着てカバンも持って、

後は氷也の準備が終わるのを待つだけだ。


「氷也。 そのズボン、前後逆。」 「げっ! やっ、べえ…。」



ブロロロロロ……。 車は雪道を走っていた。


「いよいよだね、氷也…。」 「あ、うん…。 でも、俺…」


ボクは氷也の手を優しく握った。

こうしてると氷也だけじゃなくて、ボクも安心できるんだ…。


「大丈夫だよ、言っただろ? ボクが氷也を守ってあげればいいんだって。 ね?」

「そ、そうだなっ! 悪い悪い。 …氷介の手って、いつもあったけぇなぁ…」

「そう?」 「うん、父ちゃんや母ちゃんの手みたいだ」


それを言ったら、君は、怒るととっても怖くて、

こんなにきつい目つきをしてるのに、何でこんなに、手があったかいのかなぁ…



車は、グラウンド付近の駐車場に止まった。


「さっ。 着いた着いた。」 「おっ、あそこかー。」 「…氷介、」 「うん、わかってる…」


結局俺たちは、怖くて手を離すことができなかった。


「―あ、息吹さんですね?」 「はいっ。」

「早速なんですが、今から氷介くんたちの初試合がはじまります。」 「えっ?」

「どうやら日付を間違えてしまったようで、本当は昨日のはずだったんです。」


瞳監督は初対面の時と同じ、凛とした態度で、きっぱりと言った。


「ええーーっ?!」 「それでも、別にいい?」


瞳監督が俺たちの方を見下ろしてきた。 答えは、俺の中では、決まってる。


「別にいいぞ。 練習も毎日のようにしてたからなっ。」

「うん、ボクもいいです! 早く試合してみたいなあ。」

「そう。 じゃあ早速チームメイトにあわせるわ。

 お父さん方も、それでよろしいですか?」

「えっ。 で、でも…」

「父ちゃん、」 「母さん、」 「いいっ」 「てばぁ!」 「俺たち早く」 「試合したいもん!」

「…だったら、頑張らないと損よ?」


父ちゃんと母ちゃんは、承知してくれた。




グラウンドでは、試合前に小さな選手たちがストレッチをしていた。


「…なあ、昨日来んかった新しいメンバーって、今日来るんだべ?」


ひとりの背の低い男の子が唐突に切り出した。

1m弱と言ったところだか、4歳ぐらいだろうか?

しかし、このサッカークラブの募集年齢は、5歳からである。

だが、5歳にしては少し低い。

キャプテンマークを付けた子が答える。


「ん? ああ。

 どーも、監督が間違えて今日って言っちゃったから、昨日来なかったんだってさ。」

「そんだか~。 んでも、どんな子らかなぁ。 たしか、双子だって言ってたべ?」

「んだ。」 「あっ、にいちゃ。」


背の低い子の隣に、対照的に背の高い兄が座った。

140cmはあるように見えるが、小4か小5と言ったところだろうか?


「でもやっぱ双子って聞くと、【狼の双子】事件、思い出しちゃうよな~。」

「あ、幼稚園の時だべか?」


とたんにキャプテンの幼い顔が険しくなった。

それに気づかないふたりは、ほのぼのと語り続ける。


「あのシュート、凄かったべな~。

 おらもFWなんだから、一度はあんぐらいのシュート打ってみたいべ!」

「んでもにいちゃ、あれは【狼の双子】だったけぇ出来たんだべ?

 にいちゃがやったら、身体が壊れちまうべや。」

「あー、んだべなー。」 「にいちゃは今んまんまで十分強ぇべや。 そだべ?」

「そうだか~? いんやー、うれしいだ~」 「違う!」


キャプテンが立ちあがった。 突然でふたりは驚く。


「へっ? キャ、キャプテン…」 「おらっちゃ、変な事言っただか?」

「変も、何も…【狼の双子】を褒めてどうすんだよ! バカッ!!」

「あ…」 「す、すまねえだ…」


弟が視線をそらそうと雪道の方を見ると、二つの人影が見えた。


「もしかして今日来るのって…あのふたりだべか?」 「え? …あ!」


その姿に誰もが目を疑い、チーム全員が雪道のほうにくぎ付けになった。


「う、嘘だろ?!」 「だ、だって、あれ…!」


ひとりはパタパタと息絶え絶えに走ってきた。

もうひとりは頭の後ろで手を組んで、リフティングをしながらゆっくりと歩いてくる。


「はあ、はあ…おっ、遅れてごめんなさい!」


最初に着いた方は膝に手をついて、悲しそうに誤った。

その相手に、キャプテンは思わず喰ってかかる。


「お、お前ら! 【狼の双子】じゃねえか!!」 「あっ! もしかして…冬紀くん!?」


氷介の顔はぱあっと明るくなり、有無を言わさず冬紀の手を掴むと、上下に振った。


「久しぶりだね~! 元気にしてた?

 ボク、サッカー練習したんだよ! これからよろしくね~。」

「はあ?! 何普通に触ってんだよ! 離せ!」


冬紀は氷介の手を、パチンと弾いた。 氷介の表情はすぐに無表情になった。


「あっ。 ゴメン…」 「ふんっ。 あとおいお前! さっさと来いよ!」 「あ?」


氷也は冬紀のほうも見ずに、のんびりリフティングをしながら来た。


「お前なあ― 遅れてすめませんとかねえ訳?!」

「俺別に遅れたくて遅れた訳じゃねえし」


さらりと受け流す氷也。

氷介は、いつもなら外見を気にする氷也が、勝気なのを不思議に思った。


「氷也、ずいぶん元気だね?」 「だって窓からこいつ見えたもん」


そう言って氷也は冬紀を指差し、グラウンドに来る途中の崖を指差した。


「ええっ?! あんな遠いとこからよく見えたね~。」

「当たり前だ。 俺の視力は推定3.0だからな。」

「ああ、昨日やってたテレビ番組のやつだね~。

 ボクは2.0だったけど、さすがに何かが動いてるようにしか見えなかったし―」

「だあーっ! そんなことじゃ絶対ねーだろ! お前は、…ッ…。」


氷也は何かを悟ったように、また意地悪く笑う。


「ああ、お前にぶっつけ本番のサッカーでバカ勝ちしたから、余裕満点なんだよ。」

「―!! てめえ!」


冬紀を遥かに背の高い、青紫の髪の兄が止める。


「だんめだべ! このふたりが入ってくんなかっだら、人数足りんで不戦敗になるべよ!

 先週のファイヤーバードとの練習試合で入院したふたり…

まだ、ケガ治ってねえんに…きょうも、また、おんなじ相手と戦うんに…」

「…チッ。」


『ふうん…サッカーって、やっぱりケガしちゃうこともあるんだ。

 ボクも、気をつけないと…』


だがふたりともこの試合で、氷介も氷也も大怪我をすることになるのである。




「皆、今日から新しく入るチームメイトよ。」


チームのメンバーは、ボクらの髪や耳を、じろじろ見てきた。


『氷也っ。』


ボクは助けを求めるように氷也の目を見た。


『あ…。』


氷也の目は涙が溢れそうになっていて、ボクの手を痛いほど握ってきた。

やっぱり…外見に注目されるのは、嫌なんだ…。 そりゃあ、そうだよね…。


『くっそう、何でこいつらじろじろ見るんだよ!

 俺は、お前らとたいして違わないって、わかれよ…』


そうか…ボクだけじゃなくて、氷也も怖いんだよね …ボクが、言わなきゃ!


「あ、あのっ! はじめましてっ、ボク、息吹氷介ですっ!」


チームメイトは初めて、双子の顔をちゃんと見た。


あ、あわわ…やっぱ恥ずかしいなあ。 えっ、なあに? 氷也…


氷也は氷介の耳元にささやいた。


「―…悪い、言ってくれ。」

「あ、うん。 えっと、こっちはぼくの双子の弟で、氷也です。

 これから、よろしくお願いします!」


小さなざわめきをかき消すように、瞳監督が声を上げた。


「そうゆうことだから、今日が初試合になるわ。」

「ええっ?! でも監督、こいつらがどんなプレーするのかまだ知らないし、

 第一、こいつら…まともにサッカーできるんですか?」


チームのひとりは声を上げた ―冬紀だった。 奥には、あの青紫の髪の兄弟もいた。


「―!!」 「それに…―」


冬紀は監督から視線をそらし、

氷也たちに下等なものでも見るかのような視線を向けた。


「そう、別にいきなり入らせなくてもいいのよ。

 ただ、このチームが不戦敗になるけれど。」


冬紀はニヤニヤ笑う氷也を悔しそうな目で睨んだ。


「…。 決まりね。 あなたたちは、どこに立っていてもいいわ。

 この試合で、ポジションを決めます。」


「はい!」 「…。」


ニヤッ。 氷也は嬉しそうに、笑った。



「試合、開始ーっ!!」


ピーッ! キックオフは相手チーム、ファイヤーバードからだった。

こっちのチーム、ブリザードの選手たちはとたんに身構える。


「皆、来るぞっ! おい氷介、氷也! ボール取ってかねーと置いてくからな。」


冬紀はそう言って走って行く。

そいつの腕には、紺色のキャプテンマークが付いていた。 氷也は顔を歪ませる。


「チェッ、あいつがキャプテンかよ。 よーし、絶対シュート決めてやろーじゃねーか!」

「うん。 ボクもシュートさせないように頑張るよ!」

「…あれ? ってことは、俺はFWで―」 「DF止めろーっ!」


ハッとして振り返ると、ファイヤーバードのMFが攻め込んで来ていた。

冬紀が声を張り上げる。 青紫の髪の、ストールを付けた子に。


「深川ーっ! ボール取ってくれっ!」 「わ、わかっただ! ―うわあっ!」


その子はファイヤーバードのDFにはばまれて、転んでしまった。

そのすきを見て、ファイヤーバードのMFはゴール前へ上がっていく。


「決めてやるーっ!! シュート―」


ズサアァーーーーッ!! 彼は、ほぼ反射的に動いた。 純白の美しい髪が揺れる。


―スライディングタックル!!―


彼の足が相手MFの足の下のボールを絡め取り、自分の方に引き寄せる…。

あっという間だった。 ほんの一瞬の、繊細なプレイ―。 氷介は、ボールを奪った。


「やった…できたぁっ!」 「よっしゃあーーっ!」


氷介は飛び上がりそうなほど喜んだ。

生まれて初めての試合で、スラィデイングタックルが成功したのだ。

冬紀がポカンと口を開け、氷也は歓声を上げる。

―と。 喜びもつかの間、ボールを奪われたMFが引き返してきた。


「チィッ!」 「わっ! ええと―」 「氷介くん、こっちだぁ!」 「えっ?」


さっきの青紫の髪の子が、開いたパスコースに飛び出した。


『あの子…ボクのこと、信じてくれてるのかな…?』


「うん、お願いしまぁーす!」


ドンッ! ボールは選手の間を縫い、青紫の子のところに落ちた。 トンッ。


「ナイスパスだべ!」


ニコッと笑って、上がって行った。 (FWなのだろう。)

ベンチの方にふと目をやると、笑顔で手を振る両親の姿が見えた。

氷介は手を振り返して、笑う。


『父さん、母さん…。 ボクでも、役に立てたよ!』



しばらく上がると、相手DFに詰められてきた。


『うわっ! あ、危なかったべ~…でも、誰にパスしたら…

 みんな、パスが出せないようにマークされてるし…』


「おいっ、そこの青い奴ーっ!!」


振り返ると―、氷也がマークを無理矢理振り切って、パスコースに飛び出した!


『ええええーーっ?!』


「何ボサッとしてんだよ! 早くボール渡せ!」 「わ、わかったべ!」 「おいっ!」


冬紀が不服そうな顔をしたが、気づかなかった。

マークについていた選手たちは、すぐに氷也のボールを奪いに来た。


「よっしゃああーーっ!! 任せとけ、決めてやるぜぇっ!」

「待てっ! 行かせないぞ!」 「チッ…ジャマだあぁっ!!」


ドンッ!! 立ちふさがるDFも、氷也のタックルで木の葉のように散った。


「すごいだ…」

「おいっ、深川兄っ! なんであいつにパスしたんだよ。

 あいつがどうゆうイキモノか、わかってんだろ?!」

「あ…ごめんだ。 んだけど、すごいパワーとスピードだべなぁ…かっこいいべ~。」


冬紀はそんな深川兄を見て、悔しそうに氷也を睨みつけた。


『お前なんか、DFに捕まって転んで恥かいちまえ!』


でも、氷也の風のようなスピードには、誰も追いつけなかった。



ベンチの瞳監督は、興味深そうに見ている。


「氷介くんは、パワーはそれほどでもないけど、テクニックでしのぐ。

 氷也くんのプレイは…、ただ力押しにやっているだけね。」

「えっ。 どういうことですだ?」


青紫の髪の小さい子が兄を応援する声をとめた。


「氷介くんは自分のコントロール能力を生かして、安定感のある正確なプレイをする。

 一方氷也君は、タックルの当たりも強く、スピードもまるで風のよう。

 …コントロールのあるプレイなんて、する必要はないと思ってる。」

「? …なして?」 「自分はもともと強いから。」


首をかしげる青紫の子には目もくれず、氷介と氷也の特徴的な外見を見つめた。



「いっけええーーーっ!!」


ググググッ…ギュウン!

ゴール前、氷也は高くジャンプして、ボールに回転を掛ける。

強い回転を掛けられたボールは、一直線に相手ゴールへと突き刺さる。

地面を巻き上げ、粉雪をまといながら。

ギュォオオオッッ!!


「うっ、うわああーーーっ!!」


ドガァアーーン!!  GKは吹き飛んだ。 そしてボールは荒々しく回転しながら―

ピピィーーーッ!


「ゴオール!」


ワッと歓声が上がり、氷也のもとへ氷介と紫の髪の子が駆け寄る。

氷介は氷也の手を握り、縦に力強く振った。


「やったね氷也ぁ! おめでとう、おめでとう! 1点取れたんだよーっ!」

「すんごかっただ! シュート、上手いんだべな。 かっこよかったべ!」


氷也はふたりが笑うのを見ると途端に安心し、自分も笑った。


『よかった。 チームの奴らに恨まれるだけじゃ、たまんねえもんな。』

 

「あったりまえだろ? あんなGKもクリアできないようじゃ、役に立たないからな。」


得意そうに語る氷也のもとへ、忌々しいと言うような顔で冬紀が来た。

とたんに氷也も氷介を押しのけ、冬紀の顔を見据えた。


「…何だ?」 「―ぃきだ…」 「あ?」 「だから―」


冬紀がチラリと後ろを向くと、息吹兄弟の親、それに監督の腕を組む姿が見えた。

それを確かめると、冬紀は出かかった言葉をおさえる。


「うるさいな、なんでもない!」 「はぁっ? じゃあ、理由もないのに話しかけんなよ。」

「んだと! うっ…っアアッ!!」


冬紀はやきもきしながら、その場を離れた。



ファイヤーバードのベンチには、キャプテンが弟とともにフィールドを眺めていた。


「幼いころから、よくもまああれだけのテクニックやパワーが出るもんだな。 ソラ。」

「そうだねえー、トキにいさん。

 将来性超あるある。 モチロン、危険って意味も含んでね。」


そのふたりはそっくりの顔立ち、そっくりの身長だが、目は…太陽と、月のようだった。


「さて…後半は、わたしたちが出よう。」 「やったぁ! 試合をしていいの? 本当に??」

「もちろんさ。」 「やったぁ!!」


太陽の目をした弟は、無邪気に笑う。



「お疲れさま~、氷也。 ナイスシュートだったよ」


汗を拭きながら、氷介はベンチに座った。


「おう! にいちゃんもスライディング上手くいって良かったな!」

「ふふっ。 うん、ありがとー」


と、とてとてと小さいほうの青紫の子が歩いてきた。


「あ…。」

「…すっっごくかっこよかったべ! おら、こんなサッカーうまいヒト、初めて見ただ!」


そう言って尊敬の目で、息吹兄弟を見上げた。


「は、はあ…」 「あっ! 言い忘れてただ。 おら、深川士郎って言うだ!」


弟を見つけて、兄がやって来た。


「あのー、これからよろしくだ~。 おらは、深川雪也って言うだ~。

 おらのパス、受けてくれてうれしかったべ!」

「あ、あぁ…。 …お前ら、何歳?」 「え? ああ、おらが8歳で、弟の士郎が6歳だべ。」

「…身長差ありすぎんだろ!」


雪也は8歳のわりには身長が極端に高く、士郎は6歳にしては身長が極端に低い。

(パッと見、雪也は140㎝、士郎は1mあるかないかぐらいだ。)


「あはは。 まあ、体質だからしょうがないべさー。」

「おらもちゃんと同じ様な生活しとんのに、なしてかおらはちびっこいんだわ。」


4人がワイワイ話すのを、冬紀は不愉快そうに見ていた。


「キャプテーン、後半戦は―」 「あ、なぁお前。 試合が終わったらでいいんだけどさ…」



後半開始5分前。 ファイヤー・バードは、ふたり交代をしていた。

ふたりは双子に近づいてくる。


「やあ。 君たちが新入りなの?」 「え? うん。」


ふたりはスッと、右の子は右手を、左の子は左手を差しだした。


「はじめまして。 僕らも双子なんだ。 僕は弟のソラ。」

「わたしは兄のトキだ。 いい試合をしよう。」


なるほど。 ふたりは確かに双子だ。 ふたりとも美しい銀髪で、同じ顔をしている。

だが、瞳がトキは銀色、ソラは金色を帯びていた。


「うん、よろしくー。」 「はあっ? ったく…」


氷介は迷わず可愛らしい笑顔で、ソラの手を握った。


「うーん。 やっぱり僕らや君たちみたいに、美しいとか可愛いのは罪だねぇ。」 「え?」 「ふふふふ。」


ソラは美しい顔を、笑わせるばかりだった。


「君も笑ってみてはどうなんだ? 心が安らぐぞ。」

「断る。 何でお前に命令されなきゃいけねーんだ。」

「ひょ、氷也ぁ!」 「うるさいっ。 握手だけでも感謝しろっ!」


氷也は真っ赤になって、ふいっと背を向けて行ってしまった。

氷介はそれを追いかける。


「あっ! 氷也ーっ。」 「…やれやれ。 飛んだ恥ずかしがり屋さんだなあ、弟くんは♪」

「おい、ところで何双子とか言ってるんだ。 適当なことを言って!」

「まあまあ、いいじゃないかぁ。 二百垓歳しか離れてないんだからさー」

「二百垓歳ではない、百九十六垓歳だ!」

「たいして変わんないじゃん。」 「大きな違いだ!」


トキの拳をひらりとかわすソラの顔は、少年そのものの笑顔だ。


『ふっ…。 思いだすよ、はじめて私が呼吸する生命を作った時のことを…』


「あははっ。 拳が遅いよ、にいさん!」



「後半、開始!」 ピィーーーーッ!!


FWのキャプテン・冬紀が雪也にパスを出す―

だが、そのボールは雪也のもとへは来なかった。


―バシイッー!!―


素早くソラが、パスカットをした。 そのスピードは、他の選手とは別格だ。


「なっ?!」 「うわっ?! 速ェー!」

「ふふふっ、これくらいで驚いてもらっちゃあ困るねぇ。 にいさん、上がって!」

「もう来てるさ!」


いつの間にかソラの近くには、トキが走って来ていた。

おもしろそうに、氷也が雪也に話しかける。


「へー、やっとおもしれえのが出てきたな。」

「んだ、さすがは兄弟だべ。 パスが早すぎるだ…

 スピードもトップクラスで、あっちゅうまにマークも振り切っちま…あ?」


隣に氷也の姿はない。 既に氷也は―


「ゴールなんかさせねえっ!」 「ほう…中々良い足をお持ちのようだね。」


ボールをパスされた、トキのスピードに追いついた!


「当たり前だ! さっさと ―よこせーーっ!!」


ズザアァーーーッ

氷也はトキにスライディングをしかけてきた。 トキはそれをボールごと受け止める。

ググググッ…


「くっ…僕の足を壊す気かい?!」 「足退けろぉーーっ!!」


トキは氷也の足の力に耐えながら、

ボールを止めている左足を、少しずつ氷也の方に近付けていく…

そして、  ―ドカッ!!


「ソラぁ!!」


氷也の足に触れる寸前、ボールをソラの方へ無理やり曲げた。

ボールは氷也の強いスライディングで、素早くソラのもとへ―。


「ああっ! チィッ!」


氷也はすぐに立ち上がったが、もう遅い。

ボールはソラに向かって、一直線に進んでいく!

―そのとき―


「ボールはわたさないよ。」


ソラに向かって走るボールを、今度は氷介がパスカットした。


「―!! い、いつの間にDFラインから前線に上がっていたんだ?!」


ボールを奪おうとする選手を、引きつけてからかわす氷介が答える。


「え? 最初っから上がって待ってたんだ。 絶対―」


今度はソラもかわしていく。


「君にパスすると思ってね。」


そう言って、氷介は白い髪を自慢するように、

くるっと回ってよけ、ソラに優しい微笑みをかける。


「このォッ…!」


ソラは珍しく怒り、顔を真っ赤にする。


「兄ちゃん! 早く! 前にパスだよ!!」 「うん、わかった。 行くよっ!」

「させるかぁーーっ!!」 「わあっ?!」


ササッと、トキとソラがマークについて来た。


「ゴメンねぇ。 僕、負けるの大嫌いなんだ!!」 「そのボール、渡してもらおう!!」

「…ふふっ。 ボクこそゴメン。 それは聞いてあげられないや。」


ガッ、 ぽぉーーん!

氷介はボールを空高く蹴り上げ、続けて自分もジャンプした。


『そうか、空中からパスするつもりだな!』


「もらった!」


ソラも空中へ飛び出すが、氷の方が速い  ガシイッ!!

氷介は足をめいっぱい伸ばし、オーバーヘッドで左足がボールを捕らえた。


『よし、あとはこのままロングパスで…あれ? 氷也が、いない―』


「早くしろよっ!」


氷也はボールを奪おうとしに来てたのか、トキをマークしていた。


「ひょ、氷也っ?!」


慌ててコントロールを怠り、

ボールはファイヤー・バードのゴールから、2,3mのところに転がった。


「何やってんだよっ!」 「ゴ、メン。 でもさあ―」

「何だぁ? 絶好のチャンスだったのに―」

「「早く! 早くボールを取れえーーっ!!!」」


地上に戻って来た氷介を笑おうとする冬紀の声が、トキとソラの声にかき消された。

ゴールの周りにはGKしかおらず、選手は走った。

そのすきに、GKはゴールを離れ、ボールを確保した。 氷也は―


「邪魔だどけぇーっ!!」 「なぁっ?!」


一直線に走って行く。 そして、GKを抜き去った。 砂煙が立ちこめる…。

しかし、GKの足のボールの感覚は消えない。


「え?」 「何しに来たんだよ、オイ!」


アハハハハハ!! GKは笑った。 が、


「ハアーッ、ハッハッハッ!!」


氷也がそれに負けない声で笑う。 そして一言、言った。


「ボール見てみろ。」 「……あ?」


GKは…土を踏んでいた。

氷也がGKを抜き去る時、地面をボールの高さまで盛り上げていたのだ!!

見れば氷也がニヤニヤしながら、ボールをキープしていた。


「そんな…あの一瞬で、こんな器用なことが…?!」

「まさか、こうも簡単に抜きされるとはなぁ?」


トンッ。 ボールは軽く押し出され、ゴールに入った。


「ゴオール!!」


これで2対0。 GKは尋常じゃないその強さに、驚いていた。


「うっわー、ここまで強いとバケモノだね。」 「または―、狩りをする狼のようだな。」



「…ごめんなさい。 もう、2度も入れられてしまいました…」

「気にしなーい、気にしない♪ 今度はぼくらが点を取るからさ♪」



ピィーッ!  スローインは、ソラ。

誰もいない所に投げると、食らいつくようにトキが奪い去った。


「よし、シュートに行こう、ソラ!」 「いいよーにいさん♪」

「DF守れ! 行かせるなーっ!」 「無駄だって!」


ふたりは上下前後左右のパスを使って、あっという間にゴール前にあがってきた。


「ふふ。 チョろいね。」 「行こう。」


ふたりは同時にジャンプして、ソラがボールを高く蹴り上げた。

トキは左足に眩い月の光をまとい、ソラは右足に強い太陽の光をまとっていく…。

ボールが落ちてくるのと同時に、トキとソラは足を大きく反らして―


「「―シャイニング・ショット!!―」」


銀と金の光をまとったボールは、一直線にゴールへ飛んでゆく!!

冬紀が茫然として、口を動かす。


「…これがファイヤー・バードが無敵の理由のひとつ…シャイニング・ショット…」


ゴールへ飛ぶボール、 眩い光。 そして、ゴール前の人影…


「って、氷介?!」


『ボクが、防がなきゃ!!』


氷介は目を閉じ、胸をおさえ、深呼吸する。


『大丈夫、大丈夫… ボクなら…できる!!』


氷介は目を開くと、パッと微笑み、手を伸ばして回転する。

とたんに氷介の周りに吹雪が吹き荒れ、ボールを包み込んでいく!!―


「何っ?! 回転が…」 「弱まっていく…!」  「―ブリザード・ウォール!―」


氷介はくるっと一回転すると、吹雪が解けたボールをももで受け止めた。

氷介はもっと笑顔になり、嬉しそうにジャンプした。 一緒にボールも舞い上がる。


「やったやったぁ! とうさーん、かあさーん! ボク、役に立てたよー!!」


そう言ってまた、両親へ手を振った。


『やっぱ、スゲーッ! にいちゃんはボールをコントロールすんの、俺よりうまいな!』


ベンチの士郎は大興奮。


「わあっ! 凄いべ! すっごいべ! カッコいいべさーっ!!」


氷介はそのままドリブルを始めた。 走らず、歩くように。


「こいつ…いい気になるなあっ!!」 「ふうっ。」


ひとりがスライディングをしてきたが、飛び越えてよけると、続ける。

それを見たトキは、チームに命令した。


「ほぉう…行け! 氷介くんからボールを奪って見せろ!」 「はいっ、キャプテン!!」

「うおらぁーっ!」 「よっ、と。」 「それぇっ!」 「はっ。」 「くっそぉーっ!!」 「ゴメンどいて。」


何人もボールを奪おうとしてくるが、

氷介は相手のスピードを逆手に取る様に、どんどんどんどんかわしていく。

ボールも落とさずにかわすので、まるでボールが身体に付いてるようだ。

監督がそのプレーを、興味深そうに見ている。


「氷介くん…ドリブルもディフェンスも、あの歳でここまで高度だとはね…」


すでに背後には、ぶつかって自滅したファイヤーバードの選手たち。

さらにかわしながら進むと、トキとソラが仁王立ちしていた。


「あっ。」

「凄いねぇ~君たち。

 僕らの上を行くプレイヤーって、初めて見たよ。 君も、シュートを打つの?」

「ええっ?! うーん…でもボク、出来るかどうか…」

「…必要と、されたいんでしょ?」 「うっ…。」


『そう、だけど…。 シュートを決めなきゃ、ダメ、なの…?』


「いいからうちなよ。 わたしたちは君のシュートを見たいんだ。」


トキが銀色に輝く月の瞳で、氷介を見つめる。 氷介は思わず、目をそらした。


「―。 じゃあ…いい? 氷也。」 「どーせこいつら以外ザコだろ? 好きにしろ。」

「ん、ありがとう…」


氷介はゴールへ向き直ると、ゆっくり、ドリブルを再開した。 GKはとたんに身構える。


「―ふぅっ…。」


コオォォオオッ… 息を吹くと、氷介の周りに冷気がまとっていく…。


『やらなきゃ…。』


氷介がそうしている間に、

気絶していたファイヤーバードの選手たちが、次々と目を覚ました。


「うぅっ……あっ! あの狼野郎、ノーマークでシュートだぞ!」 「あ、ホントだ!」

「でも、なんでキャプテンとソラは止めようとしないんだよっ?!」


選手が2,3人立ち上がって、氷介からボールを奪おうとしたが…  ぴきっ。


『うっ…。 ああっ、ダメだ…!』


「いたっ、い… うわああーーっ!!」


―キィイーーーン。―  ビュオオォォオオッ!!


「―?! っうわあっ!!」


それはまるで、氷介自身の身体に冷気が襲いかかっているようだった。


「ダメだ、近づくこともできないって…」 「キャプテーン!」


トキとソラは、頭を抱える氷介を、腕でガードしながら見ていた。

声を張り上げないと、会話ができない。


「すっごいねェー、にいさぁーん!!」

「ああ、そうだなぁーっ!

 しかし、あの冷気…ブリザード・ウォールと似ているようで…、違う!」

「DFとしての彼と、

 シュート技がうまくコントロールできなくて、だからシュートが失敗するわけぇー?!」

「だろうな! それに…よぉく、ごらんよ!」 「?? うわぁ…」


ワォオオーン…

氷介の背後には、白銀の狼の幻影が現れた。

キラキラと輝く体毛、エメラルドのような澄んだ瞳…


『―!! 白銀の狼…あの童話のとうりだ! …美しい…。』


そこにいたヒト全員は、その美しさに圧倒された。 トキやソラも、例外ではない。



『ううっ…痛いよぉ…手足が、もう、…傷だらけだ…。 いつになったら、終わるの…?』


「にいちゃーん!」


苦しそうに呻く氷介の耳に、微かに氷也の声が聞こえた。


『―?! 氷、也??』


「早く打てよっ、しっかりしろってば!」 「ハアッ、ハアッ…氷也…うん!」


氷介は襲いかかる冷気に必死に耐えながら、

それを振り払うように、ボールを高く蹴り上げた。


「GK? くるよ。」 「はっ、はい! 今度こそ止めます!」


『…その心意気はいいけど…これはさすがに ―無理だよ!』

『ボクだって、もっともっと役に立ちたい。 弱かったら、ダメなんだ!』


「うわああーーーーっ!!」


グウオォーーン!!

氷介の苦しげな叫びとともに、冷気をまとう狼は唸り声を上げる。

ボールはカッと光ったかと思うと、青白い光が強くなって行く…

氷介は身体を回転させると、その勢いで左足をボールに叩き付けた。

ドオオッッ!!


「ぐぅっ!」


力一杯叩きつけたボールから、電流が流れるような鋭い痛みが走る。


「はぁ、はあ………いっ、けぇーーっ!!」


ギュォオオオォォオオッッ!!

ボールは狼とともに吹雪を纏い、ゴールへと素早く駆けて行く。


「おおおっ!!!」 「う、うひゃああっ!!」


GKはもうすでに、逃げの体制をとるほどだ。


『君…今度こそ止めるって言ってたくせに…。』


氷介は、まだ痛みに耐えていた。 ゴールを決めようと、必死だった。


『ううっ…ダメだ。 これ以上、耐えてたら…』


ビキィッ! バシィッ! ズキィッ!


「うわあああああああああーーーっ!!」


パァン!!

ボールは空中で破裂し、幻影は消え、白と黒の布が舞った。

それでも氷介のまとう吹雪は消えず、

身体がカマイタチで裂かれたように、長い傷跡ができた。

それがまた吹雪によってえぐられ、余計に痛みを増幅させる。


「痛い、痛いよぉーーーっ!! ねえ、誰かぁ………誰かぁーーっ!!」

「あは…あはははははははははっ!!

 面白い… 自分が自分を傷つけるなんて、哀れなものだねえ…

 あはっ、ははははははは!!!」


トキはまるで映画でも見ているように、楽しげに笑っていた。

だが、その顔は無邪気な笑顔ではなく、他人の苦しみをからかう顔だった。


「―!! 氷介くん、もういい!」 「―?! に、兄さん?!」


トキは氷介の巻き起こす吹雪にもかまわず、まっすぐに駆け寄る。

その顔は、 ―明らかに、心配していた…。


「兄さん、何してるのさ? 試合に勝つチャンスじゃないか! 放っておけばいいんだ!!」

「―! うわぁっ!」


ファイヤーバードの選手のひとりが叫んだ。   ―ジャキンッ。

ソラは右手を伸ばすと、どこからか短剣を取り出した!!


「こ、こらっ! 何をしようとしている…!」

「…兄さんもなんだかんだ言って、情に流されるような奴なんだ……つまんないよ。

 いつまでも兄さんがうじうじしてるようなら、僕が―」

「ざけんなぁーっ!!」 「―?! 君、何を――  がっ!!」


ドガアッ!

氷也がソラの右手を蹴り飛ばすと、短剣は地面に落ち、砂となって消えた。


「くっ、邪魔するんじゃない!」

「するわ! 今の…兄ちゃんに何するつもりだったんだよ! 10文字以内で答えろ!」

「ふんっ、無理だよ。 …君には関係ないだろう。」

「てめぇ―」 「氷介くんしっかりするんだ!!」


トキは氷介を助けようと、傷だらけになっていた。

吹雪に耐えられなくなって倒れた、氷介を抱えて。


「トキくん… ボクは、平気だから… は、離れた、方が…いいよ。」


さっきまで助けを求めていた氷介は、

自分が相手を傷つけているのがわかると、その思いやりをこばんだ。


「何を言っているんだ! こんな状態で、放っておけるものか!

 大丈夫だ、僕が何とかしよう。   ―はああああああああああっ!」

「??」


―バチイッ!

その途端、ふたりの身体はガクッとなって、吹雪は雪にかわり、辺りに散った。


「にいさ… 何で…」 「…っ、ぐうっ!! はあ、はあ…」

「あ、あれ…トキくん、何で、苦しそうなの…?」

「あ…何でもないよ。

 全く、だらしないな…マフラーがずれてるよ…  ……―はっ! こ、これは…」


トキは【それ】を、すぐにマフラーで隠した。 ソラがそれに気づき、覗こうとしたから―


『やけにうまく治せたと思ったが……なぜ、君が持ってるんだ…?』


「氷介!」 「ハッ。」


ベンチから様子を見ていた雪江たちがやってきた。


「あ… かあ…さん…。」 「…何とも、なぁい?」 「うん…。 ボク、平気だよ。」


『ああ… あなた、お父様…この子、あなたたちと同じだわ…』


「氷介! どうしたんだ、大丈夫か?」 「ち、近づか、ないで…! 怪我しちゃうよ…。」

「もう平気だって。 ほら…冷気が消えてる…。」


瞳監督は所々怪我をしている氷介を一目見ると、こういった。


「…氷介くん、ベンチに下がってて。」

「―!! え…そんな、初試合なのに…ボク…いやです。 大丈夫、です、から…。」


ポン。 皮膚がむき出しになった氷介の肩を、トキの手が軽く叩いた。


「今は…自分の身体を第一に考えるんだ!」 「でも…」 「さっさとベンチ行けよザコ!」


そう言って見下すのは、氷也。


「氷也… でも、ボク、やりたいよ…

 それに、君だって、疲れてるだろ? 2回もシュートしたんだから…」


それは確かに真実だった。 氷也自身も息切れしながら言葉を発している。


「うっ…うっせー黙れ!

 ろくにシュートも決められない、オレと兄ちゃんは違うんだよ。 役立たず!」

「―うっ…」


氷也は冷酷な緑の目で、言い張るばかりだ。


『ボクは…役立たず…?』


腕や足には細長い傷がたくさんあり、そのほとんどが赤い液をにじませている。

自分の身体が思った以上にボロボロ…と言うより、傷だらけだ。


『氷也の言うとうりだ…こんな状態じゃあ、皆の足を引っぱっちゃうだけだ… ボクは…』


「わかった…ベンチに行くよ…」 「氷介、ちゃんと歩ける?」 「うん…あ、りがとお…。」


氷介は両親に手をひかれて、ベンチへと歩き出した。


「あっ。 氷、也。 あのさ…」


氷介は振り向いて弟を呼んだが、後ろ姿しか見ることができない。

氷也は背を向けたままだ。


「無理、しないで…ね! 疲れたら、頼ればいいんだから―」 「うっせーよ! さっさと行けぇっ!」


びくっ。

氷也の声からは、イライラした雰囲気が伝わってきた。  ―怒っている。―

誰かに怒ることはあっても、自分にこんなに強く怒ってくることは初めてだ。


「……うん、ゴメン。」 「…チッ。」


氷介はまた、支えられながら歩き出す。

その背中がどこか寂しそうだったのは、氷也は知らない。



「―いたっ! もう少し優しくやってよ~…」 「うあっ、すまねぇだ! 手元が狂っちまって…。」


ベンチに行った氷介は、士郎から手当てを受けていた。

消毒液を付けた脱脂綿をピンセットで傷口に付けて拭いていたところ、

誤って傷口の中にピンセットの先が入ってしまったという訳だ。

慌てて抜きとると、さらに激痛、さらに出血。 珍しく氷介の叫ぶ声。


「ぎゃあーっ!!」 「あわわわわっ! ご、ごめんなさいだぁ、わあああああっ!」


呆れる瞳監督は、手伝おうとした息吹家夫婦をとめた。


「あのくらいもひとりでできないようでは、マネージャーは務まりませんから。」

「え? でも、彼は選手じゃ…」 「今は、候補です。」


士郎の不器用な手当てを、氷介は痛みを堪えてうけていた。

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