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双子の狼 Ⅰ  作者: ヨウカズ
第一章・狼の双子、この世に生を受ける。
3/9

3・【四大神】、集結。 そして陰謀?

コン、コン。 突然、誰かが家の戸を叩いた。


「はーい?」 「雪江、ただいま!」 「まあ、あなたっ!」


風呂から上がった氷介たちも来ると、父・柚彦が帰って来ていた。


「やあ。 お、氷介、氷也。 ただいま。

 思ったより、仕事が早く片付いたんだ。 早く君たちに会いたかった…」

「ふふ、あなたったら。」


相変わらず、見てるこっちが引くくらいのラブラブっぷりである。


『とうちゃ…』 『かあさん…』


と― いきなり、緊張感が走った。

もうひとり外に、人影が見えたのだ。 大きい…2mはある背丈だ。


「ふう…。 相変わらず狭いとこに暮らしてんなあ、柚彦。」

「あら、義父さん! また、どうして? ふふ、雪かぶってるわ。」

「帰る途中で会ってね。

 氷介たちがもうすぐ小学生だって言ったら、跳んできたらしくて…」


顔はよく見えない。 なにせ、氷介たちの背では、見上げるほどだ。

ヒゲ面なのが、どうにか確認できる程度。

氷也は見た時から驚いて腰が引けていて、氷介の背後にしがみ付いている。


「ん? ほう…。 このチビふたりが、お前らの双子か??

 ハッハッハ! なんだ? カッコいい耳しやがって。」


その大男は、氷介たちの前にしゃがんだ。

ゴーグルを押し上げ、この地方独特の帽子をかぶっている。


「ひぃっ…」 「ど、うも…」


大男にとってはただしゃがんだだけだろうが、氷介たちにとっては、

クマが目の前にいるくらいのインパクトがある。


「ハッハッハ!!

 おい、そんなにビクビクしとると、父ちゃんみたいなへっぴり腰になっちまうぞ!」

「と、父さん…」

「おっ。 そうだそうだ、入学祝を持って来たんだ。 えーと、どのポッケだったか…」


大男はコートにたくさんあるポケットを、一つ一つ探った。


「…おっ、あった、あったぞ! へへ、俺は山暮らしだからな。

 服とかおもちゃとかそーゆーしゃれたもんはやれねえが、

 俺的にはいいもん持って来たんだぁぞ。 ほれ、これだ!」


ふわっ。 大男が腕を動かすと、勢いで風が来た。


「…?」 「何だ…?」

「へへっ。 そいつはな、ここら辺でしか取れないうえに、その取れる数は少ないんだ。

 名前は忘れちまったがな……上物だぞ。

 今年はいーのが取れた。 そんなちっこいのでも、」


大男は双子の耳を近づけて、その間に口を持ってった。


『ざっと、5000万はする。』


「ええーっ?! よ、よくわかんないけど、凄く凄いんですね!」

「このちっけぇのが…ふえぇ…」

「まあ! 綺麗ねぇ。 どうもありがとうございます。」

「はは。 相変わらず父さんの趣味はよくわからないなぁ。」

「がはははっ! お前なんかに価値がわかってたまるかい。」




「おやすみなさーい。」 「うん、おやすみ。」


電気が消えて足音が遠ざかると、ベットの上のふたりは身を寄せ合った。


「氷也…さっきの、出して…。」 「ん? ああ… ―っ?! 熱っ――!!!」


ジュウゥー…。

氷也はその高熱の出ている物体を取り外そうとしたが、焦って上手く取れない。


「氷也! 大丈夫? とったげるから、ほら、じっとして!」

「うわっ、あ。 は、早く早く! 火傷する、火傷するーっ!!」

「じっとしてってばぁ! ううー…、あれ? 熱くないじゃないか?」 「え? あ…本当、だ…」


それは、もらった時同様に、暗い光を帯びていた。

氷介はそれを外そうとするが、何故か外れない。


「うっ…んー…。 ダメだ、取れないや。」 「はあ?! ちくしょー…何なんだよ、これ…」

「うーん…付けっぱなしでいいか。」 「…まあ、それもそうだな。」

「? 氷也、何かやけに機嫌がいいね。」

「ん? ああ…あのさ、母ちゃんって、優しいよな。」

「ん? ああ、そういうことかぁ。 うん…そうだね。

 ボクらが他の子と違ってても、気にもしないし、」

「オレがいたずらしたって、いつだって、」



その時、沈みかける太陽に映る

小さな影が飛んでいくのに、ふたりは気づくことはなかった。


「あったかいご飯作って、待っててくれてんだもんなぁ。」




ルーテは空を飛ぶ。 片腕を抑えたまま。


「へぇー…皮肉なもんだなあ。

 あんな冷酷非道で自分以外は何も信じなかった女が、

 子供を持って、ヒトの男に心を開き、…ハア、まるでヒトが変わったみたいだ。

 しかもあの双子さんたちは、母の正体も知らずに、ただ大好きなだけ、なんてねぇ。」


―と、背後から兄が舞い降りてきた。 呆れ顔で、ルーテを見ている。


「ここにいたのか、ルーテ。 月の時間はぼくが監視すると決めただろう。」

「はいはい、ごめんなさいねー。 あ、そうだ! サファイア・ドルフィンとは連絡取れた?」

「もちろんだ。 わたしの命令にそむくと思うか?

 彼も、あの双子を削除するために協力してくれることになった。

 明日、ヒトのふりをして出向くそうだ。」

「えーっ! あいつだけ? いいなー、ボクも行きた」

「ダメだ。 一度にぞろぞろいったら怪しまれるだけだ。」 「ケチ。」

「ん…? おい、それはそうと、お前、怪我して…」

「―あっ!! なっ、何でもないよ。 僕なんかほっといてよ! バカにいさんっ!!」


そう言うと、ルーテは逃げるように飛んで行ってしまった。


「あ、おい! ったく… 聞いてるか?

 わたしがお前を行かせたくないのは、

 わたしとお前の髪が、  白銀の髪だからだ…」


ふたりの髪は、氷介と氷也の双子が生まれたことで、

一層嫌がられることになった色の一つ  【白銀】だ。


氷介の【白銀】も、氷也の【黄金】も、とても美しい色なのに…


「………ふんっ。 そうしたのは自分のくせに」




―その朝―

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。


「だあーーーーーっ! やかまし、い………。」


我慢できなくなって玄関を開けた氷也の前には……

そこには…水色の流れるような髪、水色の目、

さらに水色の服を着た中学生くらいの少年が立っていた。

慌てて手をひっこめても、インターホンを夢中で押してたのが丸わかりだ。


「どうもー! はじめまして、我は水野忠邦と言うっ!」 「……変人。」


バタン。


「わーっ! ちょっとちょっと、何故閉め出してしまうのだ?!」 「ん~…」


再び開くと、


「わっ、子供が増えたっ!?」 「黙れ。 俺たちは双子だぞ。」

「えっ? やった…」 「氷也ー、誰なのこのヒト~…」 「俺は知らん!」

「やったやった、やったぞぉーっ!

 いやー回り雪ばっかりで、一軒一軒回ってやっと会えたー! よかったよかった♪」


いきなり忠邦と名乗った少年は、氷介と氷也の手を握って縦に勢いよく振った。


「馴れ馴れしくするな。 そして離せ。」

「だって嬉しいではないか、やっと会えたのだからなー♪

 あれ? あの~…両親方は…」

「え? ああ、ふたりとも働いてて、昼間はほとんどいないんです…」

「勝手に言うなよ。」

「あ…、それは悲しいなあ…、気持ちは痛いほどわかるぞ!

 我はひとりでいると退屈で退屈でたまらなくなるのだー…」


忠邦の表情は、コロコロと何度も変わる。

喜怒哀楽、真面目、愉快…。 怪人百面相か。


「あのー… 忠邦さんは何しに来たんですか?」

「そうだぞ。 あと早く手を離せ、手を。」


忠邦は、ハッとして手を離した。


「おっと。 そうであったそうであった! 我はジュニア・サッカーチームコーチなのだ。

 お前たちふたりを、我がチームにスカウトしに来た!」


静かなる沈黙。


「…ちょい待ち。 お前は何が言いたいんだ?」 「いきなり言われても…」

「お、そうか。 では率直に、かつ簡単に説明しよう。 我のチームに来てくれ!」

「…はぁーーーーーーーーっ?!」




「―上手く落ち合ったみたいだねー。 でも、なんで水野忠邦なんだろ?」

「水野忠邦…、江戸時代の大名・老中。

 …あいつはちょっと、歴史マニアっぽいところがあるからな。」

「ふーん…。 まあ、水って字が入ってるってこともあるんだろーけどねー?」

「…真実に納得だよ。」




「おおー。 これがコタツというものなのか!」


忠邦は氷介と氷也の親を待つことにして、家の中を見せてもらっていた。

今は、コタツに大興奮している。


「お前…コタツも知らないのか?」 「うむ。」

「じゃ、どこに住んでたの?」

「そうだな…世界中の、水のある場所を転々と移動しているぞ。」

「…へー。」


双子は不器用にみかんをむく忠邦に、気づかれないように身を寄せ合った。


「…なあ。 こいつ、ちょっと変じゃないか?」

「う、うん。 それにいつぼくらがサッカーしてるとこなんて見たんだろ…」

「おまけにあの格好、海の辺りでするか?」


忠邦の格好は、今まで見たこともない格好だった。

白く薄い着物の上に、またもう一枚水色の着物を着ていて、

それを腹あたりの水色の帯紐で留めてあり、ズボンも同じ生地で作られている。


「うーむ、なかなかむけぬ…ん? どうしたのだ??」 「あ、いや、何でも…」

「ただいまーっ!」 「あっ、父ちゃんたちだ!」 「おかえりー♪」 「―?!」


玄関には、会社から帰ってきた雪江と柚彦が立っていた。


「おおー、ただいま♪」 「あ、今ねー。 お客さんが来てるんだよー。」

「え。 誰?」 「水野忠邦。」 「―――え?」


居間から足音が付いてきた。 ドタドタドタドタドタドタドタドタドッ!

ガシッ! 忠邦が両親の手を握る。


「はじめまして! 我は水野忠邦と申す者。

 このたびは息吹家の御家族にお会いさせて頂き、誠にありがたく存じます!」

「は、はぁ……お約束した覚えはありませんが…」

「うげぇ~~~…」


『な、なんなんだ?! この、大河ドラマみたいな喋り方は…』


「で、家に何の用ですか?」

「ハッ! そうでございました。

 このたびは、お願いを申しあげたく参りましたしだいでして。

 実は…若殿を我が軍に、引き入れることをお許し頂きたいのでございます!」

「えええっ?!」 「ぐ、軍っっ?!」

「あ、父ちゃんに母ちゃん。 サッカーチームのことらしいから。」




「はじめまして。 私がジュニア・サッカーチーム監督の浅倉瞳と言います。」


しばらくして、長い黒髪で、深い青の瞳の女性がやって来た。


「ど、どうも。」 「こんにちは…。」

「二年前の白鳥幼稚園でのサッカー試合、見させていただいてました。」

「そう言えばあの幼稚園、公園になったそうですね。」

「だぁーーっ! その話はもーいいから! 思い返すとイライラしてくる!」

「氷也ぁ、落ち着いてってば!」


と、瞳が氷介たちをじぃーっと見つめているのに気づく。


「あの~、ボクらになにか?」

「貴方たち、やっぱりあの双子なのね。 狼に似ているっていう。」

「あ、そのことなんですが…チームに入るのはいいのですが―、」

「やったぁーっ♪」


ふたりの気分は急上昇。


「ふたりを受け入れてくれるかどうかを考えますと…ちょっと。」 「やだー…」


ふたりの気分は急降下。 瞳は即座に答えた。


「その心配はありません。」 「え? どうゆうことですか?」

「まず、わたしのチームは邪悪学園に所属しています。

 つまりチームに入るとなると、自動的に学園の新入生となります。

 この学園には少々変わった子たちが多いので、

 生徒たちも受け入れてくれると考えています。」

「ちょっと待て、それは俺たちが変わりものだと言いたい訳か?」

「こら氷也っ!」


瞳は親に叱られた氷也の方を向くと、静かに答えた。


「そうよ。 それとも、貴方たちが普通のヒトと全く同じだとでも言うの?」

「―!! っ、」

「ひ、瞳殿。 我は、そこまで言わなくても良いように思うのだが…」

「……では、入って頂けるでしょうか?」 「えっ。 あ…」

「…ボク、行きたいなぁ。」 「えっ??」 「お、おい氷介!!」

「ボク、サッカーやりたいもん。

 いろんな子とも、やってみたい… 氷也とも一緒に、サッカーしたいよ……」

「…じゃ、俺もやりてェ。」 「まあっ!」 「おおっ! そうこなくては!」

「では決まりました。 ありがとうございます。

 4月の入学式からで…、その前にチームに紹介は済ませるようにしますので。

 それと、入学届にサインを頂きます。」

「はい。」


瞳は入学届を柚彦に渡す。

書き終わるとすぐにそれをファイルにしまい、身支度をした。


「それでは、失礼します。」 「はい、さようならー。」 「どうも、」

「また会おうぞ!」 「う、うん!」 「せいぜい生きろよー。」


バタン。


「…お前ら、本当にこれで良かったのか?」


双子は顔を見合わせて、しばらく黙って答えた。


「これでいいんだ。 ボクたちも、」 「逃げてばっかりじゃあ、」

「ダメ」 「だからな!」


双子はたまに、このように分担して喋ることがあった。

おそらくクセのようになっているのだろう。


「そう。 なら、頑張りなさい!」 「はーい!」




「―でもさー、本当によかったの?」


氷介は氷也にグラウンドにむかいながら、言った。


「氷介がいれば大丈夫だろ? 俺の兄ちゃんなんだからよ。」

「ふふっ。 そっか、ボクが氷也を守ってあげればいいんだよね ―あ。」


グラウンドには、先客がいた。

そこにいた3人組は、双子を見ると一斉に雪玉を投げつけてきた。 バスッ。


「てっ。」 「たぁっ。 あ…やっぱり…昨日の不良さんだよ!」


所々手当てを受けてある彼らは、雪玉を投げる手を止めなかった。


「ちょっ…おい、お前ら何しやがる?!」 「それはこっちのセリフだ!」

「やっぱりお前ら双子は、めちゃくちゃ危険な奴だったんだな!」

「何かめちゃくちゃうぜェ!! おい、こいつら誰だ?!」

「ええっ?! 忘れたの?

 昨日、氷也がボールごと蹴り飛ばした不良さんたちだよ!」

「?」


…………………………………。


「お、お前マジか!?」 「だ・か・ら! 誰だっつってんだろーが。」

「ほらー! 蹴り飛ばされて、その後星になったヒトだよ!」

「…。 あーーっ!! 印象薄すぎて忘れちまってたぜ。 やー悪ぃ悪ぃ。」

「てんめぇ~…あの時は子供だと思って勘弁してやってたが、

 今度はそうはいかねえ!」

「…だったらどうする訳だ?」 「ぶんなぐってやる――」


―ヒュッ―  ズゥッ、バアアァアアッッンッ!!!


殴ろうとした不良の顔のすぐ横を、氷也の右足が突き刺さってきた!


「―遅い。」 「ひ、ひええっ…」


後ろの壁当て用の壁からは、崩れた破片がパラパラと落ちた。


「やっぱ、こいつ犬じゃねえ………狼だぁ!」 「ぎゃあああーーーーっ!!!」


不良たちは、今度は一目散に駆けだした。 それと同時に、氷也は壁から足を離した。

氷介はポカンと口を開けて、氷也をみつめた。


「ふん、今度はケガさせてないのに逃げやがった。」

「氷也…すっごくかっこよかったよ!」

「そ、そうか? まあ、俺は強いからな!」

「ふふっ。 じゃあ、練習しよ?」 「おう!」



太陽から見下ろす二つの影。

もう説明するまでもないだろう、ルーテと月の瞳の少年だ。


「あの子たち、やっぱりあんな風にいじめられてるのかな?」

「ああ。 もうあのグラウンドは、彼ら以外誰も近寄ろうとしないらしい。」

「へーえ、悲しいねぇ。 あっ、サファイア・ドルフィンだ。」


ルーテが指さす方を見ると、海に2匹のイルカが見えた。

その片方のイルカの声は、彼らにはこう聞こえた。


「ルーテ様~、任務完了致しましたぁ!」 「御苦労様ー♪」

「全く、意外と時間がかかったな?」

「いやーすまない。 浅倉さんがなかなか来てくれなくてな~。

 その間みかんをご馳走になったり…」

「ずいぶん敵と仲良くしてるな。」 「言っておくけど、同情は禁止だよ?」

「あ…あはは、分かっているぞ。

 我にも、あの双子が危険なことはわかっている…」

「そうか…では、君はコーチとして、このまま監視を続けてくれ。」

「…わかっておる。 …行くぞ、ルカ!」 「キューイ!」


サファイア・ドルフィンは、ルカと呼んだイルカと泳いで行った。


「さて…わたしたちは残りの『四大神』に声をかけてこなければ…」



ここは、この地球上のどこかに存在する森、すずらん森―。

大地に根を張り、木々が生えている…

その木の間を駆け抜ける、ひとつの影があった。


「今日もいい天気ねーぇ。

 木々も歌うは、鳥はさえずるは、獣たちは大地を掛けるはでさー。 ……」


それは、二十歳くらいの女性だった。

琥珀色の髪が走るたびに揺れ、木漏れ日をうけて輝いている。

頭には色とりどりの小さな石の飾りが付いた、白いベールを付けていた。

邪魔だったらしく、裾をたくし上げた白い層服からのぞく、日に焼けた肌。

そして、彼女はリスの尾と耳を持っている…。


「ああーーーっ! つまんないなあー。

 最近神様から連絡もないし、たいした事件もないし…

 ―あの子たち、どうしてるかなあ~…あー会いてー。」


退屈そうな彼女の耳に、小さな、カサリ。 という音が聞こえた。 風や虫ではない。


「ちょっと、誰?」 「ぼくさ。」


そこには、ルーテが立っていた。


「あらーっ♪ これはこれは失礼いたしました~♪

 あのーあたしに何か御用ですか?」

「兄さんが、『四大神』に来てほしいんだって。」

「あらっ? やったぁーーーっ!!久しぶりに面白そうじゃないですかーっ♪」


彼女の陽気な態度に、ルーテは眉間にしわを寄せた。


「…君はカノンやファドル以上に礼儀をわきまえないんだね。」

「てへ☆」 「てへ☆じゃないよ、てへ☆じゃ。」

「まあ、ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ。

 で、どこに行きゃいいんですか?」

「この地図に書いてあるよ。

 …今回は迷わずに行くんだよ、探すのめんどくさいんだからさあ。」

「オーケーオーケーミスターK!」 「誰さ。」 「んじゃ!」


ピュウゥーイッ!! ―ドドドドドドッドドドオォッ!!

指笛を吹くと、獰猛なライオンの群れがやって来た。


「うわあっ!! こらっ、ぼくになんてことを…!」


そんなルーテの怒りは知らないのか、

彼女はその中でひときわ大きなオスにヒョイとまたがると、

そのまま走って行く。


「りょーかいしましたぁ!」


反動で転んだルーテの周りには、興味深そうにウサギや小鳥が群がった。


「はあー、落ち着きがないなあ。 大地神『ル・リフェス』は…

 さて君たちどいてくれ。 ぼくにはちょっと、やりたいことがあるんだ。」


キイ、キイ、キィ。 ……………………………。


「どいってっていってるよねーーーっ?!」




―エーデルワイス修道院―

あたたかな日の下、木陰に鳥の顔をした、翼を持つ子どもが4人。

外見からして四つ子らしい。

その真ん中には四つ子とよく似た外見をした、

旅から帰って来たばかりの、青年の修道士が本を開いている。


「で、その後ふたりはどうなったの?」

「ふふっ。 この先は、どうなったかわからないのですよ。

 ふたりが幸せに暮らしたのか、それとも…… なにも。」

「へえー…あ、本当だ! 真っ白!」


最後の方は、全部空白のページだった。


「ねえ、じゃあアウラ兄さんは、どうなったと思う?」 「そうですね…」


―と、騒がしい声がする。


「はあー…やれやれ。

 しばらく留守にすれば心も研ぎ澄まされようと思いましたが、

 相変わらずふたりはケンカしているんですね。」


アウラは本を閉じて、懐にしまった。


「では。 また今度お話しましょうね?」 「はーい!」 「またねーっ!!」


アウラは子供たちに手を振って、大空へと飛び立った。


「かっこいーっ…!」 「本当に私たちのお兄さまみたーい。」




「礼儀をわきまえろスカポンタン! わたしを誰だと思っているっ!」

「えー、ただのロリコンのおっさんだろー?」


成人した大人の鳥人と、アウラより少し年下の鳥人が、

いつものように空中で言い争っていた。


「こらこら、やめなさい! ふたりと―」

「ハウ・ロティーだっ! しかもわたしは一級戦士だぞ?!」

「へー、そーだっけ? ハロウィンじゃないの?」

「黙れこのクソガキッ!!」 「オレだって、レミカル・レイランって名前が―」


ロティーが剣をふるえば、レイランはよけてまた挑発。

また剣をふるい……の、繰り返しでこちらに気づかない。


「はあ、もうしかたがありませんね。 おしおきです!」


アウラは手を天に突き出すと― ザアァーーッ!!

ふたりのところにだけ、大粒の雨が降り始めた!


「うひょおーっ! すげえっ、雨だー♪ てことは、あ! ししょー♪」

「わあっ?! つ、冷たいっ!!」


 ―と、雨がやんだ。


「まったく…外出前と全然変わってないじゃないですか!

 ケンカはよくないと言ったはずですよ?」

「す、すいませんでした。 つい、挑発に乗ってしまい…」

「うん、毎日毎日♪」


ニコニコしながらレイランが言う。


「なにをォ?!」 「お。 おっさんやる気?」

「こらっ、いい加減にしなさい! もう、ふたりはもっと仲良く…」

「? どうかしましたか??」


『鳥の子だ。 落ちている…。』


この暑さでやられたのだろう、


『このままでは、大河に―!!』


とっさにアウラは大河の方へ急降下した。


「ちょっ! 師匠?!」 「あー、ししょー助けに行ってんだよ。」



『もう少し、あともう少しで届きます…』


しかしその鳥の子は、いきなり落ちるスピードが速くなった。 その理由は―


『しまった! 追い風が吹いて来たのか!』


そうだった。 鳥の子の翼は風にあおられて、

落ちるスピードはどんどん加速していく。

間に合わない― そう思った時だった。

いきなりその子は、手をこっちにめいっぱい伸ばしてきたのだ。


『―?!』


アウラは不思議に思ったが、迷わずその手をつかんだ。


「ふぅ…。

 危ないところでしたね、もう大丈夫ですよ? ―!? かっ、神様っ!!」


それはルーテの兄の…銀の輝きをもつ瞳の少年だった!

ぐったりしているが、なんとか意識をたもっているようである。

アウラは汗だくの顔を見て、あわてて木陰に休ませた。


「神様、気を確かに! 今、水を汲んできました。」

「ふふ…すまないな。 久しぶりにここへ来たせいか、妙に太陽が暑くてね。

 ちょっと、バランスが崩れただけだ…横になれば、すぐによくなる…」

「そうでしたか…確かに今日は、10年に1度あるか無いかの猛暑ですね。

 わたしも少しクラッとしましたよ。 それも、何か異常な…」

「その話は後だ。 さっき、後ろに君を感じたんだ。

 助けてくれるって、信じてたからな。 とにかく…ありがとう。」

「そうですか、ありがたいお言葉です。」


ルーテの兄はちらりと、討論をしているロティーたちを見た。


「それに、彼らも君を信じているのだろう?

 だから君といるんだろう? …うらやましいよ。

 あの子供たちも、君を、『アウラ』と前の名前で呼んでいるし…」

「そっ、そんなっ! わたしとて神様にはかないません!

 わたしはあの子たちに、『アウラ』と名乗るしかありませんし…

 わたしが、あの子たちの教師になる事を

 許しをくれたのも、あなたじゃないですか?

 わたしだって…わたしだって、あなたを信じているんです!」


ルーテの兄は、ポカンと口を開けていた。


『フフッ。 君も、そんなに感情的になる事があるんだ。』


「うん、そうだったね。 …あ、」


ロティーとレイランたちが、戻って来たアウラに気づいて、空から降りてきた。


「ししょー、遅かったですねー。」

「お疲れさまでした ―?! く、くせ者っ!!」


ロティーがルーテの兄を見るなり、腰の剣に手を掛けた。


「ああっ、やめなさい! このヒトはわたしの…師匠のようなお方です!

 見かけは幼いですが、わたしよりもずっとずっと年上なのですよ!?」

「へえー、いたんだ~。」 「何っ?! こ、これはとんだ御無礼をッ!!」


それを聞いて、あわててロティーは剣をさやにおさめ、さっと跪いた。


「フフ…いいんだよ。 いいお弟子を持ったね、空神『フェニックス』よ。」

「あっ…」 「へー、ホントはそんな名前なんだ?」

「…おい、教えてなかったのかい?」 「あ、はい…」

「まったく…。

 まあ、君に会いに来たのは、あの事に協力してほしいからなんだ。」

「えっ、わ、わたしに?? …とうとう、計画が決まったんですね。」

「うん。 すぐに帰れないかもしれないが…頼めるかい?」

「はい! あなたの頼みなら…」


フェニックスはロティーたちの方を向くと、


「また、出かけてきます。 帰るまで、子供たちを頼みますよ。」


そう言って、微笑んだ。


「えっ、またですか?! あの悪ガキども…あ、いや、しかし何をすれば…」

「オイオイおっさん。

 前に出かけるって言った時のこと、もう忘れたんかい?

 老化だねぇ、こりゃ。

 絵本読んであげて、一日いっぱい遊んであげれば、いいってこと!」

「お前みたいなのが4人も増えたみたいでいやになるわっ!!」

「まあ、そうゆうことですね。 ではまた、お願いします。

 あなたたちを、信じていますよ…」


そう言うとルーテの兄を抱えて、フェニックスは空へ舞い上がった。


「あ! …師匠…。」 「オイオイ泣くなよ、ガキどもが待ってるぴょん。」

「なっ、泣いてなどおらんっっ!!」


「さあ、神の命令だ。

 空神『フェニックス』よ、僕を―寒冷地方につれて行け。」

「かしこまりました。」



大波と嵐に遊ばれる、一艘の船があった。


「親方ぁ、海は大荒れですよ! 今行くのは危ないんじゃ…」


でも、親方は聞かない。 そうゆうヒトだ。


「ええい、なんだ! どいつもこいつも俺を年寄り扱いしやがって。

 俺は見たンだ! 体長35mはゆうに超える、でっけえシロナガスクジラを!!

 お前らに信じさせるまで俺はひとりでも行くぞ!!」

「ですから、何度も言うようにシロナガスクジラが

 こんなところにいるわけないって。

 ん?、…あれ? 親方、あれは…子供じゃないですか!

 それも中学生くらいの!!」


彼が指差す方向には、水色の髪をした少年が、

天候を気にせず、こんな沖でイルカとたわむれている。


「ありゃっ! おーい、そこの坊主! あぶねぇぞ、もうすぐでっけえ嵐が来る。

 こっち来い! どうやって自力でここまで来たんだ…」


その少年はこっちに気づき、ヒトとは思えないスピードで泳いできた。


「ぷはあっ!!」 「うわっ!? も、もう来た…?」

「本当に嵐が来るのか? 海も、メチャクチャになってしまうのか?」

「変なしゃべり方するなあ? まあ、なるだろうさ。

 それより、さっ、早く乗れっ!」

「こうしてはいられないな…そこの翁、足早に撤退した方がいいぞ。」

「ハアッ?! お前の方が逃げろって―」

「ゆくぞっ、ルカ!!」 「キュウーイッ!!」


その少年は、イルカとさらに沖へ泳いで行ってしまった。


「ああっ、待てっ、戻ってこぉーいっ!!」

「ダメだ親方っ、あんたまで海にのまれちまう!!」

「ああ……っもう会えないかもしれんな、あんなに翔太にそっくりな子は…」



海に潜った少年は、イルカを先にして泳いで行った。


「ハア、ハア…」


ルカと呼ばれたイルカが振り返る。


『大丈夫? ファドル。』


「ああ。 やはりヒトの足では泳ぎづらいようだなッ!!」


と、―彼の足は一瞬にして、イルカのような尾びれに変わった!!


「よし。 ルカ、君はむこうの魚の群れと、カニやエビたちを頼む。

 我はサメやエイと、しろぼんを連れていく。 3分後に合流するぞ!」


『わかったわ。 気をつけてね、ファドル!』


「ふっ。 君もな!」


ピィィイーーーン…!

ファドルが指笛を力強く吹き鳴らすと、すぐにサメやエイたちが集まって来た。


「皆、よく聞け! もうすぐ強い嵐が来る、子供老者をかばいながら、

 ひとまずこの海域から避難だ! さあっ、我に続けえっ!!」


避難計画がはじまった。



親方を乗せた船は、まだあの海域にいた。


「親方、もう行きますよ!

 …あの子のことは、可哀想だけど、諦めましょう。

 海には、逆らえませんよ…」

「…。 ん? おいっ、むこうから近づいてくる、あれはなんだ?!」

「はい? ―うわああっ!!」


ザッパァーンッ!! 大きな波の振動で、船が大きく揺れる。


「な! なんじゃこれは…!」


海をみればそこには、船を揺らしながら泳ぐイワシ、

マグロなどのたくさんの魚たち。

海底には、カニたちがエビや貝を甲羅に乗せて、大移動しているのが見えた。

その列の先には、さっきのルカと呼ばれたイルカが…


「おっ、親方っ。 あっちからもだっ!!」


指を差した方を振り向くと、サメやエイの大群が、すごい勢いで泳ぐのが見えた。

そして、さっきの魚の群れとつながり、ひとつになった。

そのとき―、


―――ドオッッパァアーーーンッッ!!


海面を割って出てきたのは、巨大なシロナガスクジラだった!!


「―!! すげえ…なんてでかいんだ!」

「…こいつだ。 俺が見たクジラは、こいつだ!!」


グオオオオオーン………  ザパアーン!!


クジラは一瞬止まったかのように身をひるがえすと、

大きな水柱を立てて、海へ戻って行った。

船員は目の前の出来事に信じられなくて、怖くて震えていた。 子供のように。


「こ、こんな奴らを従えてんのは、いったい…いったい何なんですか?!」


親方には見えていた。 水色の髪の少年が、魚たちに指示を出しているのが…。

親方の心の中に、幼いわが子の姿が重なった。


『とうちゃーん、お魚取れたよー!』


「おおっ、…しょ、翔太……!」




彼は嵐の当たらない場所で、岩影に腰掛けていた。 ある目的を果たすために。


「―! 来た…フェニックスもいるようだけど、まあいい。

 居てもいなくても、天気は変わるものだ。

 ふふふ…今こそ天体地位を動かす超魔術で…あなたを消してやるよ。

 台風の半径30m以内まで、風力を8から12に引き上げ、台風に吸い込ませる!」


彼の腕はゴウゴウと音を立てる雨雲に突き出され、叫んだ。


「古き太古のシュメール文明より、甦れ、風神エンリル!」


竜巻が一瞬、緑に光った。 渦巻く中に、風神エンリルの瞳が光る。 彼は尚も叫ぶ。


「テンペスト!」




フェニックスはルーテの兄を抱えたまま、海の上を飛んでいた。


「もうじきですよ、神さま…」

「ああ… ? フェニックス、あの海が暗くなっているところは、何だ?」

「え? ああ、嵐が来ているのでは― うっ?! うわあああっ!!」

「!? なんだ?! いきなり、風が強くなってきた…!」


フェニックスはルーテの兄をかばうように、

嵐に背を向け、翼を動かし、振り切ろうとしたが―風力が強すぎる!


「だ、ダメです…吸い込まれます! ああああああーっ!!」




「ふふふ…これでもう、終わったな。

 さぁて…身体がばらばらになっていることだろう― なっ?!」


彼は一瞬、自分の眼を疑った。

フェニックスとルーテの兄は、嵐の中で無事、立っていた!


『バ…バカな! 上級魔法を喰らって、無事でいられるはずがない!

 それでなくても…大河の所で

 ウォーマーフィールドをつかって、日射病になりかけてたじゃないか!

 なのに ―?! あ、あの、半透明の、白く、鈍い光は…!』


ルーテの兄は両腕を伸ばし、

結界のようなもので、我が身とフェニックスを覆っていた。


『エアスクリーン…!

 ただの中級魔法のくせに……っ、その分【神の力】が強いということかなあ?

 訓練して、頑張って習得した上級魔法のテンペストよりも、

 ちょちょいと遊び心で覚えたようなエアスクリーンのほうが、

 強いってことかい? …ふざけるなぁぁあっ!!』


フェニックスたちは嵐に立ち向かうのに必死で、まだ彼の姿に気づいていない。

彼はもう一度腕を突き上げる。


『今のでさすがにバテてきたはずだ。 もう一発叩き込めば…!』


「古き太古のシュメール文明より、甦れ、雷神二ヌルタ!」


海面が黄金に輝き、フェニックスたちの眼がくらむ。


「アークサンダー!!」


海面からいくつもの電光が走る。

天に雷神二ヌルタと共に昇る電光は、電竜の如く唸り声を上げる。


「―っ?! 神さま! 今度は…! 雷です!」 「なにぃっ?! エアスクリ―」


バギュウゥウン!!

電光がふたりに直撃する。 エアスクリーンは、あっけなく壊された。

ビリビリと衝撃が走り、電竜は台風と絡めあう。


「ぐあああああーーーっ!! 痛い…ああっ…、まるで、身体が…裂けるようだ…っ!」

「かっ…神様ぁ!」


彼は波の打ちつける岩の上に立ち、雨と海水を浴びながら、笑っていた。


「あはは…あはははははは!!

 凄い…凄いぞこれは!! 上級合成魔法…サンダーストームだぁ!!」


風神エンリル雷神二ヌルタが見下ろす中、雷雲がふたりを襲った。


「死ね! そのまま砕け散るがいい!!」




「はあーっ、はああーっ…くそォッ! な、何なのだ、この嵐は…」


『神さま…ああ、わたしよりも、ずっと苦しそうです…

 わたしが、わたしが何とかしなくては!

 …! そうだ。 雷雲からの衝撃を減らすことができたら…

 エアスクリーンを纏ったまま、雷雲から脱出出来るかもしれません!

 それならば…』


フェニックスは自分の翼でルーテの兄を包み込んだ。

そこは温かく、風や雷にあおられることもなかった。


「? フェニックス…??」

「大丈夫です…自然現象なんかに、

 空を操る空神であるこのわたしが、負けるはずないでしょう?」


そう言うフェニックスの顔は、びしょぬれだったが、いつものような優しい顔だった。


「!? なんだ、あいつは! 邪魔だなあ…エンリル! 二ヌルタ!」


彼がそう叫ぶより早く、空神フェニックスは唱えた。


「大いなる空よ。 天界に舞う守護天使たちよ。

 空神フェニックスが命じる…我と神を護衛せよ! ―プロテクション!」


雨雲に覆われた空に、一筋の光が射し込んだ。

その光は雷神エンリルと風神二ヌルタの眼をくらませ、

フェニックスたちを、優しく、包み込んだ。

光は暴雨と雷を跳ね返し、フェニックスは台風から不死鳥のように飛び出した!


「なぁっ!? ば、バカな!」


『またしても、あんな中級魔法に… さすがは四大神の中で、最も神に近い者。

 魔力も底知れぬ… だとしても! こんな事は… 認めぬ…断じて認めぬ!』


「え、エンリル! 二ヌルタ!」


風神雷神の姿はすでに無く、ゴウゴウという泣き声が遠ざかって行く。


「―チイッ! ………ふっ、また、失敗か…。」


彼は静けさを取り戻していく海を見つめながら、腰を下ろした。




水神『サファイア・ドルフィン』ことファドルは、岩の上で休んでいた。

そうとう疲れたのだろう、さっきから静かになった海面を見つめてばかりだ。

―パチパチパチ。


「見事だったよ。 ファドル」


ハッとして振り返ると、そこには空神『フェニックス』と、神が立っていた。

ファドルはパッと笑顔を作った。


「フェニックス! 神!」

「こらこら、いけませんねぇ。 神様と呼ばなくては。」

「まあ、いいではないか♪」


ため息をつく、ルーテの兄とフェニックス。


「まったく、しょうがのない奴だな。

 フェニックスと寒冷地方に行こうとしたら、

 この大荒れ。 危うくわたしも巻き込まれそうになったよ。

 …まあ、君が一生懸命、守った海なのだろうな、

 相変わらずここは美しい……。」

「そりゃまあ、我が守らなければ、この海を守ってくれる者はいないからな。

 それより、我に何かようがあってここまで来たのだろう? 話せ。」

「こら、ファドル! 神様とお呼びなさ―」 「まあ、いいではないか♪」

「そうだな…寒冷地方にゲートを開けておく。 そこで会おう。」

「承知したっ!」


ファドルは海へ飛び込んでサメに乗り、ルカを連れて泳ぎだした。

ファドルが完全に見えなくなると、フェニックスが口を開いた。


「水神『サファイア・ドルフィン』。 …あとは、彼だけですか?」

「ああ。 しかし、この海…妙だな。」

「はい。 非常にわずかですが、ここの空気に魔力の後を感じます。」

「…これだけの魔力を持ちながら、肝心なところでヘマをするなんてね。

 とすると、さっきの嵐は魔力による人工的なモノか…まさか!」

「どうかしましたか?」 「いや、…なんでもない。」


嘘をついた。 それは、本人にしか気づかれてないようだ。


「? そうですか…では、行きましょう。」

「うん。 さあ、あっちに着いたらファドルにお仕置きだ。

 ヒトに許可なく姿を見せたのに怒らなかったら、

 ルーテの奴がすねてしまうからな」



ある人物はゆっくりと、寒冷地方へ向かっていた。


「くそぉっ! 計画を早く実施しようとしたら、

 大地神のところで動物たちに足止めを食らって遅れ、

 大河で殺そうとしたら空神が助け、

 大嵐によって殺そうとしたらまた空神が防御を手伝い……

 どいつもこいつも邪魔しやがって!!」


怒りをあらわにしているその人物の脳裏に、

【神の力】で身を守るあの姿が、またちらついた。


「…さすがは神の力だな…。 その力を、戦いに使えばいいのに…

 まあ、そんなことはどうでもいい。 ますます【神の力】に興味がわいたぞ。」



ルーテの兄はフェニックスと別れた後、

誰にも教えずに、もうひとつ別の場所へ向かっていた。


寒冷地方、北海道の外れにある、小さな一軒の家に…。

その家には、看板が立ててあった。

かすれていてなんとか読めるレベルで、こう書いてある。

―【ゼウス病院】と―

それを見て、ルーテの兄は思わず顔がほころんだ。


「君は、やっぱりここにいるのか…」


『カギがかかっている…こんなもの、わたしにとってはおもちゃ同然だ。』


カッ! ……カチャリ。

取っ手に少し力を込めると、一瞬光ったように見えたが、

その後、カギの外れるような音がした。


「ふふふ…。」


真っ暗な家の中に、歩く靴の音だけが響く。

―カツーン、コツーン、カツーン、コツーン……―

キッチンの食器棚を横にずらすと、暗闇へと続く階段が現れた。


「上にいないってことは、地下にいるのだろう?」


―カツーン、コツーン、カツーン、コツーン……―



地下は、上とは別世界だった。

手術道具やら、研究薬品やら、

何やら気味の悪いものがずらーーっ、と並んでいる棚ばかりだ。

その奥の突き当たりに、光が漏れる戸があった。


カチャッ。


「―誰だ?!」 「わたしだ。」


手術台にかがみ込んで作業しているのは…12歳そこらの少年だった。

黒水晶のように澄んで綺麗な髪と瞳、首には赤いスカーフを付けている。


「! あ、あなたは―。」 「久しぶりだね、生命神『カノン・ルーク』。」

「…お久しぶりです、神様。」 「…ふぅ。 ん? 何をしているんだい?」

「あ、いや、こいつは―!」


手術台に乗っていたのは、あの双子と同じくらいの男の子だった。

だが、体中に深い傷があり、痛々しい姿だ。


「…この子は?」

「…数年前に、この家の前で倒れてたんです。

 手当てを施してるんですが、意識も戻らないので、

 植物状態かと思ってるんです…」

「数年前? こんな状態で、よく生きてるね。

 そんなにかかっても治らない傷なのだろう?」

「いいえ。 それが、…怪我は、もう治ってたんです。」

「治った? 治ってないじゃないか?」

「この怪我は、不思議なことに…少し前、突然できたんです!」

「何っ?! そんなことがあるものか!」

「本当です! これまで俺が、あなたに嘘をついたことがあるんですか!?」

「……そんな、バカなことが…」



「―手当ては済んだか?」


カノンは手術着を脱ぎながら答えた。


「はい。 それで、話しとはなんですか?」

「あ…いや、いいんだ。 君の顔を見に来ただけなんだ…。」

「えっ?? でも、俺のとこへ来るときは、

 いつもだいたい相談があったじゃないですか?」

「あっ…。 うん、でも…君には今、あの患者がいるだろう?」

「だっ、大丈夫です!

 異常が起きたら、携帯してるアラームが鳴るようになってますので、

 少しの間なら留守にしておいても平気です!」

「…だが…、………そうか、ありがとう。

 それで話なんだが、君は狼の双子を知ってるよな。」

「も、もちろんです。 俺が不幸にしてしまった子たちですから…」


ルーテの兄は、そうじゃない。 と出かけた言葉を、慌てて戻した。


「そ、そうだろうな…。

 その双子のことで、話し合いがあるんだ。 来てくれるかい?」

「? もちろんですよ! 俺は、あなたに救われたんですから。」



大きな樹の下に、いくつもの人影があった。

白い翼を持つ人影が、そこへ加わる。


「あっ! 神様久しぶりーっ♪」


大地神 ル・リフェスが言う。


「遅かったですね、なにかあったのですか?」


空神 フェニックスが言う。


「あっ、カノンではないか!」


水神 サファイア・ドルフィンが言う。


「ファドル! ああ、久しぶりだな、みんな集まるのって。」


生命神 カノン・ルークが言う。


「じゃあ兄さん、早くゲートを開いてよ。 寒くてしょうがないもの。」


ルーテか言う。


「ああ。 少し離れてくれ…     はああああっ!!!!!!!」


樹の洞に揺らめく空間が現れた。


「さあ、入って。」

「はーい!」 「はい。」 「うむ。」 「は、はいっ!」 「ふふっ。」


【四大神】、【神の兄弟】は、計画をはじめようとしていた。



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