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双子の狼 Ⅰ  作者: ヨウカズ
第一章・狼の双子、この世に生を受ける。
2/9

2・自分たちの姿

元来た廊下を戻っていくと、着きあたりに鋼雅がいた。


「あ…」 「お、戻ってきたね。 こっちだ、地下に通じているよ。」


カツーン、コツーン、カツーン……ガラガラガラッ。

幼稚園の地下には、体育館のような広い空間があるだけだった。

さっきから鋼雅が、リモコンのようなものを動かしてる。


「やれやれ、一度修理を施さないとはいけないな?

 反応が鈍くなっている…まあいいだろう。 さあ、ごらん!」


ズズズズ…ドオン…  地面に大きな穴が出てきて、黄緑色の地面が出て来た!


「これ…何なんだ?」

「サッカーコートと言うのだよ、この地面でサッカーをするのだよ。

 この幼稚園には、他にもたくさんのコートがあるのさ。

 ここで君のキック力を試すために、サッカーをしてもらうよ」

「うわぁ~…大きいねぇー… よし、氷也頑張ろう!」 「お、おう…」

「ふふふ…。 いい心意気だね? では、こちらのサッカーチームに出て来てもらおう!」


鋼雅の指差す奥の黒い戸が、大きな音を立てながら開いていく… 中には―

黒いユニフォームを着た、11人の園児たちが出てきた。


「―?!」 「冬紀くん…?」


その中には冬紀の顔だけではなく、あの青紫の兄弟もいた……。

鋼雅はポケットの手帳を、ペラペラとめくる。


「…【白鳥幼稚園のお約束・その21。

 お友達に暴力を振るったら、グーパンと地下遊び】。」


氷介は驚きの表情を見せる。


「そ、それって…なぁに?」

「ふふふ…。 この幼稚園はもうひとつの顔を持っているのだよ。

 表は、子供たちを天使と呼び、優しく見守る幼稚園…そして!

 裏は………お約束を破った子供たちをしつける、【地下の間】としての顔をね!!」


『ふふふ…2体11かァ。 面白そうだね。』




「そ、そうだったんですか?!

 ですが…あなたがなぜ、そんなことを知っているんですか?」

「ふふ…わたしが裏方の仕事ばかりをしていると言いましたよね?」 「はい…あっ!」


双子の両親はやっと理解したようですね。

まあ、時間がかかるのは仕方ありませんが…。


「そのとうり。 わたしは、その日地下へ送られた子供たちの面倒を見ているんです。」

「……」

「……言葉が出なくなるでしょうね。

 わたしもそうでした…純粋な子供たちを、遠くでもいいから観察して、

 真の愛について深く知りたいと思い、ここへ来ました。

 …ですが、その結果は今話したとおり、散々でしたよ。

 あの鋼雅先生が子供たちを……殴りつけているのを、

 私はいつも遠くで見ているしかありませんでした…。」

「どうして? …貴方のような方のほうが、園長に向いてると思いますが…」


わたしは、椅子を立って背を向けました。 何故そうしたのか、よくわかりません。


「……わたしの顔は…ヒトの顔をしていません。」 「――!? え…?」

「好奇心の高い子供たちは、近づいたらおそらく…わたしのフードを取るでしょう。

 子供たちはただでさえひどい目に会っているというのに、

 わたしの顔を見て子供たちはさらに泣く…

 そんな子供たちを見るのが、怖いんです。 だから…わたしは、何も…」


ガタッ!

雪江さんが立ったみたいです。

あのタイプの女性は気が荒いので、すぐわかるんですよ。


「それならなぜ…あなたはここにいるんですか?!」

「―――!! それは…」 「おい、雪江!」

「それも答えて頂けないなら、貴方の顔を見せて下さい!

 わたしたちの子だって、ヒトじゃ―」

「それ以上言ってはいけません!」


つい、大声を出してしまいました。 その後の反応を見て、少しあわてましたが…


「…あ、声が大きかったですかね? 申し訳ない…

 ……ですが ―貴女は今、我が子の悪口を言ったかもしれないのですよ?」

「あっ…」 「雪江…」

「ハア…あなたがそんなつもりで言ったのではないことはわかります。

 ですが、あの子たちが頼れるのは……

 …貴方たち親だけだということを、忘れてはいけませんよ…?」


やれやれ…最近は、ついそのことに

気づけない親御さんが増えてるんですよね…悲しいことです。


「はい…わかっています。」

「もちろん、そのつもりです。 あのふたりは、わたしたちが守ってみせます!」


わたしはまた席に着きました。


「頼もしいですね、うんうん。 それでこそ、愛でしょうね♪

 ……ちなみにわたしの顔は、貴方がたの双子さんたちより、

 ずっとひどいですから。 お見せすることは、無いでしょう…」

「いいんです、わたしのわがままでしたから。」

「…わたしは、あのふたりは小学生になるまで、守っておいた方がいいかと思います。

 でも、本人たちが行きたいと言った時が、一番いいのでしょうね…」

「はい。 今日は本当に、ありがとうございました!」

「貴方は、本当に…素晴らしい方ですね」


双子の両親は笑いました。 だから、わたしも笑いましょう。


        この世で笑顔は、何よりも美しいですから…




鋼雅がルールブックを、ポンと閉じた。


「だいたい理解できたかね?」 「は、はあ…なんとか。 氷也、わかった?」

「ま、まあ取りあえず、あっちのでかい四角に―」


氷也は足をかけていたボールを蹴り上げると、 ―ドガァッ!!― 強く蹴り出した。


「な?!」 「んだべ??!」


ボールは冬紀たちの間を縫い ―  バシュウッ!!― 相手ゴールに突き刺さった。


「すっ…すっごいだぁ…!」 「…狼のくせに…」


鋼雅は呆然と立ちつくしたまま、砂煙を上げるゴールにくぎ付けになっていた。


「速い…!! 鋭く、激しく、尚且つ美しい!! すばらしい、素晴らしい力だ!!」


皆が氷也の方を振り返ると、本人はポカンとした表情で、

自分がしたことを理解していないらしい。

だが、すぐに事を自覚したようでゆっくりと笑顔に変わっていく。


「叩き込めばいいんだな?」 「氷也…っ、すっごーい!!」


氷介が手を叩いて弟の手を握ると同時に、

氷介以外のヒトは皆、「へ?」という拍子抜けした顔になった。


「すっごいよ氷也ぁ! はじめて蹴ったのに、シュートが入っちゃった!

 あっちからあっちまでビューンって」

「お、落ち着けうるせぇっ!! 取りあえず手を離せ手を!」 「…気に入らない…」


そういったのは、冬紀だった。 下を向いて、握り拳を震わせている。


「俺より凄いシュートなんて…お前なんかが…

 化けもんが打っていいもんじゃねえんだよ!!」


カチン。

化けもんと言われて、氷也はカッとなる。

冬紀はそれを知ってか知らずか、恨みを込めたまなざしを氷也に向ける。


「―あ?」

「あ、れ? ひょ、氷也!

 だめだよ、次は冬紀くんのチームがボールを蹴るんだから。

 ねぇ、どうしたの??」


つかつかと冬紀の方へ行く氷也の腕を、氷介が止めた。


「は・な・せ!!」 「ひゃっ!」


氷也が右腕をぶんっとふると、氷介は木の葉のようにコートへ落ちる。


「いた、たっ…」 「おい、鋼雅ぁ!」 「えっ?! わ、わたしが何か…」


『ううっ…そらしたいのに、そらすことのできないあの目つき…やはり―』


さっきのシュートを見て、我が身を案じる鋼雅。

氷也は4歳とは思えぬ冷たい目つきで、言った。


「ボール、あと5個ぐらい持ってこい。」 「え? は…はい?」

「持ってこいっつってんのがわかんねえのかよ!」

「ひいぃぃぃいっ!! わ、わかりましたわかりました!」


鋼雅はどう考えても気迫負けすると悟り、

その辺に放置されていた練習用ボールを抛った。


「こっ…これで、いいでしょう、か?」 「よし。 冬紀、」 「んだよ。」


氷也は冬紀に向き合うと、意地悪く笑った。


「てきとーに蹴んぞ。」 「ふん、ならこっちも標的はお前で。」


冬紀も承知したように笑う。 雪也と士郎は、こっそり氷介を立たせる。


「だ、大丈夫だか?」 「あっ…あ、りがとう…って! あのふたり…」

「んだ…」 「なんか…すんごくやっべぇ気がするだよ…」

「ケガせんように、気ぃつけんとまいねー…」




「この程度で勝とうなんて、甘いこと考えてんじゃねーっ!!」


ダーン、ズーン、ドッッカァ――ン!


―しばらくして、やっと爆発音が止まった。

フィールドは粉々に破壊され、暗い天井からは太陽の光がのぞいていた。

ようは、地下のこの場所が破壊されたわけで、

破壊した張本人、氷也は瓦礫のてっぺんでボールをキープしていた。


「ったく、弱すぎなんだよ…しかもサッカーって簡単だな。 なあ、兄ちゃん!」


その兄、氷介は瓦礫のふもとに立っていた。 頭を撃ったらしいが、問題ない。


「いたた…うん。 ビックリしたよー、氷也、こんなにすごいシュート打っちゃうんだもの。

 ゴールも壊れてるし… ―!! ひょ、うやぁ!」

「?! てめえ、何しやがんだよ!」


みれば、鋼雅が氷介を捕まえていた。


「やれやれ、やられたなあ、これほどまでの威力とは…

 やはり君たち双子は、【あれ】を受け継いでるんだねぇ?」

「氷也…怖いよ、氷也ぁ……」


氷介は目に涙をためて、頑張っている。


「この野郎―」

「おっと! 近づくんじゃあない。 わたしは大人だ。

 だから、こんな子供は、ちょっと首を締め付けるだけで…」


ギュウゥ~…

鋼雅は氷介の首を軽く締め付ける。 氷介の細い首が悲鳴を上げた。


「ゲホッ、げほっ、ゲホッ! い…た、い…やめ、て、下さい…うぐっ、ゲホゲホッ!」

「にいちゃ…! ふざけんな! とっととやめろぉーっ!!」

「うん、いいだろう。

 だが、君たちを研究したい…その条件と引き換えでは、どうかね?」

「はあ?! なによくわかんねえこと言ってんだ!」

「君たちは貴重な生物だ。 なにしろ、【あれ】を受け継いでいるのだからな?

 君たちの身体を研究したいと思っても、不思議ではないだろう。

 お兄さんを助けたいなら……協力してくれるね?

 なにしろ、獣はヒトより忠誠心が強いからなぁ」


ピクッ。


「……誰が…誰が獣だぁああああああ!!」


ギュオオォォオオッ!


氷也の感情に呼応するかのように、ブリザードが吹き荒れる!

その強風に、鋼雅は思わず身を引いた。


「おおおっ?! 素晴らしい…【生まれてはいけない】獣の子よ…素晴らしい力だ!」

「うるせぇ!」 「―?!」

「【あれ】ってなんだよ! それに俺は獣なんかじゃねぇえええっ!!

 お前のよくわかんねえ事なんかに協力してやるか!!」

「くっ……! どうやらわかってもらえないようだね。

 しかたない、子供と言えど手加減しないさ!!」


鋼雅は氷介を捨てて、氷也に殴りかかろうとした。 が――


「お前の話は長ぇんだよ!!」


ドカ――――――ン!!


「ぐばァ―――――――――――!」


冷気を込めた氷也の拳は、しっかりと鋼雅の急所を撃った。


「な、なんてパワーですかぁぁ――――?!」


そして、鋼雅は空の彼方へと飛んで行った…。


「もう二度と来るなよ~。」


氷也は空の彼方に手を振ると、瓦礫の山を下りて、氷介のもとへと駆け寄った。


「兄ちゃん、兄ちゃん!!」 「ううっ…ケホッ、ケホッ…うん、大丈夫だよ、氷也…」


兄の無事な姿を見て緊張がほどかれたのか、氷也の目から涙があふれた。


「うわぁああーーん!! よかったぁ、生きてくれててよかったあーーっ!!

 うわぁーん! 怖かった、俺怖かったんだぞ!!

 弟をこんな怖い目にあわせるなんて、お前なんか兄ちゃん失格だぁーーーっ!!」


そう言いながらも、氷也は兄に抱きついて思う存分泣いていた。


「うん、ごめんね…でも、ありがとう…氷也! ボク君が大好き!」


氷介は氷也を抱きしめたが、当然抵抗される。


「ふ、ふざけんな! 俺たちは双子だろ?!

 相手が大嫌いじゃ助けたりなんかしてやらねーよ!!」


『氷也…ボクには君っていう弟がいる…こんなに心強いことは無いよ!!』




ふたりは壊れた地下から外に出ると、誰かが追いかけてくる足音が聞こえた。


「ん?」 「あ。」 「あああああっ!! いや、あの、えと、あああああっ!」


そこには、青紫の兄弟の小さい方がいた。

顔を赤らめたり動揺したりと、落ち着かない。


「お前! 何かまだ文句でもあるのか―」 「氷也! もういいじゃない。」 「甘い! 一発―」

「ちっ、違うんだべ! あの、その…あ、ありがとうございましただべさ!」 「え…?」

「お…おらたちゃな? 本当は鋼雅せんせにあすこでひどい目に会ってたんだべさ…

 でも、君らが壊してくれたおかげで、それももうなくなるべ! ほんとに、感謝するべや!」


そいつの目には、疑いようが無い心からの喜びがあった。


「―じゃあ、俺らのことを、もう【生まれちゃいけない子】なんて言うな。」

「あっ… すまんかったべや…

 昔、狼の兄弟が何したかはわっかんねぇけんど、

 おら、あんちゃらは大好きになってまっただ!

 そんに、さっきの見て決めたん、あんちゃらみたいになるべ!

 いくらちっこぐても負げね、強ぇおんたさなるべさ!」


そう言うとその子は、嬉しそうに走って、転んで、走り去って行った。


「いっちまったな…」 「うん…。 でも、嬉しそうだったから、よかった…」

「ところでよぉ、あいつ、後半なんて言ってたんだ?」 「さ、さあ…?」


あまり外に出ないふたりにとって、方言は理解不能だったようだ。




「とうちゃーーん!!」 「おかあさーーん!!」


両親の姿を見つけた途端、双子は一斉に飛びついた。

氷也に抱きつかれた柚彦は、勢いに押されて慌ててよろめく。


「うおっとっとっと! はははは、氷也は力強いなあ?」

「当たり前だろ? 俺は無敵だからな!」

「ふふふ。 さあ、お家へ帰りましょう?」 「うん!」


と、雪江は氷介がこっちをじいーっと見つめているのに気づいた。


「ん? どうしたの、氷介。」 「あ、あのさ…おかあさん大丈夫だった?」 「ええっ?」


両親がなぜか驚いたので、氷介は顔を赤くした。

的が外れたのか、恥ずかしかったのだろう。


「いや…さっき、おかあさんたち黒い人につれてかれたでしょ?

 だから、おかあさんたち大丈夫かなって…でも、大丈夫だったみたいだね?」

「氷介…」 「ふふふ…あなた方は良いお子さんをお持ちですね、雪江さん。」


ハッ!

振り返ると、黒ローブの青年がそこに立っていた。

とたんに氷介は母から離れ、氷也はすぐに身構えて、いまにも飛びかからんばかりだ。


「あ、あのぅ…誰ですか?」

「ああ、申し遅れましたね。

 わたしは【不死鳥】というものです。 本当の名前ではありませんが…」

「――てめえ…!!」 「あっ―」


ガシッ!

不死鳥に飛びかかろうとした氷也を、慌てて氷介が腕をつかんで引き止めている。

だが、氷也の力は想像以上に強い。


「ちょっ…何すんだよ!」 「氷也やめて! おかあさんもおとうさんも無事だっただろ?!」


『うわっ、す、すごい力だなあ…こんなに小さいのにー!! ううぅ…』


「うるせぇな! 引っこんでろよ!」 「うわあっ!」


ドンッ!! さっ、ドサァッ!!


氷也は氷介を弾き飛ばして、不死鳥を押し倒してしまった!!


「おっとと! い、痛いですね~。 まあ、元気がいいお子さんで…」

「るさいっ!」 「氷也やめなさい!」 「こらっ、氷也!」

「氷也くん、わたしは何もしてませんよ?

 ほ、本当ですよっ! 貴方は誤解をしていま…痛ぁあっっ!!」


ドカァアッッツ!!

氷也は起き上がりかけた不死鳥の背中を、力いっぱい蹴り飛ばした!!


「この野郎!! しらばっくれてんじゃ―」 「氷也やめなさいって言ってるだろ!!」


ビクッ!!

初めて聞くその怒った声に、

氷介はその場に凍りつき、氷也は柚彦の方を見て蹴るのをやめた。

氷介は母の服の裾をしっかりとつかみ、氷也は口をポカンと開けて、

氷介ほど状況を把握できていないようだ。

柚彦が氷也につかつかと近づいて来て―


パシ―――ン!!


わがままでやりたい放題だった氷也にとって、生まれはじめてのことだったろう。

父親に殴られたのは。 氷也は赤く腫れ上がった頬を、泣きながら押さえていた。


「氷也―!!」


氷介は氷也の所へ駆け寄ろうとしたが、雪江に引き戻された。

氷也はまだ恐怖に怯えるように、震えていた。


「と―、とうちゃ…」 「氷也!! 痛いだろ!!」 「う、うん…」

「不死鳥さんも今のお前みたいに痛かったんだ!

 だから、誰かを殴っちゃだめだ!! わからないのか?!」

「うぅ…―」 「返事は?!」 「は…い。」

「ああ! あまりお叱りなさらずに。 わたしなら大丈夫ですから。」

「ですが……他人に手を上げたことは事実です。

 それでなくても、氷也は日頃から好き勝手やっています。

 こいつにも、いけない事をわからせてやらなきゃいけません!

 ………わたしだって、我が子をぶつのはつらいです。

 でも、不死鳥さんを殴ってしまいましたから…

 ほら、不死鳥さんに何か言うことないのか?!」

「ううっ…、ふえっ、えっえっ…うえぇええっ!」


氷也は大きな声で泣くのを必死にこらえてるらしい。

不死鳥はそんな氷也を、他人からは見えぬ目で見つめた。


「その子は見知らぬわたしが貴方たちに近づいたのを見て、

 心配のあまり、わたしを敵だと思ってしまったのでしょう。

 そして氷也君にとって、敵であるわたしを攻撃しただけですよ~…

 ……それは間違ったやり方ではありますが、

 彼なりに頑張って出した、愛なのではないでしょうか?」

「で、ですが……」

「……叱ることも大切ですが、叱るだけでは、成長しない面もありますからね…」

「…では、わたしはどうすれば…?」 「…御自分で決めなさるとよいでしょう」


柚彦はもう一度氷也を見降ろして、氷也の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。

下を向いて涙を流し、歯を食いしばって、何も言わない。


「氷也…お父さんとお母さんを、守ろうとしたのか?」 「………ん。」 「そうか…」


氷也の声は、鼻声だった。 柚彦は、氷也の頭に触れる。


「その気持ちは、父さんは嬉しいよ。

 でも、何があっても、もう誰かを叩いたりしちゃいかんぞ?」

「………うん…」 「よーし、よし。 良い子だ良い子だ!」


氷也は肩をポンとたたかれ、しっかりとした足取りで立ち上がった。


「さて! 事も済んだことですし、どうします?

 この幼稚園に通いますか? もっとも、強制はしませんが…」

「あ、はい! 氷介と氷也は、どうしたい?」 「俺行かない。」 「あ、ボクも。」


以外にも即答。


「こらこらっ!」 「だって、鋼雅がいるとこなんか行きたくねーもん!」


氷介も、申し訳なさそうに、うなずいた。


「ふうむ…わかりました、わたしから鋼雅先生に話しておきましょう。」


それを聞いて、親子はほっと安心した。


「ありがとうございます。 こいつら、本当にわがままで…」

「本当に…申し訳無い、なんてお礼を言えばいいか…」

「い、いえいえ! 子供たちの本音は大切にしないと!

 それにわたしは、ただ……ちっぽけな違いでの差別を、無くしたいだけなんです。」




冬紀は、青紫の髪の兄弟と帰っていた。 冬紀は地団駄を踏む。


「いってー…ったくもー、何なんだよ、あいつら!」

「でも、あのおんちゃん、冬紀くんの事かばってぐれただなぁ。

 いじめたのはこっちなんに、優しいべさぁ~…」


背の高いほうの兄がにこにこ笑う。


「それがムカつくんだよ!

 弟は…初めてのくせに、おれよりサッカーうまくて…兄は優しすぎるし…」

「まあまあ。 おらたちゃは助けてもらったんけ、てことは、ええヒトなんらべ?」


背の低いほうの弟もにこにこ笑う。 だが、冬紀はぶすっとしたままだ。


「あいつら…いつか絶対勝ってやる!」


冬紀の心は、負けた悲しみと嫉妬心で溢れていた。

悔し涙をこらえ、上を向いて歩いていた。




「ふーん…大の大人を一発で…とうとう動き始めたのかァー。」

「はい、そのようです。」


黒水晶の少年は、また、あの太陽の瞳の子に跪いていた。


「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「なあに?」

「…貴方は一体、何をしようとお考えなのですか?」 「―決まっている。」


太陽の瞳の子は、いきなり真面目な顔になった。


「狼退治さ。」




「おやすみ、氷介、氷也。」 「おやすみなさーい。」 「ん…。」


電気が消える音がして、雪江の足音は遠ざかって行った。


「氷也、どうだった? 今日のこと。」

「スッゲーマジで疲れた。 何だよ、いきなり急にサッカーって…」

「ふふ…ボクもだよ。 …いたっ! 今傷に当たったよぉ。」 「あっ……わりぃ。」


氷介には暗闇の中でも、氷也が泣きそうになったのがわかった。


「ああっ、へーきへーき!」 「俺のせいなのにつよがんなよ、バカ。」

「バ、バカって言うほど馬鹿じゃないもん!」 「うるせーな、バカはバカだろ?!」

「氷也だってボクのこと助けてくれたじゃん!

 泣くほど怖かったくせに! だから、そっちがバカ。」

「うっ…、お、俺はその前にかばってもらったから、恩返ししただけだっ!

 あとバカは兄ちゃんだっ!」

「…ボク、死ぬかと思ったんだよ? ボク、氷也よりも体が弱いから…

 今ここにボクがいるのは、氷也が頑張ってボクを助けてくれたからだよ。」


氷也には暗闇の中でも、氷介が微笑んでるのがわかった。


「なっ?! ~~~~っ、うるさーーーーーーーーーーいっ!!」




「だーかーらーぁ、何度も言ってるはずだよ?

 君にはこれからも監視を続けてもらうって。」

「ですが、やっぱり嫌なんです!

 あの双子は…外見以外は、普通のどこにでもいる兄弟なんです。

 どうも、害がある様に見えなくて…」

「…はるか昔に結んだ約束を、忘れた訳じゃないよねえ?」 「うっ! …。」

「はい、そーゆーこと。 それにね、よく考えるんだ。

 あの双子は小さいうちは、君の言うとうりかもしれない。

 けどね、平気平気って思ってたら………遅いんだよ。

 分かったら、情報収集を続けてね?」

「…かしこまりました。」


双子は寝入る、やすらかに。

持って生まれた恐怖の始まりが、一歩一歩、近づいているとも、知らずに。




ここは寒冷地方。 年中ほぼ、雪の積もったままの、果てしなく白い地方。

太陽がその真下で遊ぶ、小さな影をふたつ、見下ろしていた。




「行くぞー。 氷介、パス!」 「ナイスパス、氷也!」


小さいうちの子供の成長はとても早い。

顔つきや体形はまだ幼いままだが、手足や胴が伸びて、大きくなっている。

双子は6歳になっていた。

5歳の誕生日にもらったサッカーボールで、毎日のようにグラウンドに行く始末である。


「よーし、氷也―」 「オイお前らァ!!」


その声に反応して、双子は振り向いた。 不良だ。 と、ふたりは思った。

不良の方は少したじろいだが、すぐに強気になった。

(無理もない。

 同じような顔が、同時に振り向くのを想像したらわかる。 ちょっと怖い。)


「ここでオレタチ遊ぼうと思ってんだけどよォ。」 「ふーん、そうか。」


この程度で譲る氷也ではない。 つんとした顔で答える。

当然怒りを買うのは当たり前。


「てめえ! ジョージさんになんて口の―」

「黙れってトク。 あれ? こいつら、狼チャンの双子じゃん!」

「あ、本当だー! へー、あっし初めて見ましたぜ。」


不良は氷介と氷也を、物珍しそうに眺めまわしていた。


「へぇー…変な頭してんなあ。 オイ、笑ってやれよ! 恐れ多くも、狼さんだぜぇ!!」


ワッハハハハッ! だが双子は挑発に乗らず、ガン無視して去ろうとしている。


「腹減ったなー。」 「今日の晩ご飯はハンバーグって言ってたよ?」 「やったー!」

「ってオイオイオイオイ! 逃げんじゃねーよ、犬っころども!」


ピクッ。 氷也は立ち止まって、すぐそばにあったレンガに―


 ―――バキィイイッッツ!!


レンガは粉々に砕け散った。 (げっっ!!!)


「あ、あわわあ…」 「ほぉう…犬かぁ。 誰に向かって口をきいてるんだ? お前ら」


ふたりは不良たちに向かって歩いて行く。

氷也はガキ大将のような笑みを、氷介は誰にでも愛される笑みを浮かべながら―。


「氷也、お腹すいたって言ったよね?」 「ああ。」

「運動したら、もっと美味しく食べられると思うなあ。」

「ふーん、それはいい考えだな。 …俺様の悪口を言う丁度いい的もいるしなぁ!」


ヒュッ、ドカッ! 不良たちは慌てて逃げようと走るも、ボールが追いつき―、


「俺たちは犬じゃねぇーーーーーーーーーーーーっ!!」

「いやああああああああああああああーーーーーーーーーっ!!」


空の星となった。


「覚えていやがれーっ!」 「めんどくせぇから覚えねーよ。」

「ゴメンね? さよならー。」 「じゃなー」


双子はいたずらっぽく笑い、家へと駆けだした。




「ただい」 「まー!」 「あ・ん・た・た・ちーーー!!」 「―?!?!」


そこには鬼のような顔で、母・雪江が立っていた。


「あなたたち、まーたいたずらして怪我させたりしたでしょう?!」

「チッ。 あいつら、もうチクりやがったな! つーか、生きてたのか…すげえ。」

「ああっ、お母さん、氷也は悪くないんだ! ボクが―」

「言い訳は聞きたくありません! お外で反省してなさい!」


バタン! 氷介が説明する間もなく、戸にはカギをかけられた。


「あ…」 「……」 「ごめんね、氷也…」 「バカ…」


氷介はきょろきょろと周りを見ると、雪がかぶさった大きな木を見つけた。


「あ…あそこで座らない?」 「…ん、」


氷介は氷也の手を引いて、木の根元に腰掛けた。


「…」 「…」 「なあ…」 「なに?」

「俺がボールで奴らを吹っ飛ばしたんだよな?」 「うん。」

「じゃあ何で氷介がゴメンなさいなんだ?」 「…それは…、ボクがお兄ちゃんだから。」

「…は?」


氷也は驚いた顔で、氷介を見つめた。 氷介は黙りこくって、下を見つめている。


「氷介、アホじゃねーの? 双子なんて一緒に育ったんだから、兄も弟もあるかっての。」

「それはそうだけど! …一応、ボクがお兄ちゃんだから…」


氷介はなぜか、兄ということにこだわっている。


「…お、俺は。 そんなことより、もっと気になることがあるんだけどよー。」

「なにが?」 「俺たち、全然母ちゃんや父ちゃんに似てねーよな」 「えっ…うん、」


そうだった。

自我が芽生え、さまざまなことが

わかるようになったふたりにとって、それは少しつらい真実であった。

だがしかし、父とも、母とも、似ているところは考えても見つからない。

それを考えるたびに、氷介も、氷也も、

自分が本当に実の子なのか、何者なのか、分からなくなってくる。


「『兄ちゃん』…」 「?」 「俺、どうしてこんなに凶暴なんだ?」 「氷也…」


氷介は、久しぶりに『兄ちゃん』と呼ばれた。

その理由は、もちろん氷也にしか分からない。


「どーでもいいじゃないか、そんなの。」

「はあっ?! 俺は真面目に悩んでんだぞ!!

 俺って、カッとなったらすぐ手が出ちまうから…

 押さえようって頑張っても、相手がウザくて、許せなくて、気が付いたら…」

「そうそう、そーゆーこと♪」 「ってどーゆーことだよ!!」

「だからさー、君は何の意味もなく暴力は振るってないじゃん?

 いつも自分を守るためだったり、ボクを守ってくれるためだったり……」

「―!! で、でもよお、さっきのは俺から蹴りかかったし…」

「謝っちゃえばいいんだよ。

 相手がどんなに痛かったか、どんなに腹が立ったかを、よく考えてさ、」

「…氷介は変わってるな。 いつも俺に都合のいいこと言いやがって。」

「そんなことないよ、ボクはさー ―あれ?」 「どうしたんだよ、話しは終わってねーぞ」

「今、あっちの木のとこに、誰かいたような…」 「え? 別に…何もねーぞ??」


4つの緑の眼が、一点をみつめた。




そのあっちの木のところにさっきまでいたのは、

銀髪の太陽の目の子と、月の目の子だった。

ふたりは、双子の眼の届かない雪原からそれを眺めていた。


「へー、あれが狼の双子?」 「ああ…、美しい髪だな。」

「えー? 僕らには到底及ばないよ。」

「だが、今まであんな髪の子は見たことが無い。」


たしかに氷介と氷也の髪は美しく、生まれるはずのない色。 生まれてはいけない色。

この寒冷地方では、そう。 【白銀と黄金の髪】はタブーだった。

そして、氷介は雪原のような目立つ白銀、氷也は橙色っぽい金髪。

大昔の事件をもとにした童話の、【白銀の体毛と黄金の体毛】に、似ているから―。


「そりゃあそうでしょ。 あの一族は絶滅したかと思ってたもん」

「だが、生きていたんだ。

 人間たちによって数は減っているが、しっかりと生きている。」

「その血をひいてるってことなんだから、やっぱり危険だね。」

「ドクの芽は早く取り除くべきだと、ル・リフェスがよく言っていたな」

「成長してからじゃ取り除けなくなるって、愚痴を言いに来てさ~。

 ねーもー帰ろうよ、ここ極限まで寒い。」

「ああ…だが、哀れな双子だな。

 ただでさえあの母親なのに、その父親が、…ヒトの形すらしてないのだから。」


そう言って、ふたりは吹雪の中へと消えていった。




「うぅ…吹雪いて来たね…そろそろ帰ろうか。」 「ん…でも、入れてくれっかなァ。」

「入れてくれなかったら屋根に上って、屋根裏部屋の窓ぶっ壊して入ればいいよ。」


さらっと恐ろしいことを言うものだ。


「おおー! 頭いいなーお前。」 「へへへ…あ。」


みれば、母親が玄関に立っていた。


「あっ。 氷介、氷也!」 「かぁ…」 「ちゃん…」

「早くしないと、ハンバーグ冷めちゃうわよ?」


その言葉で、ふたりは顔を見合せて笑った。


「はーいっ。」 「うんっ!」 「ふふっ。 もう、こんなに冷たくなっちゃって。」


ふたりは飛ぶように食卓に着くと、すぐにハンバーグが出てきた。


「いっただき」 「まーす!」

「こらこら、よく噛まないと喉つっかえるよ?」 「へーき、へーき!」


氷也はがつがつと、氷介はゆっくりと口へ運ぶ。


「………ごちそうさまぁっ! あー美味しかった♪ ありがと、おかあさん!」

「や-ねぇ。 ま、嬉しいけど♪」 「…あ、」


『俺も、お礼言わなきゃ。 ありがとう……たった5文字の言葉だろ? 言えよ、俺…。

 ~~~~っ、くそっ、出てきやしねえ……』


氷也はもどかしくて、フォークで皿を叩いた。


「? どうしたの、氷也?」 「あ。 いや、何でもない…」

「? 変なの。 あ、お風呂沸いてるからね?」 「はーい!」 「…ん」




「ほら早くしなって、お湯冷めちゃうよー。」


氷介が浴槽から氷也を呼ぶ。


「うるせぇなぁ、暑すぎたらすぐダウンするくせによっ!」

「お母さんが温度調節してくれたからだいじょーぶ!」

「あーはいはい、分かったわかっ ―たぁーーーっ!?」


ずてーーーん!  氷也は風呂の床に向かって、いきなり転んだ。


「いっ、てェー…おい、氷介! 石鹸でも塗ったろ?!」


すでに湯に浸かった氷介は答える。


「靴下方っぽだけはいてるからじゃないの?」

「あ…う、うるせーっ! そんな目で見んな! バカじゃない、バカじゃないぞーーーっ!!」

「氷也落ち着いて。 分かったからもうお風呂入りなよ…」 「わかっとるわァ!」


そう言いながら風呂に入り、少し多めの髪を指でとくと、小さな耳が見えた。


「氷介は銀色でー、」 「氷也は金色っぽいね。」


耳の形は、まるで獣のようだ。


「でもさ…ボクらだけ何でこんなふうなんだろうね。」 

「他のヒトは、こんなじゃねえもんなぁー、」 「うん、そうだね…」

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