1・生まれてはいけない子
生まれながらに苛酷な運命をたどることになった双子の兄弟、氷介と氷也。
ふたりが欲しいもの…それは特別でも、贅沢な物でもはなかった。
ただ、ふつうの幸せが、欲しかった。
「にいちゃん。 俺、人間になりてぇ!」
他のヒトとは、あきらかに違う一面をもった双子…
守ってくれるヒトは、お互いだけだった。
「変な奴らー」 「気持ちわりーっ!」 「バーカ」 「バーカ」 「バーカ」
「にいちゃん…オレ、もう、外行きたくねえよ……。」
「…大丈夫だよ、心配しないで。 ボクが氷也をひとりにしないから 」
寒い冬の真夜中、そんなときに、双子は、生まれた。
「帝王切開だ、早くしろ! 危険な状態だ、早く!」 「はい!」
しばらくしてヒゲづらの医師は、赤子を取り出す作業に入った。
うるさいくらいの産声が、ふたり分響く。
「…よし。 あ、君。 ふたりとも元気だ。 洗ってやっといてくれ。」
「はい!……きゃああぁぁぁああっ!!」
「?!なんだ、どうしたんだ?!」
「せ、先生。 み…て下さ、い。 ……ほら!」
「……!! なんということだ…まるで…」
―ツインズ・デンジャー・ウルフ …だな―
むかーしむかし、白銀の体毛の狼と、黄金の体毛の狼の兄弟がいました。
2匹はいつも、町の人たちを襲っていました。
ひとりの男の子はいいました。
「神様、助けて…ぼく、何でもするから…!」
すると、ひとりの勇者が現れて、狼の兄弟をやっつけてくれたのです。
こうしてまた、平和が戻りましたとさ…
【幼児絵本 おおかみたいじ 作・泉白鳥】より―
夫婦の人口受精を担当した彼は、今や両親となった彼らに詫びていた。
「…こんなことになるなんて…人工授精を行った、俺の責任です。」
「まあ。 まるで、私達の子が悪い子見たいな言い方ね。」
彼は焦った。
「い、いえ! 決して、そういう訳では…」
夫婦の静かな笑い声が響く。 その顔は、幸せそうだ。
「あなたには感謝していますよ、
ぼくらに子供が出来るなんて、夢のまた夢かと思っていましたから。」
「そうですよ、もっと胸を張っていいんですよ? それに…」
ふたりは、双子をみつめた。 今は静かに寝ている。
「愛する我が子の姿なんて、気にする親がどこにいるんです?」
双子は静かに、見守られながら、寝息を立てていた。
これから自分たちに襲いかかる、恐怖なんて、知らずに
その双子の誕生日の翌日、寒冷地方には人だかりができていた。
―そう、ここは寒冷地方。
その中でもここは季節問わず、ほぼ一年中雪で覆われたところだ。
この地方があるのは地球上の北半球にある国、
[日本]で、ここはその[北海道]である。
「―で、その双子は、やっぱり…」
「ああ、そのとうりだ。 外見がそっくりだもの。」
「あの奥さんと夫さんもここへ引っ越してきたヒトなんでしょ?
どこから来たか、わかったもんじゃあ ―あ! 出て来た出て来た…」
我先にと家へ帰る人たちを見て、夫はため息をついた。
「―やれやれ。 もう噂が立ってるみたいだ、全く……どうする?」
奥さんは、顔色一つ変えずに言う。
「決まっているじゃない。
わたしたちが、何がなんでも、この子たちを守ってあげればいいわ?」
「…そうだな。」
その両親は我が子を抱え、幸せそうな顔で、空っぽになった雪道を歩いて行った。
「…はあ、どうして皆隠れるんだろうなあ。 こんなに可愛いのに…。」
「ふふっ。
つまりこの子たちの可愛さを知っているのは、わたしたちだけってことね。」
「え? …ははは、そーだな。 おっ、起こしちゃったか。」
それを聞くと、妻は我が子を包んだ布で、その顔を隠した。
「?」 「ふふ…… 綺麗な瞳だこと…」
『あなた。 お父様。 …あなたたちに、そっくりですのよ。』
母親となった彼女は、暗い空を見上げながら、過去に思いをはせていた。
…まだ、誰も知らない場所に、銀髪に太陽の瞳の少年と、
黒水晶のような、美しい髪と瞳をした少年がいた。
銀髪の少年は、白いクッションに腰かけながら言った。
「それで…その子達には、やはりあれが含まれていることがわかったんだねぇ?」
「…はい。 そのようです、ですが―!」
銀髪の子は、細く美しい手で先の言葉をさえぎった。
「言い訳は聞かないさ。 僕が言いたいのはただひとつ、……殺セ。」
「………えっ…?」
黒水晶の子が、信じられない言葉を耳にしたような顔をした。
「いま、何と……」
「聞こえなかったのか?
鈍い君のためにもう一度言ってあげるよ、双子を殺セ。 今すぐにね?」
「そんな! あの双子は、まだほんの赤ん坊ですよ?! そんな、むごい―」
銀髪の子はいら立って振り返る。
「僕の言っていることが、どうしてわからないのさ?!
そうやって情に流されて、
結局やられてしまうお馬鹿な人間どもを、腐るほど見てきたよ。
カノン・ルーク! 君までも、そうなってしまうのかいっ?!
あのふたりは危険だよ! だから殺セと言っているんだよ?!
殺セ、殺セ、殺セ、殺セ! 殺―!!」
「やめないか、ルーテ!」 「!」
彼と瓜二つの、月の輝きの瞳をもつ少年がいた。
「に、兄さん…」
「命を奪うかどうかは、この僕が決めることだ。
カノンの役目を考えてみれば、命を大切に思う気持ちが、わかるはずだろう?
そして君にも、そしてこの僕にさえ、勝手に命を奪っていい権利は、無い!」
「…ま、まぁね。 わかっているさ、そんなこと。
でも… ふふっ。 なんだか、久しぶりに…」
そのとき、あきらかにルーテの太陽の瞳がきらめいた。
「面白そうじゃないか!」
[ヒトは、自らの命を捨てることのできる動物だ。
しかし、それには大きな勇気がいるものだ。
愛するヒトを生かすため―、そう思っても命を捨てられないのは、
よっぽど自分の命の方が大切か、
そのヒトがそれほど大切なわけでもないからだろう。
では、本当に大切なヒトは、誰なのだろうか―?]
―題名の無い手帳、[???]の手帳より―
暗い部屋で、ルーテは誰かが書いた、黒い手帳を見つけた。
「大切なヒト? いないな、そんなもの。 僕には今、大切な仕事ができたから―。」
長い銀髪をひるがえして、その少年は元の場所に手帳を放った。
続きの文に、気づかずに―。
北海道中部に立つ、息吹家の家…
「髪の色も、瞳の色も、ぼくらとは違うなあ…きれいな目をしている…」
父親が、ケーキを頬張る双子の頭をなでた。
まだ、やっと言葉をすらすら話せるようになるくらいの歳だ。
「それはそうよ、私とあなたの子ですもの。 ね? 氷介、氷也!」
ふたりの名前は氷介と氷也。
ふたりの生まれた明け方には、雪がしんしんと降ってた。
そして、誕生日の今日も。
両親はこの地方によくある髪と瞳の色で、
父親は紺色の髪に紺色の丸い目、母親は紫の髪に青の細い垂れ目。
我が子は、兄弟ともども済んだ緑の目、兄は垂れ目、弟はつり目だ。
そして、【生まれてはいけない髪の色】をしていた………
「ふたりももう4歳だ。 来年には、幼稚園だな。」
「ええ…。
でも、心配ねぇ…氷介も氷也も、やんちゃで明るい普通の4歳児なのに…」
母親は双子が楽しそうに話す姿を見て、胸が痛んだ。
「雪江…」
父親・柚彦は母親の方を抱いて、語りかけた。
母親の目には、涙が流れている。
「可哀そう…。
この地方の人たちは、くだらない昔話を信じているんだわ…。
どうして? 外を歩くだけで… 外見だけで差別されるなんて!!」
「…大丈夫さ。
そのときは、ぼくらがそばにいてあげればいい、そうだろう?
ぼくらがいるかぎり、氷介と氷也は傷付けさせないよ。」
「あなた…」
「わー! とーちゃんとかーちゃんくっ付いてるー!」
氷也が小さな指で両親をさして、ニヤニヤと笑っている。
氷介はクスクスと笑い、澄ました顔で言った。
「ひょーや、わかってないなぁ。 おとーさんはおかーさんが好きなんだよお。」
「ひょ、氷介! もう、ませたこと言ってぇー…」
双子はまた、言い争いのように話し始めた。
「幼稚園…明日だっけな?」 「ええ…上手くいけばいいわね」
「大丈夫さ、ぼくらの子だもの。」
『本当に、あなたはわたしという存在を疑いもせずに、ただ、愛してくれるのね…。
でも…わたしの正体を知ったら、それでもあなたは、わたしを愛してくれるかしら?』
吹雪の吹き荒れる中を、ひとりの少年が立っていた。
見つめる先には、あの双子の家があった。
「これで4回目の誕生日…まぁーだ何も起こらないね…つまらない。」
―朝… 吹雪はとっくにやんでいた。
2階の窓から朝日が差し込み、ベットで寝ている氷也の顔の辺りに当たった。
「ううー…っ」
俺は眩しいと言わんばかりに、掛け布団の中に潜る。
『もうひと眠りしよう…』
と、そこにペタペタと足音が近づき、ベットの上に乗って来るのがわかった。
ぼさぼさの前髪の間に、緑の垂れた目が見える。
「ん…にいちゃん…?」
「うん。 氷也、起きなよぉ。
今日幼稚園の体験に行くんだって、ずっと前からおとーさんが言ってたよ?」
『あ、そうか、今日だったなあ………チェッ。』
「…いやだ。 行きたくねぇ。」 「え…、何で? あ…どこか、具合でも悪いの??」
兄ちゃんはバカだ。 真面目に心配してやがる。
俺はしかめっ面をして、そっぽを向いた。
「前に公園に遊びに行ったとき、そこにいたガキらに言われたこと、忘れたのか…?」
俺は身体を起こして、兄ちゃんの顔を見ずに向き合った。
「え……あ、ああ…覚えてるよ。」
俺らと同じくらいの子が、みんな言ってたろーが。
3歳のとき、初めて公園へ出かけて、自分たちが他人と違うことを知った。
「怖い~っ」 「化けもんだ!」 「あっち行け!」 「気持ち悪~い」
他にも数えきれないくらいの暴言が、後から後からふたりの脳裏によみがえった。
氷也は肩を震わせていた。 近くにいた、氷介の腕を掴んで。
「だから、行きたくない…。 だからにいちゃんも行くな!」
「氷也…気持ちはわかるけど、このまま家にいても、つまらないだけだろ?
熱があるわけでもないし、ボクもいるんだから…ね?
大丈夫だよ、だから…泣かないで?」
とたんに氷也はハッとして、自分から掴んできたのに、氷介の腕を振り払った。
その顔は、怒りと恥で赤くなっていた。
「はあっ?! ばっ、バッカじゃねーの! べ、別に、泣いてなんかねーし!
にい、ちゃんの、ぶぁーーーかっ!! アホーーッ!」
そう言いながら氷也はベットを飛び出し、氷介を置いて行ってしまった。
氷介はその後ろ姿を、にこにこしながら見送った。
『ふふっ。
氷也って泣き虫だけど、それを認めたがらないから、扱いが単純なんだよね~。』
「さてっ、ボクも行かないとなー。」
ペタペタと廊下を歩いてリビングに着くころには、
目玉焼きトーストが出来上がっていた。
氷也はもうがっついて、口の中を火傷したらしく、むせていた。
「おはよう、氷介。」 「おっ、おはよう。」 「おはよう。 おとうさん、おかあさん。」
氷介は、眩しいくらいの笑顔であいさつした。
「…。 氷也、大丈夫?」 「ケホっ! あぁー…何とかなってる」
「そう? よかったぁ~。」 「かもしれない。」
「どっちなのさー!」 「さあ、どっちでしょう?」
氷也は氷介を困らせようと、いたずらっぽい笑みを作る。
今日も変わらぬ、くだらないお喋りがくり返された。
「ふたりとも。 早く食べないと時間に遅れるぞー!」
「え? ……あああっっ!! にいちゃんまたオレを騙したな!」
「え~? ボクは何も騙したわけじゃないよ?
氷也が勝手に布団から出てきただけだもの。」
氷介は冷静にすましていた。 そんな態度が氷也をあおる。
「くっそー、覚えとけよ!」
「ほらほら、ケンカしてると、どんどん時間は過ぎて行くわよー?」
「はぁーい。 ほら、氷也早く行こう?」 「ええ~っ?! マジかよ……」
氷也はなにやらブツブツと不満を述べていたが、
氷介から手渡された服を見て、そっちに興味が移った。
それは、胸のところに氷介には緑色、氷也にはオレンジの
【I】の刺繍の付いた、真新しいジャージだった。
刺繍のところは、母さんが縫ってくれたのだろう。
「これ、なんだ?」
「ちょっと遅れちゃったけど、誕生日プレゼントだって。 わ~、あったかいよ!」
氷介の嬉しそうな顔を見て、つられて氷也も羽織ってみる。
サイズは、ぴったりだった。
「……あ。 ほんとだ」 「ふふふ、氷也が寒がりなせいだね☆」
ははは、と愉快そうに氷介は笑った。
氷也は自分の弱点を突かれて、良い気でいるわけないが。
「最後の☆はなんだ! ☆は!」 「別に~。 さっ、行こ行こ!」
氷介はすぐに駆けだしたが、掴んでいた手がするりと抜けた。
氷也はうつむいていて、動こうとしない。
「? どうしたの、氷也。 早く行かなきゃ。」「…兄ちゃんは、すげーな。」
「え…?」
氷也はうつむいたまま、震えた声で言った。
「オレと違って怖くないんだな、悪口言われるの。 …っ、すげーなっ!」
顔を上げた氷也は、無理やり笑っているようだ。
氷也にはもう一つ弱点があった。 強がりのくせに、人見知りで、泣き虫。
それは、外見によるコンプレックスからなっている。
「氷也…」 「なんでだよ。 なんでなんだよ…」
氷介は自分の体の向きをかえて、自分の弟に向き合った。
「違うよ。 ボクだって、怖くないわけないよ?」
「嘘だ。 …じゃあ、何でにいちゃんは行こうって思えるんだ?」
「うーん……わかんないや」 「おいっ!」
氷也の暗い気持ちが吹っ切れ、
スッ、パーン! と、ハリセンのいい音が響く。
「いたたた…ふふっ、いつもの氷也だ。」
氷介は元気になった氷也を見上げて、嬉しそうに笑う。
「うるさいっ! いーか?
オレと一緒に行って欲しいなら、オレのそばを離れんなよ!
別にただ、にいちゃんが迷子にならないよーにするためだからな?!
ボーっとしてすぐどっか行っちまうんだからよーっ!!」
「…そんな顔してるんじゃ、ボクにいてほしいって行ってるみたいに―」
「うるさぁーーーいっ!! 付いてってやんねーぞっ!」
氷也は続きの言葉をかき消そうと、真っ赤になって声を張り上げた。
氷介は迷惑そうに、両耳をふさぐ。
「はいはい。 お願いしまーす。」
氷介は氷也の手を再度握ると、今度はふたりで駆けだした。
おそろいの靴をはくと、玄関で両親を待った。
「はーやーくぅー!」
氷也が黙って手を握ってくる中、氷介は元気に、両親に手を振った。
「まあ…! はいはい、今行きますよー。」 「……っ、」
氷也はそんな氷介を見て、一層強く手を握る。
しばらくして、氷介の手は軽く握り返してきた。
氷介は弟の顔をのぞき込んで、「大丈夫だよ。」とでも言うように笑う。
「―さあ、準備オーケーだ、出発するぞー!」
「はーいっ!」 「…うん」
家族は車に乗り込むと、両親は前の2席、双子は後ろの2席に座った。
突然氷也が、氷介の服のすそをつかんできた。
「…なぁ、オイ。」 「ん? どうしたの、氷也?」
「ぜっってーどっかフラフラ遠くに行くんじゃねーぞ!!」
「氷也……ふふっ、わかってるって。 どこにも行かないさ。 絶対、ね?」
車はしばらく進むと、2羽の白い白鳥のアーチが見えてきた。
どうやらここが門らしい。
氷介は車の窓を開けると、氷也とともに身を乗り出す。
「うわぁ…」 「何だ? 鳥みたいだなぁ…」
「さぁて! ふたりとも、ここが白鳥幼稚園だ!」
キキィッ。 車は門の前で止まった。
「ここが…」 「はくちょー、よーちえん…」
白く美しい建物が、一台の車が見下ろしていた。
門の下には、染めた茶髪の、長身の男が立っていた。
「? あなたは…ああ、園長さんですね。
電話の、息吹柚彦です。 はじめまして、えーと…、」
「鋼雅 白鳥と言います。 こちらこそ、よろしく…」
細い目をした、若く美しい男だったが、
その表情は氷介と氷也には、なぜか良い感じがしなかった。
ふたりは両親の足にひっ付いて、動かずにお互いを見ていた。
しっかり、髪をなでつけながら。
『どんな人なんだろう…。 綺麗な人だけど、信じちゃいけない気がする…』
『にいちゃん …絶対離れんなよ、絶対!!』
「―おや? 君たちが、見学に来てくれた天使たちかな?」
「は、はぁ? 誰が、天使だっつーの。」 「こらっ!」
初めてにもかかわらず生意気な氷也と、
それを叱る氷介に、にっこりと微笑み返す鋼雅。
氷也がちょっと引いたのを、氷介は見逃さなかった。
『うわぁ~…何コイツ、きんも…。』 『あ、あはは、は…』
「私の幼稚園に来てくれる良い子たちは、皆天使。
それがこの幼稚園が、幼児たちに【悪善幼稚園】と呼ばれる由来ですよ。」
「おぜんようちえんっ、て…」
意味がわからない。
「さあさあ、親御さん方はこちらで説明を…君たちは、」
目が会ったときに、背筋が凍るような冷気が走った。
冷たい、なにか考えているような目だった。
しかし、すぐに微笑みで溶けていく…。
「こちらで、私の天使たちに紹介しよう。」 「あ…、はい。」 「………」
「氷介、氷也。 いい子にしてるのよ? じゃあ、後でね。」
「では、こちらへ…」
ふたりは、顔の見えないフードをかぶった青年に連れて行かれた。
「かあちゃ…!」 「安心したまえ。 こっちだ。」
双子は優しく手を取られ、園内に入って行く。
「―ああ、さっきの男かね? 今月から入った若者だ。
昔の事故で顔を見せたくないと言っていて、
顔は見たことは無いが、裏方の仕事をしているよ。」
氷介は両親を心配してるのか、さっきの青年のことばかり聞いていた。
「でも、信頼できるヒト? 顔も知らないんでしょう??」
「ハハハハッ。 心配しているのか?
それは美しい心だ。 でも、心配はいらないよ。
あいつは【不死鳥】と名乗っていて、少々不気味な奴かもしれん。
だが、根はとても親切で、優しいやつだ。」
「へぇ~、そうなんですか…ああ、よかったぁ。」 「すぐ信じるなよ…」
そうゆう性格なのだから、致し方あるまい。
『つーか、見るからに不気味すぎるけどな。』
「さあ着いたよ、この部屋だ。
この幼稚園は新しいから、天使たちの数は少ない。
だから、この部屋に皆がいるよ。」
ガチャリと戸が開き、
中にはたくさんのおもちゃと、たくさんの同じ歳ぐらいの子供がいる。
双子はまだドアの外にいた。
パン、パン!
「私の美しい天使たちよ、静粛に!
今日は喜ばしいことに、この幼稚園を見学に来た子がふたりいる。
仲良くしてあげるように♪ それでは、入ってもらおう!」
氷介は氷也の手を握り返し、ふたりでうなずくと、そぉーっと、中に入った。
とたんに園児たちは、コソコソと近くにいた子と内緒話を始めた。
『オレ、こーゆーの…嫌いだ。』 『うん…ボクも、嫌だ。』
「紹介しよう、ふたりの名前は、えー…、あ!
すまない、まだ聞いてなかったね。 では、自己紹介をお願いしよう!」
「ざけんな! 図々しいにもほどがあるぞ!」
「まあまあ。 あ、ボクらは4歳で、息吹 氷介って言います。
こっちにいるのは双子の弟です。 今日一日、よ、よろしく、お願いします。」
ゆっくり落ち着いて言った後、氷也に目で合図を送る氷介。
「……お、オレは、ひょうゃ…息吹、氷也…」
『あちゃー…氷也、あがっちゃってる…』
パチパチパチパチ! ちょっとビビった。
園児たちがニコニコしながら、ふたりに拍手をしてきたのだ。
「ハーイ! 素晴らしい挨拶だったね!
このあとは自由時間だ、好きに遊んで、オーケーだよ♪ では、解散!」
カラ―ン、コローン、カラーン、コローン。
どこからか鐘が鳴り、園児たちがふたりを園庭へと引っぱった。
「うわあっ」 「え? お、おいっ!」 「おいでよ、遊ぼー♪」
それは、あまりにも突然だった。 だから氷也も反応しきれず ― 蹴り飛ばされた。
氷介はその場で倒れたまま、うずくまっている。
「いっ、てー…何しやがんだよ!」 「お前…公園で見たことあるぞ。」
「はあ? 公園って…」
もう笑っていない園児たちの中から、青い髪で水色の目をした子が出てきた。
「おれ、冬紀。 お前らのこと、化けもんっつったやつだよっ!」
サッ。 グッ、ズサアァーーーッ!!
冬紀は、氷也の背中を強く蹴ろうとしたが、難なくかわされる。
勝ち誇ったように、ニヤッと笑う氷也。
「そんなもんが当たるかよ!」 「うぅっ…みんなこいつらに何か言ってやれ!」
「えっ? えーと…そんなら、おらたちゃが…」
後ろから青紫の髪をした子が2人出てきて、5歳くらいの背の高い子が静かに言った。
「父ちゃんが昔話を話してくれる時、よく言ってたべ。」 「な、何て…?」
腹を押さえながら起き上った氷介が言う。
「白い髪の毛と金色の髪の毛の子は、【生まれちゃーまいねー狼の子】だべ?」
「…えっ?」
ふたりの心臓が、締め付けられるような感じがした。
どうしてだかは、わからない。 3歳くらいの背の低い子が、たどたどしく言う。
「君たち、生まれちゃいげねー子なんだべ?
昔、君たちみたいな狼の兄弟が、
人間に化けてたくさんの人を殺したって、父ちゃんと母ちゃんに聞いたっぺ」
「ボクら…違うよ、そんなの…知らない」
「ちがう? そんなことないべ、だって君たちは―」
「うるせぇーーーーっっ!! グダグダうぜェこと言ってんじゃねぇーよ!!」
いきなり大声を出して、みんなの視線は氷也に戻った。 その目には、涙。
『どうして、どうしてなんだよ!! なんで―』
「…ちっ。 うるさいなあっ!! 皆、蹴ろーぜ。」 「で、でも鋼雅先生が…」
「ヘーきヘーき! 今は鏡で自分のカッコよさに浸ってるとこだからさ!」
気楽に言う冬樹の発言は、氷也に不快感を与えた。
「…きも…」 「お前は黙ってろ!」 「えっ……、おい!!――」
氷也は自分の身を守ろうと、頭を抱えてしゃがんだ。
―ドカッ、ドッ、ドカッ!!
蹴られる音が、何度も聞こえる。 なのに、…痛みが感じない…??
蹴られてる声が、しゃがんで目を閉じたままの氷也に聞こえた。
「ううっ…ふうぅっ…痛くないよ、ぜんっぜん…痛くもかゆくもな、いね!!」
「ん? なんだか園庭が騒がしいなあ、天使たちがどうかしたのかな?」
鋼雅は大きな鏡の前がら、立ち去った。
鋼雅の姿に冬紀が一早く気づき、みんなで蹴っていた足をとめた。
「あっ、ヤバい! みんな、鋼雅先生が来たぞ!!」
「え?! いつもより早くね?!」 「ま、まずいよ!」
双子が驚くくらいにみんなは散らばり、その辺の遊具で遊び始めた。
「な、何だっ、たんだ…?」 「う、う…」 「あ! にいちゃん、腕…」 「え?」
氷介の腕からは、蹴られたせいか血が出ていた。
他の場所にも、深い傷が付いている。
「いたっ、たあ…」 「わりぃ。 オレが怒鳴ったせいで、いっせいに蹴られて…」
「い、いいよぉ。 ボクが前に出ただけだし、大丈夫だよ?
あ、そうだ! 氷也は大丈夫だった? 怪我してない?」
「…っ、バカッ!! 自分の方を心配しろよ!!」
氷也はいつもこのバカ性格にあきれる。
氷介は自分より誰かを大切にするタイプだが、
そのために自分を犠牲にするので、時々こうなる。
「えー? でも、氷也の方ばっか気になっちゃうんだよ~。 どしてだろ?」
「…知るか!!」
「それより…どうしてみんな、慌てたんだろう?」
「チクられると思ったんじゃねーの?!
あ―ゆう奴らはいつもそうだ! 立場が悪くなるとすぐ逃げる!」
「でもそれにしては、怖がりすぎじゃ―」
「どうしたのかな?」
八ッ! 驚いて振り返ると……鋼雅がそこに立ってた。
氷介の傷を見た途端に、鋼雅の微笑みは驚きに変わる。
「何と、おおっ! どうしたのだ、傷だらけではないか…。
大丈夫かい? すぐに手当てを…」
それを聞いて氷也が、鋼雅の伸ばした手を弾き返した。
「にいちゃんに触るな! オレ、お前が嫌いだっ!!」
さらに驚く鋼雅と、その腫れた手を見て、あわてて氷介が付け加える。
「せ、先生大丈夫です! これくらいなら、舐めとけば何とかなりますから…」
「な、舐めておく??」
鋼雅は余計に首をかしげる。
「はあ? そんなこともしらねーの?! これは田舎流の―」
「あ、いいえ! えと…応急処置なんです…」
「氷介くん。」 「いたっ、た…っ」
鋼雅は氷介の傷に触れていった。 氷介が顔をしかめるのに気が付かないらしい。
「これはね、唾を付けていればどうにかなる怪我では無いよ?
おお、可哀そうに… この傷は一体…どうしたと言うんだね?」
「えっ。 それは、その…」
氷介はとっさに園児たちの方を見た。
みんな慌てて顔をそらすが、鋼雅がそれに気づいた。
「―ほぉう… 誰だい? 怒らないから、正直に言ってごらん。」
『…絶対怒る気満々だよな。』 『うん…。』 『ふっ、ざまぁみろ。』
鋼雅がみんなを見渡して、ひとり震える冬紀に近づいた。
冬紀は小さな悲鳴を上げる。
「先生…おれ、な、何も…」 「…まぁーた、君かい? 全く…君はどうして…」
「ゴメンなさい…な、何もしてません! おれは、おれは…」
冬紀は震えながら涙を流す。 鋼雅の笑みは深くなり―
「違います!」
みんなが一斉に、ボクの方を向いた。
「……なに? 今、何といったんだね?」 「冬紀くんは…、何もしてません。」
「はあっ?! おい兄ちゃん!」 「氷也は黙っててよぉっ!!」
氷也が驚いてるのがわかった。
そして、冬紀くんはもっと驚いてるのも―
鋼雅先生が、ボクと氷也の近くに歩み寄る。
「ほお…おもしろい…では、聞こう。 君のその傷は、一体どうして付いたんだ?」
「それは―、」
『どうしよう、何て言えば… あれ? あれは…サッカーボールだ。 …そうだ!』
「氷也と…えー、サッカーをしてたからです。」
「……なに? …サッカー、か。
ふむ、たしかにスライディングなどで、怪我をする確率は大きい。
しかし! そこまで怪我を負うほど、
強いキック力があるようには見えないけどね。」
鋼雅先生はまた笑った。
『うぅ…た、たしかにサッカーなんてやったこともないし、
そもそもボクが病弱だから、スポーツなんてやったこと無いけど…』
「そんじゃーわかればいいんだな?」
『え…? 氷也?!』
「……ふう、君が何を言いたいのか、全く理解できないな。」
「オレの足が、兄ちゃんを傷だらけにできるくらいの
キック力だってことを見せてやりゃーいーんだろ?!」
ボクはあわてて氷也に耳打ちした。
「氷也! 君が力が強いのは知ってるよ、でもサッカーなんてやったことあるの?!」
すると氷也は自信たっぷりに― 「ない。」
「ええっ?! じゃあダメじゃん!」
「平気平気。 オレが運動神経いいの知ってるだろ?」
「………」
そこまで言われちゃあ、ボクだって頑張らないわけにはいかない…。
「ふーむ…いいだろう! では、今月の悪魔たちと対決だな。 こっちへおいで」
「え? あ、悪魔って…」 「こればわかるよ…この幼稚園の裏がね…」
鋼雅はふたりを、園内の保健室につれて行った。
「その身体では、十分に動けないだろう。 ここで、手当てを受けるといい。」
ガララッ、バタン。
鋼雅はそのまま、どこかへ行ってしまった。
部屋の中には、顔の見えない白フードをかぶった女性が、ひとり。
「…あ、あの~…」 「…。」 「もしもし?」 「…。」 「おいっ!!」
「ふえっ?! あ、患者さん?? あーゴメンゴメンちょっと寝てたわ。」
「は、はあ…そう、ですか…」
目をこすって、あくびする姿を見ていると、氷介は苦笑い。 氷也は普通に腹が立つ。
「寝んなよっ! こっちは兄ちゃんが怪我してんのにっ!!」
「ん~。 ゴメンゴメン。 でも暇で疲れてたからさ~。 あはは」
「あ、あははは…」 「暇で疲れるか!!」
そのどうも真面目とは言えない先生は、大きくあくびをして向き合った。
「まあまあ固いこと言いっこなし。
んでー? どっちの子?? ―って、あああああああああーーっ!!!!」
「え? うわああっ!」
ガラガラガラッ!
その女性はキャスター付きの椅子に腰かけたまま、滑ってふたりに近づいた。
「うっわー、あんたたち、もしかしてあの双子の狼さん?!
キャー! うっそマジで? 本物? 本物だーっ!!」
「いっ、痛いっ、痛いです!」 「おいそこ怪我してんだけどよ。」
「あっ、ゴメーン。 つい興奮しちゃってねー。 今手当てしてアゲル☆」
治療の手際は、たしかに良かった。 あっという間にテープや包帯を巻き終わった。
「あ、ありがとう…ございます。」
「いーのいーの! それよりさー、あたしカリンって言うんだけどね?
覚えててくれると嬉しーなー! ほらっ、こんなふうに特徴的な顔してるからさっ!!」
バサッ。
彼女の深くかぶっていたフードが取れ、素顔が明らかになった。
「「―…え?」」
「じゃ、頑張ってってねー♪ おねーさん応援してるからさー♪」
「えっ。 ちょっと――」
双子を保健室の外に追い出すとカギをかけ、彼女は窓を開けた。
「…………うー、さみさみ。 やっぱこっちはこたえるわ~…
まっ、双子ちゃんの顔も見れたし、満足満足♪」
そう言うと両手を握って今起こったことを振り返り、つい夢見心地な顔になってしまう。
「あぁ…噂どうりの幼きイケメン♪ 成長が楽しみだねー! よっ、と。」
窓からふわりと外へ出ると、飛び降りた。
「ええ、そういう訳で…あの子たちは溶け込めないんじゃないか、心配なんです。」
「そうですか…」
黒いフードの青年は、優しい声で双子の両親に答えた。
「なら、あの子たちはなおさらこの幼稚園には行かない方がいいでしょう。」
「え…?」
「どうゆうことですか?
この幼稚園は先生方も優しく、園児たちも良い子に育つと、
出来たばかりのころから評判が良いので、
ここにしようと妻と話していたのですが…」
青年は柔らかい声で静かに笑う。 ふふふっ。
「それはこの幼稚園の表の顔です。 裏の顔が本性なんです。
まあ、園児たちの両親方は知らないことですが、いい機会です。 お教えましょう…
この幼稚園が園児たちの中で、【悪善幼稚園】と呼ばれる由来を、ね?」