断罪されたら幼女になりました……って、ちょっと待って!断罪の場で幼女化したら、完璧令嬢の化けの皮が剥がれました!?~完璧令嬢を演じていたのに、幼馴染の氷の貴公子だけが全部知っています!~
「ローゼリア・ヴァレンタイン公爵令嬢! 貴様の悪行、すべて明らかになったぞ!」
大講堂に響き渡る声の主は、婚約者――クロード王太子だった。壇上でびしっと指を突きつけてくる姿は、いつ見ても様になっている。
「あら、殿下......今日はまた威勢がよろしいこと。何を悪行と仰っておいでですの?」
わたしは扇を広げ、涼やかに微笑んだ。社交界で「氷の薔薇」だの「格好いいお姉様」だのと持て囃されている、いつもの澄まし顔である。中身はさておき、外見だけは完璧に保っている自信があった。
「お前は、留学生の令嬢に嫌がらせを繰り返し、彼女の私物を燃やし、さらには馬車に細工をして事故を誘発しようとしたそうだな!」
「……随分と欲張った罪状ですこと。何本の手を使えば一人でそこまでできますの?」
会場がざわつく。だが誰も、わたしの言葉に取り合う様子はなかった。壇の下では、被害者役の留学生令嬢が、絶妙なタイミングで涙をこぼしている。
「わ、私、怖くて……ローゼリア様に睨まれるだけで震えが……」
「あら、それは大変。わたくし、そんなに睨んだ覚えはございませんけれど」
その時、講堂の隅に控えていた女――令嬢たちのリーダー格、マチルダ嬢が、勝ち誇った笑みを浮かべて杖を掲げた。
「ローゼリア様。証拠も証言も出揃いましたわね。ですけれど、それだけでは足りませんの。あなたのその、澄ました顔と偉そうな態度――少し、思い知っていただこうかしら」
「……何を仰っているのかしら」
「呪いの品、届いておりましたでしょう? 先日お贈りした、あの美しい薔薇のブローチ」
言われて、はっとした。数日前、匿名で届いた贈り物。今日、あえて身につけてきたそれに、まさか――。
「あなたの本当の姿を、この場の皆様にお見せいたしますわ!」
マチルダ嬢が杖を振り下ろした瞬間、ブローチが淡い光を放った。
「な――」
視界が、急速に低くなっていく。ドレスがぶかぶかになり、足が床につかなくなる感覚。周囲の悲鳴が、やけに遠くから聞こえた。
「こ、これは……!」
気づけば、わたしは小さな子供の姿になっていた。年の頃、五、六歳といったところだろうか。
「な……なんだこれは!?」
クロード王太子が驚愕の声を上げる。
「うふふ、いかがですの? その姿では、いつものように偉そうに振る舞えないでしょう!」
マチルダ嬢が高笑いする。だが、彼女は一つ、大きな見落としをしていた。わたしの中身は、何一つ変わっていなかったのだ。
「あら、マチルダ様」
わたしは幼い声で、精一杯いつもの調子を保とうとした。
「わたくひがおほひろくなっへも、しょーこがしょろっへおりゅわけれ……あら」
舌が思うように回らない。しまった、これは想定外だ。
会場が、しんと静まり返った。
「な、なんだ今の喋り方……」
誰かが小さく呟く。
「い、いえ、今のは失礼いたしましたわ。もう一度……わたくひ、しょのれべ……あら、また噛みましたわ」
「く、くくく……」
クロード王太子が、堪えきれないように肩を震わせている。
「殿下、笑いごとではございませんわよ!」
「い、いや、悪い。だがお前、さっきまでの威厳はどこに……」
「威厳なら、そこの床に落ちておりますわ。拾って差し上げましょうか」
そう言いながら、優雅に一礼しようとした瞬間、バランスを崩して見事にすっ転んだ。
「きゃあ!」
「だ、大丈夫か!?」
「へーきですわ、慣れておりますの」
慣れているのは事実だが、本来これは秘密にしておくべき情報だった。会場が微妙な空気に包まれる。
「な、なぜそんなに慣れていらっしゃるので……?」誰かが遠慮がちに尋ねた。
「あら、それは秘密ですわ。淑女には、色々ございますの」
素で転んでいたことは、絶対にバレてはいけない。冷や汗をかきながら、わたしは必死に取り繕った。
その時、講堂の扉が静かに開いた。
「――何を騒いでいる」
現れたのは、幼馴染のダミアン・フェアファックス。冷たいまでに整った顔立ちで、社交界では「近寄りがたい氷の貴公子」として名高い。
ただし、彼が近寄りがたいのは容姿のせいであって、本人にその自覚はまったくない。
「ダミアン……!」
「その姿、マチルダ嬢の仕業か」
彼は一目でブローチの呪いを見抜いたようだった。
「ダミアン卿、なぜそれを……」
「呪いの気配がする。それに」ダミアンはこちらへ視線を向け、淡々と続けた。「ローゼリアが盛大に転ぶのは、いつものことだ」
「なっ……! ダミアン、それは黙っていて頂ける約束でしたのに!」
「約束した覚えはない。それに、今更隠す意味があるのか? もう転んでいるところを全員に見られただろう」
「そ、それは……!」
正論すぎて言葉に詰まった。会場の空気が、驚きから困惑、そして微妙な微笑ましさへと変わっていく。
「あの、ダミアン卿。ローゼリア様は普段からこうなのですか……?」
誰かがおずおずと尋ねた。
「普段からこうだ。人前では取り繕っているだけで、素は昔からずっとこれだ。三歳の時、池に落ちたのも彼女が最初だった」
「ダミアン! それ言う必要ございませんわよね!?」
「事実を述べただけだ」
会場に、こらえきれない笑いが広がった。マチルダ嬢の顔から、みるみる余裕が消えていく。
「な、なぜ笑いが起きているの! 呪いで恥をかかせるはずだったのに……!」
「マチルダ様」
わたしは幼い声のまま、精一杯気品を保とうとした。
「あなたの誤算は二つございますわ」
「な、なによ......!?」
「一つ、わたくしの中身は変わっておりませんの。子供の姿になったところで、証拠の矛盾を見抜く目は変わりませんわ。留学生様への嫌がらせ、実行犯はあなたの侍女ですわよね?」
「なっ……」
「二つ」わたしは扇を広げようとして、幼い手には大きすぎて落としかけた。「わたくしが素で転んでも、庇護欲を煽るだけで、恥にはならないみたいですわ」
会場から「かわいい」という声がちらほら聞こえてくる。マチルダ嬢は完全に顔面蒼白だった。
「ダミアン卿、殿下」
わたしは仕切り直すように言った。
「証拠は、こちらに」
「もう調べてある」
ダミアンが淡々と書類を差し出す。
「留学生令嬢への嫌がらせ、犯人はマチルダ嬢本人だ。証人も既に確保している」
「そ、そんな……!?」
会場が一斉にマチルダ嬢へ視線を向けた。彼女はもはや、何一つ言い返せない様子だった。
「殿下」
わたしは幼い体のまま、しかしできる限り堂々と振る舞った。
「この呪い、数日で解けるそうですわ。解けた暁には改めて正式な処分をお願いしたいのですけれど」
「あ、ああ、もちろんだ」
クロード王太子は、まだ笑いを堪えながら頷いた。
「ダミアン.......今日のことは、しばらく忘れてくださいまし」
「無理だ。一生ネタにさせてもらうことにしよう」
「ダミアン!」
くすくすと、また笑いが広がる。恥ずかしさで顔が熱くなったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
――こうして、呪いで幼女になったはずの断罪劇は、思いがけない形で幕を閉じたのだった。
数日後、無事に元の姿へ戻ったわたしを、ダミアンは開口一番こう評した。
「戻ったのか。残念だ」
「残念とは、どういう意味ですの!?」
「小さい方が、転んでも被害が少なくて済む」
「それ、褒めておりませんわよね!?」
その言葉に、思わず吹き出してしまった。マチルダ嬢の処分はその後、正式に決まることになるのだが、それはまた別のお話である。
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