騎士科の婚約者に、お前はいつまでたっても俺の幼なじみのような淑女にはなれない、と言われましたので。
オリビア・マイルス男爵令嬢は、ここ、バトラナ王国・王立アカデミーに在籍している、騎士科二年の生徒である。
「オリビア、お前は先に一人で寮に戻れ」
「ダミアン」
アカデミーに備わる訓練施設で、本日の模擬演習を終えたオリビアは、同じ騎士科に通うダミアンからそのように伝えられた。
ダミアンはペリーク子爵の次子。そして、オリビアの婚約者でもある。
二人の制服の胸もとには、騎士科の生徒の証である、獅子の刺繍が施されている。
「何かありましたか?」
「淑女科の教室までクラリッサを迎えに行って、そのまま校門外まで送っていく。そろそろ迎えの馬車が来ているはずだからな。
あいつは体も弱いし、大人しいためかすぐに男に絡まれる。この間は根暗集団、魔術科のやつらにも声をかけられていた。本当に危なっかしい。
それに比べ、心身共にドがつくほどタフなお前は、放っておいても全く問題がないからな。実に助かるよ」
「……分かりました。先に戻っています」
王立アカデミーは二年制。そして四つの学科に分かれている。
まずは騎士科。シンボルマークは獅子。
そして、ダミアンの幼なじみ、クラリッサが通う淑女科。シンボルマークは雌鹿。
文官科。シンボルマークは梟。
最後に、魔術科。シンボルマークは蛇。
ちなみに、騎士科と魔術科は寮に住む生徒が多く、淑女科と文官科は通いの生徒が多い。
「っと、噂をすれば。魔術科の陰キャのお出ましだ」
踵を返し、寮に戻ろうとしていたオリビアだが、ダミアンのその言葉にギョッとなり、思わず立ち止まる。
「よう。魔術科主席入学、それでもって二年の今の今まで学年首位継続中の秀才、"ザガール卿" 」
オリビアとダミアンのすぐ横を通り過ぎようとしていた、同じく模擬演習を終えた魔術科のザガールという同級生に、ダミアンが悪辣な言葉を吐いたためだ。
「今日の低級魔物との模擬戦闘でも、えらく活躍していたな。お前たち魔術科のやつらは、前線で戦う騎士科の俺たちとは違い、安心安全な遠方場所からの後援攻撃。全く、良い身分だよな。……平民の分際で、調子に乗るなよ」
オリビアは眉を寄せた。けれど、自身が何か言葉を発する前にダミアンは手をひらひらとさせながら、この場を去ってしまった。
オリビアはザガールに視線を移す。
すると、彼は顔を隠すようにしてフードを深く被り直していた。彼が着用している黒いロングローブの左胸もとには、魔術科の生徒の証である蛇の刺繍が施してある。
オリビアは小さく息をついた。
「申し訳ありません。えっと……ザガール殿。婚約者の非礼を心よりお詫びいたします。騎士部隊の私たちが安心して前線に立てるのは、あなた方魔術部隊が後援して下さるからこそです。いつも感謝しております」
そして、ザガールに向かい一礼する。
「……顔を上げて下さい。あなたに非は全くないので謝る必要などありません。あと、僕には敬称も敬語もいりません」
オリビアは頭を下げたまま目を瞬いた。
バトラナ王立アカデミーの教育理念は、"身分うんぬん関係なく、お互いを敬い合うこと" 。
まあここにプラスして、実力至上主義、及び自己責任という理念も加わるのだけれど。
「……ありがとうございます」
オリビアは顔を上げ、ザガールに向き合う。
「私は騎士科のオリビア・マイルスです。こちらにも敬称も敬語も必要ありません。でも、私はどなたに対してもこのような話し方ですので、そこはどうか気にされませんよう」
「……そう。あと、君のことは知ってる。魔術科でも、騎士科にすごい人がいるって有名だから。模擬演習の時も、いつも誰よりも多く剣を振るって、誰よりも多く魔物を仕留めてるし」
「そうでしたか……」
けれど。アカデミーでの評価とは反対に、ダミアンにはそれが鬱陶しく映る時があるようなのだ。オリビアはほんの少し、目を伏せる。
「……ごめん。それは君にとって、褒め言葉ではなかった?」
「え?」
「さっき、ちょっと聞こえてきたから。タフな君のことはうんたらかんたら」
「……お気遣いありがとうございます。褒めていただけることは、素直に嬉しいです。
ただ、ダミアン……婚約者は私に、本当は淑女科に通って欲しかったようですから」
オリビアは苦笑した。
アカデミーを卒業したら、ダミアンはおそらく王国騎士団に入団するだろう。彼は騎士団長の遠い親戚な上、アカデミーでの成績も上位だ。
自身も、本当ならばこのまま騎士としての道に進みたかった。部屋にこもって読書をするより、外へ出て、兄や弟と一緒に木のぼりをする方が昔から好きだったから。
けれど、ダミアンとの婚約が決まってからは、それは叶わぬ夢となった。ダミアンやダミアンの両親は、オリビアには騎士の夫を支える妻となることを望んでいる。
なのに、オリビアが未だアカデミーの騎士科に通えている理由は、「夫の不在時に家族を守れる妻となりたい」と、わがままを言ったためだ。
そんなわけで、アカデミーに在籍している間は騎士科に通うことをしぶしぶ許してくれた、という経緯がある。
「別に、騎士科に通うか淑女科に通うかは、君が決めればいいと思う」
でも、ザガールはオリビアに向かってそんな言葉を投げてきた。
オリビアは再び、目をぱちくりとさせる。
「僕は平民出身だから、貴族のしきたりなんかはよく分からない。でも、少なくとも模擬演習時の君を見る限りでは、騎士が天職のように感じるけれど。
それに、夫婦の支え方なんて家庭それぞれだ。うちの家は父より母の方が強かったよ」
父親が酒場からベロンベロンに酔って朝帰りをすると、いつも母親が鬼の形相で鍋を振り回しながら彼を追いかけていた、そして二日酔いだろうがなんだろうが弁当を持たせ、とっとと仕事に行け! と尻を叩いていた、とザガールは言った。
「……ふふ。ご両親はとても仲睦まじいのですね」
「まあ、それなりに家はちゃんと回ってたよ」
「ふふ」
オリビアはクスクスと笑いながら、再びザガールに向き直る。
「素敵なお話を聞かせて下さってありがとうございます。では、また次の合同授業で。……ザガール」
「……ん、オリビア」
オリビアとザガールはそれぞれの寮に向かい、歩き出す。
先ほどまで、オリビアの心はどこか靄がかっていたが、今は少し晴れやかだった。
一週間後。
今日も騎士科と魔術科では、合同での模擬演習授業が執り行われている。
先日と違うことと言えば、本日は淑女科と文官科の生徒たちが見学に来ている、ということくらいだろうか。
「騎士科のエースは、オリビアさんとダミアン様よね。お二人は婚約者同士らしいけれど、いつも張り合われている感じがするわ。特にダミアン様の方が」
「そうね。でもそれは、愛の力なんじゃない? ダミアン様はオリビアさんよりずっとずっと強くなって、きっとオリビアさんを守って差し上げたいのよ!」
淑女科の生徒たちの盛り上がりを横目に見つつ、オリビアはふぅ、と小さく息をついた。
けれど、すぐに頬を叩いて気合いを入れ直す。
アカデミーに備わる訓練施設には、教師陣たちが森や荒野で捕らえてきた低級、中級の魔物らが解き放たれている。もちろん、結界がしっかりと張ってあるため、魔物たちは決して外には出られない。
「騎士科二年、魔術科二年、今日も気を引き締めて戦闘に挑むように。よし、始め!」
教師の号令と共に、本日の模擬演習がスタートした。
「ダミアン、魔術部隊が魔法陣を使って魔物の動きを抑えてくれています。今の間に間合いを詰め、一気に仕留めに行きましょう」
「……」
「ダミアン?」
けれど、ダミアンはオリビアの声かけには答えず、一人別の方角へと走り出していく。ダミアンが向かう先には別の魔物がいた。けれど、その魔物とはまだ随分と距離がある。
(私たちの手前にいる、魔術部隊に拘束されている魔物を狩る方が優先なのは、ダミアンも分かっているはずなのに)
オリビアがそう思った時。
魔法陣によって拘束された魔物のすぐ後ろから、また新たな魔物二体が、オリビアたちの目前へと飛び出してきた。
オリビアは騎士科の同級生たちに声をかける。
「落ち着いて、一体一体仕留めましょう。大丈夫です、練習通りに動けば……」
ところが。そのうち一体が急に方角を変え、左方へと素早く進み出した。
「……? 一体どこに向かって……」
けれど、不審に思ったのも束の間。
「?! どうして結界の中に……!」
その魔物が向かう先には、一人の女子生徒がいた。
結界の中にいる者は外には出られない。けれど、外から結界の中に入ることは出来てしまう。
「……っ!」
オリビアは左方に向かって走り出す。そしてそのまま、魔物に向かって自身の剣を投げつけた。
『グ、グエッ……!』
剣が背中へと命中し、魔物の動きが少し鈍くなる。オリビアはその隙に魔物の前へと滑り込み、顔を青ざめさせ震えていた女子生徒を抱き込んだ。
「くっ!」
魔物の振りかざした爪が、オリビアの頬を掠める。けれど、皮が少し切れた程度で肉は裂けていない様子だ。
「オリビア!」
魔物の背後に目を向けると、ザガールを先頭とする魔術部隊と騎士科の生徒たちが加勢に来てくれていた。
オリビアがホッとしたとの同時に、魔物は無事、両科の生徒たちによって討伐されたのだった。
「クラリッサ……!」
遠方から、ダミアンも駆け付けてきた。けれど、彼はその女子生徒をオリビアから奪うようにして抱き抱え直す。
「クラリッサ、大丈夫か! ……もしかして、足を挫いたのか……?」
魔物に襲われそうになっていたのは、ダミアンの幼なじみであるクラリッサだった。
ダミアンは眉をひそめ、ジロリとオリビアを睨め付けた。
「オリビア、お前がいながらなんてザマだ。クラリッサが足を挫いたのは、お前が彼女を守り切れなかったからだ。……お前が、騎士としての役目をしっかりと果たさなかったせいだ!」
「どけ!」と、オリビアの周りに集まってきていた騎士科と魔術科の生徒を蹴散らしながら、クラリッサを抱えたダミアンは医務室の方へと走って行った。
オリビアは何も言い返せないまま、その後ろ姿を呆然と見送る。
「なぁ……ダミアンの婚約者って、あの淑女科のお嬢様だったか?」
「違うぞ。……オリビアだよ」
騎士科の同級生らのひそひそと囁く言葉を耳に捉えながら、オリビアはゆっくりと、自身の頬に伝う血を手の甲で拭った。
傷は痛まない。お転婆だったため、小さい頃から切り傷擦り傷なんて当たり前だった。
なんなら木のぼりをして遊んでいた際、そこから落ちて腕を骨折一歩手前までにしてしまったこともある。
「…………」
でも。何か。どこかがずっと、ズキズキしている。
「オリビア」
すると後方から、オリビアの名を呼ぶ声がした。その声主はオリビアの目前まで移動すると、彼女と視線を合わせるようにして腰を落としてくる。
「……ザガール」
ザガールは何も言わないまま、オリビアの頬に手を添えてきた。おそらく、回復呪文を唱えようとしてくれているのだろう。
「ザガール、傷は深くありませんし痛みもありません。私は大丈夫です」
「大丈夫なわけがないからこうしてる」
そう言って、ザガールは傷を回復させるための呪文を唱える。
「……ありがとうございます」
「今のはあくまで応急処置だよ。あの魔物の爪には毒が仕込まれてる。放っておくと色々と厄介だから、治療薬を併用した方がいい」
ザガールがオリビアに向かい、手を差し伸べてくる。
「医務室へ行こう。傷が深くないと思ってるのも痛くないと思ってるのも、それはオリビアの思い込みだ。……君は、ちゃんと傷付いてる」
ザガールのその言葉にオリビアは目を見開き、そして唇をぎゅっと結んだ。
オリビアがザガールと共に医務室へと赴くと、部屋の中には、先に向かっていたダミアンとクラリッサがいた。
ダミアンはクラリッサの手を握りながら、医師の治療を受ける彼女のことをとても心配そうに見つめている。
やがて、ダミアンの方もオリビアたちに気付いたようだが、彼はこちらを見るや否や、顔を歪めた。
オリビアは表情を変えずに彼に一礼をする。そして、その後はザガールに言われるまま椅子へと腰掛け、目を瞑った。
ザガールはと言えば、オリビアの頬に治療薬を塗りながら、再び回復魔法を促している。
オリビアたちが医務室にいる間、ダミアンはずっと、彼女たちに鋭い目つきを向けていたのだった。
次の日。
すっかり傷の癒えたオリビアが寮を出て訓練施設へと向かっていると、後ろからダミアンが呼び止めてきた。
「オリビア、話がある」
オリビアは小さく息をつきながら、ダミアンと共にアカデミーの中庭へと移動した。
「早速本題に入るが、昨日の医務室でのあれはなんだ? わざわざ婚約者である俺の前で、別の男に傷を癒させて。ふしだらにもほどがあるだろう。
それともなんだ、あの男はお前に気があるのか?」
オリビアは眉を寄せた。てっきり、クラリッサに対する小言を言われるのかと思っていたからだ。
「……傷を治していただくのに性別は関係ありません。それに、ザガールは友人です」
「はっ、平民が友人だと? そんなだからお前は、いつまで経ってもクラリッサのような淑女にはなれないんだ。
アカデミーの淑女科ではなく、騎士科に通いたいと言い出した時もそうだ。お前には、俺の妻になるという自覚が全く足りていない!」
オリビアは手のひらをぎゅっと握りしめる。
「お前は今月限りでアカデミーを辞めろ」
「?! ダミアン、それは……!」
「未来の夫の言うことが聞けないとでも? それに、夫を立てるのは妻として当然のことだろう。
……毎度毎度、女のお前と剣の腕を比べられることにも、いい加減屈辱的だったんだ」
そう言って、ダミアンはオリビアに挑発的な目を向けてきた。
「アカデミーを辞めないなら、お前との婚約は破棄する。父上には俺からもそう話しておく。
まあ、マイルス男爵家の跡取りにはなれない女のお前は、男である俺のもとに嫁ぐしか方法がないだろうけどな。
騎士科随一の剣の腕を持つお前が、妻として俺に従う姿を見ることが、今から実に楽しみだよ」
そして、オリビアを嘲笑うかのような笑みを向けた後、ダミアンは訓練施設の方へと一人歩き出した。
"傷が深くないと思ってるのも痛くないと思ってるのも、それはオリビアの思い込みだ。君は、ちゃんと傷付いてる"
昨日ザガールに言われた言葉が、オリビアの心に強く響いた。
「……お父様、お母様。親不孝な娘を、どうかお許し下さい」
オリビアは一度目を瞑って深く深呼吸をした後、ダミアンに背を向け、再び歩みを進めて行く。
オリビアがたどり着いた先は、アカデミーに備えられた伝書室だった。
オリビアはそこで絵葉書を一枚購入し、両親に向けて、こう手紙を書いた。
"私はバトラナ王立アカデミーの騎士科を卒業し、将来必ず立派な騎士となってみせます"
それから三か月後。
本日はいよいよ、バトラナ王立アカデミーを卒業するのための、最後の模擬演習が行われる。
そのため騎士科と魔術科の二年生たちは、アカデミーが所有する魔物を収容した森へと集められていた。
卒業課題はアカデミーの教育理念に伴うもの。
つまり、"身分うんぬん関係なく、お互いを敬い合うこと" という言葉通りに、騎士科と魔術科の生徒たちは互いに協力し合い、魔物を討伐しなければならないのだ。
前線に立つのは騎士科、後援は魔術科。
今日は再び、淑女科や文官科の生徒たちも応援にかけつけている。もちろん、今回は結界の中に誤って人が入らないよう、目を光らせた教師陣が総出で警備に当たっている。
「騎士科二年、魔術科二年。卒業演習、始め!」
教師の号令と共に、オリビアたち騎士科の生徒たちが先陣を切って魔物たちに切り込んでいく。もちろん、魔法陣の錬成や回復魔法を抜群のタイミングで促すのは、ザガールを始めとする魔術科の生徒たち。
「チッ、忌々しい……! 俺は一人で狩る! 邪魔をするな!」
けれど、そんな後援部隊の様子にダミアンだけは大きく舌打ちをしていた。
「……」
オリビアは、いつかのように再び単独行動をし始めたダミアンを視界の端にとらえつつ、自身も魔物へと剣を振りかざしていく。
「おい、今日のダミアン、やけに気が立ってるな」
「今日だけじゃないわ。オリビアとの婚約が白紙に戻ってからずっとよ」
「けど、オリビアの方は何かが吹っ切れたように、さらにメキメキと剣の腕を上げていってるよな」
「オリビアは優しいし、騎士科でもみんなから好かれているけど、ここ最近は魔術科の生徒たちとも仲が良いよね」
「淑女科や文官科にもオリビアのファンクラブが出来てると聞くしな」
「なんならあのクラリッサって言うダミアンの幼なじみの子も、この前オリビアにお菓子作ってきてたよ。顔赤らめて!」
「オリビアがフリーになった瞬間から、彼女に話しかけに行く男どももめちゃくちゃ増えてるからな。まあ分かる。美人だし」
戦闘中、騎士科の同級生たちからは、そのような言葉が聞こえてきた。もちろん、彼らはしっかりと手を動かしてはいるが。
担当していた魔物を仕留め終わった後、オリビアはダミアンへと視線を移す。彼は顳顬に青筋を浮かべながらも、ある魔物と激しく対峙していた。
オリビアはその魔物を見て、少し眉をひそめた。そして。
「?! あの魔物は……!」
何かに気付いたオリビアは、ダミアンに向けて声を張り上げた。
「ダミアン、一度下がって下さい! その魔物は一人で応戦してはいけません!」
「……どいつもこいつも! 俺に指図をするな、オリビア! このバトラナ王立アカデミーを主席で卒業するのは俺だ!
お前の上に立つのは、この俺だ……!」
オリビアは額に汗を滲ませながらダミアンのもとへと向かったが、ダミアンが魔物の心臓を剣で突く方が、オリビアが到着するよりも先だった。
魔物の血飛沫がダミアンに降りかかる。……けれど、これで終わりではなかった。
「なっ……?! 『ゲ、ゲコッ』」
オリビアの目の前で、ダミアンは小さなカエルへと変化したのだ。
彼が戦闘していたのは、蝦蟇が巨大な魔物へと化したもの。
「……あの魔物は討伐された後こそが厄介だと、座学で何度も習っていましたのに」
オリビアは腰を落とし、カエルになったダミアンを、そっと両の手のひらで包む。
オリビアの後方からは、顔を真っ青にさせた騎士科の同級生たちも駆け付けてくる。
「全魔物の討伐が無事に終了しました。……ダミアンも、先生方の所へお連れしましょう」
卒業演習が終了した後、カエルになったダミアンは小さな籠に入れられ、悲痛な面持ちの両親に引き渡されていた。実質、退学である。
アカデミーの教育理念は、身分うんぬん関係なく、お互いを敬い合うこと。
そしてここに、実力至上主義、及び自己責任という理念も加わる。
もちろん、模擬演習の際に命の危機に脅かされることがあったとしても、それは個人の責任となる。騎士科や魔術科の生徒たちは入学時、そういった書類にもサインをしている。
背を丸め、項垂れながらアカデミーを去っていくそんなダミアン一家を、オリビアはじっと見つめていた。
「……ダミアン、私は騎士になります。いつかあなたが人間に戻られた時、今度はサシで手合わせしましょう。いつでも受けて立ちます」
そしてそう言葉を残し、オリビアは踵を返す。彼女が向かう先には、ザガールの姿が在った。
「ところで、オリビア。僕は宮廷魔術師見習いの内定をもらってるけど、君の進路は?」
ザガールと共にアカデミーの中庭を歩いていると、彼がそんな質問をオリビアへと投げかけてきた。
オリビアは顎下に指を添える。
「騎士科は縁故採用以外、卒業してからが就職活動の本番になりますからね。とりあえず、王国騎士団の入団テストは受けるつもりですが」
「そう。まあ、君なら問題なく受かるだろうけれど」
「ふふ、そうだと良いのですが」
そんな他愛無い話を二人でしていたところに、
「あなたが噂の、オリビア・マイルスさん?」
突然、数人の生徒を従えた淑女科と思しき女子生徒が声をかけてきた。
「……貴女は」
オリビアはその女子生徒の佇まいを見た途端、思わずその場で跪いた。
「初めまして。わたくしはヴィクトリア・ウィザー・バトラナ。
先ほどの卒業模擬演習、実に見事でした。
騎士科の仲間たちと協力し合う姿勢も……気遣いを見せる姿も。それに、魔術科の方々の信頼も随分と得ているようですわね。
わたくし、あなたにとても興味を持ちました。よろしければこの後、カフェテリアで一緒にお茶をしませんこと?
それと。この王立アカデミーの中では身分は関係ありません。どうぞ、わたくしの手をお取りになって下さいな」
オリビアは戸惑いつつも、ヴィクトリアから差し出された手を取り、立ち上がる。
「……ふ。職場、やっぱり同じ敷地内になりそうだね。これからもよろしく、オリビア」
オリビアがザガールへと目を向けると、彼は可笑しそうに、それでいてどこか嬉しそうに、彼女に笑みを向けていたのだった。
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