主従逆転自宅軟禁
ノクター夫人が襲われそうになった事件から一か月。
伯爵から「落ち着いたら招待するので屋敷に来てね」といった内容の手紙が届いた。その手紙によると、捕まった甥は投獄され、裁判にはなっていないものの、死刑か終身刑らしい。絶対殺すみたいなことを伯爵は言っていたので、正直犯行予告か区別できない。
ただ、これで夫人の身の安全は保障される。僕の行動については不思議がっていたけど、両親が「ミスティは元々そういうところがあって」と話をし、深く追及されることは無かった。
甥が何で危険だと思ったのか。あの夜、ノクター伯爵が聞こうとしていたのはそういうことだろうけど、ゲームのことなんて話をしても通じないだろう。僕の両親は信じてくれるかもしれないけど、逆に信じすぎて僕を助けようとしてしまう。自分の身を犠牲にしようとするだろうし、それは困る。最悪、僕は独りで死ぬので、両親にゲームのことは言わないしノクター伯爵にゲームのことを漏らされても困るので、結局のところ伯爵には言わない。
「あともう少しで淹れおわりますので」
朝食を終え、父経由で「ミスティについても書いてあるからね」と渡されたノクター家からの手紙を便箋にしまい机に置くと、メロがティーポットのふたを押さえながらこちらを見た。
ゲームのミスティに専属メイドがいたなんてな、と思う。
ミスティの関係者として登場したのは、モノローグ上のみの両親のほか、ミスティの命令によって主人公を暴行する使用人三名ほど。でもまぁ、伯爵家の令息であるならば専属の使用人は当然いるはずで。端折られていたのだろう。でも男の僕にメイドってどうなんだろう。普通執事では?
「本日の紅茶は、フォルテ孤児院で育てた茶葉になります」
「フォルテ孤児院……」
メロから紅茶の注がれたティーカップを受け取りながら、昔を思い返す。僕とメロの出会いは僕が四歳の頃だ。父が関わっているフォルテ孤児院に当時八歳だったメロが預けられ、その茶葉の収穫祭に参加した父が、息子の話し相手にとメロをアーレン家に迎えたらしいのだ。僕は当時よくフォルテ孤児院に遊びに行っていたけれど、メロとの出会いの記憶はおぼろげだ。
聞いたときはいくら何でも突拍子もない話だなと考えていたけど、今思えばそれが無かったらメロはここにいないわけで。
「本日のご予定ですがいかがなさいますか? 門番の演奏でもお聴きしますか? それとも侍医の下で絵画を?」
「あの、そのことなんだけどさ、ちょっとお出かけしない?」
「何かご入用なら、すぐお持ちいたしますが」
僕の返答に、メロは眉間にしわを寄せる。「ちょっと、外に出たほうがいいと思うんだ」と伝えると、彼女は視線を落とした。
実のところ、僕は事件以降、屋敷から出ていない。
一か月、籠りっぱなし。元々外出といえば両親同伴のやむを得ない社交もしくは孤児院の慰問、アーレン家が出資している施設に向かう時だけ。自主的に買い物に出かけようとは正直思わないし、家で本読んでるのが好きだった。
しかし、最近は少し事情が異なる。外に出ようとするとメロやほかの使用人の皆が止めに掛かるのだ。
甥はもう捕まり、牢に入れられている。しかし使用人の皆は屋敷の令息が事件に遭ったという衝撃が未だ駆け巡ってしまっているのか、全力で止めてくる。
そして僕の就寝時にも部屋にまで入ってきて巡回をしてくれているらしい。夜中目が覚めると必ず使用人の誰かベッドのそばに立ち、僕の顔を覗き込んでいるのだ。
屋敷の皆は僕を心配してくれている。気持ちはありがたいけど、皆僕に合わせて休日でも外に出ない。使用人の皆は休みの日が定期的に設けられているにも関わらず、僕の手前外出し辛いのだろう。
引きこもり令息に合わせ、外に出られない使用人。そんな環境は良くない、良いはずがないのだ。じゃあみんなで出かけよう、と提案しても仕事の邪魔になってしまう。
だからここは当事者であり原因の僕が外に出ることで、外出しやすい環境を作りたい。しかし、その為には護衛を勤めてくれているメロの説得が必要不可欠だ。
「駄目かな」
「はい。これも若様の身の安全の為ですから、どうぞご理解を」
「たまには外に出て太陽光に当たらないと、体内に必要な栄養素が不足したり」
「若様がどうしてもとおっしゃるなら、屋敷の中を歩くのはいかがです?」
メロは真顔で言う。屋敷の中を歩くのはいつもしていることでは。
「メロは出掛けるの嫌?」
「私は、若様が外に出て危険に晒されることが嫌なのです」
「な、なら、メロだけ外に出るのはどう」
僕は一応、メロに提案した。空気が一気に凍り付いた。
「……なぜ」
冷たい沈黙の後メロがこちらをみる。
「いや、ぼ、僕が外に出るのが駄目なら、メロだけでもと思って」
「その間に若様がお亡くなりになられたら、若様は生き返ってくださるのですか?」
「いや、屋敷の中で死ぬことは少ないんじゃないかな」
「飛び降りようとしたのに?」
メロは即座に切り返してきた。駄目だ。
「じゃあ一緒に出掛けるのは……どう」
「……外出時に私のそばを離れないと誓えますか?」
メロは僕を試すように見る。これ大丈夫なパターンだ‼
「うん、約束破ったら、ずっと出なくてもいいよ」
「…………そこまでおっしゃるなら、では」
メロは「約束ですからね」と念を押すようにして、クローゼットから僕の外出着を選ぼうとする。そんなメロを慌てて制止した。
「時間勿体ないから、僕は自分で支度するよ! 待ち合わせしよ! 庭の噴水のところで!」
「庭……ですか?」
「うん庭! 庭で待ち合わせ」
「庭……」
メロは渋る。「お願いします……‼」と頼み続けると、やがてメロは頷き部屋から出て行った。お出かけだ。久方ぶりの外出。これをきっかけに、僕が外に出ているとみんな知って普通に今まで通り使用人の皆には自由にしてもらいたい。
クローゼットから、今日外に着ていく服を選びささっと着替える。鏡を見ながらおかしいところがないか確認をして、鞄にお小遣いを入れたお財布を入れ中身を点検し、出発をしようと扉を開くと目の前に大きな影が差した。そして逞しい鍛え抜かれた腕と、磨き抜かれた出刃包丁が視界に入る。顔を上げると料理長のライアスさんだった。




