悪役令息だからこそ
「ああ、このままミスティが目覚めなかったらどうしよう」
「やめてくださいあなた! そんなこと聞きたくありませんわ! 侍医だって大丈夫だと言っていたでしょう?」
僕を呼ぶ声が聞こえる。うわ言のような、というか、喧嘩? いやこの声は、お父さんと、お母さんの声では。うっすらと目を開くと、両親が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。そして目を開いた僕に驚き、父はがばりと僕を抱き起した。
「ミスティ、大丈夫かい?」
「え……?」
「ちょっとあなた! ミスティは倒れたのだからそんなに乱暴に抱き上げないでくださる!?」
母の怒りに父は驚き、僕から手を離した。状況が把握できない。ぼんやりとしていると父は「ここはミスティの部屋だよ、ノクターの屋敷で倒れて……」とおろおろしながら僕を見た。そうか、僕は夫人の事を思い出した後に倒れてしまったのか。記憶を無理やり思い出したか何かで、脳が影響を受けたのかもしれない。身体を起こすと見慣れた景色が広がる。まさか、丸一日寝てしまったのではと急いで窓の外を見ると暗い。部屋にある日めくりカレンダーも変わってないままだった。
「レイさんが呼びに来てくれて、夫人が急いで医者を呼んでくれたのよ。その後に侍医にも見せたのだけれど、寝不足で間違いないらしいわ。ねぇミスティ、あなたまた夜更かししていたんでしょう? 倒れるまでそういうことをするなら、お母さまにも考えがあるわよ」
母の言葉に頷きつつ、今日の時間について考えていく。今は日付が変わっていない。シナリオ通りに進むのであれば、夫人が殺されるのは間違いなく明日。まだ間に合う。
「もう、まだぼんやりとして……。とにかく今日はもうゆっくり寝ていなさい、好きなだけ眠るといいわ」
「眠れなかったらいつでも呼んでいいからね」
ぼんやりする僕を気遣い、両親は部屋から出ていった。扉が閉まるのを見計らってから飛び起きる。
明日の夜、夫人は殺される。ということは、まだ夫人は殺されていない。ならば、今ならまだ助けられるはずだ。
正直に話す? 信じてもらえるわけがない。子供の戯言と片付けられる。じゃあ足止めして劇場に行かせないようにする?
でも、甥は劇場で殺すことに拘っているわけではない、劇場に行くのをやめたところできっと屋敷に来る。死人が増える。
相手の行動をこちらが把握しているうちに。劇場で何とかするのが一番いい手段だ。しかし肝心の方法が浮かばない。劇場で、夫人を守るためには、どうすればいいのか。武器を用意する? 十七歳ならまだしも、十歳の力だ。押し切られる。
そもそも劇場に同行するにはどうすればいい?
そんな我儘許されるはずが──、
いや、許される。
僕は今、ただの男子高生ではない。あらゆる悪逆非道を繰り返し、すべてを自分の思い通りにしようとした最低の悪役じゃないか。
――僕に叶えられないことなんて、あっていいはずないだろう。
そう言って、卑怯な手を使い、悪に染まり、誰に憎まれても、蔑まれても最期まで諦めることだけは絶対にしなかった悪役。
今の僕は、ミスティ・アーレン。
平凡な僕に出来なくても、ミスティ・アーレンとして出来ることは、まだある。
僕は意を決し、窓から踵を返すようにして両親の元へ向かった。




