侍女とお出かけ 後編
メロと徐々に西日が差し込む通りを歩く。あれから写真立てはメロに気づかれず購入することができた。メロが戻ってきたのは、品物が包み終わりお金を払う時だから、結構危なかった。そして何の気なしに聞いたタペストリーは途方もない金額だった。宝石がついていたらしい。
そして、帰ろうかという話になったけれど、結局届けてもらうにはあまりに量が多く、全て馬車に積んで、荷物はそのまま馬車で屋敷に運んでもらい、僕とメロは途中まで歩いて帰ることにした。あらかじめ道を決め、おいおい屋敷に到着し荷物を降ろし戻ってきた馬車に乗せてもらう作戦だ。そして買ったものは全て僕の部屋に運んでもらい、後でメッセージと共に季節外れのサンタクロースをする。
完璧な計画だ。メロ、喜んでくれるといいな。一緒に写真も撮りたいし。前世時代写真は誰でも簡単に撮っていたけど、この世界で写真が出始めたのは本当にここ最近だ。先ほどの写真立てはおそらくこれからの需要を見越してのことだろう。メロの手を握りながら歩いていくと、丁度通りの一角に小さな公園を見つけた。当然のことながら遊具はなく、手を入れた花壇をぐるりと囲むようにベンチが置かれた公園。憩いのスポットって感じだ。けれどベンチには誰にも座っておらず、数メートル先の井戸で女の人が足を洗っていた。
女の人に目を向けると、その足はざっくり切れているのが離れた距離でも分かった。付着した血は、洗っても洗っても拭える気配が無い。
というか段取りがよくない気がする。多めに水を汲んでざばざばかけて一気に止血してしまえばいいのに、さっと水汲んでかけて血が出て、さっと水汲んでかけて血が出てを繰り返している。注視すれば無理もなかった、彼女の腕は赤く腫れており、多めに水を汲むことが出来ないのだ。
どうしたんだ、階段から落ちたとか?
「……なりません」
女の人に近づこうとするとメロに止められた。
「まだ何も言ってないよ」
「想像がつきます。貴方は視界に入った人間を助けようとする。今までもそうだった」
「でも怪我してるから」
「……仕方ありませんね。手当てが終わったら、すぐに去りますからね」
僕の言葉にメロは溜息を吐き「何かあれば怪我人であろうと制圧します」と付け足した。その言葉に頷き僕は女の人の方へ向かう。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、女の人は驚愕の表情を浮かべこちらを見ている。あ、しまった、傍から見れば今の状況は自分より年が離れている子供に大丈夫かと声をかけられる地獄の縮図だ。
申し訳なさがあるが怪我の処置が先決だ。水道とかは現代の衛生に準拠してる世界なので、都合がいいところはかなり都合がいいけれど、さすがに怪我をしたまま放置していれば問題は出てくる。
多めに水を汲み、そのまま驚いて固まる女の人の足を汲んだ水でじゃぶじゃぶ洗い、自前のハンカチで拭いつつきつく結び、素人の手当てを施す。すると傷はすっぽり隠された。それと同時にメロが僕の服の裾を引っ張る。撤収の合図だ。
「素人の応急処置でしかないので、絶対に医者に見てもらってください。絶対ですよ」
女の人に言うだけ言って、その場を後にする。メロはまた僕の手を握り、今度はまた僕を連れるように、一刻も早くその場から立ち去りたいかのように僕を引っ張っていく。
「メロ、ちょっと足が速くない?」
「この先の事象は予見できます。捨て犬ならまだしも、若様はすぐに人間を拾う。可能性の芽は迅速に潰します」
「いや人間は拾えないよ」
「そうです。それなのに若様は人間を拾う。ですからこうして繋ぎとめておかなければ」
メロは僕の手をぎゅっと握る。その様子がなんだか嬉しくて笑っていると、メロは「僕は怒っているのですよ」とこちらを見た。その言葉に頷き、僕は温かい気持ちになりながら歩いていった。
メロと共に、夕焼けが広がる道を辿って屋敷へと帰っていく。道の先には沈もうとする夕日が僕たちの背に力強く差し込んでいて、レンガ造りの道は赤く染まって、メロの光を流すような銀髪も温かみのある赤い光を纏って輝いている。景色は徐々に街から屋敷が並ぶものへと変わっていき、柵越しに庭園を見たり、花の名前のクイズをメロと出し合いながら、道に同じように並ぶ僕とメロの影を見つめていると、メロは突然立ち止まった。あまりに突然なことで繋いでいた手が離れてしまう。驚いてメロの顔を見ても逆光でその様子は窺えない。どことなく呼びかけるよりメロを待ったほうがいい気がして黙っていると、メロは「……一つ、お願いがあるのですが」といつもより儚さを感じさせる声で呟いた。
「メロのお願いなら何でも叶えるよ」
「ならば、私の知らない場所で、殺されないでほしいです」
メロの言葉があまりに衝撃的で、ふと時間が止まったような感覚に陥る。メロはそのまま、僕との距離を詰めるようにこちらに一歩近づいた。
「私は、あなたが健やかなるときも、病める時も傍にいます。その権利を私からどうか奪わないでください」
僕の隣に立ったことで光の当たりが変わり、メロは赤が滲むような瑠璃色の瞳をこちらに向けていたことが分かった。そのまま彼女はじっと僕を見つめ、僕も見つめ返して、そして思い出す。
メロは産まれてからずっと一人だったと前に言っていた。孤児院にいた以上、そういった境遇を持つことは想像ができる。そして産まれたときから一人で、だけど今は屋敷にいる。だから一人ではない。けれど一人だった時より、一人じゃないことを知ってしまった状態から一人に戻る。それは怖いことに、なるんだろう。メロは甥が夫人を襲撃した事件について、ずっと傷ついていたのだ。傍にいる人間が、いなくなる恐怖に。
「ごめんねメロ。危ないことして」
メロは「約束してくださいますか」と僕を見た。
「うん」
「なら、一緒に死んでください。貴方を見送るのも苦痛です。貴方を置いていき、貴方がもしも苦しんで死ぬようなことがあれば、私は耐えられない」
「う、うん……」
でも一緒に死ぬってどうやってだ……?
この感じだと僕が死ぬってなったらメロ、後追いしちゃうんじゃないか……。
「自殺はしないで」
「命令ですか?」
「うん」
「善処します」
「善処って何……?」
「貴方に救われた命ですから、それを私が無下にはできません。そう思ってはいますが……あなたが死んだ後、私がどんな私になっているか──分からないから」
メロは、終わりに向かった考え方をしている気がする。でも今の我儘も沢山言ってほしい。そんな気持ちを込めてメロを見ると、彼女は「分かりました」と僕の手を握る力を強くする。そうしてメロの手を取って二人、夕焼けに赤く染まる道を歩く。前にもこうしていたような、懐かしいような気がして、ずっとこの時間が続けばいいなぁと思いながら、僕は屋敷へ帰ったのだった。




