VS使用人
ライアスさんは僕が五歳くらいの頃からアーレン家で働いていて、確か今は二十六歳だ。女海賊っぽい雰囲気の女性である。実際街では「姉貴」とか「姉御」と呼ばれていて、明朗快活な印象を受ける。
その雀茶色の瞳を胡乱げに揺らしながら、「若様……? 何故外出を……なさるのですか……?」と、包丁を握りしめ立っていた。
ライアスさんはまくしたてるように「どうして!」と大きな声を出した。
「アタシの料理が不満か!? だから外に出るってのか? 他の人間が作った料理を食べに行くんだろう!? そうなんだろう? そうなんだな! アタシのいないところで! アタシが作っていないものを食べるなんて! そんな! そんな! アタシを、アタシを捨てるんだ? アタシの料理に飽きたのか?」
まるで話がかみ合っている気がしない。ライアスさんは怒りが爆発寸前といった様子だ。心なしか瞳の色より明るいウェーブヘアも逆立って見える。包丁を握っているのは料理をしている途中に急いで持って来てしまったのだろうが中々危ない。ライアスさんは、基本的にいつも僕が外で料理を食べる話になると取り乱す。理由はおそらくだけど、自分が作ったものより外で食べたものが美味しかったら自分がクビにされるのだろうと思っているのだ。ライアスさんが働き始めたとき、料理人が辞める時期がたまたま重なった。以前は普通に料理長、料理人複数名、パン焼き係、パティシエがいたけど辞めに辞めて今は料理長のライアスさんしかいない。
でも、いつもは食べてから取り乱す。食べる前には取り乱さない。これも僕が襲われた、仕える主の娘が襲われたストレスだろうか。
「料理長の料理は、これから先もずっと食べていたいと思う味です。他の料理人によそ見をしたり、心奪われたりなんて絶対しません」
だから、クビになるなんて怯えないでほしいと説明すると、ライアスさんは目を見開いた。そして右手に持った包丁を滑り落とす。危ないと思い包丁を拾おうとしゃがむと、がっしりと肩を掴まれ抱き上げられた。ぷらぷらと僕の脚が宙に浮く。完全にぬいぐるみを抱きしめるみたいに持ち上げられている。ライアスさんは身長が180センチほどあり女性の中でもかなり背が高いっていうのもあるけど……これ傍目に見れば大きな女性が子供のマネキンを抱え上げてるように見えるんじゃないか。
「ライアスさん」
「アタシ……、アタシ……ずっと、ずっとこれから先も一生作り続けるから……アタシの料理で若様の身体を作っていくから……アタシが……アタシが若様の細胞一つひとつ……全部アタシが作る……! 異物が入り込んでも、アタシの料理で上書きして、蹴散らすから!」
いや臓器の中で戦いは困る。というかライアスさんの顔が赤い。心なしか息も荒く汗も滲んでいる。掴んできた腕に触れると、燃えるように熱い。
「熱があるんですか?」
「いやっ! 趣味で走ってただけ、その熱です! これからも走る! 鍛えるッ」
そう言ってライアスさんは「じゃあ!」と勢いよく踵を返し、そのまま全速力で走り去っていった。足が速い。ライアスさんにお土産買っていこうかな。というか屋敷の皆全員。とりあえずライアスさんには疲れを取れるものをあげよう。走ったりして、疲れそうだし、毎日料理を作ることは大変だし。
でも、何が疲れを取るんだろう。どういったものがいいんだ。
考えながら歩きつつ、最短距離で移動するために北棟の廊下へと向かっていくと、何かが輪になって僕を囲む。呆然としているといつの間にか僕は掃除夫の皆に囲まれていった。
普通の家の掃除夫は、前世で言うホテルの清掃員さんの雰囲気だけど、アーレン家の掃除夫たちは基本的に……極道ものに出てきそうな雰囲気がある。ただ見た目がってだけだし、見た目で人のことを決めるのは良くないけど……何も知らないとよく怖がられる。
「若様、どちらへ、どちらへ向かわれるのですか? 外ですか? 危険です! それともまさかここから三階に!? 駄目です落ちてしまいます!」
掃除夫のトップ、掃除夫長ことリザーさんが髪を振り乱すように声をかけてくる。彼はライアスさんより年下の二十四歳の男性だ。ゲームで例えるなら女性向けゲームに出てくる女好きキャラの雰囲気がある。ただ雰囲気があるだけだ。性格はいたって真面目。アーレン家にやってきた経緯は恋人に暴力を振るわれていたところと僕が鉢合わせ、住む場所も無いのでかくまった……というもの。
でも何だろう、また誤解を受けているような。周りの掃除夫たちも口々に危険だと僕を止めにかかった。
「いやたまには外に出ないとなって、運動に、健康のために」
「屋敷の中でも運動は出来ます! いくら汚しても構いません! 俺たちが全て綺麗に掃除します! ですからずっと! 屋敷の中に!」
「いつも綺麗にしていただいて、ありがとうございます、でも今日は出かけると決めていて……」
そう言って、何とか外に出さないようにと僕を押さえようとする手に触れる。するとリザーさんだけではなく、掃除夫たちの手が皆、あかぎれの様にところどころ切れてしまっていることに気付いた。
一人の手を取りよく観察すると、乾燥によるものと分かる。他の掃除夫の手を取り一通り見てみると、やはり乾燥している。
仕事柄のものだろうか。これは料理長の「疲れがとれそうな何か」以外にも、掃除夫達の手を守る何かを買わねば。そう決めて顔を上げると、掃除夫達の様子がなんだかおかしい。わなわなと震え、ある者は顔を覆い、ある者は跳ねている。
「ごめんなさい、馴れ馴れしくて……完全に気が付かなくて……あの、手洗ってきていいですよ……」
「そんなことございません! 一生手洗いま……でも掃除は出来ない……うう……手を切り落として新しく付け替えて落とした手は保存すれば……!」
リザーさんの意見に、掃除夫の全員がそれはいい考えと口々に同調している。その光景に唖然としつつ、実行しかねない勢いに急いで気持ちを切り替えた。
「いや落とさないで、血は流さないでください。握手位いつでもしましょう。僕の手ならいつでもお貸ししますよ。嫌じゃなければですけど……えっと、じゃあお土産、期待しててください」
頭を下げつつ、何故か喜びムードの皆のもとから離れていく。このままだとまずい。メロがもう待っているかもしれない。僕は庭園へと急いで足を動かしたのだった。
屋敷を駆け抜けるようにして外に出る。あれからもちょこちょこ使用人の皆に止められ説得をするということが繰り返された。はやく、早くメロのもとに向かわねば。急いでいると、視界隅に木々の選定をしている庭師、フォレストが入った。
フォレストはメロより少し年上、リザーさんより年下の女の子だ。黒髪ロングの、ライトノベルのヒロインっぽい雰囲気がある。植物を育てるのが好きな女の子である。
フォレストはこちらを振り返ると、枝を切る大ぶりな鋏をそのまま地面に滑り落とした。高い金属製の音が響き渡る。何で皆刃物をそう簡単に落としてしまうんだ。フォレストは落ちた枝切狭をそのままに、ゆらめくようにこちらに近づいてきた。
「若様……、若様、間違いだったらすみません。若様はこれからどちらへ向かわれるのですか? まさか、まさかとは思いますが、屋敷の外に出られるなんてことはありませんよね……?」
「あの、今日はメロと街に買い物に行こうと」
「ああああああああ!」
僕の返答に、フォレストは俯いて唸りだした。僕と同じ真っ黒な髪を握るようにして頭を掴んだ後、そのまま這い上がるように僕の腕に縋り付いてくる。
「私の手入れした庭が気に入らなかったからですか? 雑草に唆されたんですか? 何で危険な外に行こうとするんですか? 最近入ったあのメイドがいけないんですよね? あの女、あの女自分だけ他の奴らと違うみたいな顔をして、若様に馴れ慣れしいんですよ。結局自分だけ抜け駆けをしようとしているんだ。それとも御者ですか? あいつは信用してはいけませんよ、話の仕方、わざとたどたどしくして若様の気を引こうとして薄汚い……あああもしかして私以外の全員からですか?」
フォレストの言っている意味は、分からないけれどとにかく肺活量がすごい。早口なのに滑舌もいい。ただ雑草は話さないし、執事については僕と接していることが多い執事……おそらくルークについて言っているんだろう。ルークは最近入った侍女見習いでメロの後輩にあたる。一言で表すならばギャルだ。実際、自分の家でかなり揉めてアーレン家に教育および奉公目的でやってきたので、「元ヤン」があながち間違いではない。でも彼女とは、朝食の時に顔を合わせて以降会ってない。
「買い物に行くだけですし、メロが一緒だから安全ですよ」
「うっ、あなたはいつも、いつもそうだ! 人の心に寄り添う言葉をかけて! きちんと私を見てくれるのに! 私だけを見てくれない! 困った人間の元へ向かってそのまま拾って帰ってきて! 使用人にして‼ いつか絶対若様は攫われる! だから外に出してはいけないのに! あああ若様が無理矢理他の誰かのものにされてしまうならいっそここで……」
「いや落ち着いてくださいって、僕この庭大好きですし、それに僕のことそんな人の心に寄り添えるなんて思うの、フォレストくらいですよ」
「うっ」
フォレストは胸を押さえ突然しゃがみこんだ、心臓発作を疑い慌てて駆け寄ると、そんな僕をフォレストは手で制した。
「どうしたんですか?」
「申し訳ございません、行ってらっしゃいませ、若様。どうぞ、私の事は気にせず。そうしないと、あとその声やめてください。私の心にきます」
フォレストは俯いたまま、一向に顔を上げようとしない。
「え、あの……、声を小さくってことですか? 心臓が痛いとかですか? 立ち上がれそうですか?」
「いえ、病気じゃないです。心の問題なので本当に気にしないでください。あと声小さいのも心がやられるのでとにかく、行ってらっしゃいませ。お出かけの際はメロのそばを離れないようにしてくださいね」
「でも」
「行ってらっしゃいませ!」
絶叫するような勢いに押され、心配だがそのまま立ち去りメロとの待ち合わせ場所に足を進める。
もしや屋敷で働く人たち、みんな体調が良くないのではないだろうか。というか、心身ともに不調をきたしている。このままだと引きこもり屋敷ではなく、体調不良屋敷になってしまう。
今日は屋敷で働く人たちにいろいろ買っていこう。もちろんメロにもプレゼントする。
そう心に決めつつ、噴水に向かうとメロがいた。




