第六章|あいまいな夜のドライブ
曉雨は一口水を含み、冷たい液体が喉を滑り落ちる。
早起きで乾いていた感覚が、少しだけ和らいだ。
ちょうどコップをテーブルに置こうとしたその時——
手首が、何者かにふわりと掴まれた。
驚いた拍子に水の入ったコップが手から滑り落ちかけるが、
筱月は素早くそれをキャッチし、一滴もこぼすことなく受け止めた。
そのままの流れで、曉雨の身体はくるりと反転させられ、
背中がひんやりとしたキッチンのタイルに押しつけられる。
筱月の動きは、どこかゆっくりと、わざとらしいほど丁寧だった。
顔を近づけ、湖のような緑の瞳で曉雨を見下ろす。
その眼差しには、いたずらと優しさが入り混じっている。
しっかりとロックオンされた曉雨の瞳は驚きに揺れ、
まるで捕まった小動物のように戸惑いと恥じらいを隠しきれない。
その姿がたまらなく愛しいと、筱月の唇がふっと上がる。
「どうしたの?こういうの……嫌い?」
声は羽のように軽やかで、曉雨の耳奥をくすぐる。
けれどその中には明らかな悪戯っぽさが潜んでいた。
曉雨は唇を震わせ、「別に……」と言おうとして、
少しだけ筱月を押し返そうとした。
けれど——その言葉は、ふいに塞がれた。
ふわりと、けれど強引に。
筱月の唇が、曉雨の唇を奪った。
最初は優しく、試すように触れるだけだった。
その優しさに、曉雨の身体から少しずつ力が抜けていく。
だが——すぐに、そのキスは熱を帯びていく。
筱月の呼吸が波のように彼女を飲み込み、
曉雨の理性は、たちまち打ち砕かれていった。
指先が腰から上へと這い上がる。
その一つ一つが、電流のように曉雨の肌を震わせる。
曉雨はキッチンカウンターに手をつき、自分の身体を支えながら、
かすかに抵抗しようとしたけれど——
筱月の前では、その力はあまりに頼りない。
「ん……っ」
小さく息を漏らし、唇をわずかに開いたその隙を、
再び筱月が逃さず深くキスを重ねた。
顔がぽっと赤らみ、瞳には怒りとも愛しさとも取れる色が混ざっている。
ようやくキスが離れたとき、筱月の指先は曉雨の唇にそっと触れていた。
そのぬくもりを、惜しむように、優しく撫でていた。
曉雨はまだ目を閉じたまま、肩で息をしていた。
頬には赤みが残り、先ほどの熱がまだ醒めきらない。
次の瞬間、腰に回された腕が強くなり——
彼女の身体はふわっと宙に浮いた。
「きゃっ!?」
驚いた曉雨は思わず筱月の肩にしがみつく。
つま先が空を蹴るように揺れて、
もっとしっかりと、筱月に身を預ける形になってしまう。
「な、なにしてるの!?どこ連れてくのっ!」
曉雨の声はうわずり、戸惑いが隠せない。
「お部屋へ、だよ。」
筱月はくすくすと笑いながら、曉雨の耳元でささやく。
「だって、キッチンじゃ……ちょっと不便でしょ?」
最後の言葉だけ、意図的に語尾を長く伸ばす。
その声音の甘さに、曉雨の顔はみるみるうちに赤くなる。
「だ、誰が……続きなんて……!」
抗議の言葉を放ちながらも、
彼女の身体は正直に筱月の胸元へと寄り添い、
指先はそっと彼女のシャツの裾を握っていた。
「いじわる……」
ぽつりと呟きながら、曉雨は顔を筱月の肩に埋める。
その香りとぬくもりに包まれて、
口元は知らず知らず、ふんわりとほころぶ。
筱月は何も言わず、ただ静かに、優しく微笑んだまま歩を進めた。
ベッドに曉雨をそっと降ろす。
彼女がまだ体勢を整える前に、筱月が覆いかぶさり、
さらりとした長い髪が、曉雨の首筋にふわりと触れる。
「いい子。」
囁く声が落ちてくる。
指先は、まだ熱の残る頬をそっと撫でながら——
「隠れなくていいよ。」




