第二章|夢で酢豚を噛んだ夜
曉雨と筱月は恋人同士。
ふたりの関係は、まるで蜜のように甘くてとろける。
そんな曉雨には、ちょっと変わった寝癖がある。
――美味しいものを夢に見ると、体が反応しちゃうのだ。
ときにはゴクリと喉を鳴らし、ときには口の端からよだれを垂らし、
そして一番の困りごとは……寝ながら人を噛んじゃうこと。
その夜、彼女は夢の中で甘酸っぱい酢豚をむしゃむしゃと食べていた。
香ばしくて、甘くて、しょっぱくて、ほっぺたが落ちるほどの美味しさ。
夢の中の曉雨は、それを思い切り「がぶり」と――
現実では、筱月の腕にそのままがぶり。
「っ、いった……」
筱月は痛みに目を覚まし、小さく息を吸い込んだ。
隣を見ると、すやすやと眠る曉雨が腕にかじりついたまま。
「……何食べてんのよ、私の腕で。」
そっと肩を揺すって声をかける。
曉雨はうーんと寝返りを打ち、何かをぼそぼそ呟いたあと、
筱月の首元に顔を埋めて、まるで甘える子猫のようにくっついてくる。
「……起きないと、噛み返すよ~?」
筱月がわざとからかうように囁くと、
曉雨はぱちんと目を見開いて、びくっと体を跳ねさせた。
「えっ!?ダメっ、やだっ、変なことしないでよー!」
慌てた顔が可愛くて、筱月は思わず吹き出す。
そして曉雨をそっと引き寄せ、自分の腕を枕にしてあげた。
ようやく自分のしたことに気づいた曉雨は、筱月の噛まれた腕をこすりこすり、
小さく口を尖らせながら、甘えた声で言った。
「だって……寝てたんだもん。ごめんなさ~い……」
その声は、まるで粉砂糖をふわっとかけた綿菓子みたいに甘くて、無防備で。
筱月は、そんな彼女に心がとろけそうになりながらも、ちょっと意地悪に聞く。
「それで? どう償うつもり?」
曉雨はぱちぱちと瞬きをして、そっと言った。
「……噛み返しても、いいよ?」
「へえ?」
筱月は眉を上げ、いたずらっぽく顔を近づける。
「じゃあ――」
「ひゃっ!だ、だめぇっ!」
曉雨はびくっと肩をすくめて、ぎゅっと後ろに下がる。
さっきまでのふにゃっとした顔が、みるみるうちに泣きそうな困り顔になって、目元もうるうる。
筱月はその顔を見て、思わず苦笑い。
そして彼女をぎゅっと抱きしめる。
「もう~、冗談だよ、泣かないで。」
曉雨はむぅっとしたまま、顔を胸に埋めて「んー……」と小さく唸る。
「じゃあ、こうしようか。」
筱月はやさしい声で言いながら、指先で曉雨の背中をやさしくなぞる。
「私に、ちゅってしてくれたら、許してあげる。」
曉雨は顔を上げ、ぱちぱちとまた瞬きをして、
それからそっと顔を近づけて、筱月の唇に小さなキスを落とした。
「これは、交換条件だもんね~」
そう言って、にこにこと筱月の胸に戻る。
「許してくれたんだから、もうお説教なしだよ?」
筱月はふふっと笑って、彼女の髪にキスを落とす。
「ほんと、しょうがない子……」
窓の外では、細い雨が降り始めていた。
ふたりはそっと寄り添い、そのまま眠りに落ちていく。
まるで、雨音のように優しくて、静かに流れていく恋の夜。




