空と空気と自転車
テーマは『自転車』
『第7回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』の対象となる超短編作品です。
初めて自転車に乗れるようになった頃を思い出す。
子供心にわかっていた。別に自転車はどこにでも行ける魔法の道具じゃない。親が運転してくれる車に比べれば行ける場所だって少なく、自分で漕ぐということは見た目よりも苦労がある。
それでも、やはり自転車によって世界は広がった。
空を駆ける翼であることは間違いなかった。
自転車のサドルにそっと手を置く。
いつからだろうか。昔ほどには自転車は楽ではなくなった。年のせいだろうか。ペダルが重く感じるようになった。疲労を覚えるようなった。
それは単に肉体的なきつさのみならず、衰えていくことによる精神的な嫌悪感を抱かせた。
自転車に跨がろうとしてふと気付く。そういえば、最近はタイヤに空気を入れてなかったな、と。
指でタイヤを強く押すと、案の定少し空気が抜けているのを感じた
面倒だと一つため息をつき、家に引き返すと古ぼけた空気入れを手に戻ってくる。
グリップを強く握り、何度も何度も空気を送り込む。少し息が上がってきた頃に、タイヤを触ってみる。その硬さに満足し小さく頷く。
そのまま自転車に跨がると、ゆっくりと漕ぎ進める。
気分の問題だろうか。思っていたよりは軽い。これまでに感じていたよりもだいぶましになった気がする。
向かう先は自転車屋。調子の悪くなったライトを修理してもらうためだ。
それ自体はすぐに終わった。故障というほどのものではなく、すぐに直る程度のものだったらしい。
その作業の終わりに、流れるようにタイヤを指で掴んでいた。
その感触に思うところがあったようで、店員はそのままおもむろにに空気入れを取り出し、そのままタイヤに空気を入れる。
思わず眉を顰めそうになる。さっき入れたばかりなのだが。
それは一瞬。電動のそれはプシュっと音を立ててそれで終わり。それだけだった。
小さく頭を下げて礼を述べると自転車に跨がり店を後にする。
すぐに訪れる強烈な違和感。
タイヤにそっと触れる。感触でわかる。空気がパンパンに入っていると。
空気ってこんなに入れてよかったのか。
これまでとは違う、明らかに軽いペダルに気持ちも高揚する。
昔と変わらない新しい翼。高い空を駆ける自由の翼。
結局、余計な重さというのは自分自身の勝手な判断だったのかもしれない。
いつだって空と空気はそこにあったのだ。自転車とともに。




