⑨
翌日は朝一番に父から呼び出された。
「何度、恥をかかせれば気が済むんだ!! 昨日は王子殿下を残して勝手に帰ったというじゃないか!!」
「申し訳……」
「聞き飽きた!! お前の謝罪はいつも上の空で、本当に詫びているとは思えない。もう、懲り懲りだ。二度とパーティーには連れて行かん」
「……はい」
父は私を書斎から出て行けと手で払い、大慌てで謝罪の手紙を書き始める。
自室へと向かいながら、内心ほっとしていた。
これでもう、ソレイス王子殿下と顔を合わす機会も無くなった。あとは時間が解決してくれる。
初めて恋をした。
子供の頃、カリスト様に惹かれていたけれど、それは単なる思慕だったと、この歳になって理解した。ソレイス王子殿下への想いに比べれば愛の重さは天と地ほど違う。
カリスト様が遊び人だと知ったのは、驚いたしショックだった。でもそれだけだ。
「まま!!」
私を見つけたアメリーが走り寄る。父に呼び出されている間、侍女が散歩に連れ出してくれていた。
アメリーが、手に握っていたピンクの花を差し出しす。
「私にくれるの?」
「うん!!」
「綺麗ですね。ありがとう、アメリー。部屋に飾りましょう」
「ままも、いこう」
「花壇へですか? えぇ、行きましょう。沢山、咲いていましたか?」
「うん!!」
手を繋いで歩き始める。
この前までは抱っこだったのに……子供の成長は早い。
侍女は「花はまだ咲き始めたばかりですよ」と笑う。
「きっとお嬢様と一緒に行く口実ですね」
小さな子供でも、気を引く術を知っている。なんだかアメリーの方が世渡り上手な気がして、侍女と一緒に笑った。
平和な時間が過ぎていく。
ソレイス王子殿下も、流石に私との結婚は見限ったようだ。父が謝罪の手紙を送った依頼、音沙汰もない。
冷静になって考えれば、あの夜の自分の行動を振り返れば見限られて当然だ。
悲しい選択をしたのは私の都合で、王子殿下からすれば、恥をかかされ、顔も見たくないほどの嫌悪感を抱いていてもおかしくない。
あれからも父は、数回、社交の場へ赴いたが、ソレイス王子殿下は参加されなかったのか、向こうから避けられていたのか、何も話さなかった。
自分から逃げておいて、気にするなんて間違えている。気になるなら、最初からしなければよかったではないか。
誰かに話せばそんなふうに言われるかもしれない。でも、あの時の私にはそうするしか方法がなかった。
ソレイス王子殿下を愛する勇気が持てなかった。
時間が解決してくれるなんて簡単に考えていたが、今は平和な時間が果てしない酷道に思える。
パーティーに行かなくなり、お腹が苦しいほど締め上げるドレスも着なくて良くなった。
頼まれた仕事をこなし、合間でアメリーとのティータイムを楽しむ。
彼女が寝た後は本を読んで過ごす。
波風の立たない暮らしの中で、ソレイス王子殿下を思い出さないようにするのは難しかった。
直ぐに忘れるのは不可能でも、少しずつ考える時間が短くなっていけば良いと、自分を慰めることで気持ちを誤魔化す。
悩みはそれだけではなかった。
侍女から聞いた姉の話。
頭の片隅で気になっているが、両親が私の前で話したがらないので自分からは聞けない。
けれど自慢の娘の話をしないこそ、侍女の話の信憑性が増すというものだ。
以前なら「アナスタジアなら……」と付け加えるのが口癖だった父が、今は名前すら出さない。
両親の部屋にも出入りする侍女からの情報によれば、日々状況は悪化している様子であった。
「離縁されるかもしれないですよ」
「そんな話が進むほどなのですか。アメリーはどうなるのでしょうか……」
「例え出戻られたとして、直ぐに新しい出会いを求めてパーティーへ通われるでしょう。子供がいては何かと不利だと考える方ですから、返して欲しいとは仰らないと思いますよ」
「だと良いですが……。何があっても、あの子だけは守りますわ」
姉への羨望は消えていた。
彼女の人生に、口を出すつもりもない。いつだって、自分らしく生きればいい。
けれど、何故か胸騒ぎがする。
根拠のない不安に襲われる。
(気のせいよ、セレフィナ。セレスの言う通り。アメリーを戻せなんて言うはずないわ。きっとソレイス王子殿下のことで、ネガティブになりやすいのね)
精神面が不安定なままでは、アメリーに悪影響が及ぶかもしれない。
「アメリー、ハーブを摘みに行きましょう」
「いくー!」
元気のいい声が響く。
スッキリしたハーブティーを楽しもうと、敷地内のハーブ園へ向かう。
ふと門扉に視線をやると、一台の馬車が入ってきた。モンフォール家の馬車である。
両親はいないはずだ。じゃあ、誰が……。
先程の胸騒ぎを思い出す。
遠目にでも、馬車から降りてきた人物は誰か分かった。
アナスタジアだった。
「アメリー、急ぎましょう」
見つからないうちにと、この場を離れた。




