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 馬車がスピードを緩めていく。パーティー会場に到着したようだ。

 ソレイス王子殿下は「二人きりの時間が終わってしまった」と残念そうに言う。


「改めて、婚約を申し込ませてほしい」

 馬車が完全に止まった。

 繋いだ手は離さないままだった。


 感極まって、パーティーの前から泣いてしまうのを必死に堪える。

 

 私はいつだって姉のように完璧にこなせなくて、貴族という肩書きが重荷に感じることも度々あった。

 恋愛なんて煌びやかな世界とは一生無縁だと、自ら距離を置いてきた。


 なのに、こんな私に好意を持ってくれる人がいるなんて、奇跡でしかない。

 

 私はソレイス王子殿下が好きだ。

 想いが通じ合うなんて期待は持てなかったけれど、勝手に好きでいるのは許してほしいと、心の片隅で大切に保管してきた。

 

 けれど、ソレイス王子殿下も同じ気持ちだと知ってしまえば、この気持ちを隠し通すなど出来ない。私は恋に溺れ、何も手が付かなくなってしまうだろう。


「あの、ソレイス王子殿下……」

 馬車の扉が開き、優雅な音楽が流れ込んでくる。

 

 これまでたくさんの書物を読んできたのに、こんな時に使える知識は何一つなかった。

 言葉を選ばなければならないが、気持ちが焦るほど、頭が混乱してしまう。


「どうした? フィーフィ。一先ず、この話は保留でいい。パーティーを楽しもうじゃないか」

「……き、ません」

「え?」

「王子殿下との婚約の話は、お受けできません。失礼します」

「待って、フィーフィ!!」


 馬車から飛び降りて、走り去る。

 ちょうど、父が降りたばかりのモンフォール家の馬車を見つけて飛び乗った。

「すぐに、引き返してください」

「ですが、お嬢様……」

「いいのですよ。これで、良いの」

 馬車が出発する。今来た道を逆走し、会場から離れていく。

 

 ソレイス王子殿下は追いかけて来なかった。きっと護衛の騎士や、彼を狙っているご令嬢、他にも沢山の人に囲まれて身動きが取れなくなっている。誰もが彼の到着を心待ちにしているのだ。

 彼に話しかけたくて、認知欲しくて必死でアピールをする。

 そんな人を独り占めなんて、烏滸がましいとしか言いようがない。


「ソレイス王子殿下……」

 好きです———。声に出してはいけない言葉を飲み込む。

 その胸に飛び込めれば、どんなに幸せだろうか。


 でも、私には叶わない。

 アメリーのために生きると決めたのだ。

 姉の不祥事を自分の恋愛のために暴くなど、冷血でしかない。

 アメリーはもう、私が産んだ子供だと役場に登録されている。

 紛れもない、私はアメリーの母親なのだ。あの子を守るのは私しかいない。

 恋愛にうつつを抜かしている場合ではない。


 ソレイス王子殿下には、私じゃなくとも相手は直ぐに見つかるだろう。

 どうか、相応しい誰かと幸せになってほしい。


「あぁ、これではまたお父様に叱られますね」

 自虐的に吐き出す。


 伯爵邸に帰ると侍女が走り寄り、何事かと訊ねる。

 馬車の中で泣き腫らした顔は、それはそれは酷い状態だった。

 侍女は何も聞かず、湯浴みへと誘ってくれた。

 髪を丁寧に洗う手つきが、いつもより優しく感じる。

 私はさっきの出来事の一部始終を聞いてもらった。


「アメリー様のことも、受け入れてくださる気もしますけれどね」

「そんなの、ただの理想でしかありません。アメリーの存在がバレると、お姉様の不祥事だって知られてしまいます。妹の私が裏切るなんて許されないでしょう」

 

 姉の名前を出すと侍女が「そう言えば」と切り出す。

「アナスタジア様、あまり結婚生活が上手くいってないようですよ」

「まさか……!? 本当なのですか?」

「えぇ、アナスタジア様が嫁がれてもう一年が経とうとしてますけれど、ご懐妊の報告を聞いてませんでしょ? そりゃ授かるものですから二年、三年かかってもおかしくありませんけれど……」

 

 侍女は声を顰めて言う。どうやら両親が話しているのを偶然聞いてしまったらしい。


「カリスト様の遊び癖が直らないようです」

「カリスト様が!?」

 あの優しかった彼が、そんな軽薄な人になっているなんて知らなかった。一途に姉を慕っていると思い込んできた。でもそれは私が彼に見た幻想だったのか。


 姉もカリスト様もパーティーが好きではあるが、二人に限らず貴族なら殆どがそうだと言える。私のように、華やかな場所が苦手だなんて言ってる人の方が稀である。


「カリスト様がパーティーに足繁く通い、それに開き直ったアナスタジア様も気を使うのをやめたようです。

 だから、お嬢様がアナスタジア様を気遣う必要なんてありません。

 アメリー様との関係は、そりゃ経緯は酷いですが、れっきとしたお嬢様のお子様です。堂々としていれば良いじゃないですか」

 

 侍女は「アメリー様を受け入れてくださらないような人なら、その時判断すればいい」と付け加えた。


「ありがとう、セレナ。あなたがいてくれて、本当に良かったです。でも、もう終わってしまいました」

 はっきりと申し出を断ってきた。


 私の恋は、すでに終わっていた。

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