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 ソレイス王子殿下はこちらを見るなり、顔を綻ばせ、あの日と同じ笑顔を向けてくれた。


「ご、ごきげんよう。アルカディア第三王子殿下」

 気まずさを隠すように挨拶をするも、カーテシーもあの日から上達していない。

 

 ソレイス王子殿下は目を丸くし、「おやおや」と一歩近寄る。


「あんなに素敵な夜を過ごしたというのに、それは他人行儀すぎやしないかい? フィーフィ」

 背の高いソレイス殿下は上肢をかがめ、私の顔を覗き込んだ。

 

 隣で話を聞いていた父は、何事だと物語る引き攣った笑顔で私を見ている。

 きっと私が王子殿下に対し、粗相をしたと思っているのだろう。

 

 フィーフィが何なのか、そこから説明させられそうだ。今は父とは目を合わせたくなくて、頑なに視線を逸らした。


 ソレイス王子殿下は一度父の方に向き直り、「セレフィナを私の馬車に乗せても構わないか」と訊ねる。

「勿論でございます。アルカディア第三王子殿下。まさか、以前のパーティーでセレフィナと交流していたなんて、聞いておりませんで。

 お礼の一言も送らず、なんとお詫び申し上げれば良いか……」

 

「構わない。あの日の二人の時間は、私も大切にしたいと思っていたからね。

 でもこんなにも会えなくなるとは思わなかった。また直ぐにでもパーティーで会えると期待していたのに、体調でも崩しているのかと心配をしていたんだ。

 誰かが何か知っているかと思っても、不思議なほどセレフィナの噂話も情報も入ってこない。

 それで、こうしてお邪魔させてもらったというわけだ」


 ソレイス王子殿下が私を心配?

 覚えてもらえてただけでも奇跡だし、私はあの日、王子殿下を押し倒した挙句、衣装を汚してしまって……。

 

 (あ、しっかりと粗相しているじゃない。なのに謝罪もせず今まで過ごしてしまったじゃない)

 

 反省しても遅いが、帰ってからのアメリーの看病。更には父からの説教はいつもに増して長かった。とても王子殿下への気を回す余裕はなかった……気がする。

 

 今からでも謝りたいけれど、半年も経ってしまえば意味もない。


 気まずいまま、馬車に乗り込んだ。

 

 アメリーが部屋から出てこなくて良かった。

 姉に似て社交性が高く、甘え上手だ。新しい客人には片っ端から近寄っていく。

 ソレイス王子殿下を見て、興味を持たないはずはない。


 子供がいますなんて、言えない。

 アメリーを守るためにも。


 ソレイス王子殿下とこんな形で再会出来るなんて、思いも寄らない。

 嬉しいか? と聞かれると、そりゃ嬉しいに決まっている。

 でも素直に喜べないのは、隠さなければならない存在があるから。

 

 向かい合って座ろうとすると、王子殿下は「こっち」と、私を隣に座らせた。

 腰を引かれ、寄りかかる体勢で馬車は出発。

 

「で、殿下。あの、えっと……これは、その……」

 ひっつきすぎではないかと言いたいが、頭が混乱して訥ってしまう。


「フィーフィ!!」

「ハイッ!!」

「会えなくて寂しかったのは、私だけだったってことなのか?」

 ソレイス王子殿下が、ぐいと顔を寄せ、拗ねた子供のような表情になる。

 視界には瞳しか映らないほど近い。

 思わず背中を撓ませても、顔を反った分だけ王子殿下の顔も近付くものだから、このまま倒れそうになってしまう。


(顔が近い、顔が近い、いい匂いがするし、髪はサラサラだし、記憶の殿下の何倍もかっこよくて、どうすれば良いのか分からないわ!!)

 心の叫びは届かない。助けてくれる侍女もいない。

 

 父は私がまた王子殿下の前で失態を犯していないか、気が気じゃないだろう。

 でも、お父様、ごめんなさい。私には到底対処できません。


 ぎゅっと口を噤み、目を閉じる。

 すると私の肩にとすんと王子殿下が顔を落とした。

「すまない、怖らがせたいわけじゃない」

「いえ、そんな……」

「フィーフィと出会った日、声をかけたのは気まぐれだった。……いや、正直に言うとパーティー会場には入るタイミングを少しでも遅らせたかったんだ。

 舞踏会は好きだけど、最近は婚約目当てで付き纏われてばかりで、ちっとも楽しめなくなっていた。

 あの時は周りの目を盗んで抜け出し、庭園へ逃げた。フィーフィが目に留まり、時間稼ぎになればいいと、その程度の気持ちしかなかった。でも……」


 ソレイス王子殿下が私の手を握り、もう片方の手で顎を支え見上げさせた。

「理想の女性と出会えたって、本気で思えたんだ」

「私が……?」

 私が王子殿下に気に入ってもらえる要素があるとは思えない。けれど、彼は続けて想いを聞かせてくれた。

 

「私をアルカディア第三王子だと知っているのに、取り繕う言動もせず、媚態を示そうともせず、私ばかりに気を使う。

 転んだ時だって、他の女性ならドレスが汚れたと嘆いただろう。それを理由に、私との次の約束へ繋げようと交渉してきただろう。

 なのに君ときたら私の心配ばかりして、自分の髪が乱れようがドレスが汚れようがお構いなしだ。

 自己肯定感の低い人だとは感じたが、踊っている時の屈託のない笑顔には、私もつられてしまったほど魅力的だった。本当はもっと感情豊かな人なのかもしれないと思った。

 フィーフィが帰った後も、君のことばかり考えていた。

 緑の上で横たわった時、もっと愛の言葉を囁いておくべきだったと後悔したくらいだ。

 これだけ言えば、私の気持ちを信じてもらえる?」

 

 にっこりと微笑んだソレイス王子殿下の瞳に吸い込まれてしまう。

 私が小さく頷くと、目を細め、ゆっくりと顔が近づく。

 細い鼻梁が髪に触れ、額に唇が押し込まれた。

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