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6/13

 帰宅後、そっと自室へ入るとアメリーは寝息を立ててぐっすりと眠っていた。

 

「熱はまだございますが、医師に診て頂いております。心配いらないとのことでしたよ」

 

「ありがとう、セレナ。アメリーが苦しそうな顔で眠っていたどうしようかと思いましたけれど、穏やかで安心しました」

 

「セレフィナ様も、パーティーが楽しめたようで安心しました。さぁさ、お疲れになったでしょう。ドレスを脱いで。アメリー様のお風邪が移ってはいけませんから、隣のお部屋をお使い下さいまし」


 もう少しアメリーを見ていたかったが、隣の部屋へと移る。

 

 私は楽しかったの一言も話していないのに、侍女は顔見るなり意味深な含み笑いを浮かべていた気がする。

 顔が緩んでいたかしら……口許は意識して引き締めていたはずなのだけれど……。

 

 ドレスを脱がせてもらいながら、コルセットから解放され、ようやく深い呼吸が叶った。

 はぁぁ……大きなため息と共に鏡に移った自分を見て、これは楽しんできたのを誤魔化せないと、高揚している頬を確認する。

 

 あれだけ踊れば、そりゃ……なんて、今更侍女に話すのも言い訳がましく捉えられそうで、口を噤むしかなかった。

 

 アメリーは一晩で回復した。

「まま、まま」

「はいはい、今日は甘えん坊が酷くなりそうですね。私もそうして欲しいから嬉しいですよ、アメリー」

 一日の殆どを一緒に過ごしているアメリーと一晩離れていただけで、三日くらい会っていない気持ちになる。もう今は姉の子供という認識は消え、本当の子供だと思い込んでいるほどアメリーを愛していた。

 

 これからもアメリーとの時間を最優先したい。なのに、パーティーの余韻は翌日になっても消えることはなかった。

 

 気付けばソレイス殿下とのダンスを思い出してしまう。

 

 侍女から繰り返し呼ばれても上の空で、呆れられてしまった。

 それで黙認してくれていた侍女も、昨夜の出来事を訊かずにはいられなくなったらしい。


「お嬢様、余程、素敵な男性と出逢われたのですね」

「セレス!! 私ったら、またぼんやりしていましたね」

「構いませんよ。恋愛に興味のなかったお嬢様がついに……!! 準備を頑張った甲斐もあったと言うものです。旦那様にはお話で?」

「言えるわけありません!! それに、あのお方も親切心でダンスに誘ってくれただけなのです。庭園は暗かったし、きっと私の顔もしっかりと見えていません。本当の私を見ていれば、ダンスにも誘わなかったに違いありません」


 殿下とあろうお方が、地味で華のない女性を好きになるはずなんてない。

 昨日はセレス達が目一杯着飾ってくれたから、誤魔化せただけ。

 

 普段通りの質素なドレスを着ている私は、やっぱりこっちでいる方が落ち着くと感じる。

 この姿でソレイス殿下の前に出ろと言われると、それは絶対に無理な話だ。


「お嬢様は着飾らなくても可愛らしいですよ」

 

「まぁ、急にどうされましたか? でも、ありがとう、セレス。その言葉だけで充分ですわ。それに、私は自分の人生の全てをアメリーに使うと決めましたもの」

 

 ちょうど泣き出したアメリーを抱きしめる。

 侍女が「ティータイムにしましょう」と、お茶を淹れに行ってくれた。


「アメリー、後でお外を散歩しいましょうか」

「あいっ」


 確かにソレイス王子殿下との時間は夢のようだった。

 夢だと言われた方が信じられるほどに。

 けれど現実に戻れば、自分には縁遠い人。

 きっと優しくするのは私に限った話ではない。


 それに、万が一ソレイス王子殿下と良い関係を築けたとして、アメリーはどうするのだ。

 どんなに我が子として育てていても、本当は姉の子。それを暴露するわけにはいかない。そんなことを知られると、姉の結婚生活が危ぶまれる。

 自分の恋愛のために、アメリーや家族に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 苦手だと感じていたパーティーを楽しめただけで良かったではないか。

 良い思い出を作ってくれたことに感謝するのみ。

 

「浮かれてはいけませんよ、セレフィナ」

 自分に言い聞かせ、普段の生活へと戻っていく。

 

 翌日は「パーティーに連れて行っても顔すら売らなかった」と父から叱られたが、平謝りでやり過ごした。

 話が長くなるほど、またソレイス殿下のことで頭がいっぱいになり、心ここに在らずだった。


 その後も父はことある毎にパーティーへと連れ出そうとしたが、今度は私の体調が芳しくなく、幾つかのパーティーへの参加を見送った。

 内心ホッとしつつ、「次は必ず出席いたします」と取り繕うように父に言葉をかける。

 

 気は乗らなかった。

 毎回ソレイス王子殿下と二人きりでいられる保証もないし、それをしてしまえば今度は恋煩いで寝込んでしまいそうだ。

 

 ソレイス王子殿下が他の女性と談笑している姿を見てしまえば……それも耐え難い光景だ。


 会わないのが一番平和だわ……どんなふうに考えても、行き着く先の答えはいつだってこうだった。


 次のパーティーも、その次のパーティーも、のらりくらりと言い訳をして欠席をした。

 侍女からもそろそろ顔を出すべきだと説得されたが、『行かなければならない』と思うと足が竦む。お腹が痛い気がする。アメリーが寂しがるかもしれないなんて心配になる。


「お嬢様、次のパーティーは必ず出席してもらいませんと、私共が責任に問われます」

 ついに侍女からも叱られてしまい、「ごめんなさい」と謝ったあと、必ずパーティーに行くと約束されられた。

 

「そういえば、次のパーティーは、第三王子殿下もみえるそうですよ。うんと綺麗にして行きましょうね」

 

 その名前を言われてドキリとする。緊張と不安が同時に押し寄せて、顔が強張ってしまった。

 

「セレス、派手なのはやめて頂戴ね」

「お任せください!」

 その張り切りは伝わっていないわね、と肩を落とす。


 ソレイス王子殿下には会いたい。

 けれど時間が空きすぎて余計に緊張してしまう。気付けばあの夜から半年も過ぎていた。

 

「そうだ、見つからなければ良いんだわ」

 話しかけられると期待してしまう。けれど、たった一晩踊った人のことなど、ソレイス王子殿下が覚えているはずはない。普段から関わる人数が桁違すぎる。

 

 それよりも、良い加減、父のご機嫌を損ねる方が拙い。


 気乗りしない私の準備を、大張り切りで侍女が行う。

 

「背筋を伸ばして、笑顔を忘れずに。もしも良い方に誘われれば、アメリー様のことはお気になさらずですよ!!」

 励ましの言葉なのか叱責されているのか分からないまま自室を追い出された。


 そのタイミングで、別の侍女が走り寄る。


「セレフィナ様、大変です!! 早く、早くお越しくださいませ」

「何かありましたか?」

「ソレイス第三王子殿下がお迎えに上がっておられるのです!!」

「殿下が!?」


 頭が真っ白になってしまった。

 思考が機能していない。ソレイス殿下が? 伯爵邸に? なぜ??

 現状を理解が追いつかないまま侍女に引っ張られて行った。


 馬車の前に立っているのは、紛れもないソレイス第三王子殿下だった。

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