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 王子殿下の手を見詰めてしまう。

 どうすればいいの……。せっかく誘ってもらえているのに、断るなんて失礼すぎる。けれどこちらに向けた笑顔を見るだけで、鼓動は早まる一方だ。


 この手を取ってしまえば、後戻り出来なくなる。私は恋愛なんて……いや、でも、ダンスをするだけで他意はない。気にしすぎだとは分かっていても、スマートに振る舞えない。

 顔が強張っている自覚もある。


「あの、でも、私は……」

「ダンスに自信がない? 私がリードするから安心して」

「でも、殿下と一緒にいるだけで注目を集めてしまいますわ。そんなの、きっと……」

 迷惑をかけてしまう───。

 自信のなさから、俯いてしまう。

 

 もっと華やかな女性なら良かった。アナスタジアのような、注目されても堂々としていられる強い女性なら……。


 ソレイス王子殿下は、私の態度に怒ったりせず、呆れもせず、笑顔のまま顔を覗きこんだ。

「あぁ、なるほど!! いいよ、ここで」

「えっ……?」

「会場ではなく、ここで踊ればいい」

 音楽はここまで届いている。人の目に止まりたくなくても、パーティーの楽しみ方はある。

 

 ソレイス王子殿下はそう言いながら、自然と私の手を取っていた。


「緊張が解れるまで、体を動かせばいい。そうすれば、苦しさも忘れてしまう」

「ひゃっ!! わっ、で、殿下、お待ちください」

「ダメダメ。音楽が鳴り止むまでは終われないよ! 何だ、踊れるじゃないか」

「誰かと踊るのは、初めてです」

「本当に? じゃあ、私は君の初めての相手ということか。それは気分がいいな」


 ソレイス王子殿下は、踊るほどに上機嫌になっていく。

 満面の笑みでリードしてくれる。

 でも決して私の気を引こうとしているわけではない。根っから舞踏会が好きなのだろう。

 踊るのが楽しくて楽しくて仕方ないと、全身から伝わってくる。

 

 私はといえば、そんな殿下についていくので精一杯だった。

 息が上がり、足を踏みそうになってしまう。


「ねぇ、息止まってるでしょ? リズムに合わせて、肩の力を抜いて」

「は、はい!!」

 ソレイス王子殿下に合わせるのに必死になりすぎて、呼吸を忘れてしまっていた。

 一気に吸い込み、長く吐き出す。

 

 何もかもを一度にするのは難しい。脳と体は繋がっていないと思う。

 けれど、楽しそうなソレイス殿下を見ていると、こっちまで楽しくなってきた。

 月明かりの下で、二人きりで踊る。

 ここは誰の目にも留まらない安心感もあった。


 会場も盛り上がっているのか、音楽はなかなか鳴り止まない。


「君、とても上達が早いね。センスあるよ」

「そんな……、運動は苦手なんです。きゃっ!!」

 

 踊り疲れた足が絡まり、殿下を巻き込んで倒れてしまった。

 あろうことか、尻餅をついた殿下に覆い被さる体勢になってしまう。

 

「申し訳ございません、殿下!! お怪我はございませんか? あ、あの、お召し物を汚してしまいました。申し訳ございません。申し訳ございません」

 全身から冷や汗が吹き出す。

 第三王子殿下を押し倒した上に、衣装を汚すだなんて、重罪としか思えない。

 けれど焦るばかりで「申し訳ない」以外の言葉が出てこない。

 

 飛び上がろうとした瞬間、私の腕を引き、ソレイス王子殿下の懐に包み込まれる。


「衣装など気にしなくていい。後で着替えを用意させる。そんなことよりも、こんな楽しい夜は久しぶりだ。君は見かけない顔だけれど、パーティーは初めてなの?」

「は、はい。本当は華やかな場所は得意ではありません。今までは姉が出席してくれていたのですが、今日は私しか来られなかったので」

「じゃあ、私はとても運が良かったというわけだ。君とこうして出会えたのだから」

「大袈裟ですわ」

「大袈裟なもんか。君は私と踊ってどうだった?」

「……楽しかったです。ダンスにも社交の場にも苦手意識が勝ってしまって、出席は憚れておりました。けれど、今夜は本当に良い思い出ができました」


 お礼を言うと、ソレイスは破顔して笑い、「私も楽しませてもらった」と、再び抱き寄せられた。

 男性から触れられるのも初めてで、せっかく解れていた緊張がぶり返してしまう。

 

 触れている腕の感覚から、私の身体が強張っているのを感じているだろう。

 それでもソレイス殿下は腕を解こうとはしない。

 

 緑が敷き詰められた庭園に横たわったまま、何かを考えていて、急に閃いたらしく私を真っ直ぐに見詰める。


「セレフィナ……と言ったね」

「はい」

「うーん、それじゃあつまらないな。何か特別な呼び名が良い。私だけの名前が……そうだ、『フィーフィ』はどうだろうか」

「フィー……フィ?」

「あぁ、決まりだ。フィーフィ、また必ずダンスに誘うよ。だから、私以外の人から誘われても断ってくれ。いいね?」


 ソレイス殿下は、私が疲れているのを気遣ってくれ、馬車まで付き添ってくれた。

 帰り際に手の甲にキスを落とされ、セレフィナは完全に恋に落ちてしまったのだった。

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