①②
「お姉様」
「初めましてだね。今は大切な話をしているから離席願いたいのだが」
「いいえ、アルカディア第三王子殿下。実は、お話したいことがございますの。その……アメリーについてですけれど。少し時間をくださらない?」
久しぶりに見たアナスタジアは、さらに煌びやかなオーラを放っている。
とても、離婚間近の人とは思えない。
派手なドレスもアクセサリーも、今すぐパーティーへ行けそうなほど瀟洒だ。
「手短に頼む」
「有り難う存じます、王子殿下」
アナスタジアが見事なカーテシーを見せる。所作の全てが洗礼されている。
そして、ソレイス王子殿下を目の前にしても堂々たる態度で接している。
これま踏んできた場数が違う。
自分との格の違いを見せつけられ、息を呑んだ。
「アメリーは先ほどセレフィナが申した通り、私が極秘に産んだ子です。両親の反対を何度も説得し、出産致しました。けれど、両親は出産自体は許してくれましたが、育てることまでは許してくださらなかった。政略結婚が決まっていましたから。生後数ヶ月の我が子を、父は無理矢理私から引き剥がし、セレフィナの許へと連れて行かれました。
その子は、アメリーを愛していたと言いましたがそれは嘘です。自分が結婚したくないが故の口実なのです。実際、この子は社交界にすら参加せず、全てのお付き合いを私に押し付けていました。
父は妹だからという理由だけで、容認してきたのです。
モンフォール家の全てを背負って来たのは、私ですの。
この度は、やはりアメリーを取り返せないかと帰って参りました。セレフィスがアメリーを幸せにするなど信じられませんわ。セレフィナ自身が貴族同士の付き合いを放棄してますのに、アメリーにどうやって社会を教えるのでしょう」
アナスタジアは話し始めると止まらなくなった。
その殆どが虚偽の内容だ。
何華言い返したいが、ギロリとこちらを睨む視線に言葉を飲み込んでしまう。
確かに、ソレイス王子殿下に会うまでは結婚になど興味はなかった。
けれどアメリーを愛しているのは真実だ。
誰よりもアメリーは大切な存在だ。
「では、今までアメリーとの接触すらなかった君に、アメリーを幸せにする手段があるのだな」
ソレイス王子殿下もアナスタジアを挑発する。
姉は王子殿下の鋭い視線にも動じず、「えぇ、ございますわ」と言い切った。
「アメリーは私たちの子……。それはセレフィナではなく、私の方が相応しいのではないでしょうか。アルカディア王子殿下」
「私と、君が?」
「そうですわ。きっと、アルカディア王子殿下はセレフィナが貴族には珍しいタイプだから興味を注がれているだけ。そのうち、この無能さに辟易とする時がきます。父がそうだったように、なんの役にも立たないこの女が邪魔になる日はそう遠くはないでしょう。
それに引き換え、私なら社交界にもなれておりますし、何よりも、アルカディア王子殿下の隣に並んでも様になりますわ。
王子殿下はセレフィナのドレスが作業用とでも感じているかもしれませんが、普段からそのような地味で野暮な衣装ばかりですのよ。
王子殿下の隣にいても、掃除婦にしか見えませんわ」
アナスタジアが嘲笑する。その瞬間、ソレイス王子殿下を纏う空気が変わった。
さっきまで陽だまりのような温かい気配しか感じなかったのに、今は氷のように冷たい気配になっている。
流石のアナスタジアもその迫力に、たじろいた。
「話が脱線している。私が問うているのは、アメリーが幸せになる方法だ。セレフィナの誹謗を言えなど、私は一言も頼んでいない。訊かれた質問にだけ答えろ」
「も、申し訳ございません」
「誰と誰が一緒になれば、アメリーが幸せになれると言った?」
「お、王子殿下と……私ですわ」
「……これ以上、私を怒らせば、容赦しないぞ」
「し、しかし殿下。アメリーは紛れもない、私の子で……」
「去れ」
アナスタジアは顔面蒼白になり、後ずさる。
追い討ちをかけるように、ソレイス王子殿下はアナスタジアを責めた。
「私がセレフィナのことが知りたいと色々調べ回っていた頃、耳に入るのは姉であるアナスタジア・ド・モンフォールについてばかりだった。それも、罵詈雑言ばかり。しかし良く隠し通したものだ。子供の話は一切出てこなかった。セレフィナのおかげだろうな。ついでに言わせてもらえば、君の夫は色んな場所で借金を積み上げているようだが、知っているのか」
「え、それは、どういう……」
「なんだ、夫のことも知らないで妻気取りか。パーティーで散々遊んだ挙句、娼館にも通い詰め、賭け事にまで手を出している。その返済にと、君のドレスや装飾品やドレスも渡している」
「まさか……そんな……あいつが……」
心当たりがあるようだ。
「さぁ、行きたまえ。君は今こんなところで遊んでいる場合ではないのでは? 今頃、君の部屋に夫が侵入して、金品になりそうなものを漁っているかもしれないぞ」
「し、失礼しますわ」
姉はきっちりとカーテシーをし、走り去った。




