①①
侍女が気を遣ってアメリーを連れて行こうかと言ってくれたが、断ったのはソレイス王子殿下だった。「まだ菓子をあげていないから」と、それだけの理由だった。
侍女は「何かあればお呼びください」と言って、ハーブ園の外で待機してくれた。
さっきまでアメリーと並んでいたベンチに、今度はソレイス王子殿下と並んで座る。
アメリーはソレイス王子殿下の膝にちゃっかり抱かれている。
「単刀直入に訊くが、アメリーはフィーフィの子供……なのか?」
「あの……それはこの子の前では……」
「……そうか、なんとなく察した。やはり、先ほどの侍女に預けた方が良さそうだな。君が話してくれる気があるならの話だが」
「本当は一生隠し通すはずでした。私は自分の人生の全てをアメリーに捧げると決めています。元々、自分には恋愛なんて向いていないと思っていましたから、結婚も出産も経験できなくていいという覚悟あっての今なんです」
「相当な覚悟だな。別に、子供がいると言えば良い話でもなさそうだ」
「えぇ……」
これ以上はアメリーの前では話せない。
私は侍女を呼んでアメリーを預かってもらうことにした。
ソレイス王子殿下から、菓子を受け取ったアメリーは上機嫌で侍女と一緒にハーブ園を出た。
その様子を見ていたソレイス王子殿下は「似ていないな」と呟いた。
「フィーフィには似ていない」
「……そうです。アメリーは、姉のアナスタジアの隠し子です。婚約者ではない男性との……」
「その子供を君が匿う理由があるのか?」
「姉は許嫁がいるにも拘らず、密かに恋愛をしていた男性との子を身籠りました。でも婚約者には知られていなかった。家族で話し合い、極秘に出産し、子供は私に押し付けて予定通り結婚すればいいと、決まったようです」
「その口振りだとフィーフィは何も知らされていなかった?」
「えぇ、その通りです。私は初めて赤ちゃんという尊い命と対面し、アメリーを溺愛していました。姉とは不仲……とまではいきませんが、完璧にこなせない私を疎ましいと思っている節はありました。そんな姉ともアメリーを通じてだと、蟠りが解けたみたいに会話が弾むんです。アメリーのおかげで、家族が一つになったと感じました。毎日が幸せだった。でも、その全てが私をアメリーの義母にする前提の計画でした」
ソレイス王子殿下は黙って、しかし真剣に話を聞いてくれた。
「でも、誤解しないでください。私は本当にアメリーを愛していますから、母になれたことを喜んでいます。自分の幸せなんてどうでも良いんです。あの子が、寂しい思いをせず、将来は笑顔で嫁いでもらえれば……それが私の望みなのです」
姉の不祥事まで話してしまい、若干の罪悪感は否めない。
けれど姉とカリスト様は離縁間近。私が口外してもしなくても、関係ない気もする。
「姉の結婚のために、アメリーの存在を周囲に知られるわけにはいかなかったと?」
「はい。真実が知られると、姉の結婚生活に悪影響が及びます。なので、どうしても隠す必要がありました」
「そのためには、自分の恋愛は捨てても構わないと?」
「その通りです」
沈黙が流れた。
モンフォール家の実態を知り、侮蔑の視線を投げられても仕方ない。
真実を話したのはアメリーの存在を嘘にしたくなかったから。
けれど、打ち明けたことが決して正解ではないだろう。
父から叱られる選択ばかりする私も、そろそろ愛想を尽かされてここから追い出されるかもしれない。
ソレイス王子殿下を見れなかった。
膝に乗せた拳の中で汗が滲む。
ソレイス王子殿下は一つため息を溢し、立ち上がった。
びくりと肩が戦慄く。
「全く、君は呆れた人だね」
「……申し訳ございません」
「たった一人で家族の失態を背負って生きていこうだって?」
「それしかあの子を守る方法がありません」
「子供の存在を隠し通せると本気で思っていた?」
「ある程度は……。もちろん、一生隠すつもりはありません。今は真実を言えないというだけで」
「アメリーはそれで幸せだと?」
詰問で胃が痛くなってくる。
良くないと分かっている。アメリーにだって本当は『自分の両親はこの人です』と胸を張って言える環境を作ってあげたかった。
それが出来ないから、現状、隠すしかない。
「アメリーには、不憫させています。でも将来的に、幸せになってほしいと願っています」
声が震え、どんどん自信が消えていく。
するとソレイス王子殿下がこちらに向き直り、「名案がある」と言い出した。
「ならば、『私の子供』ではなく、『私たちの子供』にすれば良いじゃないか」
「ソレイス王子殿下、どういう意味でしょうか」
いきなりの言葉に瞠目としてしまう。
私たちの、子供?
わけが分からなくて、頭が真っ白になってしまった。
「私だって、フィーフィを愛している。自分の一生をかけたいくらいに。それと同じくらい、アメリーも二人で愛せば良いんじゃないのかい?」
「二人で?」
「あぁ、私とフィーフィ。これからは二人でアメリーを愛してあげないか? これはプロポーズだからね」
ソレイス王子殿下が私の前に跪き、手を差し伸べる。
初めて出会った夜、ダンスに誘ってくれた時のように。
「だって、私はアメリーの存在を隠すために酷い言動を繰り返してしまいました。なのに、それを全て許すと仰るのですか」
「許すも何も、私は最初から怒ってなどいない。フィーフィが一人で抱える悩みがありそうだったから、それを解消してあげられれば、私たちの関係は進むと思った。でも君は我慢強い人だから、強行突破しないと腹を割らないだろう。だからこうして、アポも取らずに訪れたのだ」
ソレイス王子殿下は続ける。
「それに、私たちの子供だと言ってしまえばアメリーは堂々としていられると思うのだけれど」
「……二人なら」
「あぁ、フィーフィが大切にする人を、私も大切にしたいんだ。良い? 良いね?」
「あの……ご迷惑でなければ、よろしくお願いします」
「本当に?」
「はい」
「よかった!! フィーフィ、本当に君は頑固すぎる。でももう私から逃げられないよ?」
蠱惑的な笑みで顔を寄せる。
以前、額にキスをされた熱を思い出す。
今度はそこではなく、口に触れられそうで身構える。
「ソレイス王子殿下。お話がありますわ」
胸騒ぎは本物だった。
アナスタジアが、ハーブ園まで来ていた。今の話を、盗み聞きしていたらしい。




