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姉のアナスタジアのようになりたいと、子供の頃から思っていた。
勉強もできて、華があって、社交的で……どんなドレスもセンス良く着こなす美貌も持ち合わせている。
私は妹ながら、期待するような才能には恵まれていない。
本を読むのは好きだけれど、だからと言って成績優秀とは言えず、人見知りも激しい。
伯爵家の次女。仮にも貴族だというのに、派手なドレスは似合わないし、髪も姉のような煌めく金髪ではない。父譲りのブラウンで、なんかこう……全体的に地味だ。
例えどこかに『伯爵令嬢(仮)』なんて書かれていても文句は言えない。
そんなだから両親からは呆れられ、私に向けられる視線は常に冷ややかだった。
「アナスタジアは学園でも生徒会に入るほど活躍をしていた。なのに、セレフィナ。お前はどうだ。また学園の図書館で読書に耽って授業に遅刻したそうじゃないか。良い加減、恥をかかせるのはやめてくれ。お前のような娘と婚約したいという人は未だに現れん。この屋敷から出ないつもりか」
盛大にため息を吐きながら、父は繰り返し愚痴を零す。
「申し訳ありません」
口先だけの謝罪も慣れっこになった。
私だって、緊張せずに誰とでも話してみたい。でも、どうしても言葉が詰まってしまう。
まだ初等部に通っていた頃にトラウマは形成された。
同級生に話しかけられ、吶吶とした喋り方を笑われた。その日からしばらく弄られる羽目になり、いつしか人と喋るのが怖くなった。
どんどん無口になり、高等部に上がった頃、親友と呼べるのは本だけになっていた。
ここまで人との距離をとっていると、リラックスして喋れる相手といえば庭に咲いている花か、動物くらいなものに限られていた。
パーティーに行くのは億劫で仕方なかった。
けれど、アナスタジアから「セレフィナは来ないで。妹だと周りにバレたくありませんの」蔑む視線を私に送りながら言われた時は「はい」と健気に返事をしながら、内心大いに安堵していた。
行かなくて済むのなら、そりゃ行きたくないに決まっている。
社交の場にも顔を出さなくなると、周囲からの認知度はみるみる落ちていき、今では『モンフォール伯爵家のご令嬢』といえばアナスタジアだけだと思い込まれている気がする。
そんな私が突然一児の母となったのは、高等部を卒業して間もない頃だった。
三歳年上のアナスタジアが、密かに子供を産んでいたのだ。
両親にも内緒で護衛の騎士と関係を持っていた。悪阻もなく、華奢なスタイルの姉が妊娠していると分かったのは、随分お腹が大きくなってからだった。
両親は気を失いそうになる程驚いていたが、問題はそれだけではない。
姉には婚約者がいる。
「ローレン伯爵に、なんと言えばいいのか……」
「いいえ、貴方、そんなことは内緒にしておくのです。幸い、まだ真実は知られていませんわ。言わなければ、バレずに済むかもしれませんよ」
両親は、何かあれば体調がすぐれないと嘘を吐こうと話し合い、アナスタジアの出産を見届けた。
赤ちゃんに罪はない。アメリーと名付けられたその子が天使のように可愛くて、両親も孫の姿を見てしまえば溺愛せずにはいられない。しかもアナスタジアの子供である。
使用人たちも赤ちゃんの誕生に沸いていた。屋敷内が以前よりも賑やかになった。
私もアメリーを溺愛している一人。今までは避けてきたと言っても過言ではない姉の部屋に、足繁く通うようになった。
「アメリー、今日は起きているのね。本当に可愛いわ。あなたが存在しているだけで、世界が平和になる気さえする」
小さな手に人差し指を持っていくと、アメリーが私の指を握る。
「あぁ、可愛い。本当に、可愛い」
アメリーのおかげで、アナスタジアとの隔壁も無くなった気さえする。
毎日、複数回に渡り部屋を訪ねて鬱陶しがられると思っていたが、いつだって笑顔で出迎えてくれた。
アメリーの話題だと、アナスタジアとの会話も続くので嬉しかった。
そんなある日、父に呼び出され書斎へと赴いた。
「どうして書斎なんか……」
父の書斎に入るの初めてだった。大切な書物がたくさんあるからと言って、子供の頃から入室を禁止されていた部屋だった。
「もしかすると、私にも書物を触らせてもらえるのかしら。それとも、整理なら得意ですわ」
大張り切りで行ったのだが、父から告げられたのは、驚愕の内容だった。
「セレフィナ、今日からアメリーの母親になれ」




