(六)新たな一章のあと
共通した恋愛小説の再現デートをするのが趣味で、二人とも相思相愛の恋を続けていた。
危機的な困難を乗り越えた二人に訪れるのは、誰も予期しない、二人でも展開がわからない、真の意味での恋愛であった。
それはどの小説の筋書きにもない、世界でただ一つのリアルタイムの人生劇である。
神様はいつ私たちを永遠の愛として結びつけてくれるのだろう。
また、遠い星はいつから私たちを知っていて、どこまで導いてくれるのだろう。
空の彗星は今日も夜空に、願いを叶えるべくたくさんの光の筋となって、思いを遂げている。
恋人たちの想いと願いは、彗星の描く光線の長さと美しさに比例しているかのようだ。
絶えた星は再び光を放ち、また新しい恋を実らせる。
地上で繰り広げられる恋人たちの恋愛のドラマは壮絶な星の物語と同じくらいドラマチックである。
星の一生は、長い年月のあと壮絶な大爆発を遂げて終わりを迎える星もあれば、静かに衰えて冷めていって終わりを迎える星もある。
若き日の恋人たちには、壮絶な終わりを遂げることが多い、しかし誰にも知られずに、静かに終わる恋もある。
ある眠れない夜だった。
彼女をことを思い焦がれつつ眠れないままベッドの中で深夜を迎えていた。
当然彼女のことであった。
「ルルルルルル.....」
携帯電話が鳴った。
表示は彼女からであった。
「今、会いたい」
やかな彼女の声に彼にはいつもの安心感がみなぎる。
彼女の声を聞いたら安心して、眠気が襲ってきた。
精神安定剤と同じように心が穏やかになっていた。
しかし心臓の鼓動はドキドキしていた。
彼女と触れたかった。
時間なんてどうでもいい今すぐ会いたかった。
「今、マンションの前にいるの」
「すぐ降りてきて」
「私あなたを待てない」
彼には一説の詩が浮かんでいた。
「この熱い思い、雨に濡れても構わない
待っているあなたのことをいつまでも
あなたと私は雨の中の恋人どうし
触れ合いたいの今だけは
人恋しい寒い夜だから
いっそ抱き合う冬のセレナーデ」
彼がマンションのエントランスホールに現れるや否や、彼女が走ってエントランスホールに入り、彼の胸に深く飛び込んだ。
エントランスホールの外は土砂降りだった。
雨の轟音がホールの中まで響いていた。
「ザーッ」と降り続く雨は、ドラマのエピソードの中の二人のシーンを雨の音で静かに盛り立てていた。
彼女の濡れた長い髪は光に触れて美しく輝いていた。
透明な傘は開いたまま彼女の手から離れ、円を描くように大理石の床に転がった。
エントランスの照明は二人の姿を壁にシルエットのように映していた。
二人の距離はお互いの息が聞こえるほどだった。
これ以上近づくことはできなかった。
彼女の言葉は本気だった。
彼女の存在は彼にとってはもうなくてはならない存在となっていた。
彼女の存在は彼の温度そのものだった。
彼女は肩は少し震えていた。
彼は彼女の手を無理やり手に取って、カフェの前まで寄り添ってゆっくり歩いた。
マンションの1階にある、カフェに彼女と休憩に入った。
熱いレモンティーを彼女に差し出した。
温かいカフェに誘ったのは彼女が震えていたからだった。
しかし、むしろ温かい彼女を求めていたのは彼の方だった。
「いつまでもいいよ。君となら。」
そう口にした時、彼女の肩は震えが止まり、瞳は素直な輝きを取り戻していた。
彼女の瞳は彼の心奥深くに刻まれるように彼を直視して揺らぐことがなかった。
彼女は確信していた。
二人はエレベーターでマンションの屋上のテラスに上がった。
最上階のテラスから見える街の夜景は雨で輝いていていっそう静かで美しかった。
走る車のヘッドライトが雨を反射しながら輝いて、ビルの照明は灯台のように明るく街を照らしていた。
救急車のいつも通りのサイレンは街中を急いで走っている。
何も変わらないいつもの街の夜のようであった。
しかしマンションの屋上は静けさに包まれ、二人の鼓動と会話だけが聞こえるようだった。
星月夜は満点の空に大きく開いて、安心感をもたらしていた。
彗星は幾度となく現れ、静寂の中にも星のドラマを賑やかに繰り広げていた。
気づかないドラマが静寂の地上の上で盛大に繰り広げられている。
それは、誰もいないテラスで繰り広げられている二人だけのドラマと同じだった。
夜景を背にしながら、やっと言うことができた。
「都会の光より君の瞳のほうがまぶしい」
「私も」といいかけた。
彼女は頬には涙の雫が見えた。
彼の胸深く抱きしめていた。
彼女には本気だと伝わったのかもしれない。
深く抱きしめたとき、呼吸は楽になり、彼女の肩の震えも止まった。
長い時間の抱擁が続いた。
最終の発車ベルが鳴っていた。
彼女「このまま一緒に居たい。」
彼「二人の時間は止まったまま、このまま時間を運んで二人はどこまでも」
この日の時間が止まったまま、二人の朝を迎えるのだった。
別れた直後に彼女からメールがあった。
彼女「私、温かくて嬉しかった。」
彼「君がいないと、もっと寒くて寂しい」
彼女「私もよ。」
彼からのきっと一生忘れられない言葉だった。
彼女にとって最愛の彼からの愛の言葉は、彼女の心奥深くに鮮烈なイメージとして刻まれ、メモリアルにふさわしい冬の一夜となっていた。
街にはクリスマスツリーが飾られ、街を明るく彩っていた。光の放つイルミネーションは永遠の愛の光を暗示し祝福するかのようだった。
来年こそ恋人たちの新しい夢が叶えられますように。
ここにバレンタイン神父に感謝を捧げます。
「アーメン」
彼女の祈りだった。
今年のクリスマスは大雪の予想だった。
イルミネーションツリーの針葉樹のLEDライトはところどころ電球が切れていた。
しかし見事な芸術作品というほかなかった。