(五)新たな第一章
タケルは、普段と変わらない1日を読書とともに過ごす毎日であった。
日々のルーティンは新しい春にとって、新鮮で生き生きとした活気に満ちた色豊かなシーンを作り出していた。
小鳥が朝早くから合唱のように、賑やかにる声が響いていた。
朝の清々(すがすが)しい空気は、心身を健やかにし、心地よい1日の始まりにしかった。
毎日の人間ドラマは、恋愛小説の一説を構成することも恋人たちの意思の自由であった。
恋愛小説は恋人たちの流行を型取り、恋人の心の投影スクリーンと同じ役目を担っていた。
恋の心はリズムとともにハーモニーを形作り、この世の中でもっとも美しいリアルスクリーンを華やかに演出していた。
恋愛小説の読者にとって、小説は人生のであり、先輩と同じ存在であって、学校では教わることのない、ノンフィクションのガイドラインと同じ役目を担っている。
全てが同じパターンで、モデル化されるこの世にあって、恋人の生き方までも図式化、パターン化されさえする時代において、恋愛小説は、シナリオの用意されていない、恋人たちによるキャンバスに描く色鮮やかで美しい新作名画の創造と同じなのだ。
タケルが、図書館で見つけた小説の中に、普段見慣れない題名の小説があるのに気づいた。
タケル「運命を変える恋人たち」か。
「いつも、ここにはなかった小説だなぁ。」
「いつも誰かが借りていて、人気のある小説なのかなぁ。」
タケルは、その小説を手に取って、ページを数ページめくり内容にさらっと目を通した。
漢字はそれほど多くなく、ひらがなでサラサラと流れるような、流麗なイメージのする小説だった。
著者名を見ると「れんげそう」とあった。
どうやら若い女性の作者のようだった。
タケルがその小説をさらに詳しく読んでいくと、どこかしら、以前に読んだ経験がある雰囲気がしてきた。
そこかしらに、こなれた機知のある女性らしい細やかさが、になっており、読者を優しい心に引き込み、変える魔力があるように感じるのであった。
しかし、優しいだけではなく、どこか芯の強いかな影響力があった。
女流作家の小説はこれまでたくさん読んできた。
構成がとても繊細で、時として読者をハッとさせる展開になる作品が多いのであった。
しかしこの作品はこれまで読んでことのない感覚で、どこか懐かしい思い出のような錯覚に囚われていた。
細かで、彼の心を読むかのような感じさえする、安らぎに満ちた不思議な感覚は、恋愛小説の中の主人公に感情移入するくらい、親しみと愛着を覚えていた。
この小説のある1節を拾い読みしてみた。
「ねえ、運命ってなんだと思う?」
彼女は訊いた。
翔太は少し考えてから、目を閉じた。
「運命って、誰にもどうすることもできないこと。」
「でもさ、偶然の出会いとか、すれ違いとか……それも全部、運命じゃないの?」
彼女は小さく微笑む。けれど、その声の奥には困惑が混じっていた。
翔太は立ち止まり、彼女の顔を正面から見た。
「もし運命が俺たちを引き離そうとしたらどうする?」
彼女は少し黙り込み、目を開いた。
「……怖いよ。だって私、もしそうなったらどうしようもない気がする」
翔太は彼女の手に彼の手をそっと差し伸べた。
「だったら、俺たちが運命を作ればいい。えないものなんかに支配されるより、俺は自分で決めたい。君と一緒に歩くって」
彼女は翔太の手を彼女の胸にそっと押し当てた。
「君となら困難な運命も一緒に歩んでいけそう。」
その言葉に、彼女は胸を撫で下ろす安心感を感じた。彼の綺麗な瞳に映る自分を見て、胸の奥にあった雲が少し晴れるのを感じた。
「私.......、その言葉を聞いて安心した。」
彼の手をそっと、太ももに下ろした。そして両手で握りしめた。
「私、一人じゃ何もできないから........。」
「……じゃあ、私も。翔太となら、運命を歩んでいきたい。」
二人は再び前進し始めていた。ガラス窓の水滴に反射する太陽の光が、未来への道標のように輝いていた。
運命に従うのではなく、自らの選択で新しい人生を切り拓く。
その決意を胸に、二人は肩を並べて進んでいくのであった。
タケルはこの小説の彼女にとてつもない魅力と愛情を覚えていた。
彼女の愛らしい性格がみ出ていて、タケルはそのかわいい魅力的な穏やかさが好きだった。
タケルと彼女の恋の運命は、時に近寄りすぎたり、また時には離れすぎたりを繰り返し、近寄りすぎた時には微妙な感情や言葉以外の仕草や感覚で、離れすぎた時には、それぞれの意思や願いや思い、祈りで、また元に戻っていた。
恋人が二人で力を合わせて、運命を切り開くことは、運命にうというより、運命の道標を見つけて、その分岐点て運命を変える努力をすることのようである。
その道標は、彼にとっては彼女の愛らしい言葉、彼女にとっては、彼の運命の力強さであり、どちらかが欠けても道標にはならないのであった。
運命の強さは客船であり、上空の星は彼女の愛らしい言葉にそれぞれ例えられて、昔の世界航路を旅する客船が、広い海を上空の星の位置によって航行する航法にえることは、恋する二人が新しい長い船の旅に船出したことに相当するようだ。
表紙に「運命を変える恋人たち」とだけ記されている。作者名は小さく「れんげそう」と。
胸がかにざわめく。もしかしたら彼女の書いた小説かもしれない。
タケルは静かな窓際の席でもう一度本を開いた。
探した一行を読んだ瞬間、胸がキュンとした。
――「もし運命があなたを奪おうとしても、私はあなたを選び続ける」
――「もう迷わない、私があなたを迎えにいくわ」
――「あなたは船、私は夜空の星。」
――「長い航海に船出する船は、私のみちびきで、恋の港に還るでしょう。」
――「嵐という恋を奪う運命は、星の導きで避けることができる。」
その言葉を、彼は、覚えていた。
数年前、彼女が書いてくれた長い手紙の一節であった。
留学の数日前に、涙をこらえながら手渡されたあの便箋。
ページをめくるごとに、記憶がっていく。
すべてが、あの時自分に宛てられた手紙と同じ言葉だった。
タケルは窓の遠くに目をやり、深呼吸した。
彼女はあの手紙を、タケルのためだけでなく、全ての恋人のために残したのだ。
“運命に従うのではなく、自分で未来を切り拓ける”――その願いを。
図書館を出ると、土砂降りの雨は上がっていた。タケルは携帯を取り出し、彼女に電話をかける。
「もしもし?」と、少し明るそうな声。
タケルは涙をえながら言った。
「なあ。あの手紙、本にしたんだな」
一瞬の沈黙のあと、照れくさそうな笑い声が返ってきた。
「そうよ。うん……だって、あれは私のタケルへの気持ちだから。願いが誰かの心に届くならって思ったの」
タケルは小説の内容が彼女の心とリンクしていることに、感動せずにはいられないのだった。
タケルは目を閉じ、雨上がりの空気を吸い込む。
雨上がりで空気が今以上に澄んでいた。
澄んだ空気がタケルの心を解きほぐすように、そよ風が彼の目の前をサッと通り過ぎた。
あの手紙は、自分への想いであるとともに、誰もが自分の運命を選べるという彼女の思いが叶った証明だったのだ。
「ありがとう。あの時の言葉、今でも嬉しいよ。」
二人の間にしばしの静寂が流れた。
タケルの目は少し潤んでいた。
二人の想いは色褪せることのないリアルドラマの演出なのであった。