(三)恋愛小説の中の恋人たちの危機
タケルと彼女の間柄はとても良い雰囲気に包まれていた。
周りの空気が彼らを幸せにするような見えない何がか支配していた。
経験的に二人は安全で大丈夫だと世界のどこへ行っても感じているのであった。
ローマのトレビの泉で、恋が成就するようにコインを2枚投入したこともある。
しかし、その空気が二人にとって安全ではなくなることが、なぜが見えない何かによってわかる予感として感じるのであった。
そういう時は、春や夏では決してなく、秋や冬が多いようである。
タケルは、ゾクゾクする感覚を覚え始めると、何かの予兆だと経験的にわかっていた。
そんな時は、お祓いを受けるとゾクゾク感が収まるのであった。
怖いことは遠ざかり、危難は去るのであった。
彼女にとって世界を支配する見えない何かから、このままだとこの世は不幸になると感じとることは、二人にとり重大なことであった。
それは全てが幸せであると願う根源でもあった。
それはなんなのか察することはできないが、確実なことでもあった。
しかし愛読書の恋愛小説の筋書きからは、二人とも逃れることはできないのであった。
小説では4月に二人に大きな危機が訪れる内容だが、紆余曲折しながら彼らのその時々の選択が運命を決めていた。
この恋愛小説で唯一好ましくない一説だったので、思い出すと不安がよぎって避けるべき内容であった。
古代ローマの独裁王が恋人だちを苦しめたことに対する、神父の救済慈善活動が元になり、バレンタインの日に恋人同士で贈り物をして祝うことを思い出し、恋を重んじる人々が率先すべき行動であることと改めて感じ取った。
バレンタインの日にお互いチョコレートを送り、恋の日を祝福するために、恋人たちは恋の日に感謝して祈りを捧げる。
なぜなら祈りは魔法のように実現することが多いので、誰もバレンタインの贈り物をわない。
そんな中、タケルのイギリスへの短期留学が決まった。彼は成績が優秀で奨学金で1年間の期間、留学することになった。
留学の前からプレスクールに出席して単位を取得することが留学の要件となっていた。
徐々にタケルは図書館に赴く機会が減って行くようになった。
彼女は図書館でタケルを見かける頻度が減っていると感じ取ったので、不安になっていた。
タケルにメールすると、返事が返ってきた。
「ごめんごめん、しばらく会えなかった。今度の木曜日に図書館で会おう。」
彼女にとっては、タケルの口調というか文章が少しったように思えた。
タケルの環境に何か変化があったのかと察していた。
12月中旬の木曜日に彼女はタケルと図書館の個室学習室で2人で話し合っていた。
彼女「最近、図書館で見かけなくて、私寂しかった。早く逢いたくてメールしたのよ。心配したわ、何かあったのかなと思って。」
タケル「実はね、海外留学の候補に選ばれたんだ。国内のプレスクールで成績がいいと、奨学金で1年間語学留学することになるんだ。」
彼女「それで、どこの国へ行くの?」
タケル「行き先はイギリスなんだ。」
彼女「イギリス!?」
彼女「小説の体験デートを始めたのに。もっと小説体験したいな。」
タケル「小説のデートは楽しかった、僕ももっと体験したいよ。」
「留学の推薦は学校がご指名で決めたことなんだ、期待を裏切らないためにも、いい成績を残したい。」
彼女「本当にイギリスに行くの?」
タケル「予定通りならね。」
彼女「私寂しい。」
体験デートをイメージして毎日を送ってきた彼女だけに、落胆の程は計り知れなかった。
彼女の毎日は、小説を基本に、小説の体験デートの余韻や体験を元に恋愛のイメージを膨らませていたからだ。
彼女「でも、小説にはイギリスへ留学だなんて出てこないわよ。」
タケル「小説の中編のここに、恋人の関係に危機的なことが起きている一節があるんだ。」
彼女は予感し始めていた、空気のようなどうしようもない雰囲気が、二人の関係を薄めていくような気がしていた。
彼と彼女、双方に別々の新しいことがはじまり始めていた。
彼女は失望した。彼女の予感が現実味を帯び始めていたからだ。
彼女の方にも別の運気が訪れ始めていた。
彼と彼女のそれぞれの誰にもどうにもできない運気は、恋人のそれぞれを別の世界へと導くかのようだった。
その中で彼女から2月14日のバレンタインデーにプレゼントを贈る行動に出るのだった。
それは運命を変えるきっかけの一つとなった。
彼女「そうよね。確かにそうだわ。私たちって、この小説から逃れられないのかもしれないわ。」
彼女「聖書は予言書で誰も否定しない完璧さが信者の拠りどころだけど、この小説も聖書くらいの名著なのかしら。」
タケル「予言と戒めや喜びがありそれに対する、行動や考えを毎日の中でより良くしていくのが宗教的な活動さ」
タケル「伝説では、祈りが光の筋となって丘の上から空に登っていき、地域の危機が避けられたという現実的なエピソードもあるんだ。」
彼女「だったら、私、運命を変えたい。このまま、”小説の体験が続きますように”ってね。」
彼女「そうだ。恋人の神様のバレンタイン司祭にお祈りするとか、思いついちゃった。」
彼女は、教会のシスターのように腕で、胸元に十字を描いて、祈りを捧げた。
タケルも、同じ祈り方で、祈りを捧げた。
二人声を合わせてこう祈った。
「二人の仲が長く続きますように。これからも皆が幸せでありますように。汝の心の影は隣人の悲しみ。隣人の歓喜は汝の光。隣人の幸いは汝の糧。汝の喜びは隣人の許し。全世界が幸福でありますように。アーメン。」
二人の祈りの声は、完全にシンクロしていた。
祈りの声は、彼女の透き通った綺麗な声とタケルの少し低めの声とで、ハーモニーを作っていた。
彼女は恋人の神様に祈るべく、行動や考えを改めていた。
どうすれば運命が変えることができるかを、色々と試行錯誤で考えていた。
髪型を変えてみたり、クローゼットの中の洋服を整理したり、いろんなことを試していた。
しかし彼女は予感というか空気のような予感を感じる心は、まだ相変わらず、不穏な心を感じていた。
決定的なことを思いついた。
恋人の神様であるバレンタイン神父に祈ってもらうことにしたのだった。
彼女は毎月1回カトリック系教会で聖書の学習会に参加していて、そのカトリック系教会には、バレンタインという名前の宣教師がいたのだった。
学習会の時にバレンタイン司教に、タケルと彼女の運命が二人にとって良い運命となるように、祈りを捧げてもらうことにしたのだった。
また2月14日バレンタインデーにタケルにプレゼントをしようと試みていた。
今度の12月24日は教会でクリスマスミサが執り行われるので、その中でタケルとのことを祈ってもらうように今週開催される定期学習会でお願いしてみようと今から作文をしてた。
日本語と英語で作文して、手紙を教会の神父の元へ送った。
手紙はEメールで送り、数時間後に返事か来た。
返事の内容は、「快く承ります。」「バレンタイン司祭の元、信者の幸福が早く訪れるように、皆で祈りましょう。」
「ミサは、17:00から執り行います。各自、聖書をご持参ください。服装はできるだけ正式な服装でお願いします。」
早速彼女は、クローゼットの中からミサのための服装を選んでいた。
クリスマスだからツーピースのこのシックな服装はどうかしらと、鏡を見てスタイルをよく確かめていた。
彼女「少し痩せたようだわ。でもウエストが細くなっていいみたい。」
「肌が少し荒れ気味ね。ビタミンBがあるからいつも持ち歩くことにしようっと。」
上がベージュで、スカートが黒のツービースは彼女にお似合いだった。
またミサが終わってから、自宅でクリスマスケーキを楽しもうとデパートの洋菓子店に特注のクリスマスケーキを頼むことにした。シャンパンのノンアルコールの飲み物も付けることにした。
メインディッシュには、「チキンの唐揚げのスイートバジルオリーブオイル炒め」を頂くことにした。
彼女のおばあちゃんが全部手配してくれることになった。
彼女のおばあちゃんは誰にも気が優しく、彼女の全てを受け入れる大らかな性格で、周囲の皆んなからは信頼されていた。
クリスマスミサの当日がやって来た。
ミサの開催時間は17:00なので、その前に牧師よる特別講演が執り行われることになっていた。
いつも牧師の講演は30分程度とわかっていたので、16:20に市内の教会に入った。
特別公演が始まる10分前から、タケルと彼女への祈りが執り行われた。
事前に彼女が用意した、祈りの中で宣言する、を神父が述べた。
次に当日参加した信者全員で、同じを復唱した。
「二人の仲が長く続きますように。これからも皆が幸せでありますように。汝の心の影は隣人の悲しみ。隣人の歓喜は汝の光。隣人の幸いは汝の糧。汝の喜びは隣人の許し。全世界が幸福でありますように。アーメン。」
その後、いつも通りの、牧師による特別公演が行われた。
彼女「これで運命が少しは変わるといいわ。」
感覚や感性が研ぎ澄まされて、元通りの自己を取り戻していくように彼女は感じていた。
彼女はミサの中の聖歌でさらに、こころは清まり、祈りは叶うのだと信じていた。
19:00にミサが終了し、みんな帰宅の途についていた。
「いやー、よかった」
「新しい年が良い年だとといいわね。」
「復唱のしかたが、みんな上手ねー。」
彼女がふと夜空に光る筋を見つけたのだった。
夜空にはオリオン座が全て見えるほど、晴れていた。
オリオン座の中をを横切るように、時折小さな光の筋が横切るのを何度も見ていた。
冬の星空の特徴のなか、北極星はいつもと変わらない輝きを放っていた。
星空を眺めているうちに、おばあちゃんの待っている自宅へと着いたのだった。
彼女「おばあちゃん、ただいまー。」
おばあちゃん「おかえりー。待っていたわー。」
彼女「これ。花束。」
片手で持てるほどの小さな花束たっだ。
ピンク色の花で、ブルーのリボンが添えられていた。
彼女「今日のミサで友達からもらったの。」
おばあちゃん「そーう。それはいいことねー。」
おばあちゃん「さあさあ、上がって。クリスマスケーキと、七面鳥できてるわよ。」
彼女は、2階の自室へ入って、服を着替えた。
ビタミン剤のビタミンBの効果があったようで、肌は綺麗にツヤツヤしていた。
花束に手紙が添えられていたので、表題を見ると、「いつもありがとう。後で読んでください。」と手書きの綺麗な上手な文字が目立っていた。
もう少し詳しく手紙を開いて読んでいくと、こうあった。
「冬はいっそう華を鮮やかにします。ときめきは今ここにあります。
こころは私とあなたを結ぶ目に見えない魔法の華です。
試練は私たちを大きな海原からでて、長い航海を経て、
りという港に到着します。私たちで長い航海に出発しましょう。
もしよかったら交際してください。」
E-Mailアドレス:○○○○@kotton.○○○.com
彼女「ふんふん、要は交際したいか。」
花束を彼女に渡したのは、少し年上のようで、背のスラーっと高い、色白のハンサムな好青年なのであった。
今日のミサが終わった後に、帰る支度をして椅子に座っていると、
「はい、花束!」
「受け取ってください。」
と感じのいい小気味いいしかし優しい感情のった喋り方で彼女に話しかけてきた。
ミサの後だったので、彼女は幾分感動しながら
「わぁありがとう。」
花束を渡すときに、気づいたら二人は少し握手ぎみになっていた。
彼女は手紙に書いてあるメールアドレスをスマートフォンのアドレス帳に入力した。
宛名は「教会の花束」にした。
早速、クリスマスケーキと七面鳥が待っているので1階のおばあちゃんたちの待つ、ダイニングルームの席に腰をかけた。
食事をしながら、おばあちゃんと彼女を中心に普段のおしゃべりをした。
彼女「ミサで花束もらっちゃった!」
おばあちゃん「花束を渡した人はどんな人?」
彼女「色白で穏やかそうな紳士でいい人。」
彼女「このイチゴのケーキ、生クリームが美味しいわ。」
ノンアルコールのシャンパンをグラスに注いだ。
シャンパン風の飲み物はイチゴのケーキにとてもあっていた。
七面鳥は、鳥身の肉が柔らかく揚げてあり、カレー味のスパイシーなコクのある
大人向けのメインディッシュだった。
おばあちゃん「図書館のお友達とはどうなっているの。」
彼女「彼が海外留学に行く予定ができたって。」
「彼とは恋愛小説が共通の趣味で長い間何度も交際しているの。」
おばあちゃん「海外留学って長いんじゃないの。」
彼女「1年間だって。」
おばあちゃん「親しんだだけに、寂しいわねー。」
彼女は少し目を潤ませていた。
彼女「おばあちゃんって私の気持ちよくわかってる。」
おばあちゃん「生まれた時からいるんだもの、そりゃわかるわ。」
彼女「おばあちゃんって透視能力があるみたいで、すごいわ。」
おばあちゃん「わははは...」
おばあちゃん「さぁ、急いで食べて、冷めるわよ。」
タケルとの運命を繋ぎ止めるはずの、クリスマスミサであったが、偶然にも、彼女に他の運命が近づきつつあるようで、タケルとの彼女からの距離も遠ざかるかのようであった。
恋の神様は、目に見えない何かで少しずつ、二人を引き離すかの意思を示しているようである。