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ティアモと言わせたくて

作者: 惟光

#『ティアモと言わせたくて』


法じゃ届かない場所で、届く声を拾うために。


……ルカと俺は、たぶん、そのためだけに生きてる。

この、街の裏側で。



――薄い明かりの灯る部屋に、かすかな空調音だけが流れていた。

無造作に並べられたソファと、誰かの上着。

壁際の机には、処理中のファイルと、外部と繋がる小さな通信端末。


静かに流れる時間。

――任務の、ほんの合間。


ナオはソファに沈みながら、隣の男を横目で見る。

気怠げな空気の中に、やけにご機嫌な鼻歌が混じっていた。


「……で、なんて言ったんだ?」


その一言で、ルカの動きが止まる。

それから、悪戯を仕掛ける子どものような顔で、わざとらしく滑らかな言葉を転がし始めた。


「Ogni volta che ti guardo, dimentico come si respira.

…Sei il motivo per cui il mio cuore batte ancora.

Con te, anche l'inferno sembrerebbe casa.」


異国の音。甘い調べ。

それは言葉の意味が分からなくても、本能的に“危ない”と分かる類の声だった。


ナオは眉をひそめる。


「……分かるように言えよ。」


ルカは肩をすくめて、楽しそうに笑う。


「んー?たいした意味じゃねぇよ。イタリア語の、ちょっとした挨拶?」

「お前の“ちょっと”は信用ならないんだが。」

「ひっでぇな。俺がどんだけお前のこと考えてるか、知らねぇくせに。」

「……はぁ。」


ナオのため息に被せるように、ドスの利いた声が部屋に響いた。


「――あんたたち、今度は何の茶番?」


振り向かなくても分かる。

ヒールの音も、鼻をつく香水も、怒鳴らずとも通る低音も。


蘭子。

この事務所で、暴力と女装がいちばん似合う、剛腕オカマだ。


ソファの背に肘をかけて、鋭い目でふたりを見下ろす。


「昼間っから男同士で外国語囁くとか、バカップルの中でも重症よ?」

「いやいや、蘭子姐さん。これ任務の一環でさ。

暗号的に使ったら便利だろ?」


ルカが悪びれもせず、口元だけで笑う。


「……はいはい、“任務”ねぇ。」


蘭子は鼻で笑い、指を鳴らした。


「ほんっと、男ってバカ。

死と隣り合わせの仕事してるくせに、そういうとこだけ平和ボケしてんのよね」


視線がナオに向く。


「で? あんたは今日も“されるがまま”なわけ?」

「俺は流されてるんじゃなくて、スルーしてるだけだ。」

「ふぅん。……ま、惚れた男の無自覚な口説き文句って、案外強力よ。

……あとで意味知って、泣くんじゃないわよ?」


割り込む様に身を乗り出し、

ルカが、どこか得意げに言った。


「とにかくさ、覚えて損はねぇって。」


ナオは、あからさまなため息をついてみせる。

そんな態度も気にせず、ルカは悪戯っぽく笑って身を乗り出す。


「まずは簡単な挨拶から覚えようぜ?――“Ti Amo”、ってな。」


その一言に、後ろで蘭子が小さく眉を動かしたのを、ナオは見逃していた。


「……意味は?」

「んー……英語で言うと“ハイ”?

フランス語なら“サリュ”、ってとこか。」

「……まぁ、そのくらいなら、のってやる。」


ほんの少しだけ顔を背けて、ナオは息を整える。


そして、ゆっくりと、言った。


「……ティアモ、ルカ。」


その瞬間、ルカの口元が、

まんまと言わせたぜ、とでも言いたげに、にやりと歪んだ。


「上出来。……Ti Amo、ナオ」


ナオは、ぽかんとしたまま。

何がそんなに嬉しいのか分からないまま、首を傾げていた。


その傍らで、蘭子は肩をすくめて、ぽつりと呟いた。


「……言っちゃったのね、ナオちゃん。」


---


――その翌日。

ナオは、無言で端末をルカの眼前に晒す。


「……意味、調べたからな。」

「ほー?」

「……もう、言わねぇ。」

「えー? せっかく俺、愛されてたのに?」

「殴るぞ。」


――その目に、冗談の色はなかった。


+++


これは、裏社会で戦うふたりの、たった一夜の“余白”。

意味を知らずに交わした一言が、やがて彼らを深く結び、引き裂いていく。


もっと深く知りたい方は、

連載作品

【俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。】へどうぞ。



☆おまけ:ルカのイタリア語翻訳☆


Ogni volta che ti guardo, dimentico come si respira.

「お前を見るたびに、息の仕方を忘れる。」


Sei il motivo per cui il mio cuore batte ancora.

「俺の心臓がまだ動いてる理由、それはお前だ。」


Con te, anche l'inferno sembrerebbe casa.

「お前と一緒なら、地獄でさえ我が家に思える。」

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