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折り紙の翼【2025/01/23】

 リクトが初めて折り紙に触れたのは、幼稚園の頃だった。保育室にあった千代紙を三角や四角に折り曲げて形を作るうちに、いつしかそれが彼のライフワークへと変わっていった。子どもながらに、紙を折ることで自由に世界を創れる感覚に魅了されたのだ。そんなリクトは成長するにつれ、独創的な折り紙アートを次々と生み出してSNSで人気を博し、いつしか「折り紙の天才少年」と呼ばれるようになった。そして、彼の名前は火星移住が真剣に検討される近未来の地球で、ひそかな注目を集める存在になっていた。


 ■折り紙アートが評価される瞬間

 しかし、リクト自身は火星行きを希望していたにもかかわらず、火星移住者リストには選ばれていない。移住計画を担う大企業は、基本的にエンジニアや医師、農業技術者など、実用的なスキルを重視していたからだ。彼は多少落ち込んではいたものの、地球に残るなら残るでやりたいことはたくさんあると思い、折り紙作品を細々と制作していた。


 ところが、彼の作品が思わぬ形で脚光を浴びる出来事が起きる。近未来の映像を得意とするAI監督の手がけた映画で、なんとリクトの折り紙アートがメインビジュアルとして採用されたのだ。AI監督はネット上の膨大な創作データをスキャンし、その中で見つけたリクトの作品を「未来感とアナログの融合が美しい」と高く評価したという。この映画が公開されると同時に、リクトの名前は一躍話題に。メディアの取材が殺到し、SNSのフォロワーも一気に増加する。そのにぎわいの中で、火星移住計画を推進する企業から「協力を依頼したい」という連絡が入ったのは、まさに青天の霹靂だった。


 ■企業からの思わぬ依頼

 急遽呼び出されたのは、地上で最も高層階に位置するビルの一室。そこでリクトを待っていたのは、火星移住の準備を主導する大手エネルギー企業のプロジェクトリーダーだった。彼女は開口一番こう言う。「私たちの次世代バッテリーに、折り紙の構造が何かヒントを与えてくれるかもしれない。あなたの作品を見て、ふと思ったのです」。リクトは最初「折り紙がバッテリーに?」と戸惑うが、説明を聞くうちに納得する。どうやら火星で使う大容量バッテリーの内部構造が複雑化し、うまく放熱できずに異常が生じるという問題を抱えているらしい。折り紙のように折りたたまれた構造ならば、熱を逃すための空間設計を変えられる可能性があるというのだ。


 「やってみたいです!」と即答したリクトは、その日から研究開発チームに加わることになった。専門知識はないものの、彼の独特の視点や折り紙パターンのノウハウが、思わぬ形でエンジニアたちにアイデアを与えていた。試作段階のバッテリーモデルを紙で模しながら、「ここを折り筋にすれば放熱スペースが確保できます」「こうするとスペアセルを交換しやすくなります」と次々に提案。最初は半信半疑だったエンジニアたちも、彼のユニークな思考に触発されるうち、「本当にいけるかもしれない」と前向きに取り組み始める。


 ■一晩で急転直下、火星行きが決定

 数週間にわたる試行錯誤の末、リクトの折り紙構造を応用したバッテリー改修プランが完成。最後のテストで異常熱をほぼ解消できることが証明されたとき、プロジェクトリーダーは満面の笑みを浮かべて「ありがとう、あなたのおかげよ!」とリクトを称賛し、こう宣言する。「ぜひ火星へ一緒に行って、この改修プランを現地で生かしてほしい。あなたを正式に火星移住者リストに加えます」。思わぬ展開に呆然とするリクト。彼が一度は諦めかけた夢である「火星移住」が、折り紙のアイデアによって急に手の届くところまで来たのだ。


 その夜、リクトは興奮で眠れず、SNSをなんとなく眺めていた。すると、「#旅行の思い出2025」というタグをつけられた一枚の写真が目に止まる。何の気なしに開くと、それは街の一角にあるストリートフード店のスナップショット。店先には怪しげな発電機が設置されているようで、コメント欄には「どうやらここの店が秘密のエネルギー源を持ってるらしい」といった書き込みが散見される。「火星に行く前に、一度覗いてみようかな…」そんな興味から翌日に足を運んでみることにした。


 ■SNSからの手がかり:ストリートフード店の謎

 リクトが写真に写っていたストリートフード店を訪れると、あたりには香ばしい匂いが漂っていた。店主は昔ながらの屋台風のカウンターで客をもてなしながら、背後に置かれた小型発電機のような装置をときどきチェックしている。リクトはフランクフルトをかじりながら店主に話しかけてみた。「あの…すみません、この発電機は何ですか? SNSで見かけて気になったんですが…」すると店主はにっこり笑って言う。「お客さん、ちょっと見る目があるね。これは廃油やゴミからバイオ燃料を作って電力を生み出す“古いが画期的な”装置なんだよ。意外と馬鹿にできないパワーがあるんだぜ」


 詳しく聞いてみると、この発電機の原理はかなり複雑で、昔一度研究されかけて放置されていた技術らしい。店主は趣味で改造を続けながら、この街で密かに営業していたという。驚くべきは、その出力の高さで、車両や小型ロケットに電力を供給できるだけのエネルギーを発揮する可能性があるという。「今は誰も興味を持ってくれないけど、火星だろうが月だろうがゴミさえあればエネルギーになるかもな」と店主は笑う。リクトはハッとする。この技術、次世代バッテリーと組み合わせたら、ものすごい可能性があるのでは?


 ■火星へ旅立つまでの慌ただしい準備

 その夜、リクトは提案資料をまとめ、エネルギー企業のプロジェクトリーダーに連絡を取った。「もしかしたら、こんな発想もあるかもしれません」と。リーダーは予想外の話に最初は戸惑っていたが、「現地で追加実験をする余裕があれば検討しましょう」と興味を示す。バイオ燃料の装置を火星で試せば、将来的にごみをエネルギー資源として再利用できるかもしれない。「折り紙構造のバッテリー+バイオ燃料の補助発電」という新たな組み合わせが浮上する中、リクトの火星行きが正式に決定し、出発の日程が急ピッチで進められる。


 ついに火星行きのロケットに乗る当日がやってきた。宇宙港にはメディアや見送りの人々が大勢詰めかけ、予想以上の盛り上がりを見せている。リクトは緊張しながらも、胸を弾ませてタラップを登る。機内から地球を見下ろすと、あれだけ広かった大気や海が遠ざかり、小さな青い星として姿を変えていく。折り紙のように繊細だけど奥深い、この星で生まれた自分が、今度は火星でどんな折り紙を折るのか。そう考えると、ワクワクが止まらなかった。


 ■火星到着、そして新たな生活のはじまり

 数か月後、リクトを乗せた宇宙船は火星に到着する。すでに先行している移住者たちが簡易ドームを建設し、空気や水の生産設備を動かしていた。リクトは真っ赤な大地を目にし、地平線の先を見据えながらふと息を呑む。ここで自分が暮らすのだ…と思うと、信じられないような気持ちになる。だが、そこにいる人々はみな真剣な顔つきで、それぞれが火星移住の課題に取り組んでいた。大気生成、農耕実験、インフラ整備――どれもが地球では考えられないほどの難題だ。


 リクトは到着早々、折り紙構造の改良バッテリーを現地設備に組み込む作業を開始する。エンジニアとの打ち合わせでは、「やはり重力が地球の3分の1だから、放熱の仕組みも微妙に調整が必要だね」など、地球とは違う環境特有の問題が次々に見つかる。そこでリクトは、持ち前の柔軟な発想で折り筋や通気孔の位置を変えて試作を繰り返し、少しずつ安定化に近づいていく。その様子を見た入植者の一人が「リクトさんの折り紙は、まさにこの新世界での『翼』みたいだ」と口にする。地球で培った技術が火星の地で花開く瞬間だった。


 ■思わぬ展開:街の安定とストリートフード店の秘密

 さらに、リクトは例のバイオ燃料装置のアイデアを持ち込み、小型の試験機を製作していた。厳しい火星環境でバイオマスやゴミがどれほど利用できるかは未知数だが、将来的にはドーム内で栽培される農作物の廃棄物や、植物由来のバイオ材料から燃料を作れるかもしれない。もし成功すれば、折り紙バッテリーと並行してエネルギーの選択肢を増やす手がかりになりうる。「あのストリートフード店の店主に報告したら喜ぶだろうな…」と、リクトは地球を思い出しながら微笑む。


 こうして火星生活は予想以上に忙しく、あっという間に数か月が過ぎた。移住者たちの暮らしが少しずつ安定していく中、折り紙構造のバッテリーはさまざまな設備で活用され始めた。「やったね、リクト君!」とプロジェクトリーダーが声をかけ、「あなたのおかげで、火星での生活に大きな希望が見えてきた」と称賛を惜しまない。リクト自身も、火星での暮らしに慣れたころ、ふと折り紙で火星の地形をモチーフにしたアートを作りたいと思い始める。そして休憩時間に紙を取り出し、赤い砂のイメージを込めながら新作に没頭するのだった。


 ■衝撃のラスト:火星の地平線に描かれた巨大折り紙アート

 そんなある日、火星での定期的な探査飛行が行われた。遠隔操縦される小型飛行機が入植地の周辺を巡回し、地質や地形のデータを収集してくる。着陸後、オペレーターが映像をチェックしていたところ、思いもよらない光景がカメラに捉えられているのを発見する。なんと火星の地平線上に、巨大な折り紙のような模様が浮かび上がっていたのだ。


 あまりに規則的なパターンを描くそれは、人間が描いた“地上絵”にも見えるし、どこか折り紙の折り筋を連想させるようでもある。だが、その大きさは数キロメートルにおよび、到底短期間で人間が作業できるものではない。しかも、今までの探査ではまったく気配がなかったエリアだ。リクトがその映像を見て目を疑う。「まさか、こんなの誰が…?」


 詳しく調べると、その模様は折り紙パターンのように山折り谷折りを連続させた立体構造が火星の砂地に刻まれていることが分かった。どの角度から見ても精密な形が崩れず、砂の流れや風による侵食さえ計算したかのように保たれている。エンジニアたちは「何者かが長期にわたって作り続けた形跡がある」と推測し、もしかしたら火星に先に訪れた未知の知的生命体の痕跡ではないか…と噂し合う。


 リクトは衝撃を受けると同時に、不思議な興奮に包まれる。もしこれが本当に知的生命体の作ならば、折り紙に似た構造を持つ文化、もしくは偶然ながら同様の形状美を見いだす知能が存在していたことを意味するからだ。まるで「折り紙の翼」が火星でさらに広がり、思いもよらぬ出会いを演出しているかのようだった。プロジェクトリーダーも息を呑み、「人類が火星を開拓しようとする前から、こんな“芸術”が眠っていたなんて…」とつぶやく。


 ■新たな局面へ

 こうして物語は、一気にクライマックスへ突き進む。火星移住者たちは地平線に刻まれた巨大折り紙アートの調査に乗り出すが、解析が進むにつれ、その構造には人間では到底思いつかないような幾何学的暗号が埋め込まれていることが判明する。折り紙の天才少年リクトは、その“未知の作品”に秘められた意味を解き明かそうと決意し、さらに独創的なアイデアを練り始めるのだった。


 「僕がここに来て、折り紙のアイデアでバッテリーを完成させることができたのは、単なる偶然じゃないのかも。もしかすると、火星はずっと昔から、誰かの“折り紙アート”の舞台だったのかもしれない…」


 火星の赤い大地を吹き抜ける風。その中に、謎めいた幾何学模様が描かれた広大な地平線が横たわる。そこに残されたメッセージは、いったいどのような希望をもたらすのか――。リクトは未知なる芸術家に思いを馳せながら、再び折り紙を手に取る。折り筋を一本ずつ丁寧につけるたびに、この新たな星でまだ見ぬ何かが呼応しているような不思議な感覚が彼を包む。その先にある未来は、もはや人類だけのものではない。火星で交わる新たな知性との出会いが、地球と火星を折り重ねるように、次のステージへと導いていくのだ。


 物語の最後、夕暮れの火星の空を見上げるリクトの目には、巨大折り紙アートが淡く光るシルエットを映している。果たして誰が、何のためにこのアートを完成させたのか。それはこれからの人類と未知の生命体が紡ぐ、新しい伝説の序章かもしれない――。

主題歌:折り紙の翼

https://suno.com/song/4b63731b-866d-4d9c-a6fc-31d0da42a36e

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