彗星とドローンの交差点【2025/01/22】
夜の大通りは彗星最接近のカウントダウンに浮き立っていた。ビルの壁面には巨大なタイマーが投影され、道行く人々はスマートフォンをかざしながら上空を見上げる。もうすぐこの都市の上空をかすめるように、美しい尾を引く彗星が姿を現すはずだ。主人公ケンジはそんな賑やかな街を抜け、水中都市プロジェクトの建設現場へ急いでいた。彼はここで働く現場作業員で、いつかこの海沿いの街をより発展させる大きな夢を持っている。
■突発アクシデント:ドローンタクシーの暴走
作業現場に到着してしばらくすると、警報が鳴り響いた。試験運用中のドローンタクシーが突然制御不能に陥り、建設現場に隣接する海上桟橋の上空をホバリングしたまま動かなくなったのだ。通常なら遠隔操作や自動プログラムで軌道修正するはずが、どういうわけかシステムエラーで応答がない。しかも、そのドローンがちょうど水中都市に物資を搬入するためのルートを塞ぐかたちになっている。予定していた資材は入れられず、作業は完全にストップ。ケンジたちは呆然とするしかなかった。
プロジェクトの責任者がタブレットを叩きつけるようにして叫ぶ。「まずいぞ、このままでは明日には資材が欠乏して工程が遅れる…しかも彗星最接近に合わせたイベントも同時進行中で、航空規制が一部解除された影響でドローンが混線してるって話もある!」。ケンジは事態を収拾すべく、仲間に連絡を取ろうとスマホを取り出した。
■仲間との再会:彗星観測イベントの盛り上がり
ケンジには昔から行動を共にしていた幼馴染グループがいる。彼らは今夜、海辺の展望エリアで行われる「彗星観測ナイトライブ」に参加していた。DJやミュージシャンが集まるこのイベントは、彗星を眺めながら音楽を楽しむ趣向で大いに盛り上がっている。会場に足を運ぶと、派手な照明とステージのサウンドが聞こえてきた。人混みの向こうで手を振るのは、ギターを背負った少女エリナ。子どもの頃、一緒にレトロゲームで遊んだメンバーの一人だ。
「久しぶり!」と声をかけるケンジに、エリナは弦を軽く弾きながら微笑む。「どうしたの、そんな必死な顔して」。ケンジがドローンタクシーの暴走トラブルを説明すると、周りにいた友人たちの表情が一変する。昔から一緒にやってきた仲間だけに、誰もがすぐに協力を申し出てくれた。
■昔遊んだレトロゲーム:謎解きシステムの発見
メンバーの一人、マコトは大学でプログラミングを学んでおり、昔一緒にハマっていたレトロゲームのことを思い出したという。「あのゲームって、確かドローンを操作して迷路を突破するステージがあったよな。いろんな裏技コードを入力すると機体の挙動を変えられた。もしかしたら今のドローンタクシーのシステムに似た仕掛けが残ってるんじゃないかな」。
ケンジたちはスマホやタブレットで、ドローンタクシーのソフトウェア情報を調べはじめる。すると驚くべきことに、製作者がかつて有名だったゲーム会社の元エンジニアである可能性が浮上した。さらに解析してみると、一部の制御コードに「レトロゲームのデバッグモード」と酷似したパターンが見つかる。「やっぱり! こんなところに古いコードの名残が…」とマコトが興奮気味に声を上げ、早速デバッグモードへのアクセス方法を探しはじめる。
■意外な場所に隠されたヒント:バス停アート
しかし、入力すべきキーコードの一部が見つからない。解析画面で文字化けが発生しており、パスワードが抜け落ちているのだ。頭を抱えていると、現場を見渡していたエリナがぽつりと呟く。「そういえば、この海辺のバス停に妙な落書きがあったの覚えてる? 最近“アートプロジェクト”とか言って、変わった模様が描かれていたと思うんだけど…」
会場から少し離れた場所にバス停がある。そこはかつて子どもの頃、ケンジやエリナたちが学校帰りによく待ち合わせをした思い出のスポットだ。言われてみれば、最近そのバス停に新しい壁画が追加されていたという噂を聞いた。誰かが彗星をモチーフにしたイラストを描き、そこに意味ありげな数字や文字が配置されているとか。しかも作者不明のまま残されているらしい。
ケンジたちは夜のバス停へ走って向かった。そこには、ブルーを基調とした大きな彗星の絵が描かれ、その尾の部分に細かい数字が並んでいる。重なり合うように描かれたドローンのシルエットも確認でき、まるで今起きている事態を暗示しているかのようだった。マコトがスマホのカメラをかざして解析すると、どうやらこの数字列が暗号化されたパスワードのヒントになっているようだ。
「この絵、こないだ見たときはこんなに細かい数字なんてなかったよな…? まるで誰かが我々に手がかりを与えているみたいだ」。ケンジは不思議な胸騒ぎを覚えながら、その数字をそっとなぞる。数字は星座を描くように繋がっており、よく見ると尾の先端が「レトロゲームのタイトルロゴ」に似せて描かれている。ひとまずこの数字を入力してみるしかない、と考えた一同は急いで建設現場へ戻った。
■彗星が姿を現す:夜空を見上げる瞬間
建設現場の管制エリアに戻ってシステムを立ち上げると、外ではいよいよ彗星最接近の時間が迫っていた。空を仰ぐと、星々の煌めきの中で、一際明るく光を放つ彗星の姿が現れる。人々の歓声が遠くから聞こえ、光の尾が長々と引かれているのが肉眼でもはっきりわかる。ところが、その美しい夜空の景色とは裏腹に、ドローンタクシーの暴走は依然として続いており、GPS信号を乱しては相手からの指示をはねつけている。
マコトが先ほどの暗号を解読し、ついにソフトウェアの奥深くにある「デバッグモード起動用のパスワード入力欄」を呼び出す。ケンジがみんなの前で声を出して暗号の数字列を打ち込み、一か八かエンターキーを押す。すると画面が一瞬フリーズした後、緑色の古い文字フォントで「HELLO DEBUGGER」と表示された。歓声が上がる。これで不正な制御ルーチンを無効化できるかもしれない。
■クライマックス:彗星観測と即興演奏
デバッグモードにアクセスできたとはいえ、無効化手順は複雑だ。タブレットとにらめっこしながらコマンドを入力しても、何度かエラーが出て焦るケンジたち。するとそこでエリナが提案する。「私、今からステージでギター演奏する予定があったの。ここからリモート配信して、音声信号に合わせた最終コマンドを送信できるようにしない?」。彼女は音楽の波形を利用すれば、外部からの干渉を避けつつコマンドを埋め込めると考えたのだ。
急ごしらえのシステムが組まれ、エリナはステージの特設マイクを使って彗星を見上げながらギターを弾き始める。観客は何が起きたか分からないまま、その美しいメロディに魅了されていく。エリナの即興演奏はまるで夜空を駆け巡る彗星の軌跡を描き出すように、スケール感のあるフレーズへと移り変わる。やがてクライマックスに差し掛かるとき、ケンジたちは画面に表示されるデバッグモードの信号が同期しているのを確認し、最終コマンドを実行する。
「いけ…!」と小声でつぶやいた瞬間、ドローンタクシーの回転翼が一斉に停止し、ホバリングしていた機体がゆっくりと降下を始めた。現場スタッフが急いで捕獲ネットを広げ、暴走ドローンは無事に安全着地。観客の誰もが事情を知らないまま拍手喝采し、エリナの演奏も最高潮に達する。そして最後の和音を鳴らし終えると同時に、夜空に輝いていた彗星はスッと雲の向こうへ姿を消していった。幻想的な余韻が広がる中、ケンジは思わず声にならない歓喜の息を吐く。「やった…止まった…!」
■新たな一歩
彗星を見送った人々は「来年もまたこんなイベントがあればいいのに」と名残惜しそうだが、その頃にはこの街の海上には新しい姿の水中都市が完成しているかもしれない。ケンジたちはドローン障害が解決したことを確かめると、すぐに物資を搬入してプロジェクトを再稼働させる段取りを確認する。仲間たちと顔を合わせ、ホッと安堵の表情で笑い合う。「この一晩で、本当にいろいろなことが起きたね」とエリナがギターを片付けながら微笑む。
そのとき、ふと建設現場の作業モニターに新たな通知が出る。なんと先ほど謎のバス停アートを描いたと思われる人物からメッセージが届いているのだ。そこには「ドローンタクシーの改修を終えたら、もっと面白いことができるかもしれない。今度はみんなで水中都市と陸上都市の間に“海上パーク”を作ろう」と書かれていた。名前は伏せられているが、どうやらこの町の未来を案じ、技術に明るいアーティストか活動家のようだ。彼らはバス停アートで暗号を仕込むことでケンジたちを導いたのだろうか…。
驚きと期待がないまぜになったまま、ケンジと仲間たちは互いに目を見交わす。そして無意識に空を仰ぎ見るが、そこに彗星の姿はもうない。しかし確かに、あの彗星がこの街を横切った時間の中で、未来への道筋がわずかに開けた気がする。ギター演奏、レトロゲームのコード、バス停アート――いくつもの不思議が重なった結果、ドローンは静かに着地し、プロジェクトは動き出す。見上げた先には、広がる星空。
「また新しい何かが始まるかもしれない」
誰ともなくそうつぶやき、ケンジたちは夜風を感じながら笑顔を交わす。やがて夜空を染める光たちの中に、かすかに彗星の残り香が混じっているかのようだった。そう――彗星の去った今、ここからの未来はまさに自分たち次第だ。大きな変化が訪れる前の穏やかな時間を噛みしめるように、彼らは水中都市と陸上都市を結ぶ新しい物語を胸に、歩み始めるのだった。
テーマソング:彗星の残り香
https://youtube.com/shorts/KscJy80jMD4?feature=share