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三秒のリンクと黒皮の灯【2025/12/13】

 12月12日、金曜。冬の夜の放送局は、ガラス越しの街灯りまでスタジオの照明に混ざって、画面の中だけが昼みたいに明るかった。

 青島律は送出卓の横で、番組サイトの下書きを指でなぞる。今夜の情報番組「#リン区」のラインナップ。政治の話、伝統野菜の出荷、海外のデモ注意喚起、そして子どもと高齢者が同じ画面で笑えるゲーム企画。全部を一つの冬の夜に束ねるのが、彼女の仕事だった。


 ピコン。


 テロップ生成機の試験画面に、まだ来ていないはずの文言が一瞬だけ走った。

 「最大震度4」

 律は目を細める。すぐ消え、代わりに「回線遅延:0.0秒」という表示が戻った。0.0の点も全角に見えて、かえって不気味だ。


 「見ました? 今の」

 時守ユキトが、ラックの奥から顔を出した。薄手の作業着の襟元に、銀色の小さな懐中時計をぶら下げている。古い趣味に見えて、実際は量子同期用の参照時計だった。

 「見た。明らかに変。あなたの新しい装置、もう未来を見始めた?」

 「未来ってほどじゃないです。三秒先までの予測を、映像の遅延ゼロに見せるために使ってるだけで。ほら、今ネットで流行ってるでしょう。#タイムストレンジャ、って」

 彼は言葉を濁しながら、壁のモニターを指した。投稿欄の上位に、微妙に削れたハッシュタグが踊っている。律は心の中でツッコミを入れる。流行ると、すぐ何でも時間旅行にする。


 「三秒先が見えるなら、なおさら怖い」

 「だから、三秒だけ待つんです。確認の三秒。速さより確かさ。ぼくはそういう道具にしたい」

 その台詞はきれいすぎた。律は、あとで突っ込もうと決める。


 デジ丸が、送出卓の上で小さく跳ねた。丸いボディに、豆電球みたいな目。耳とも角ともつかない突起を震わせる。ユキトの作った拡張現実のマスコットで、高齢者向けのリハビリゲーム「デジ紋隊」の案内役だ。

 「ボク、デジ丸。きょうの推しは、あったかいスープ」

 「推しの概念が雑だな」

 律が言うと、デジ丸は胸を張った。

 「生活費が高いと、推しも温度が大事。あったかいは正義」

 AIのくせに妙に世知辛い。


 ドアが開き、冷気がスタジオに滑り込んだ。黒野カボ太が、段ボール箱を抱えて入ってくる。箱の隙間から、黒い皮のかぼちゃがのぞいた。見た目は漆のように艶があり、手のひらで叩くと木の板みたいな音がする。

 「持ってきたぞ。山息黒皮かぼちゃ。今朝、出荷の報告で知事に会ってきたばかりだ」

 「知事って、あの新しい人?」

 「そう。『伝統野菜は文化だ』って言ってくれた。だが燃料も肥料も上がる一方でさ。補助の申請書も分厚い。報告で終わらせたくない」

 カボ太は、汗と土の匂いを袖でぬぐった。推しは畑、生活費は燃料、政治は補助金。律は頭の中で、今日の台本の段落を入れ替える。


 そこへ、スタジオの外の廊下がざわついた。カメラマンが小走りで戻り、後ろから女性が入ってきた。

 「初めまして。纏目ナナです。配信では、マトメ・ナナって名乗ってます」

 髪は短く、眼鏡の奥の目がやけに速い。手には小さなメモ帳。表紙に、太い字で「三秒待て」と書いてある。

 「まとめ、の人?」

 律が言うと、ナナは片眉を上げた。

 「まとめる人です。でもまとめるなって言われるのも、しょっちゅうです」

 カボ太が真顔で聞いた。

 「まとめるな、とは?」

 「速すぎるまとめは、嘘になる。そういう意味です」

 ユキトが頷きかけ、律がすかさず突っ込んだ。

 「いや今、誰もそんな深いこと言ってない。名前が紛らわしいだけ」


 ナナは笑い、すぐ仕事の顔に戻った。

 「今日の政治枠、SNSの偽情報対策の話ですよね。早急に実効性ある手を、って各方面から言われてる。あれ、視聴者が分断しやすいから」

 「分断させないために、ちゃんと話したい」

 律は台本を叩いた。局の予算は削られ、スタッフは減った。だからこそ、炎上で数字を稼ぐ誘惑は常に近い。だが、数字の先にいるのは人だ。


 そのとき、海外回線の端末が鳴った。


 ピピピ。


 画面に、マルコ・セレスの顔が映る。背後に石造りの建物と、冬の薄い空。彼の肩越しに、警察車両の青い灯が点滅していた。

 「こちらミラノ。合衆連邦の領事館が、今夜のデモに注意するよう告知を出した。領事館周辺に人が集まる。近づかない方がいい、って」

 「デモ?」

 「理由はいくつもある。冬はみんな、生活費に追い詰められてる。政治の言葉が燃えやすい季節だ」

 彼は遠くの群衆を振り返り、声を落とした。

 「でも、こっちの映像を使うなら、切り取りに気をつけて。怖い絵だけ流すと、偏る」

 律は頷いた。遠い街の不安も、同じ冬の中にある。


 送出卓の上で、デジ丸が小さく振動した。

 ブブブ。

 「ボクの回線も、ざわざわする。リンクが、きょうは多い」

 「多いね。だから、切れないように結ぶ」

 律は、番組名を心の中で言い直した。リンクではなく、リン区。つなぐ区画。小さな区画が、世界とつながる。


 リハーサルが始まった。カボ太は黒皮かぼちゃをカメラ前に並べ、ナナは配信用の縦画面を別に立て、ユキトは量子同期装置のログを確認する。マルコは遠隔で音声のタイムラグを測り、デジ丸は台本の余白に落書きのような避難経路図を描く。

 律は、今日の見せ場を想像しながら、呼吸を整えた。


 午後のニュースが、控室の小さなテレビで流れている。ある政党の情報部会が、SNS上の偽情報と誤情報に対して、早く実効性ある手当てを、と訴えたという。別の評論家は、規制が言論を萎縮させる、と慎重論を述べる。誰もが正義を語り、誰もが不安を抱えている。

 律はテレビを消した。番組の中で、同じ温度で扱える気がしなかった。温度差は、まず見せるべきだ。


 そして本番が来た。


 カメラの赤いランプが点き、スタジオの空気が一段硬くなる。

 「こんばんは。金曜の夜、『#リン区』です」

 律の声が、街へ滑り出す。モニターの向こうの視聴者の顔は見えない。だが、見えないからこそ、裏切れない。


 最初の話題は、山息黒皮かぼちゃだった。カボ太が出荷の苦労を語り、知事に報告した朝のことを、手の動きで再現する。知事室の窓の外の県庁の旗まで、律は絵として切り取った。黒い皮のかぼちゃが照明に光り、スタジオの床に影が丸く落ちる。

 「この皮、硬いんです。輸送中に割れにくい。でも中は甘い。外側だけ見て判断しないでほしい」

 ナナが横から言った。

 「外側だけ見て判断しない。今日の番組のテーマみたいですね」

 「うまいこと言うな」

 律が返すと、デジ丸が間に入った。

 「ボクも外側は丸いけど、中身はデータ。たぶん甘い」


 スタジオが笑い、空気が少し緩んだ。その瞬間を、律は一番怖がっていた。緩んだところに、嘘は滑り込む。


 ピコン。


 テロップが、勝手に切り替わった。

 「津波注意報発令」

 スタジオの笑いが凍る。カボ太の手が止まり、ナナの目が一瞬だけ大きくなる。ユキトが送出卓に駆け寄った。

 「違う。そんな情報、入ってない」

 律は即座に言った。

 「今出た表示は誤りです。正式な発表を確認します」

 声が震えないよう、腹に力を入れる。ナナが配信のコメント欄を見て、歯を噛んだ。

 「もう『#津波注意ぼう』が上がってる。誰かが煽ってる。今、切り取られた」

 「切るな。つなげ」

 律はカメラに向き直り、ゆっくり続けた。

 「今夜は、情報が速く広がる時代の話もします。まず、確認の方法を共有しましょう」


 ユキトの指が、量子同期装置のスイッチを押す。

 カチリ。

 モニターに、時刻の揺らぎがグラフで表示される。三秒先の予測値と、現在の観測値が重なり、わずかにずれていた。

 「三秒前に出たのは、予測の誤送出です。ぼくの装置が、速報の形をまねた」

 「速報を、まねた?」

 律が問い返すと、ユキトは唇を噛んだ。

 「視聴者の離脱を減らすために。遅延ゼロに見せるために。たった三秒を、待てない社会に合わせた」

 ナナが、メモ帳の表紙を指で叩いた。

 「三秒待て、って書いてあるのに」

 「書いてあるから、言わなくていいと思った」

 律が反射で言い、カボ太が真顔で突っ込む。

 「書いてあっても、言え。畑だって札を立てるだけじゃ育たん」


 スタジオの緊張が、別の形で緩む。笑いが小さく起きた。律はその笑いに救われながら、次の話題へ移る。政治の枠だ。


 「SNSの偽情報、誤情報への対策が急がれています。実効性が必要だ、と。では、実効性とは何でしょう」

 ナナは正面から答えた。

 「削除だけじゃない。透明性、教育、そして拡散の設計。速さを正義にしない設計です」

 カボ太が言う。

 「農家は、噂一つで出荷が止まる。『危ない野菜だ』って書かれたら、それだけで終わる。だから俺は今日、知事に直接見せた。顔を見て話した」

 マルコの回線が生きて、遠い街の音が入る。

 ザワザワ。

 「ミラノでも同じだ。領事館が出した注意喚起が、別の文脈で切り取られたら、誰かが危険な場所に近づく。政治は遠くない。生活費に直結してる」

 律は、四つの声を一つの画面に並べた。違う立場が、同じ夜にいることを見せる。それがテレビの役目だと信じた。


 番組は何とか立て直した。だが、律の胸の奥に、最初の不気味な表示が残った。最大震度4。まだ来ていないはずの揺れ。


 収録後、律は屋上に出た。風が冷たく、街の灯りが遠い。ナナが隣に来て、缶の温かい飲み物を渡す。カボ太は手すりに黒皮かぼちゃを置き、まるで守り石みたいに撫でている。ユキトは黙って時計を見つめ、デジ丸は律の肩に投影されて小さく丸まった。


 しばらく、誰も喋らない。音は風だけ。遠い交差点のブレーキ音。冬の呼吸。


 「ねえ、青島さん」

 ナナが言った。

 「私、まとめで食べてる。速さが正義の場所で。でも今日は、速さが怖かった。だから、あなたの番組に乗った。炎上より遅くても、残るものがあるなら」

 律は缶を握り直した。

 「うちの局も、生活費がきつい。番組も削られて、スポンサーも減って。だからこそ、嘘で釣りたくなる。でも、嘘は一回で癖になる」

 カボ太が低く笑った。

 「畑も同じだ。楽な肥料は土を壊す。来年が枯れる」

 ユキトが言った。

 「ぼくの装置は、楽な肥料でした。予測を速報に見せて、視聴者を離さない。その三秒が、社会の呼吸を奪う」

 デジ丸が、肩の上で小さく手を挙げた。

 「ボクは、呼吸が好き。息が白いの、きれい」


 律は、その言葉に不意に泣きそうになった。白い息は、誰のものでも同じ形だ。画面の内と外で、同じ。


 「今夜の最後、街の広場で生中継あるよね」

 ナナが言う。

 「『#もう迷わない欲ばりクリスマス』ってやつ。あれ、あなたの局の企画?」

 「商店街との共同。寄付付きの抽選会もやる。エニマイ籤」

 カボ太が首を傾げた。

 「エニマイって何だ」

 ユキトが真顔で答える。

 「何でも買える、って意味で付けたらしいです」

 デジ丸が割り込む。

 「何でも買えるなら、ボクの推しは給料アップ」

 律が即座に突っ込む。

 「抽選で給料は上がらない」


 ナナが笑い、屋上の静けさが少しだけ柔らかくなった。笑いは逃避ではなく、息継ぎだと律は思った。


 夜の広場は、電飾で昼のようだった。巨大なツリー、白いテント、湯気の立つ屋台。ステージの横には、番組名の看板が立ち、画面には今朝公開したラインナップが流れている。金曜、12月12日。農産物の特集。海外の注意喚起。偽情報対策の討論。最後にゲームと抽選。

 律は、放送の順番がそのまま街の順番になることに、少し身震いした。


 マルコはミラノから中継でつながっていた。向こうは夕方、こちらは夜。世界が時差でずれているのに、画面の中では同じ瞬間に見える。ユキトの装置が、遅延を消す。消しすぎて、未来まで混ぜる。


 ステージ裏で、律は深呼吸した。外の空気は甘い。屋台の砂糖、焼き栗、スープ。カボ太の黒皮かぼちゃをくり抜いたランタンが、手元を照らしている。黒い皮が光を通さないはずなのに、穴から漏れる橙色が、妙に頼もしい。

 ナナがスマホを胸ポケットにしまい、言った。

 「今日は、コメント欄を見ない。見るなら、三秒待つ」

 律は頷く。

 「三秒で足りる?」

 「足りないかもしれない。でも足りないって知るだけで、速さから一歩引ける」

 ユキトが時計を握りしめた。

 「ぼくも。予測を切る。遅延を戻す」

 デジ丸が小さく鳴いた。

 ピ。

 「ボクも。嘘の波は、サーフしない」


 そのときだった。


 ズズン。


 足元の地面が、底から持ち上がるように揺れた。電飾の光が波打ち、テントの支柱がきしむ。人々の悲鳴が遅れて重なる。

 「地震!」

 律が叫ぶより先に、スマホが一斉に鳴った。


 ピピピピピ。


 大画面に、速報が出る。

 「茨城県南部 最大震度4」

 律の背中が冷えた。昼に見た、未来の文字だ。ユキトが青ざめる。

 「予測が、当たった……」

 ナナが画面の端を見て、声を絞り出した。

 「もう出てる。『津波注意報が来る』って。内陸の地震なのに。『政府が隠してる』って。#津波注意ぼう、また上がってる」

 群衆の中で、誰かが叫ぶ。

 「海が来るぞ!」

 別の誰かが叫ぶ。

 「フェイクだ! 何も信じるな!」

 信じないことが正義の顔をして、広場を走り回る。


 ステージのスピーカーから、マルコの声が割り込んだ。向こうでも騒ぎが起きているらしい。デモの群衆が画面の隅で揺れ、警察の拡声器が響く。

 「こっちは領事館前。注意喚起が出た場所に、人が集まってる。落ち着け。暴れないで。映像を切り取るな」

 だが視聴者は、切り取る。広場の人々は、切り取った言葉で互いを殴り合う。


 ユキトが、量子同期装置の蓋を開いた。中の参照時計が、微かに紫の光を吐く。

 ブゥン。

 「予測は、三秒先を見せる。だから三秒早く出せる。だから、誰かが三秒早い嘘を流せば、みんな本物だと思う」

 律は理解した。未来を少しだけ見せる装置は、嘘に未来の衣を着せる。


 「止めて!」

 律が叫ぶ。

 「三秒先を、封じて!」

 ユキトは指を震わせながら、スイッチを戻した。

 カチリ。

 遅延ゼロの表示が消え、代わりに「遅延:3秒」と出る。たった三秒。だが広場の空気が、わずかに変わった。画面の更新が一拍遅れ、焦りの呼吸がつかえる。


 ナナが、ステージに飛び出した。マイクを握り、目の前の群衆を見渡す。彼女の配信を見ている人も、この広場にいる。知らない顔のはずなのに、彼女には見えている。

 「纏目ナナです。まとめるけど、今はまとめません。三秒待ちます。皆さんも、待ってください」

 ざわめきが一瞬止まった。人は、命令よりも、同じ不安を持つ声に反応する。

 「公式の地震情報は確認できました。揺れは震度4。今のところ、この地域に津波注意報は出ていません。海に向かわないで。走らないで。まず、足元を確かめて」

 彼女は、早口になりそうな自分を、三秒で押し戻すように、言葉の間に息を入れた。


 デジ丸が、空中に巨大に投影された。ユキトが緊急モードを起動したのだ。丸い体がステージの上にふくらみ、目が街全体の地図になる。

 ブワァ。

 「こちらは避難経路。ここは海じゃない。でも転んだら危ない。ボクの推しは、ゆっくり歩く」

 高齢者たちが、その声に笑い、歩調を合わせる。笑いが、命綱になる瞬間がある。


 カボ太が、テントの裏から黒皮かぼちゃの箱を引きずり出した。

 ゴロゴロ。

 「こっちだ! ランタンにする! 暗いと転ぶ!」

 彼はかぼちゃの上部を外し、ろうそくを入れる。橙色の光が広場に点々と増え、揺れる影が人の足元を照らした。伝統野菜が、伝統の灯になる。文化は、飾りじゃなく手段だ。


 律はカメラを抱え、ステージ脇の小さな中継卓に滑り込む。放送局のスタッフが避難誘導に回り、番組は中断しかけた。だが律は言った。

 「中断しない。ここが、今のスタジオだ」

 画面の中で、広場とスタジオとミラノが並ぶ。地震速報、デモの注意喚起、偽情報対策の議論、黒皮かぼちゃの灯、そしてデジ丸の地図。冬の夜の都市が、いくつものニュースを一枚の見開きにする。


 マルコが、画面の向こうで深く息を吐いた。

 「こちらも落ち着いてきた。君たちの声が、時差を越えて聞こえる。リンクは危険にもなるが、救いにもなる」

 律は頷き、カメラに向かって言った。

 「SNSの偽情報対策は、誰かを黙らせることだけじゃない。速さを一度止める仕組み。三秒待つ仕組み。生活費に追われる人が、焦りで嘘に飛びつかないようにする仕組み。私たちは、今日それを、街で試しています」

 ナナが横で、メモ帳を開き、表紙の文字をカメラに見せた。三秒待て。たったそれだけが、今夜の実効性だった。


 余震は小さく、広場の混乱は収まっていった。寒さは増したが、かぼちゃの灯がある。人々は互いの肩を見失わず、屋内の一時避難所へ移動する。そこには、もともとクリスマス企画のために用意した温かいスープがあった。デジ丸の推しが、現実になる。


 避難所の体育館で、律はマイクを握り直した。放送は続けた。続けることが、恐怖に勝つ唯一の方法ではない。それでも、誰かの呼吸を守ることはできる。

 ユキトは装置のログを消し、言った。

 「三秒先の予測は、封印します。視聴率のための未来は、要らない。代わりに、確かめるための遅延を標準にする」

 ナナは頷く。

 「私も、配信の名前を変える。まとめなな、じゃなくて、確かめナナにする。三秒待てを、札じゃなく声にする」

 カボ太が笑った。

 「札も大事だぞ。畑には立てる。だが今日は、声が効いた」

 マルコは手のひらを画面に当て、遠い街の拍手の代わりにした。

 「ミラノの夜も、少し温かくなった。デモの注意喚起は、危険を避けるためのものだ。君たちの注意喚起も、同じだ」


 律は、体育館の天井を見上げた。蛍光灯の白が、雪のように冷たい。それでも、黒皮かぼちゃの橙が床に残っている。真実は白でも黒でもなく、灯の色に近いのかもしれない。


 放送が終わり、スタッフが片付けを始めたころ、律のスマホに通知が来た。トレンドの順位が更新される。

 「#タイムストレンジャ」

 「#エニマイ籤」

 「#デジ紋隊」

 そして、少し下に。

 「#三秒待て」

 誰かが勝手に付けたタグだ。ナナが苦笑した。

 「まとめられた」

 律が返す。

 「いいまとめなら、歓迎する」

 デジ丸が小さく跳ねた。

 ピョン。

 「ボクの推しは、いいまとめ」


 外へ出ると、雪が舞っていた。街の電飾は消えかけ、代わりに避難所の窓の明かりが点々と残る。律はふと、スタジオで見た未来の文字を思い出す。最大震度4。あれは予測だったのか、偶然だったのか。ユキトの装置は封じたはずだ。それなのに、遠くの信号機が一瞬だけ、まだ青になる前に青く見えた。


 律は、黒皮かぼちゃのランタンを抱え直し、歩き出す。未来を見ないために、今を見る。三秒だけ待ちながら。

(了)



――あとがき――

 今回は、冬の夜の都市に複数のニュースが同時に流れ込む状況を軸に、近未来SFと社会派ドラマを混ぜました。SNS上の偽情報や誤情報への対策を求める議論は、スタジオでの討論と、広場での混乱を抑える行動の両方に対応させています。伝統野菜の黒い皮のかぼちゃ出荷と知事への報告は、黒野カボ太の生活費と誇りの葛藤として描き、終盤では避難誘導の灯にも転用しました。海外の領事館周辺でのデモ注意喚起は、マルコの中継を通じて「切り取りが危険を増やす」示例として扱い、地震情報の最大震度4はクライマックスの現実の揺れとして収束させました。トレンドは「#津波注意ぼう」「#エニマイ籤」「#タイムストレンジャ」「#デジ紋隊」などに変形し、画面文化の熱と危うさを出しています。

 結末は、社会派の王道に寄せつつ、三秒先を見せる装置というSFの仕掛けで原因を裏側から照らす型を選びました。報道の重さを茶化さず、しかし当事者の呼吸を守るための小さな技術と習慣に物語を寄せています。この物語は、こうしたニュースにインスパイアされました。

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